« 志賀原子力発電所で何が起こったか? | トップページ | Walk down the memory lane 5: Sarah »

2024年1月23日 (火)

続・生物学茶話228:光遺伝子治療に向かって

CRISPR(クリスパー)-Cas9システムについてはすでにこのブログで7年前に述べていますが(1)、もう一度簡単に復習しておきましょう。このシステムはもともと原核細胞が感染したウィルスの遺伝子構造を自らのDNAに保管し、再度感染した際にその配列にエンドヌクレアーゼを誘導して切断するという免疫システムです。このシステムを利用すれば、任意の配列のDNAにエンドヌクレアーゼ(たとえばCas9)を誘導して切断できます。切断は2本鎖切断の形でおこなわれるので、生物が持つDNA2本鎖切断修復機能(相同組み換え機能)を利用して、外部DNAを挿入することもできます。

簡単に説明すると、ターゲットとなるDNAに相補的な配列(ガイド配列)と使うエンドヌクレアーゼと結合する部位の両者を持つRNAを制作し、エンドヌクレアーゼ(DNase)=Cas9などを切断箇所に誘導して2本鎖切断を行わせます(図228-1、2)。これによって遺伝子ノックアウト動物を作成したり、切断部位に外部DNAを組み込ませてノックイン動物を作成するなどの用途に用いられます。このシステムを利用して、遺伝子の変異が起きた細胞を正常な細胞に再生するなどということはまだできないので、「遺伝子編集」などという言葉は過大ですが、この技術が開発されてからもう20年以上経過しますので、新たな進歩もあります。今回はその一部を紹介しようと思います。

2281a

図228-1 CRIPR-Cas9 システムの概要

図228-1についてはもう少し説明する必要があります。Cas9というクリスパーシステムの中核であるエンドヌクレアーゼは類似した機能を持つ多くのタイプがあることが知られていますが、いずれ稿を改めて取り扱おうと思っていますので、ここでは詳しく述べません。ただ石野によれば古細菌の90%、真正細菌の50%くらいがクリスパーシステムを持っているようなので、バラエティーが多くても不思議ではありません(3)。例えばPAMという配列を認識してCas9はDNAと結合しますが、それは一定ではなく酵素によって認識する配列は異なります。たとえば化膿性レンサ球菌由来のCas9(SpCas9)のPAM配列は5’-NGG-3’(Nは任意の塩基)ですが、黄色ブドウ球菌由来のCas9(SaCas9)は5’-NNGRRT-3’(RはAまたはG)となっています(4)。

Cas9が機能するためには crRNA+tracrRNA または sgRNA が必要で、Cas9はこのRNAと相補的な配列を持つDNAを切断するとともに、対となっている反対側のDNAも切断します(図228-1)。よく研究されている Streptococcus pyogenes のCas9タンパク質の1次元マップを図228-2に示します(5)。一般的にCasタンパク質はRNAを認識するRECローブとヌクレアーゼ活性を持つNUCローブからなりますが、それらはサブユニットではなく、BH(ブリッジヘリックス)でつながっているひとつのペプチド鎖です(図228-2)。

2282a

図228-2 Casタンパク質の1次構造マップ

Streptococcus pyogenes のCas9タンパク質の場合、NUCローブは一次元的には分離していますが、生物種によっては分離していない場合もあります(6)。また最近よく使われるCas12a(Cpf1)の場合も分離しているものとしていないものがあります(6)。PAMを認識する部分は一般的にNUCローブに存在しています。

図228-3は西増らによって発表された Streptococcus pyogenes のCas9タンパク質の立体構造で、RECローブ、NUCローブ、sgRNA、ターゲットDNAの関係がよくわかります(7)。ただHNHとRuvCという2つのDNA切断活性を持つサイトが離れているので、ダブルストランドが同時に切断されるのではなく、HNHサイトで片鎖が切断された後、なんらかのコンフォメーションチェンジがあって、RuvCでの切断が行われると思われます。

2283a

図228-3 Streptococcus pyogenes Cas9 の立体構造 

佐藤らはアカパンカビの光受容体を使って、「青色光によって結合し、暗所で解離する」というタンパク質のセットを開発してマグネットシステムと名付けました。彼らはCasタンパク質のC末断片とN末断片を分離し、それぞれにマグネットタンパク質を結合させてから青色光を当てることによって、特定の場所と時間を決めてCRISPR-CasシステムをON/OFFすることに成功しました(8-10)。

2284a

図228-4 マグネットシステムを用いた標的遺伝子の切断

このことは将来、たとえば脳の特定の神経細胞の特定の遺伝子をノックアウトするというような、新しい脳疾患の遺伝子治療に道を開く技術であると言えます。このような治療が成功するためには、特にオフターゲット効果が小さい、すなわち標的でないDNAを切ってしまうエラーが少ないことが重要で(増殖を制御している部分を切ってしまうと癌が発生する可能性があるなど)、Cas12a(=Cpf1)はCas9よりもこの点で優れているようです。また青色光ではなく赤外光にレスポンスするセットの方が深部でも反応するのでベターでしょう。

古細菌、緑藻、アカパンカビなどの研究からクリスパー・キャス、光遺伝学、光遺伝子治療などという21世紀の驚異的なイノベーションが生まれてきました。こんなことは高級官僚や国会議員がいくら頭をひねっても思いつくことではありません。「選択と集中」は科学を陳腐なものにしてしまうのがオチであることを心に刻みましょう。研究材料が誰も関心のないような生物であったとしても、その研究者をバカにするのはやめましょう。

参照

1)やぶにらみ生物論95: クリスパー
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/12/post-0ba2.html

2)ThermoFischer Accelerating ScienceLearning at the Bench 分子生物学実験関連 そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第1回 CRISPR/Cas9システムの原理~
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/gene-editing_bid_ts_1/

3)石野良純 奇妙な繰り返し配列クリスパーの謎
公研 2021年6月号「私の生き方」
https://koken-publication.com/archives/1036

4)M-hub CRISPR-Cas9とは?原理をわかりやすく解説!
https://m-hub.jp/biology/4829/332

5)西増 弘志 CRISPR-Cas9 の構造と機能 生化学 第 87 巻第 6 号,pp.686‒692(2015)
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2015.870686/data/index.html

6)Alberto Cebrian-Serranom, Benjamin Davies, CRISPR-Cas orthologues and variants: optimizing the repertoire, specificity and delivery of genome engineering tools., Mamm Genome , vol.28: pp.247–261(2017) DOI 10.1007/s00335-017-9697-4
https://www.researchgate.net/publication/317799176_CRISPR-Cas_orthologues_and_variants_optimizing_the_repertoire_specificity_and_delivery_of_genome_engineering_tools

7)Hiroshi Nishimasu, F. Ann Ran, Patrick D. Hsu, Silvana Konermann, Soraya I. Shehata,
Naoshi Dohmae, Ryuichiro Ishitani, Feng Zhang and Osamu Nureki, Crystal Structure of Cas9
in Complex with Guide RNA and Target DNA., Cell vol.156, pp.935–949 (2014)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cell.2014.02.001
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(14)00156-1?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867414001561%3Fshowall%3Dtrue

8)佐藤守俊 ゲノムの光操作技術の創出 生物工学会誌 第 100 巻 第 8 号 pp.429–432.(2022)
DOI: 10.34565/seibutsukogaku.100.8_429

9)Nihongaki, Y., Otabe, T., Ueda, Y. and Sato, M., A split CRISPR–Cpf1 platform for inducible genome editing and gene activation. Nat Chem Biol 15, 882–888 (2019). https://doi.org/10.1038/s41589-019-0338-y
https://www.nature.com/articles/s41589-019-0338-y

10)東京大学プレスリリース ゲノム編集を制御する新たな技術 ~Split-CRISPR-Cpf1の開発〜 (佐藤守俊)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190813/index.html

 

| |

« 志賀原子力発電所で何が起こったか? | トップページ | Walk down the memory lane 5: Sarah »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 志賀原子力発電所で何が起こったか? | トップページ | Walk down the memory lane 5: Sarah »