« オーボエの音色 | トップページ | World music collection 10: Oda Tetsuro & Aikawa Nanase »

2024年3月13日 (水)

続・生物学茶話232: 2相性睡眠の起源

レム睡眠の研究はかなり裾野が広がってきていて、始原的な哺乳類である単孔類はじめさまざまな生物でデータがとられています。シーゲルがそれらをまとめています(1、2)。しかし文献2の画像がちょっと気に入らなかったので、全部取り替えて(ソースはウィキペディア)図232-1としました。ハリモグラやカモノハシという単孔類がとても長いレム睡眠をとるという報告は衝撃的でした(1)。このことは哺乳類が生まれる以前からレム睡眠のメカニズムが存在したという様々な報告を強力にサポートするものです。非常に大雑把に言えば、全睡眠時間が長い生物はレム睡眠時間も長いようです。

2321a

図232-1 哺乳類のレム睡眠 (レム睡眠時間/全睡眠時間)参照文献2をもとに制作しました 写真はすべてウィキペディアより

ひとつ興味深いのはクジラ・イルカなどの水棲哺乳類がレム睡眠を行わないことです。これらの動物は進化の過程でレム睡眠を獲得したにもかかわらず、それを捨てたということになります。その理由は半球睡眠がレム睡眠のかわりになっているとか、水中では重力をあまり感じなくて済むからとかいろいろ説があるようですが確定していません(3)。

シーゲルは体温が低い生物ほどレム睡眠の時間が長いという興味深い説を述べています(2、図232-2)。これですぐ思いつくのは、クマなど冬眠する動物は通常と冬眠時でレム睡眠はどのような違いがあるのかということですが、まだ調べた人はいないようです。ただヤマネやハムスターの冬眠は仮死状態になるので、彼らの冬眠についてはレム・ノンレムという話題とはかけ離れた現象かもしれません。

ペルム紀から三畳紀にかけて(約2億5000万年前)の大絶滅期には植物も動物もほとんど壊滅したので、脊椎動物について言えば冬眠(夏眠)できる生物だけが生き残り、そこで睡眠の様式もリセットされてしまった可能性があります。ともかくエサが少ないのですから、行動時間を極小にしてエサを食べないで生き延びられる生物だけが生き残った時代です。ならば当時はレム睡眠の意味はほとんどなかったに違いありません。生物の密度が高く天敵や競合する個体が多い場合は、睡眠時間は少ない方がベターだし、眠りも深くない方が良いので、大絶滅時代とは真逆の選択圧力がかかります。草原に生きる草食動物の睡眠時間が短いのはそのためでしょう(図232-1)。

2322a

図232-2 レム睡眠の時間と体温の関係 参照文献2より

ここで少し脊椎動物の脳の構造を復習しておきましょう。図232-3(4)を見ればわかるように、脊椎動物の脳の基本構造は魚類において完成しており、その後生まれた生物群はそのバリエーションであることがわかります。特に目立つのは両生類では小脳が小さいことと哺乳類では終脳が大きいことで、特に人間は異常に巨大な終脳を持つことになりました。

2323a

図232-3 脊椎動物の脳:おおまかな構造の比較 参照文献4をもとに作成

ここで哺乳類や鳥類より歴史が古いトカゲ(爬虫類)たちが、はたして哺乳類や鳥類のようにレム睡眠とノンレム睡眠という機能を持つのかどうかは興味を引かれるところです。アルベックらは研究手法を改善し、トカゲから信頼性の高いデータを得ることに成功しました。使用した動物はアジアイワアガマとフトアゴヒゲトカゲです(図232-4、5)。彼らは私たちと同じように暗くなると8時間くらいぐっすり眠るという生活をしています。

2324a

図232-4 Nitzan Albeck と実験動物 画像は LinkedIn およびウィキペディアより

アルベックらが発表したアジアイワアガマの脳波と神経活動を記録したデータの一部を図232-5に示します。aをみると驚くべき事に、非常に規則正しくほぼ90秒間隔で振幅の大きいδ波が出ている時間があり、この期間の睡眠をSWS(slow wave sleep)と筆者らはよんでいます。δ波が出ていないときには神経活動が活発であることがわかり、これは REM sleep としています。cとeはそれぞれノンレム睡眠相当時とレム睡眠相当時の神経活動ですが、あきらかにeの場合頻繁にパルスが発生していることが読み取れます。

トカゲは変温動物なので、シーゲルが言うようなレム睡眠の温度依存性はありません。実際幅広い温度でこのようなデータがとれるようです。トカゲがレム睡眠とノンレム睡眠のメカニズムをもっていることは、哺乳類が出現する以前、おそらくPT境界以前の古生代からこのメカニズムが存在したことが示唆されます。

2325a

図232-5 アジアイワアガマの脳波と神経活動 参照文献5をもとに作成

魚類の場合には眼の動きがないのでREM(rapid eye movement)睡眠とは言えないのですが、カルシウムの濃度が上がると明るく光るタンパク質を用いて、ゼブラフィッシュの睡眠にも2つのフェーズがあることが報告されています(6)。この研究には国立遺伝学研究所もかんでいて、HPに日本語の解説があります(7)。彼らはこの2つのフェーズを徐バースト型睡眠 (SBS)および伝搬波型睡眠(PWS)とよんでいます。これがレム睡眠・ノンレム睡眠の起源だとすると、それは4億5千万年以前まで遡ることになります。ただこの研究は幼魚でないとできないとか、脳波の測定ができていないとかの弱点があるので、より一般的な研究法の開発も行われています(8)。

脊椎動物と同じ睡眠ではないと思われますが昆虫にも似たような状況が観察できるようで、ここではとりあげませんが今後の検討課題です(9)。

参照

1)J. M. Siegel, P. R. Manger, R. Nienhuis, H. M. Fahringer and J. D. Pettigrew., The Echidna Tachyglossus aculeatus Combines REM and Non-REM Aspects in a Single Sleep State: Implications for the Evolution of Sleep.,

2)Jerome M. Siegel, REM sleep function: mythology vs. reality., Rev Neurol (Paris). vol.179(7): pp.643–648. (2023) doi:10.1016/j.neurol.2023.08.002
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37625974/

3)BaHammam, A.S., Almeneessier, A.S. Why REM Sleep is Reduced in Aquatic and Semi-aquatic Mammals? A Discussion of the Possible Theories. Sleep Vigilance vol.3, pp.3-7 (2019).
https://doi.org/10.1007/s41782-019-00064-6
https://link.springer.com/article/10.1007/s41782-019-00064-6#citeas

4)Robert K. Naumann, Janie M. Ondracek, Samuel Reiter, Mark Shein-Idelson, Maria Antonietta Tosches, Tracy M. Yamawaki, and Gilles Laurent, The reptilian brain., Current Biology 25, R301–R327 (2015)
https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(15)00218-3.pdf

5)Nitzan Albeck, Daniel I. Udi, Regev Eyal, Arik Shvartsman & Mark Shein-Idelson, Temperature-robust rapid eye movement and slow wave sleep in the lizard Laudakia vulgaris., Commun Biol 5, 1310 (2022).
https://doi.org/10.1038/s42003-022-04261-4

6)Leung, L.C., Wang, G.X., Madelaine, R. et al. Neural signatures of sleep in zebrafish. Nature vol.571, pp.198–204 (2019).
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1336-7

7)国立遺伝学研究所HP 魚で見つかったレム睡眠とノンレム睡眠(2019)
https://www.nig.ac.jp/nig/ja/2019/09/research-highlights_ja/rh20190711.html

8)海生研ニュース151 林正裕 魚類における脳波解析を用いた睡眠測定技術の開発
https://www.kaiseiken.or.jp/study/lib/news151_03.pdf

9)ウィキペディア:睡眠
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9D%A1%E7%9C%A0

 

| |

« オーボエの音色 | トップページ | World music collection 10: Oda Tetsuro & Aikawa Nanase »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« オーボエの音色 | トップページ | World music collection 10: Oda Tetsuro & Aikawa Nanase »