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2023年12月21日 (木)

半島のマリア 第12話:失踪

Bed

 レコーディングが終わると秦が言ったとおりスケジュールがゆったりしてきて、玲華がエディと会う機会も増えた。はじめてホテルで夜を共にしたときは、あまりの痛さに玲華が泣いてしまったので、エディもびっくりしてそれ以上の性交渉をあきらめざるを得なかった。二人でぼんやりベッドに横たわっているうちに、エディは玲華に「ボクの両親はイスラエルに住むユダヤ人だったんだけど、実はテロでアラブゲリラに殺されたのです。それが今日と同じ8月6日です。多くの友人達も軍隊に入ってゲリラと戦っていますが、私も戦わなければならないことはよくわかります。でもこれは玲華にしか言わないことですが、ボクはイスラエルのやり方にも問題があると思います。日本でもいろいろ報道されているでしょう。もっと本当のことを言うと、イスラエル軍は強力なので、ゲリラは怖くはありませんが、復讐という感情の日常化にはボクは耐えられません。それで親戚を頼ってアメリカ合衆国にわたり、アメリカ人になることをめざしました。宗教もカソリックに改宗しました。だからボクはユダヤ人としては裏切り者です」と告白した。

 玲華は「そういえば今日は広島に原爆が落ちた日でもあるわね。戦争なんて考えるのもいやよ。ユダヤのことは知らないけど、日本人から見るとエディの気持ちはよくわかる気がする」とエディをなぐさめた。もっといろいろ言いたかったが、所詮自分は遠い部外者だという感覚が玲華の口を重くした。そのかわりもう一度エディを強く抱きしめた。エディはもう一度挿入してきた。今度はなんとか我慢できた。セックスは人を接近させる。エディとは肉体だけでなく精神的にも、軽々しく踏み込んではならない領域まで一気に深く進入してしまった。

 秋になって玲華も忙しくなったが、エディとは暇をみつけてデートしていた。ただここしばらくエディは忙しいらしくて会ってくれない。電話には出てくれるが、どちらかといえば上の空という感じだった。私には興味を無くしたのだろうか? 明日も土曜日なのに、エディは忙しいので会社で夜まで仕事をすると言っていた。エディは訊いても具体的な仕事の内容はあまり教えてくれなかったが、一応サラリーマンなのでそう自由がきくわけではないと玲華は自分を納得させていた。

 仕事もなくて玲華には久しぶりに空白の土曜日だった。昼前にやっとベッドから起きあがり、京子と早智に電話してみたが二人とも出てくれなかった。ひょっとして夕方になるとエディの仕事も終わっているかもしれないと確かめるため電話してみたが、エディは出なかった。おかしい、どうして出ないのだろう。胸騒ぎがして、玲華は会社に行ってみることにした。

 会社に行ってみると、土曜日で本来は休日だというの大勢の人がロビーにたむろしていたりして、何かイベントでもあるのかざわついていた。顔見知りの人たちの姿もチラッと見えたが、玲華は隠れるようにさっさとエレベーターに乗って、3Fのエディの部屋に直行した。ノックしても返事がないので、知っている4桁の番号をプッシュして無断で部屋に入った。エディはやはり不在だったことを確認すると少し不安になり、また腹立たしくもあった。会社で仕事をするって言っていたのに、私にウソをついてどこで何をしているんだろう。エディのスマホにまた電話をかけてみたが、相変わらず応答はなかった。仕方なく、「今日はどうしたの。会社にもいないじゃない」とメッセージをスマホにいれてみたが、送ったあとで嫌なメッセージを入れた事を後悔した。玲華はすっかり落ち込んで、エディの椅子に沈み込んだ。

 涙がこぼれ落ちそうになったので、机上のパソコンのスイッチを入れてみた。パスワードを訊いてきたので、生年月日、星座、血液型などを組み合わせて入力してみたが、すべて失敗した。REIKAといれてみてダメだったときは少しがっかりした。彼が私の前で歌った曲の歌手ナットキングコールといれてみたら、これもダメだった。ところが根気よくやっているうちに、ナットキングコールの本名のNATHANIELの後にシャープをいれ、さらにエディの両親の命日0806をいれるとなんとロックが解除された。時計を見るともう午後9時になろうとしていた。いったい何時間トライしていたのだろう。コーヒーでも入れて一息つこうかとしていたその時、ノックの音がしてドアを開けると守衛が立っていた。「あれ、玲華さん。こんなに遅くまでどうしました」と訊いてくるので、「ちょっと電話番をたのまれちゃって。あと少しでエディが帰ってくるんで、打ち合わせしたら帰りますから」といい加減な答えをしたら、幸いにも「帰るときは一声かけでくださいよ」と言って退散してくれた。

 やっと解除できたのにここでシャットダウンして帰る手はないとは思ったものの、画面には訳の分からないアイコンがたくさん現れて、何がなんだかわからない。見たこともないアイコンばかりでどれがメールソフトかもわからない。私以外に女がいれば発見してやるという意気込みも萎えそうになる。

 しかしいじっているうちにメールボックスのフォルダーらしきものがみつかった。しかし開こうとするとするとパスワードを要求された。さっきと同じものを入力したが、今回はダメだった。「ああもうダメ、こんなのにつきあってられないよ」と叫んでみたが、すっかり気力を喪失してしまった。とりあえず京子や早智と楽曲制作の時に使っていたクラウドストレージにフォルダーごとコピーして共有することにした。玲華自身はPCを東京に持ってきていなかった。作業を終わってぐったりと机につっぷしていると、突然部屋に二人の男が入ってきて口を布でふさがれた。首にチクッとした痛みを感じると、すぐ玲華は気を失った。

 玲華からたってのマネージメントを手伝ってくれという依頼を受けて、京子はむげに断るというわけにもいかなかった。自分はミュージシャンとしてはやっていく自信はなかった。高野がピアノで生計を立てようとするのはあまり得策ではないと言っていたが、それは理解できた。何か特別な運かコネでもないかぎり、ピアノの腕ひとつで生活していくのが困難なことは京子にも十分想像できた。この点では早智がうらやましかった。彼女は物怖じせず、すぐに人と親しくなれる性格で、しかもルックスもそこそこ可愛いということで、自然にギターひとつで自分の道を切り開きつつあった。京子はどちらかと言えば人付きあいが少ない引っ込み思案な性格で、高野には作詞の勉強をしてみればと言われていた。

 玲華が失踪した土曜日は京子は午後から東京に来ていたが、とても忙しい日でメールチェックをする余裕もなく、ようやく解放された午後10時頃に見てみると、めずらしく玲華から「東京にいるのよね。今晩一緒に食事しない。今会社にいるのよ。連絡待ってる」というメールがはいっていた。これは何か話したいことでもあるのかなと慌てて連絡してみたが、玲華の応答はなかった。

 翌週の火曜日に玲華への雑誌の取材があったのだが、時間がきても玲華が現れなかったことから騒ぎが始まった。玲華は時間にはきちんとしていて、それまで打ち合わせなど約束の時刻に遅刻したことは一度もなかった。秦は実家や立ち寄りそうなところなどあちこち手をつくして探したが、全く連絡はとれなかった。京子に連絡すると「土曜日には会社にいたはず」とのことだった。守衛も土曜日の午後9時頃にはエディの部屋にいたことを確認している。玲華はとりあえず社員寮に住んでもらっていたので、寮監に連絡して部屋を確認してもらったがそこにも玲華はいなかった。病気で倒れていたという事態ではなかったので多少はほっとしたが、どこかで交通事故にあったのかもしれない。秦も高野も呆然とするしかなかった。プロジェクトは雲散霧消してしまうのだろうか。

 しばらくしてマノスにはもうひとつの失踪が発生していることがわかった。エディがしばらく出社していないので、長谷川がマクマホンに国際電話で問い合わせると、マクマホンが驚いてそちらにすぐ人をよこすというのだ。エディが最後に目撃されたのは先週の金曜日、玲華が最後に目撃されたのは土曜日だ。ふたりはほぼ同時に失踪したことになる。マクマホンに電話を入れてから2時間くらいで広田という人物が長谷川を訪ねてきた。名刺をみるとロゼット社ではなく Secret Service と書いてあった。以前に専務からエディは実はホワイトハウスの指示をうけて仕事をしていると聞いていたので長谷川はそれほど驚きはしなかったが、マクマホンもエディの居所を知らなかったというのはただ事ではない。広田には長谷川が知っていることをすべて話した。広田はこの件は最小限の人間にしか話さないようにと長谷川に忠告したが、長谷川は「警察には連絡しますよ」と言って110を押した。

 すぐに警察がやってきたが、エディが米国政府がらみで内密の仕事をしていたことがわかると彼らは一気に腰がひけた様子になった。玲華とエディの失踪事件(?)はマスコミで報道されることはなかった。腰が引けたとは言っても彼らが何もしなかったわけではない。警察の調べでは、会社関係者のなかに玲華とエディが一緒に歩いているところを見たという者が複数いたことがわかったようで、2人の失踪はセットであることも考えられた。では駆け落ちなのか?

 しかし少なくとも玲華の失踪については不審な点があった。午後9時以降歩いて会社を出る彼女の姿は守衛も見ていないし、監視カメラでも確認できなかったのだ。事件の可能性があることが示唆された。通常の出入り口以外に、外からは入れないが外に出るのは自由な非常口がひとつあったが、玲華がそんなところから外に出る可能性は低い。玲華はいつも守衛に挨拶して出入りしていることはみんな知っていた。ただ土曜日は会社のホールでイベントがあったので、正面入り口は開放されていて不特定多数の来場者があり、監視カメラによる人物の特定は不可能だった。実家にも会社にも犯人からは身代金要求などの連絡はなかった。

 エディの失踪については全く情報が得られなかった。ただエディが使っていた部屋から彼のPCが紛失していることが判明し、紛失した日時は確定できないものの、玲華の失踪と同時である可能性が高いと思われた。おそらく犯人の狙いはPCであり、玲華は運悪くPCを使っていたために拉致されたのだろう。しかしこれらはすべて推測であり、ふたりの居場所について有力な情報も皆無だった。エディが玲華を連れて自らの意志で失踪した可能性も考えられないわけではなかった。しばらくして長谷川は「この件は別の部署に移管された」と警察の担当者から耳打ちされた。長谷川は秦と高野にはエディの「特別な」役割の件と、シークレットサービスの広田が会社に来たことは秘匿し、玲華プロジェクトの解散を指示した。

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