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2023年11月24日 (金)

続・生物学茶話225:アンジェルマン症候群

アンジェルマン症候群はおよそ生まれてきた赤ちゃんの1万5千人にひとりの割合で見られる指定難病です。1965年に英国の小児科医ハリー・アンジェルマンは知的障害・発語障害・運動障害・幸福そうな態度が同時に見られる一群の子供達をひとつの病気としてまとめて報告しました(1)。この時アンジェルマンはこの病気の子供達をパペット・チルドレンと呼びましたが、それはカロトの絵に触発されてのことだそうです(2、3、図225-1)。口角が上がって微笑んでいるように見えるのがパペット・チルドレンの特徴です。この絵はヴェローナの美術館の所蔵だったそうですが、なんと2015年に盗まれてしまったそうです(4)。ハリー・アンジェルマンの報告は発表した当時はさして注目されなかったようですが、後日認められてこの病気はアンジェルマン症候群という名前になりました。

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図225-1 アンジェルマン症候群

アンジェルマン症候群の原因は遺伝子の異常であり、その責任遺伝子はUBE3Aであることがわかっています(5、6)。症状や診断についての詳細は文献をご覧ください(7)。現在のところ根治は不可能で、対症療法しかありません。

さてそのUBE3Aという遺伝子はどのようなタンパク質をコードしているかというと、それはE3ユビキチンリガーゼです(ユビキチンもある種のタンパク質)。役割は図225-2に示したように、ATPを使ってユビキチン化されたE2を基質となるタンパク質と結合させて「基質+E3+ユビキチン化E2」という複合体を形成し、そこでユビキチンを基質に転移させて「ユビキチン化基質+E3+E2」というプロダクトを作成するというものです(8)。

ヒトのE3は500~1000種類あるとされいます(8)。どうしてそんなに種類が多いかというと、それだけ多種類の基質(タンパク質)が存在するからで、それだけ多くのタンパク質がユビキチン化によって機能を調節されていることを意味します。機能調節に加えてもうひとつ重要なことは、ユビキチン化されることによって、それがそのタンパク質がプロテアソームによって分解されるためのシグナルになる場合があることです。UBE3AもそのようなE3のひとつで、変異または欠失によってその標的となっていたタンパク質の調節あるいは分解がうまくいかないことが予想されます。

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図225-2 タンパク質のユビキチン化におけるE3の役割

(Roger B. Dodd により upload されたウィキペディアの図 参照8)

ここでアンジェルマン症候群を取り上げたのには1つ理由があって、実は UBE3A はゲノムインプリンティングと関係があり、父親由来のこの遺伝子制御領域はインプリンティングによって不活化されていることが明らかになっています(9)。したがって母親のこの領域が欠失する、変異する、または父親由来の染色体のダイソミーになることでUBE3AがコードするE3が消滅または不活性となり、アンジェルマン症を発症します。

図225-3にこの遺伝子の染色体上の位置を示しました。第15染色体のセントロメア近傍長腕に存在します(15q11.2)が、近傍に SNRPN という領域があり、ここにはプラダー・ウィリ(Prader-Willi)症候群の原因遺伝子が存在します(10)。この遺伝子の産物はpre-mRNAのスプライシングに関与していると考えられるリボ核タンパク質サブユニットなのでUBE3Aとはかかわりがありません(11)。ただ母親由来のこの遺伝子制御領域がインプリンティングによって不活化されているので、父親由来のこの領域が欠失する、変異する、または母親由来の染色体のダイソミーによって発症するので、ゲノムインプリンティングに関してはなんらかの関わりがあるのかもしれません。

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図225-3 UBE3Aのヒト15番染色体上の位置

UBE3AがコードするE3のターゲットのひとつがBMP受容体であることが示唆され(12)、さらにこの結果そのE3の欠損によってシナプスの刈り込みが不調となることが、アンジェルマン症候群における脳神経系の発育異常につながっていることが示唆されています。たとえばUBE3Aのある部分が変異することによって、E3とキネシンの接着がうまくいかなくなり、E3が軸索をシナプスまで移動できないためにBMP受容体の分解がうまくいかず刈り込みが不調となります(13、図225-4)。BMP受容体の分解がうまくいかないということはBMPシグナルが強く出すぎるということを意味します。このことはBMPシグナルを適切に調節するという治療が可能であることも示唆しています(13)。

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図225-4 アンジェルマン症候群における脳神経系発育異常の要因の例(参照文献13の研究結果)

BMPシグナルは非常に広範な発生現象に影響を及ぼしているので、この作用に関わる因子だとすればその影響は大きく、欠損によって様々な症状が発生することも理解できます。しかし適切なタイミングで適切にBMPシグナルを抑制すれば、アンジェルマン症候群の治療もできるという方向で研究が進められていると思います。

参照

1)Angelman, Harvey 'Puppet' Children: A report of three cases., Dev Med Child Neurol. 7 (6): 681-688. (1965) https://doi.org/10.1111/j.1469-8749.1965.tb07844.x
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1469-8749.1965.tb07844.x

2)Wikipedia: Harry Angelman
https://en.wikipedia.org/wiki/Harry_Angelman

3)Wikipedia: Giovanni Francesco Caroto
https://en.wikipedia.org/wiki/Giovanni_Francesco_Caroto#

4)Angelman Syndrome in the Portrait of a Child With a Drawing by Giovanni F. Caroto
JAMA Medical News September 2016
https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/article-abstract/2531458

5)Matsuura, T., Sutcliffe, J., Fang, P. et al., De novo truncating mutations in E6-AP ubiquitin-protein ligase gene (UBE3A) in Angelman syndrome., Nat Genet vol.15, pp.74–77 (1997). https://doi.org/10.1038/ng0197-74
https://www.nature.com/articles/ng0197-74

6)Joachim Bürger, Denise Horn, Holger Tönnies, Heidemarie Neitzel, André Reis, Familial interstitial 570 kbp deletion of the UBE3A gene region causing Angelman syndrome but not Prader-Willi syndrome., American Journal of Medical Genetics, vol.111, Issue 3, pp.233-237 (2002). https://doi.org/10.1002/ajmg.10498
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/ajmg.10498

7)GRJ(Gene Reviews Japan) Angelman症候群 日本語翻訳版
http://grj.umin.jp/grj/angelman.htm

8)ウィキペディア:ユビキチンリガーゼ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%93%E3%82%AD%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%BC

9)Mabb AM, Judson MC, Zylka MJ, Philpot BD. Angelman syndrome: insights into genomic imprinting and neurodevelopmental phenotypes. Trends Neurosci., vol.34(6): pp.293-303. (2011) doi: 10.1016/j.tins.2011.04.001.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3116240/

10)Leica Biosystems: IVD UBE3A/PML
https://shop.leicabiosystems.com/ja-jp/ihc-ish/ish-probes-molecular-pathology/pid-ivd-UBE3A-pml

11)Christopher C. Glenn, Kathleen A. Porter, Michelle T.C. Jong, Robert D. Nicholls, Daniel J. Driscoll, Functional imprinting and epigenetic modification of the human SNRPN gene, Human Molecular Genetics, vol.2, Issue 12, pp.2001–2005 (1993)
https://doi.org/10.1093/hmg/2.12.2001
https://academic.oup.com/hmg/article-abstract/2/12/2001/649069?redirectedFrom=fulltext

12)Li W, Yao A, Zhi H, Kaur K, Zhu Y-c, Jia M, et al. (2016) Angelman Syndrome Protein Ube3a Regulates Synaptic Growth and Endocytosis by Inhibiting BMP Signaling in Drosophila. PLoS Genet., vol.12(5): (2016) https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1006062
https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1006062

13)Kotaro Furusawa, Kenichi Ishii, Masato Tsuji, Nagomi Tokumitsu, Eri Hasegawa and Kazuo Emoto, Presynaptic Ube3a E3 ligase promotes synapse elimination through downregulation of BMP signaling., Science vol.381, issue 6663, pp.1197-1205 (2023)
DOI: 10.1126/science.ade8978
https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.ade8978

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