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2023年10月31日 (火)

「遠い昨日、近い昔」 森村誠一

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森村誠一氏が今年の7月に他界されました。私は特にミステリーファンでもなかったので、はじめて彼の作品に出会ったのは角川映画の「人間の証明」でした。これはただのミステリーではない強烈な感情の高揚をともなう作品で、特別に深い印象を残してくれました。映画を見た後で小説本を読んだ記憶があります。ジョー山中の主題歌も忘れられません。

https://www.youtube.com/watch?v=tIq3mwcbnJ8

この本「遠い昨日、近い昔」は彼の自伝ですが、もうひとつの目的は反戦を訴えることです。小学校時代に太平洋戦争が勃発し、彼は小学生の頃から英語が話せたせいでひどい目にあったことが反戦思想の基盤になっています。また熊谷にあった彼の家も爆撃で消失し、父親のとっさの判断で命だけは助かったという経験もしたそうです。

そして「悪魔の飽食」執筆後に右翼団体などから受けた激しいバッシングもその思いに拍車をかけました。この作品は太平洋戦争の間に満州で731部隊によって行われた細菌兵器による作戦と、人間をマウスのような実験動物として行った人体実験について記したノンフィクションです。

森村氏は「これを世界に恥をさらす自虐的行為だと言う者もいるが、日本が犯した非人道的戦争犯罪を、くさいものに蓋をするように隠す行為こそ日本の恥をさらすものである」と述べています。

私が好きだったのはTVドラマで三浦友和氏が主演した「街」シリーズです。彼の演じたキャラの緩さが独特の雰囲気を醸し出していました。

https://thetv.jp/program/0000892226/

 

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2023年10月29日 (日)

半島のマリア 第6話:エディ

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「ハイ レイカ ゲンキー」といつも陽気なエディが会議室にはいってきた。
「どうしたんですか。今日は変にハイですよ」と玲華は少し驚いて答えた。エディは玲華がはじめて面と向かって話したアメリカ人だが、英語で話したことはなかった。エディはゆっくりではあったが、ほとんど正しいと言っていい日本語をしゃべるので、会話に不自由はなかった。相手が日本人だった場合、たいして話したこともない人に「レイカ」と呼び捨てにされるというのは不快に感じるかもしれないが、相手がアメリカ人なら許せてしまうのが不思議だった。

「何しろ広い部屋を使わせてもらってるのは有難いんだけど、ずっとひとりで仕事してると息が詰まりそう」
「コーヒーでも淹れましょうか」
「おお玲華、やさしい。あなたのビデオを長谷川さんにみせてもらいました。心をうたれました」
「エディさんは日本語のプロね。心をうたれるなんて言葉をよく知ってますね」
玲華は面と向かってほめられたてれかくしにエディをほめた。
「ドキドキってことでしょう」
「ちょっと違うかもね」

 エディが出ていくと、シンとした会議室に玲華一人とりのこされた。窓から外を見ると、近くの建物の庭に桜の木が1本だけぽつんと満開になっていた。道路を見下ろすと、半袖のTシャツで歩いている人もいるくらいで、すっかり世の中は春だった。レッスンやボイストレーニング、イベントのお手伝いなどあれこれと忙しくて、長らく東京の社員寮住まいになってしまい、玲華は最近学校に行ってなかった。まだデビューもしていないのに雑誌の取材や写真撮影まであって、自分はどうも実力以上に期待されているんじゃないかいうことを不安に思わないわけにはいかなかった。

ドアがガチッと開く音がして高野が会議室にはいってきた。
「みんなもうすぐ来るから少し待って」と高野は長机をはさんで、玲華の向かい側に機嫌の良さそうな顔で座った。
「玲華ちゃん。朗報だよ。東友大学のヘヴンズビーチが一緒にやってくれるそうだよ。これでプロジェクトがスタートできる。今日が玲華プロジェクトが本格的に始動する日だ」
間もなく数人のメンバーが次々と集まってきた。最後に学生らしい人物が二人席に着くと、高野は少しあらたまった様子で椅子から立ち上がった。

「今日は皆さんもうご承知のように、玲華プロジェクトの実質的なスタートの日です。まず浜本玲華さん、ヘヴンズビーチの牧君と古賀君の初顔合わせなのでご紹介します。今日はお二人だけですが、ヘヴンズビーチは5人の構成で、これから一緒にお仕事を進めることになるのでよろしくお願いします。今日はいつもの企画部と宣伝部のメンバー以外に、特に制作部の秦さんにも加わっていただきました」
「秦です。よろしくお願いします」
「最初の日からごちゃごちゃと細かいことをやるのもなんなので、初対面の方もいらっしゃることですし、今日はケーキでもいただきながらフリートークでいきましょう」

 ちょうどタイミングよく事務員がコーヒーとケーキを運んできた。机に並べているときにひょっこり田所が入ってきた。
「いやいや遅刻だ。申し訳ありません」
 背中を曲げてこそこそと入ってくる田所を見ると、玲華はかすかな幻滅を感じないわけにはいかなかった。これは若くて有能な高野という男を知ってしまったからだろうか。それともエディのせい? いや田所の年齢を考えると、年相応のくたびれ方ではあろう。彼への思いが色あせてきたことで玲華は自分が少し大人になったことを感じたが、それはもちろんほろ苦いものでもあった。それでも玲華にとって田所が師であり、自分の運命を決めてくれた人という気持ちには変わりなかった。高野が立ち上がって話し始めた。

「ちょうど田所さんが来られたので、皆さんにお知らせしておくことがあります。実は田所さんが玲華ちゃんのマネージメントをやっていく自信がないとおっしゃるので、こちらでさがすことになりました。こころあたりはありますが、まだ決まっておりません。決まり次第お知らせ致します」

 高野に続いて田所が立ち上がって言葉を引き継いだ。
「みなさまの御陰様で、玲華が世に出る準備が整ったということで感謝しております。私はこれまで芸能界には無縁の衆生だった上に、玲華のお母さんにおこられちゃったことなんかもありまして、こういうことになりましたが、これが却ってよい結果に結びつくと確信しております。幸いウェブデザイン関係での仕事をいただきまして、微力ながら玲華のプロモーションの方面でお手伝いさせていただくことになりました。今後ともよろしくお願いします」

 フリートークだなどといいつつ、高野は誰に曲作りを依頼すればよいかとか、玲華とヘヴンズビーチの共同ユニットの名前をどうするかなど重要なテーマをつぎつぎ手際よく煮詰めていった。田所が推測するところでは、秦と高野の間ではほぼ事前に話ができあがっていて、あとの連中はただそのなかで泳がされているだけという進行のようだった。結局名前は「マリア・ロザリー&HB」ということで学生達を納得させ、数曲を結構売れている作家達に依頼することになった。ロザリーというのは数珠のことでみんなで繋ぐという意味があると高野は自慢げに付け加えた。プロジェクトはもう引き返せないところに来た。

 長い会議が終わると、もうあたりは暗くなっていた。玲華がビルを出て地下鉄の階段を下りようとしているとき、うしろからエディが声をかけてきた。
「レイカ 疲れてますね。こんどはコーヒーおごります」
実際に疲れていたし、断る理由もみつからなかったので、近くのビルの二階にあるカフェに入ることにした。

「エディさんはどんな仕事してるの」
「エディさんじゃなくて、エディと呼んでもらえるとうれしいです。正式な名前はエドウィン・ロスバーグです。アメリカ合衆国のロゼットというレコード会社の契約社員として仕事をしています。ロゼットはマノスレコードに日本でCDなどを売ってもらってるんだけど、主にその契約や業務提携の仕事をしているんです。時間のあるときはプロモーションみたいなことも少しやります。仕事上の直接の関係はないんですが、一応長谷川さんの部下ということになっていて、いろいろ相談相手になってもらっています」
「どうしてそんなに日本語が上手なの」
「軍の仕事で沖縄に3年いたことがあるんです。その時に日本語のコースをとって勉強したんです。軍隊をやめたあと、日本人相手に仕事をすればもうかると思ってね」
「ご両親はアメリカにいらっしゃるのね」
その質問をしたときに、エディの顔に一瞬暗い陰が走ったような気がした。やはり「両親とも亡くなりました」という短い答えがかえってきた。玲華は不意をつかれて「ごめんなさい」と言ったまま、気まずい沈黙になってしまった。

助け船のようにコーヒーが運ばれてくると、エディは笑顔を作って
「今度はボクのクエスチョンタイム。レイカはどうして歌手になったの」と訊いてきた。
「偶然もあるけど、小さい頃から歌は好きだったの」
「どんな曲が好きですか?」
「アメリカ人だったら、ちょっと古いけどナタリー・コールなんて好きよ」
「なるほど、mona lisa, mona lisa, men have named you」
「ひょっとして歌ってる?」
「ナタリーのお父さんの歌です」
「うーん なんか聴いたことがあるかも」

 田所や高野とは親しいといっても、やはり年齢や立場という壁があって友人ではない。玲華は高校ではつるんでいたクラスメートは女子ばかりだったので、男子の友達はいなかった。エディは多分高野くらいの年齢だとは思うが、唯一の異性の友人候補かもしれない。それにしても、知り合ったばかりなのにどうしてこんなにフランクに話せるのか不思議だった。

 

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2023年10月26日 (木)

続・生物学茶話223 視交叉

生物の体の構造は解剖学的にはほとんど明らかになっていますが、なぜそのような構造になっているのかわからないことも残されています。視神経や運動神経の交叉もその種の謎でした。しかし視神経の交叉については、最近ウィキペディアの visual system という項目の図(1、図223-1)を見てなるほどと納得しました。

図223-1は網膜は側頭側と鼻側の神経で別々の求心性径路をたどることを示しています。すなわち左目も右目も右半分の網膜の情報は右脳の外側膝状体に、左半分は左脳の外側膝状体に投射しているのです。これによって、左側網膜に投影された右の方の視界は左側の1次視覚野で立体視的に処理され、右側網膜に投影された左の方の視界は右側の1次視覚野で立体視的に処理され、それらの情報はさらに高次の視覚野で統合されて最終的な視覚情報になるわけです。

このようなシステムに最初に誰が気づいたのでしょう。桜井聡の総説に興味深い記載がありました(2)。橋本雅人が2003年の Ronald M. Burde 神経眼科勉強会で報告したところによると、胎児仮死で帝王切開をうけた妊婦が、播種性血管内凝固症候群のため子宮摘出手術を受けた後、眼に障害が発生した例について調べたところ、外側膝状体の損傷部位によって見えない部分が決まるということがわかり、ここから研究が進められたようです。文献2には文献1と若干異なる記述があるのでウィキペディアの方が正しいとして話を進めます。ただしウィキペディアで引用されている文献(3)については書籍なので私はみておりません。橋本先生は現在札幌の中村記念病院でご活躍のようです(4)。

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図223-1 眼の情報は視交叉を経て脳に伝えられる

脳科学辞典の外側膝状核(外側膝状体と同意)の記述によると「多くの霊長類では(外側膝状体は)6層構造を示し第1、4、6層は反対側の網膜から、第2、3、5層は同側の網膜から入力を受ける」とあります(5)。これを図示すると図223-2のようになります。したがって右側の外側膝状体の中央部(2~5の部分)が損傷すると、左目で見ていた左側の画像情報は両端部の1、6層に投射しているので生き残りやすくなり、右目でみていた左側情報は中央部に近いので失われやすいということになります。

左目で得た左側情報と右目で得た左側情報を突合して処理するためにはおそらく視交叉が必要ですが、これはおそらく両生類から引き継いだものです。カエルの場合オタマジャクシでは視交叉はありますが左目の情報は全部右側の脳で、右目の情報は全部左側の脳で処理します。しかしカエルになると哺乳類と同様、神経の半分は交叉しないタイプのシステムに転換します(6、7)。驚異の可塑性です。魚類はオタマジャクシ型なので、脊椎動物のデフォルトはオタマジャクシ型(全交叉型)で、そこから進化したのがカエル型ひいては哺乳類型(半交叉型)ということになります。

ただし魚類でもチョウザメ(サメではなく硬骨魚類)やピラニアは半交叉型だそうです(7)。そうなるための発生プログラムがすでに魚類の間にできていたということでしょう。面白いのは哺乳類でも顔の構造で両眼視しにくい動物(齧歯類など)はより全交叉型に近い構造になるようです(7)。馬などは全交叉型かもしれません。鳥類も哺乳類と同じく、動く獲物を捕らえる必要がある種(猛禽類、海鳥、ツバメなど)は多分半交叉、鳩やカモなど植物が主食の種は全交叉なのでしょう。いずれにしても全交叉か半交叉かは生活の仕方によってフレキシブルなようです。ただし頭足類や昆虫では交叉は無いようなので(8)、後口動物が分岐したときに腹背逆転が起こったことと関係があるのかもしれません。ただナメクジウオは物体の輪郭線をみるような眼を持っていなかったので、そもそも交叉を議論できるような生物ではありません。ゼロから進化して肉食する魚類のなかに半交叉型に進化するグループが生まれてきたと考えた方が良いのかもしれません。それはもちろんターゲットまでの距離を測定するためでしょう。

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図223-2 両眼の右側網膜(主として左側から眼に入る情報)から右側の外側膝状体への投射

脳における外側膝状体の位置を図223-4にピンクの点線で示します(9)。これは左側のものですが、この裏側に右側の外側膝状体があります。上丘は両生類や魚類では最大の視覚情報処理組織ですが、哺乳類ではこの機能は大脳皮質に移行しました。

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図223-3 外側膝状体の位置(ピンクの点線)

外側膝状体は単なる視覚情報の中継点なのでしょうか? 視神経の末端は外側膝状体の細胞に包まれるような形態をとり、両者の間には多数のシナプスが形成されます。強固な結合を形成すると共に、ひとつのシナプスが興奮を伝えると他のシナプスを抑制する作用があるなど、無駄な重複を防ぐような作用を持つようです(10)。画素数が増えるとどれだけPCに重い負荷がかかるかは画像処理をやったことがある人なら誰でもわかると思いますが、そのことと関係があるかもしれません。

外側膝状体は網膜から受け取った情報をある程度整理して1次視覚野に転送します。ヒトの場合1次視覚野は脳の一番背側にあり、この視覚情報はさらに大脳皮質の前の方すなわち後頭頂皮質および下側頭皮質方向に投射されていきます(11、図223-4)。

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図223-4 一次視覚野からさらに高次な視覚野への投射径路

外側膝状体でもある程度の情報の整理は行っているようですが、1次視覚野はまさに視覚中枢の一角を占める大脳皮質の組織です。中枢神経の機能を調べる上で貴重なツールが1962年に竹本と横部によって報告されました。昔からイボテングタケ、ベニテングタケなどに含まれる物質がハエを麻痺させることは知られていましたが、その物質を抽出し構造決定が行われました(12、図223-5)。

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図223-5 イボテン酸の化学構造とイボテングタケ

その後の研究により、イボテン酸を脳に注入すると限定した領域が壊死し、数時間後には回復するという実験を行うことができることがわかりました。1次視覚野の1部をこの方法で壊死させると、視野の一部が欠損することがわかりました。そして猿の場合だとその欠損は10日くらいで回復するということもわかりました(13、14)。

この実験によって、どの視野がどの一次視覚野に対応するかがわかります。視野という網膜・視神経によって獲得されたマップは一次視覚野の物理領域に対応しています(14)。しばらくすると回復するのは、新しい軸索の分岐が損傷しなかった周辺部分に伸びて、その周辺領域が損傷部位を代替するようになることによって可能になります(13-15、図223-6)。つまり脳には細胞増殖を行なうことなく、機能的に損傷を回復する能力があります。

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図223-6 イボテン酸注入による壊死と回復

一次視覚野から投射されるより高次の視覚野ではマップの1:1対応は希薄になり、画像の変化(動体視)とか3次元構造などの認識を行うための機能を持つと考えられています(16、17)。

(図表はいずれもウィキペディアの図を加工したものです。加工した部分は筆者の責任です)

参照

1)Wikipedia visual system
https://en.wikipedia.org/wiki/Visual_system

2)桜井聡 視覚の臨床神経眼科学 日眼会誌 vol.112, no.2, pp.107-120 (2008)
https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/JJOS_PDF/112_107.pdf

3)Martin J. Tovee, An introduction to the visual system., Cambridge University Press, Cambridge, UK, 2008

4)社会医療法人 医仁会 中村記念病院
http://www.nmh.or.jp/doctors/hashimoto/

5)脳科学辞典 markの部屋 外側膝状核
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%A4%96%E5%81%B4%E8%86%9D%E7%8A%B6%E6%A0%B8

6)今井眼科医院 視交叉
http://www5b.biglobe.ne.jp/~i-ganka/2006-5.htm

7)松縄正彦 動物の立体視
http://markpine.blog95.fc2.com/blog-entry-120.html

8)Academic accelerator 視交叉
https://academic-accelerator.com/encyclopedia/jp/optic-chiasm

9)Wikipedia: Lateral geniculate nucleus
https://en.wikipedia.org/wiki/Lateral_geniculate_nucleus

10)生理学研究所 プレスリリース 目から入ってくる溢れるような視覚情報を "くっきり"させて脳に伝える仕組みの一端を解明
http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/02/post-202.html

11)ウィキペディア 視覚野
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%96%E8%A6%9A%E9%87%8E

12)竹本常松、横部哲朗 (1962-05-31). “イボテングタケの殺蠅成分(第14回大会講演要旨)”. 衛生動物 13(2): 174-175. (1962) NAID 110003820760

13)W. T. Newsome, R. H. Wurtz, M. R. Dursteler & A. Mikami, Punctate chemical lesions of striate cortex in the macaque monkey: effect on visually guided saccades., Exp.Brain Res., vol.58, pp.392–399 (1985) https://doi.org/10.1007/BF00235320
https://link.springer.com/article/10.1007/BF00235320

14)脳の世界 第一次視覚野が壊れると見えなくなる
http://web2.chubu-gu.ac.jp/web_labo/mikami/brain/index.html

15)C Darian-Smith, C D Gilbert, Topographic reorganization in the striate cortex of the adult cat and monkey is cortically mediated., J Neurosci., vol.15 (3 Pt 1): pp.1631-1647. (1995) doi: 10.1523/JNEUROSCI.15-03-01631.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6578152/pdf/jneuro_15_3_1631.pdf

16)脳科学辞典:視覚前野
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A6%96%E8%A6%9A%E5%89%8D%E9%87%8E

17)脳科学辞典:視野地図
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%A6%96%E9%87%8E%E5%9C%B0%E5%9B%B3

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2023年10月23日 (月)

あり得ない快挙

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長い間サッカー見てますけど、こんなのははじめてです。なにしろはじめてバルサの試合に出てきた17才のマルク・ギュー(Marc Guiu)という選手が、34秒後のファーストタッチでゴール、しかもそれが決勝点というとんでもないことが起こりました。私は知らなかったので、誰?という感じだったのですが、ヴィッセル神戸との練習試合には出場していたようです。

バルサはホームですがカンプノウが工事中のため、モンジュイックの丘での試合です。試合はまったくアスレチック・ビルバオのペースで、バルサはレバンドフスキーなど故障者も多く、なんとかGKテア・シュテーゲンの活躍もあって0:0で命脈を保っている状態で後半に突入。途中出場したギュ-選手がオフサイドラインぎりぎりで待機していたところにパスがきて、ここぞとDF裏に侵入してファーストタッチ、そしてシュートがGKの手をはじいてゴール。出場34秒後のことでした。試合はそのまま1:0で終了。大殊勲でした。

ゴール:
https://www.youtube.com/watch?v=_PS819PLCLw
https://www.youtube.com/watch?v=pxktsbg5nmA

インスタグラム:
https://www.instagram.com/marcguiu9/

まだトップチームで出場したことがなかったのに。フォロワー45.5万人というのも驚きました。バルサ・カンテラの人気もたいしたものです。

 

 

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2023年10月22日 (日)

半島のマリア 第5話:青山

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 半島に帰ってもすぐにはメンバーの前で、自分たちが置かれている状況を説明することができなかった。下手にやって玲華までがやる気を無くしてしまったら一巻の終わりになってしまう。宙ぶらりんのまま正月を迎えることになった。年が明けるとなぜかマノスミュージックの紹介で、バンドをあるデパートでのイベントに使ってもらえるという話が来た。急な話だったので、おそらく何らかの原因で穴が開いた分を埋める必要があったのだろう。それにしても、解散させようとしているバンドを使うとはマノスもやってくれるではないか。

 久しぶりの人前の演奏でバンドは盛り上がった。こうして実績を積み重ね、皆でしっかり手を取り合って成長していけたら、どんなに素晴らしいだろう。しかし、それはやはり夢物語だった。イベントが無事に終わったあと高野が来て「今回出演していただけたということは、ひょっとしてまだバンドの件については話されてないんですか」と訊いてきた。
「いや面目ない。そうなんだ。」と答えると、「実はこちらの方では話がかなり煮詰まってきてるんですよ。今日はバンドの皆さんのために一席もうけることになっておりますので、おいでいただけますよね」と思わぬ展開が待ち受けていた。ということは今回のイベントの一件も、ひょっとすると高野が最後にバンドに花を持たせてくれたのかもしれない。

 会社のマイクロバスに乗ったメンバーは、東京のレストランで食事ができるということで、みんな無邪気に盛り上がっていた。達矢だけは誰にも顔を見られない最前列の席で黙り込んでいた。会社の近くのビルの地下にある、静かなフレンチレストランの隅の席に神妙に座り、フルコースの料理をいただくというのは、多分メンバーの大部分にとってははじめての経験だっただろう。これが会社の経費で落とせるのだろうかなどと達矢が心配をはじめた頃、高野が口火を切った。

 「今日は楽しいパフォーマンスを見せていただきまして、皆さん誠にお疲れさまでした。実は今日は私の方から皆さんにひとつお願いがあるんです。単刀直入に申し上げます。わが社としては、とりあえず玲華君をデビューさせたいという意向がありまして。バンドのバジルの方々につきましては、あらためて考えさせていただくということになりました」

 高野の爆弾発言で、場の雰囲気は一気に冷却し、修羅場に突入していった。「えー、改めてと言ったってうちのバンドのボーカルは玲華しかいないんだから、玲華をとられたらどうしようもないじゃん」と摩耶が高野の言葉にかみついた。睦美はもっとはっきりと「うちらはポイッてことよ、でしょ先生」と言って達矢をにらみつけた。「えっ うそでしょ」と摩耶も鋭い視線を向ける。達矢はしばらく視線を下に落として沈黙していたが、意を決して立ち上がり、口を開いた。「バンドをやろうといったのは私だ。みんなでしっかりスクラム組んで頑張ろうといったのもほかならぬ私だ。ラ・ボエームに連れてきたのもこの私だ。今回のことは昨年から聞いていたんだが、今まで切り出す踏ん切りがつかずに来てしまったというのが事の真相なんです。皆には何とお詫びしたらよいのかわかりません」

 しばらくの沈黙の後、睦美が「じゃあ先生、私たちをを騙していたのね。今日のライヴは何だったの」と達矢の目をきっと見つめて口火を切った。摩耶も「先生と会社はグルってこと」と追い打ちをかけてきた。結局睦美は「こんなところにいてもしょうがないよ。帰ろう摩耶」と摩耶を誘って出ていった。早智と玲華は泣いていた。京子だけがうつむいて静かに座っていたが、いばらくして口を開いた。
「こんな会社信用できないよ。玲華、これでいいの。みんなでほかに売り込みましょう」玲華は顔を壁の方に向けてハンカチで涙をぬぐい、黙り込んだ。

 高野はひとりでディナーをたいらげ、「田所さん、もう少しお話があるんですが。場所を変えませんか。皆さんはゆっくりしていってください。お勘定は済ませておきます。それから、早智さんと京子さんにはわかっていただきたいんですが、私どもは君たちを切り捨てるのが目的じゃないんです。いろいろと考えてるんですが、まだ具体的な結論が出てないんです。少し時間をください」と諭すような口調で早智と京子に言い置くと、田所の背中を押すようにして店を出た。

 田所と高野は青山通りを少し渋谷の方向に歩き、路地に入った場所の地下にあるバーに降りていった。高野のなじみの店らしく、カウンターに座ると女性のバーテンがすぐ声をかけてきた。
「どうしたの高野さん。らしくないわね。そんな深刻な顔して」
「いやちょっとしたトラブルがあってね、まあこれがボクのビジネスといえばビジネスなんだけどね」
「ゆっくりしていってくださいね」とバーテンはスコッチのボトルを棚からおろして水割りをつくった。

 「どうぞ」と高野は達矢にグラスをすすめた。達矢は「いただきます」と一口飲んで、高野の方を振り向き「ところで正直言って、玲華のことはすべて高野さんにおまかせして、私は玲華とバンドの世話人という立場から降りようと思うんですが。彼女たちを裏切ったことにもなるわけだし、私も全くの素人ですから、マネージメントなんてきちんとできる自信もありませんし」ともやもやした思いを一気にはきだした。

「お気持ちはわかりますが、実務の方面はさておきもう少し何らかの形で彼女たちを見守ってあげてはいかがでしょう。彼女たちもそれを必要としていると思いますよ」

「どうすればいいんでしょう」

「できない部分はしかるべきところに依頼すればいいんです。私の知っている事務所もいくつかあります。田所さん達がそことマネージメントの契約をすればいいんです。その辺のところは私に任せていただければきちんと致しますよ。そうそう、田所さんは以前コンピュータの技術者だったんですよね。これは私のちょっとした思いつきなんですが、玲華ちゃんのホームページを立ち上げてみてはどうですか。これはとても大事なんですよ。彼女の声とルックスならすぐにファンがつきますよ。動画の編集とかもどうですか」

 高野が自分の経歴まで調べたのだろうかと少し動揺したが、達矢はそれをおさえて「芸術的センスはないもんであまり自信はありませんが、HTMLや動画編集くらいは分かりますので、お手伝いできるのは有難いことです」と答えた。「グラフィックや写真のことならうちの契約社員に役に立つ者がいるかもしれません。後日紹介しますので使ってやってください。事務所の件については、私が打診してみましょうか」。ここはもう高野のペースに乗るしかないと観念して達矢は「お任せします」と答えた。

 達矢はそう言うと、ほっと一息ついてグラスのウイスキーを飲み干した。自分の50年の人生経験からの印象では高野は信頼できる男だとみてとれる。懸案がとりあえず一段落して、達矢は肩の力が抜けていくのに自分でも気がついた。しかし高野はため息をついて、さらに話を続けた。「実はもう一つハードルがあるんですよ。さっきもう少しお話があると言ったのはこのことなんですが、私どもが以前から目をつけていた東友大学の男性アカペラボーカルグループがありましてね。ゴスペル系のグループなんですが、玲華プロジェクトとしては彼らを玲華ちゃんにくっつけようと画策しているんです。これがなかなか難行しておりましてね。こちらの仕事も大変だということもおわかりいただけますか」

 達矢はその言葉を聞いてハッとした。確かに他とは違うテイストを持っていなければ、成功はおぼつかないかもしれない。高野は玲華についてどういうアイデアで売り出そうとしているのか、もう少し詳しく聞きたくなった。アルコールの入った高野はさらに興に乗って話を続けた「玲華ちゃんの音楽は、声とかキャラなどから言ってもねらいは癒し系ということになりそうなんですが、シェフとしてはきっちりひと味つけて勝負したいんですよ。このジャンルも最近は競争がきびしくなりましてね。ヒーリングというジャンルにはいる音楽ということではなく、本当の意味でのヒーリングミュージックを狙いたいですね」

「高野さんのアイデアはよく分かりました。玲華のことはひとつよろしくお願いします。私もできるだけのことはしますので。会社の邪魔はしない程度にね。」高野もますます酔いがまわってきたようだ。「玲華ちゃんを立派にデビューさせるというのが今の私の最大目標ですよ。これは本当です。まあそういうことになれば、みんながあっと驚く場外ホームランといきたいもんですね」

(画像はウィキペディア「青山通り」より)

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2023年10月20日 (金)

多和田葉子 「百年の散歩」

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ドイツというのはきちんとした国です。田舎に行くと4つ辻は几帳面にロータリーになっていて、真っ直ぐに進めないのでスピードは落ちますが信号待ちはありません。実に合理的です。日本人は車などめったに通らない交差点でも、人も車も青になるのをじっと待っています。几帳面のように見えますがこれは非効率です。日本では農業をやっているのはほとんど年配者ですが、ドイツではちゃんと若い人もやっています。行き当たりばったりじゃなくて、きちんと居るべきところに人が配置されるように、計画的に政治が行われているのです。サステナビリティとはそういうことでしょう。本当に人が足りなくなってきてから、バタバタやっている日本の政府とはわけが違います。

ドイツに住んでいる神保町の本屋の娘がノーベル賞候補になっているという話を聞いて興味をそそられ、その人=多和田葉子の作品「百年の散歩」を買って読んでみました。

この本のレネー・シンテニス広場の章をみると、雪が降ると早朝に誰かが来てきれいに雪かきしてくれると書いてあります。ベンチに落ち葉一つありません。そういう人を市が雇用しているからで、ドイツ人はたとえ右翼が反対しても必要な人は移民を入れて補充し、きちんと街を運営します。東京も昔は早朝に清掃車が主要な道路を回ってゴミを回収していました。ですからみんなが活動を始める頃にはチリ一つ落ちていない道路になっていました。ベルリンにはホームレスのための食堂があって、お金のない人は無料、ある人は3ユーロで食事を提供してくれるそうです(この本にもでてきます)。それはもちろん市が補助金を出しているからで、民間団体が公園で長い行列を作るホームレスに食事を配っている東京とは雲泥の差です。ホームレスが列をつくるのがみっともないと思うなら、山手線の駅ごとにひとつづづくらいこんな食堂を設置しなさい。

この本で初めて知ったのですが、ベルリンはフランスを追い出されたユグノー派(プロテスタント)のフランス人が作った街だそうです。レネー・シンテニスはゴールデンベアー賞で授与されるゴールデンベアーの彫刻を制作したアーティストだそうです。著者はどこかドイツ的でないものが散在するベルリンの街をあてもなく散歩しながら、デラシネのようでもあり、現代の鏡のようでもある心の情景を果てしなく放出します。

読者の何割かはグーグルマップで著者が歩いた道をたどりながらこの本を読むと思いますが、私もそのひとりです。これは天才小説家が思うままに書いたエッセイではなくて、バックグラウンドには常に歴史とか文学とか政治とかについて、アカデミズムの立場から吟味しているという通奏低音が流れています。巨大な根の上に気ままに咲いた花でしょうか。著者の経歴をみると博士の学位を持った人だそうで、なるほどね。でも著者は部屋でアカデミズムに浸っていられる人ではなくて、散歩する人なのです(部屋にこもっているとひからびるそうで)。

著者は森羅万象、食べ物から社会評論までさまざまなことに言及していますが、不思議なことに私の知らないことは別として「それは違うよね」と反論したくなるような記述がありませんでした。私の印象に残ったフレーズを紹介します「私は都会の木が好きだ。それぞれが孤独に大陸を歩いて横切って、やっとベルリンに到着したように見える・・・・・そして、わたしのようになぜきたのか説明はできないけれどもベルリン以外のどんな町にも住みたくないといつのまにか思い込んでいる木もあるだろう」「私は一生どこにもいきつかないことを誓います!」 ただ衝撃的なフレーズがひとつありました。それは「これまでの人生を振り返ってみても充たされた時間は、一人知らない土地を彷徨っていた時間ばかりだ」。著者は自分とは全く違う人種だと思い知らされました。

最終章はマヤコフスキー・リングという名前で、マヤコフスキーという人は知らなかったので調べてみたら、ロシアの詩人で葬儀の際には15万人の人が参列したという著名人でびっくりしました。リングという構造が街のあちこちにあるというのは良いデザインだと思います。用のある車はリングには進入しないので、静かな場所になります。この章でこの本にたびたび登場する「あのひと」の正体が明かされます。

この本で知ったのですがベルリンの通りや広場には歴史が刻み込まれており、そのネーミングには歴史を忘れないようにしようという意図が強く感じられます。歴史を忘れ去ろうとする日本人は、また同じ失敗を繰り返すのではないかと危惧します。少なくとも太平洋戦争に反対して命を落とした人々を記念する公園はひとつ存在するべきだと思いますね。

 

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2023年10月18日 (水)

池袋で見た日本崩壊の予兆

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先日所用があって池袋に行きました。芸術劇場に行くときには直行するので街をうろつくことはありませんが、久しぶりに少し徘徊しました。

池袋の地下街は相変わらず人で溢れていました。相変わらずというのは、私が若い頃に東武東上線の沿線に住んでいたことがあるからで、いわば池袋はホームグラウンドだったからです。ホープセンターはなかでもおなじみの場所です。店はすっかり変わってしまいましたが、地下街の構造は何十年か前と変わっていません。

昼食を取ろうとしてうろついているうちに、変なことに気がつきました。順番待ちで店の外に大勢の人が並んでいるのですが、よく見ると本当に店内が満席の店とスカスカの店があるのです。そのスカスカの店の方に並んで、ようやく店内に入るとほぼ半分くらいしか席が埋まっていません。明らかに従業員が足りないのです。満席にすると厨房がパンクするのです。客を半分にしてもウェイトレスが皿洗いを兼ねていました。

そう日本は平成の失政によって円安に転落し、いまや外国人の出稼ぎ労働者にも見向きもされなくなったのでしょう。これは外国人嫌いの自民党のコアの支持者の責任でもあります。そのせいで一等地の不動産が十分に稼働しない事態になっています。だいたい並んでいるうちに午後の就業時刻が来れば、腹ぺこで仕事をしなければなりません。これは社会全体に拡がっていく深刻な問題です。そのうちロヒンギャやパレスチナの難民くらいしか日本で働こうなどとは思わなくなるでしょう。

外国人嫌いの人々は治安が悪くなることを心配しているのだと思いますが、差別の無い普通の仕事に就けるようにすれば、収拾が付かなくなるほど治安が悪くなることはあり得ません。日本の国技である大相撲は長い間モンゴル人が支えてきました。それでなんとかなっているじゃありませんか。難民だって彼らの子女が日本で教育を受け、日本の環境で育てば、なんら日本人と変わらない大人に育つでしょう。

 

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2023年10月16日 (月)

半島のマリア 第4話:ラ・ボエーム

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 はっきりした目標ができると、モチベーションはもちろん高まる。夏が近づくと演奏は結構手慣れた感じになってきて、レパートリー、といってもカバーばかりだが10曲くらいは何とかなりそうだった。曲目についてはバンドメンバーが好きな曲をそのままやるんじゃなくて、玲華の声質にあわせてまず達矢が慎重に選曲し、さらにメンバーがふるいにかけるという手順を踏んで決めた。誰もが知っている曲とあまり人に知られていない曲をバランスよく組み合わせることに気を配った。

 しかしオリジナルが1曲もないんじゃアマチュアバンドとしてもかっこわるいということで、京子と早智が苦心してなんとか数曲を作った。早智は若いのに古い音楽が好きで、達矢が若いころによく聴いたような音楽も結構勉強しているようだった。出来上がった曲もミディアムスローのしっかりしたメロディーラインのものが多くて、達矢の世代には何の抵抗もなく受け入れられるものだった。却ってこのような曲が今の時代に受け入れられるだろうかという心配が先に立った。しかしCMなどでもやたらとオールディーズが流れている昨今だから、逆に受け入れられるのではないかと達矢は自分に言い聞かせることにした。

 作詞は京子が担当した。達矢はこの分野は作曲以上に無縁の徒だったので、どう評価したものかさっぱり分からなかったが、京子は大苦戦の早智に比べてあまり苦労もしないで作業をすすめているようだった。京子に多少なりとも作詞の才能がありそうだという発見は思わぬ収穫だった。楽譜も京子がつくってくれた。このバンドをまとめられるのは京子だけかもしれない。

 素人集団の作業だったが、力を合わせて何かをつくるというのは、本当にエキサイティングで楽しい経験だった。メンバー同士の絆もより深くなったと感じられた。もし彼女たちがギターを教えてくれと言ったときに断っていたら、これらのすべては起こらなかったのだ。こんなすばらしい人生の1ページができたのだから、東京でボロボロになってもいいじゃないか。またここに帰ってくればいい。

 バンドの名前は京子の提案で「REIKA with Basil」ということになった。ピンと来たわけではないが、達矢もこれといったアイデアはなかったのでとりあえず了承した。渋谷でオーディションを毎月やっているライブハウスがあると聞いていたので、達矢の自宅で収録した演奏をUSBメモリーで送ったら、なんと数日後に一度うちでライヴをやってみたらという好感触の返事が来た。

 このチャンスを逃してはならない。達矢は早速渋谷まで出向いて店長に会ったみた。店長は中井というやせぎすの中年の男だった。ちらちらと上目遣いに人を見る神経質そうな感じの男だったが、言葉遣いはあくまでも慇懃だった。数グループのアマチュアバンドが出演するライヴで、2-3曲づつ演奏するということであった。達矢はその場で中井が経営する渋谷のライヴハウス「ラ・ボエーム」の9月の出演を決めた。

 具体的に日取りが決まったということで、さらに練習には熱が入る。達矢はこんどはブレーキをかける方に回らざるを得なかった。肝心なときに誰かが倒れたりしたら、特に玲華の声が変調をきたしたら今までの努力が水の泡だ。

 こんなに簡単にステージに立つことができる、お客さんに聴いてもらえることができるとは拍子抜けだった。みんな舞い上がってしまって、明日にでも売れっ子バンドになれそうな勢いだったが、それがステージではよい方向に出て、達矢が見ても実力を存分に発揮出たと思う演奏だった。それに答えて客席の反応も上々だった。ここまではこれ以上ないくらいうまくいったといえるが、これでプロへの道が開けた訳じゃない。と気持ちを引き締めていたとき、後ろから中井が達矢の肩をたたいて言った。「ちょっと事務所の方にきてもらえませんか」 くたびれたソファーを勧められて腰をおろすと、中井は如才なく笑って見せながら「どうです、また11月に今日みたいな感じでやってみませんか」と誘ってきた。達矢はもちろん一も二もなく応諾し、懐から十万円はいった封筒をとりだして、中井に差し出した。次回の出演をお願いするため、田所があらかじめ用意していたものだ。

 「なんですか? こういうのは困りますよ」と中井は受け取らなかった。しかし達矢は言葉を継いだ。「いや私たちは芸能界に知り合いもいないし、中井さんにはこれからもお世話になるわけですし」としばらく押し問答になったが、しばらくの沈黙のあと中井が「じゃあ今度は然るべきところにチケットを回しておきましょう。あと玲華ちゃんといいましたか。彼女はたいした原石だと思いますよ。知り合いにボイストレーナーがいるので面倒見てあげるようにいっておきましょうか」と折れてきた。達矢は何度も頭を下げながら「それは渡りに船だ。是非よろしくお願いします」と中井の手を握った。

 2ヶ月はあっという間に過ぎる。出演の日が近づいたある日、達矢はバンドメンバーを集めてはじめて真顔で話した。そこで「今度が正念場だ。然るべき人が見に来てくれる可能性があるし、チャンスは1回しかないかもしれないぞ。ベストを尽くそう」とハッパをかけるつもりだったのが、実際に口をついてでてきたのは「5人でしっかりと手をつないで、今度も楽しい演奏をしよう」という言葉だった。

 気合いの入ったリハーサルを十分に重ねた結果、11月のライヴは9月以上に素晴らしいデキだった。達矢自身も緊張のなかでも十分楽しめたくらいで、よけいなプレッシャーをかけたりしないでよかったなと胸をなでおろした。ライヴのあとで、中井は一人の男を紹介してくれた。男はきちんとしたブランドものらしいスーツに身を包み、サラリーマンとしてはちょっと派手すぎる大きな花柄のネクタイを緩めに締めていた。年は田所と同じくらいだろうか。
「こちらはバンドの後見の田所さん。こちらはマノスミュージックの長谷川さんで、うちにもときどき足を運んでくださるんですよ」

 名刺を見ると、マノスミュージックエンターテインメント、企画部・部長 長谷川達夫とあった。達矢は自分も財布から名刺を出そうとしたが、それが会社の名刺だと気が付き、あわてて「名刺を切らして申し訳ありませんと」謝った。体中に冷や汗がどっとふきだした。長谷川は挨拶が終わるなり、いきなり「田所さんですか。バジルなかなかいいじゃないですか。どうでしょう、うちで面倒見る方向で検討させてもらえませんか」といきなり切り出した。達矢は突然のことだったのでどぎまぎしながら「いやー、そういうことになれば願ってもないことですが、その際は本当によろしくお願いします」と深々と頭を下げた。

 「玲華君でしたっけ。彼女の素質は大いに買っていますよ」と最後にそう言って、長谷川はやはり背広姿の若い男と連れだって立ち去った。達矢と玲華達一同は、まるで凱旋する軍隊のように半島に引き上げた。引き上げてしばらくしてから、あのとき長谷川が言ったことは、単にその場の雰囲気に任せて、たいした意味もなく口をついてでた挨拶みたいなものだったのかもしれない、という疑念が達矢の頭をよぎったが、まもなくそうではないことが明らかになった。マノス社から電話がかかってきたのだ。

 達矢は指定された通り会社を訪れた。青山通りに面した一等地に建つビルの2Fと3Fを占める会社の一室に、長谷川と数人の若い男女が待っていた。達矢がはいっていくと、長谷川が出迎え
「遠くからお運びいただきまして恐れ入ります。バジルの件についてはこの高野君に任せますので、こちらで話を聞いてやってください」と言いおいて出ていった。すぐにその高野という30過ぎ位の長身でハンサムな男が、名刺を取り出しながら話しかけてきた。こんどは達矢も名刺を用意しておいた。田所音楽スクール校長・田所達矢という名刺ができあがってきたとき自分でも恥ずかしかったが、こうとでも書くしかなかろう。高野は長テーブルの角の席を達也に勧めた。高野と他に2人のスタッフが席に着いた。高野の話では、驚くべきことにもう玲華たちを売り出すための担当者が決まって、今日が3回目の会議だというのだ。

「私たちは皆玲華ちゃんの素質を認めています。こんなに皆の意見が一致することなんて珍しいんですよ。で、ひとつ言いにくいことなんですが、バンドにこだわらずに彼女の将来を考えてみたいんですよ」と突然高野が切り出した。達矢にとっては寝耳の水の話だった。

「え、それはバンドを解散しろってことですか」と達矢は少し慌てて聞き直した。
「いや・・・」と高野は口を濁したが、その後は気まずい沈黙がしばらく続いた。達矢は茫然自失状態から回復するにつれて、次第に興奮してくる気持ちを抑えることができなかった。
「5人はもともと友達で、そもそものはじまりから共に練習し、喜怒哀楽を共にしてきたんですよ。高校生のバンドだって堂々とデビューしてるでしょう。夏休みにツァーをやってる連中だっているんだ。若いんだからやってるうちにどんどんうまくなります。彼女たちにはそれができないっていう根拠でもあるんですか」

「いやそういう訳じゃないんですが、玲華ちゃんの場合ちょっと違うでしょう。」
テーブルの奥の方からも、次々と遠慮無い言葉が投げつけられた。「恰好さえ付いてればなんでもいいってわけにはいかないんですよ。ちゃんと個々のキャラクターとか資質とか考えてプロジェクトを組んでいかないとね」「学芸会に毛の生えたようなのをやってるところもありますけど、うちはそういうのはやらないんですよ」「仲良しクラブじゃないんだから、勘違いされちゃ困るんだよね」

 高野は「まあまあそんなに最初からガンガンやらなくても」と納めにかかったが、会議の雰囲気はすっかりしらけた。達矢はやっと「この件については持ち帰って、頭を冷やして考えてから出直したいと思います」と頭を下げて呆然と部屋を出た。しかし廊下を歩いているうちに、おみやげに持参した菓子折の袋をまだ手に下げていることに気がついて、会議室にとってかえすことにした。前まで来るとドアが少し開いていて、隙間から声がもれてきた。

「玲華ちゃんもかわいそう。あんなじじいがくっついてるんじゃ苦労するよな」
「まったく先が思いやられるわね」
「あのバンドは使えないってことがわからないんだから困っちゃうなあ」
などと口々に達矢を非難する言葉が聞こえてきた。
達矢は踵を返して足早にその場を立ち去った。

 ビルを一歩出ると外はもう暗くて寒い。そういえばもう12月だ。青山通りに出てみると、クリスマスのイルミネーションがそこここに点滅している。しかし達矢にはまるでそれが奈落の底まで続いているように思われた。今日のことをどう彼女たちに伝えるかを考えると、頭が肩にめり込みそうな気分だ。しかし足はゆるゆるながらも勝手に進む。そうしてどんどん道を下っていくと、奈落の底は渋谷だった。

 渋谷の喫茶店で少し頭を冷やすことにした。会議室で投げつけられた言葉は、すべて達矢も頭の片隅では気がついていたことだった。玲華をロックバンドにはめ込もうというのはやはり無理なのだ。ただ自分が作ったバンドのことだから、いろんな不安や問題点は練習を重ねることで解決できると自分に思いこませていたのかもしれない。いや、もう一度うちのバンドでコンセプトを練り直してもらうよう頼むべきじゃないのか。いろいろな考えが頭をよぎる。不意にとりあえず高野に電話しなければと思いつき会社に電話したら、もう9時を過ぎていたがまだ高野が居たので、達矢は今日の会議で興奮したことを謝罪した。高野という男は思ったとおり冷静な男だった。

「まあ長い目で考えましょう。今日明日決めなくちゃいけないってことじゃありませんし」とかえって慰めるような言葉を返してくれた。この業界で会社に捨てられたらゴミ同然であることは、もともと内部の人間じゃない達矢にもわかる。「何とか説得してみますから、少し時間をください」と電話の前で頭を下げている自分は情けないが、それ以上に今言ったことを本当に実行しようとしている自分がみじめだ。

 

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続・生物学茶話222: シナプスの除去とニューロンの刈り込み2 無脊椎動物の場合

キノコ体 (mushroom bodies)は1850年にフランスの生物学者ドゥジャルダンによって発見された無脊椎動物の脳の主要なパーツで左右対称に2つ存在し、匂いの情報処理・記憶などを司っています(1)。よく研究されているキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) の場合について見ていきましょう。ここでショウジョウバエという場合、キイロショウジョウバエのことを意味します。キノコ体のニューロンはケニオン細胞と呼ばれていて、ケニオン細胞はα/β、α’/β’、γの3つのグループに分かれるとされています(2、図222-1)。α/β、α’/β’のローブはL型の屈曲した構造をとっていますが γローブにはそのような特殊な構造はなく、ぼた餅状の細胞集になっています(図222-1)。実際に各ローブを構成するのはケニオン細胞の軸索やグリア細胞などです。

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図222-1 ショウジョウバエのキノコ体 左図はウィキペディアより(原図は Jenette et al 2006). L and 逆Lに白く浮き上がった部分がキノコ体。右図は参照文献2より。神経細胞体はCalyx(萼)にあります。

匂い物質を受け取る細胞は触覚にあるので、その情報はまず嗅覚ニューロンによって触覚葉(antennal lobe)に伝わります。触覚葉は約50個の糸球体からなり、各糸球体はそれぞれ異なる匂い情報を伝達する径路とみなされています。ここにシナプスを持つある種の介在ニューロンである投射ニューロンが興奮性シグナルを発生してキノコ体に伝達します(3、図222-2)。キノコ体のα’β’ローブののケニオン細胞は匂いの素早い検出および濃度の弁別にすぐれ、γローブのケニオン細胞は特に短期記憶に重要であるとされています(3-5)。

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図222-2 ショウジョウバエの嗅覚処理システム 上左は参照文献(11)より 上右はウィキペディアより 下は管理人による最も単純化した作図

ショウジョウバエキノコ体のα’、β’、α、βローブではその形成過程においてシナプスの削除や軸索の刈り込みは知られていませんが、γローブではそれらが実行されることが知られています。削除・刈り込みは蛹化とともにおこり、いったん退縮した後再度シナプス形成や軸索の伸長が起こって蛹から成虫になります(6)。このプロセスはニューロンのリモデリングとも呼ばれています。

イスラエルの研究グループはこの削除・刈り込みはエクダイソンのシグナルによって開始されるとしています(6)。エクダイソンは細胞膜を通過するので、直接核のレセプターであるEcR・Uspのヘテロダイマーに結合し、この複合体が転写に作用して蛹化とともに削除・刈り込みが行われます。そして成虫になる前にやはりエクダイソンの核レセプターE75・UNFのヘテロダイマーの作用によって神経の再伸長が行われます。このレセプターを欠損すると最伸長は行われません(6、7、図222-3)。

ショウジョウバエは哺乳類と違って、削除・刈り込み・再生が完全変態とシンクロして行われるので、そのメカニズムはかなり異なっていても不思議ではありません。ショウジョウバエの場合哺乳類のように競合する中から一つ残すというメカニズムとはかなり違っていて、むしろきちんとプログラムされているという印象を受けます。ですからリモデリングと呼ばれるのにふさわしいと思います。また脳だけでなく、筋肉に伸びている運動ニューロンでも同様なリモデリングが行われることが知られています(8)。

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図222-3 ショウジョウバエキノコ体γローブに軸索を持つニューロンのリモデリング

リモデリングを誘導すると思われるエクダイソン(ウィキペディアではエクジソンとなっている)は節足動物のステロイドホルモンで、脱皮や変態を誘導するホルモンとして知られています(図222-4)。ショウジョウバエの場合幼虫では脱皮ごとに分泌される他、蛹化とその後成虫となる準備が始まるときに特に大量に分泌されます(9、図222-4)。このタイミングはキノコ体γローブのリモデリングとシンクロしています。

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図222-4 エクダイソンの構造とショウジョウバエ発生過程における消長 右図は参照文献(9)より。削除・再生の矢印は管理人が追加しました。

線虫(C.elegance) でも削除・刈り込みが行われることが知られています。これはPDBという腹側にある運動ニューロンに関するものですが、このニューロンの軸索はいったん尾の先端の方に伸びて、2回屈曲して背側に伸びてから、背側でシナプスを作るという変わり種です。この軸索は2回分岐して、結果的に伸びた方向から反転したようになるのですが、分岐の際にできたH型の構造(図222-5)は軸索の刈り込みによってきれいに分岐のない構造のように整形されます(10)。この刈り込みは wnt と frizzled のコンビによって行われるようで、線虫独自のメカニズムです(10)。

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図222-5 線虫(C.エレガンス)のPDBニューロン軸索の刈り込み 写真は参照文献(12)による。概略図、赤矢印、キャプションは管理人が作成。

 

参照

1)Wikipedia: mushroom bodies
https://en.wikipedia.org/wiki/Mushroom_bodies

2)T Lee, A Lee, L Luo, Development of the Drosophila mushroom bodies: sequential generation of three distinct types of neurons from a neuroblast.,
Development vol.126(18): pp.4065-4076 (1999). doi: 10.1242/dev.126.18.4065.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10457015/

3)稲田健吾・風間北斗 ショウジョウバエのキノコ体における細胞のタイプに特異的な匂いの情報処理の機構 ライフサイエンス新着論文レビュー  DOI: 10.7875/first.author.2017.077
https://first.lifesciencedb.jp/archives/16882

4)Kengo Inada, Yoshiko Tsuchimoto, Hokto Kazama, Origins of cell-type-specific olfactory processing in the Drosophila mushroom body circuit., Neuron, vol.95, pp.357-367.e4 (2017)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2017.06.039
https://www.cell.com/neuron/pdf/S0896-6273(17)30563-9.pdf

5)Trannoy, S., Redt-Clouet, C., Dura, J. M. et al.: Parallel processing of appetitive short- and long-term memories in Drosophila. Curr. Biol., vol.21, pp.1647-1653 (2011)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2011.08.032
https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(11)00938-9.pdf

6)Idan Alyagor, Victoria Berkun, Hadas Keren-Shaul, Neta Marmor-Kollet, Eyal David, Oded Mayseless, NoaIssman-Zecharya, Ido Amit, and Oren Schuldiner, Combining Developmental and Perturbation-Seq Uncovers Transcriptional Modules Orchestrating Neuronal Remodeling., Developmental Cell vol.47, pp.38–52, (2018) DOI:https://doi.org/10.1016/j.devcel.2018.09.013
https://www.cell.com/developmental-cell/pdf/S1534-5807(18)30742-1.pdf

7)InteractiveFly: GeneBrief Hormone receptor 51 FlyBase ID: FBgn0034012
https://www.sdbonline.org/sites/fly/genebrief/unfulfilled.htm

8)Wanyue Xu, Weiyu Kong, Ziyang Gao, Erqian Huang, Wei Xie, Su Wang and Menglong Rui, Establishment of a novel axon pruning model of Drosophila motor neuron., Biology Open (2022) 12, bio059535. doi:10.1242/bio.059535
file:///C:/Users/Owner/Desktop/222/Novel%20axon%20pruning%20model%20of%20drosophila.pdf

9)上田均 昆虫の脱皮 と変態の分子機構  化学と生物 Vol. 44, No. 8, pp.525-531 (2006)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/44/8/44_8_525/_pdf/-char/ja

10)Menghao Lu, Kota Mizumoto, Gradient-independent Wnt signaling instructs asymmetric neurite pruning in C.elegans., eLife 2019;8:e50583. DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.50583
https://elifesciences.org/articles/50583

11)Yoshinori Aso et al., The neuronal architecture of the mushroom body provides a logic for associative learning., eLife 3:e04577 (2014). https://doi.org/10.7554/eLife.04577
https://elifesciences.org/articles/04577

12)Menghao Lu and Kota Mizumoto, Gradient-independent Wnt signaling instructs asymmetric neurite pruning in C. elegans., eLife 2019;8:e50583., https://doi.org/10.7554/eLife.50583
https://elifesciences.org/articles/50583

 

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2023年10月13日 (金)

イスラエル 国連職員11人を殺害

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CNNによれば、イスラエルの空爆によって少なくとも11人の国連職員が死亡したそうです。

この事態に至ってもグティエレス国連事務総長は職員に現地にとどまって仕事を続けるよう指示しています。

https://www.cnn.co.jp/world/35210164.html

(画像はウィキペディアより)

10月14日に追記:サタデーステーション拡大版を見ましたが、上記のニュースは報道されませんでした。CNNの誤報と言うことはないと思うので、規制がかかっているのかもしれません。一方イスラエル・アメリカ・エジプト・ハマスの合意によって国連職員のエジプトへの避難は可能となったようです。ただガザ地区の日本人スタッフはまだ避難できていないようです。

 

 

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2023年10月11日 (水)

都響 2024~2025シーズンプログラム

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(敬称略をご容赦)

都響の2024~2025シーズンプログラムが発表になりました。まずざっと見て、マーラーが5番のCDを聴いてがっかりしたダニエル・ハーディングの1番だけということでぶん投げようとしましたが、気を取り直して、まあとりあえず一読はしようと思い直しました。意図的にマーラーをなるべく演奏しないようにしようとしているのかもしれません。インバルが3回目のシリーズをやると言っていたのはどこにいったのでしょう。大野と国塩がつぶしたのでしょうか?

なぜか東京芸術劇場がしつこく改修をくりかえすため、来年度はC定期が短縮になります。フルシャ復活には驚きました。私に権限があるなら、意図的に契約違反をやった人間なんて絶対に呼びませんけどね。まあ都響は心が広いのでしょう。マルティヌーのつまらない音楽をきかされた昔の思い出がよみがえります。でも選曲はともかく、演奏は素晴らしいのでロマンティックは聴きに行くかも。ザ・グレートは山響で聴いたばかりですが、あれは古楽に偏った演奏だったので、普通の演奏を聴いてみたいと思いました。都響ではずいぶんやっていないと思います。

ABでやる大野のタコ8はひょっとすると名演になるかもしれないという期待があります。バービイ・ヤールは10年ほど前にヘスス・ロペス=コボスの指揮で聴いて大変感動した覚えがあり、インバル指揮でも聴いてみたい。コロナで中止になった演目でもあります。ACでやるブルックナー9番は高関-シティフィルの名演を聴いたばかりですが、なんと第4楽章をやるというスペシャルなプログラムです。

個人的にはプロムナードに期待しています。クーシストが弾いて指揮する「四季」はどうなるのか興味津々です。ただ大野がやったばかりのベートーヴェン7番をまたやるのはどうかと思いますね。4番あたりの方がよかったのでは? 山下愛陽がどんな演奏家なのかも楽しみですが、何もアランフェスをやらなくてもいいんじゃないかな。この曲はひなびた雰囲気がただよっているのが好きなので、あまり非常に若い演奏家にはふさわしくないような気がします。都響が女性指揮者を使うのは久しぶりだと思いますが、タビタの指揮には期待しています。新進気鋭のファレルの演奏も聴いてみたい。

こうしてみるとそんなに悪くはないと思いますが、私的にはマーラーのシンフォニーがほとんどないシーズンプログラムには全く気分が盛り上がりません。そういえばブラームスもなし、新世界よりもなしで、ここまで乖離するとテンションが落ちますね。まあ都響だけがオーケストラじゃないってことで。

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2023年10月 9日 (月)

子供を家においてゴミ出しに行くと虐待??? 

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自民党の埼玉県議団はみんな脳の検査をしてもらったほうが良い。

チャイルドシッター制度の整備とか言う前の問題。ブラジルじゃあるまいし。

ちなみに私たちはひとりで幼稚園に通っていました。
スクールバスなどない時代です。

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10日に追記:埼玉県議会に提出されていた、子どもに留守番させることなどを禁止する虐待禁止条例の改正案について、自民党の埼玉県議団はこの条例案を取り下げると発表しました。

 

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2023年10月 8日 (日)

阪神タイガースのペナント獲得に思う

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サラとミーナの2ショット集です。

今年は阪神タイガースが18年ぶりでセ・リーグ優勝を果たしました。ホームラン量産もなく、3割打者もなしで優勝できたのは、もちろん投手の活躍があってのことですが、待球作戦が功を奏したことも大きかったと思います。岡田監督の功績はそこにつきると思います。ジャンパイアが少なくなったことが待球作戦を可能にしました。20世紀のプロ野球を知る者は、斎藤政樹が右打者アウトコースに10cmくらい広いストライクゾーンを持っていたことをみんな知っています。広島カープという球団はそれを逆手にとって、ファーストストライクを打つことに徹底して今年のタイガースとは逆の作戦で成功していました。

ただ現在のアンパイヤが正確な判定をしているかというと、そうではなく右打者のインコースのストライクゾーンが広いのが気になります。特に左投手の時には顕著です。これは死球を誘発するので、むしろ狭いくらいがベターだと思いますが、どうして改善されないのかわかりません。ストライクと判定されたきわどい球を上からのスロー映像でみるとほとんど外れています。外角は少し広めにとってもよいと思いますけどね。

さてクイズです。下の写真のタイガースの選手は誰でしょう? 15年くらい前に神宮球場で撮影しました。

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正解は林威助(リン・ウェイツー)です。下の写真の右端に成績が出ていますが、4番金本0.297に対して林0.350で3番を打っていました。5番は今岡ですね。今年の5月まで台湾の中信兄弟で監督をやっていて、台湾シリーズを制したこともあったみたいですよ。

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もちろんCSは圧勝して、日本シリーズを制することを期待しています。

 

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2023年10月 6日 (金)

半島のマリア 第3話:象牙海岸

ギターを買ってから1ヶ月くらい、まるで学生の頃のようにはまってしまい、食事もまともにとらないような日々が続いた。何十年もブランクがあったにしては、思ったより簡単に勘を取り戻せた感じがした。あまりに熱中したせいだろう、気がつくと体の節々が痛い上に、極度の疲労で体が動かなくなってしまった。いやはやこれはリハビリが必要だわい、と苦笑いしながらしばらく畳の上に転がっていると、なぜかふとあの上の舗装道路からうちの庭先まで続いている細道に、さらに先があるんじゃないかという予感にとらわれた。

 一度とらわれてしまうと、もう確かめずにはいられない。痛い足腰を引きずりながら外に出てみた。小春日和の午後の日差しがやけにまぶしい。しかし道は予感の通り庭先からさらに先に続いていて、いったん茂みの中に消えかかっていたが、20~30メートル先を丹念に探すとはっきりとした踏みあとがみつかり、それはどうやらずっと先まで続いているようだった。

 数分たどっていくと道は下りはじめた。雑木林が空を覆ってほの暗く、フィトンチッドが充満して、まるで気持ちのよいハイキングコースのようだった。道のすぐ脇に入り口が灌木や雑草で覆われた小さな洞窟があった。注意していないと気づかず通り過ぎそうだ。灌木をかき分けると、入り口には錆びたボルトや腐った横木の一部など柵がついていた跡があり、昔防空壕に使われていたようだった。柵の跡はおそらく崩落でけが人などがでないように、あるいは浮浪者が住み着かないように戦後閉め切られていた時期があったのかもしれない。入り口は小さかったが、中にはいると意外に広く、空き缶が2-3個転がっている以外は何もなくがらんとしていた。空き缶はそんなに古いものではない感じだったので、誰かが来ているのかもしれない。ひんやりとした砂地にしばらく座り込んでいると次第に目が慣れ、壁にいくつか落書きがしてあることがわかったが、暗くて判別は不可能だった。ここを「アルタミラ」と名付けよう。いや本家のヨーロッパの洞窟に申し訳ないので、いずれもう少しふさわしい名前にするべきであろうと思うが、すぐには他に名案が浮かばなかった。

 さらにどんどん下っていくと、見晴らしのいい岩場に出た。達矢が岩場に立つと、突然ざざっと音がして足下の方から海猫が飛び立った。一気に目の前に海が広がる気持ちのよい場所だ。何か名前をつけたくなった。海猫が休んでいたので、とりあえず「海猫岩」としておこう。ここからは壊れかけた土止めのある階段状の道が海岸まで急降下しているのが見えた。もうすっかり腰が痛いのも忘れていた。慎重に海岸沿いの道路まで降りてみた。そこは山肌がすぐそばまで迫り、道路を越えた海側は岩場の静かな入江だった。小さな砂浜もある。ここは竹内まりやの名曲にちなんで「象牙海岸」と呼ぶことにした。

 翌日もよい天気だったので、ギターを抱えて象牙海岸まで降りてみることにした。道路を見下ろす草地をみつけて腰をおろし、石ころで楽譜をおさえてギターを弾くと最高の気分だ。うまくいかない部分をなんとかこなそうと頑張っているうちに、周りが見えなくなるくらい夢中になってしまった。ふと我に返るとすっかり疲れ切っていた。どっと後ろに倒れて大の字になると、同時に「キャー」という叫び声が聞こえた。慌てて後ろを振り向くと、3人の女子学生が達矢を見下ろしていた。

「あー、ごめんごめん、気がつかなかったものだから」と達矢が謝ると、女子学生の一人が「おじさん結構ギターうまいね、東京のひと?」と声をかけてきた。
「いや、この上の方に最近越してきたんだよ」と答えると、別の一人が「この上っていうと、若松のばあちゃんのとこ?」とちょっと驚いた顔で訊いてきた。
「そういえば、不動産屋が若松さんとか言っていたような気がするなあ」
「ばあちゃんが畑で倒れてたのをウチらが見つけたんだよ」
「すぐに救急車呼んだんだけど、ダメだったのよ」などと、達矢が知らなかった事実を少女達が教えてくれた。
「昼間からこんなところでギター弾いてるなんて、おじさんひょっとしてプータローやってんの」
「まあそういえばそんなところかな」
「じゃあウチらにギター教えてよ」
「私はギター持ってないから、ボーカルやってあげる」などとやりとりしているうちに、週に1回彼らと関わりを持つはめになってしまった。

 誰にも避けられそうで避けられない偶然はやってくるのだろう。こんな不便なところなので、まともにギターの勉強をする者が押し掛けるはずもなく、また来てもらっては困るわけだが、とりあえず怪しい男と思われても困るので「田所音楽スクール」という手書きの小さな矢印の看板を、舗装道路の傍らに掲げることにした。海岸で出会った3人以外に、彼らの仲間の女子高校生が二人加わっただけの少人数の教室ではじめることになった。もともと教師が遊び半分なのだから、生徒がまじめにやるはずもなく、たまり場みたいなものだった。しかし帰宅時間はきちんとけじめをつけさせることにした。

 看板を掲げて開店したものの、いざはじめてみると、ギターのレッスンなんぞは余程生徒にやる気がなければできないし、教師もあまりやる気のない素人ときている。いっそのことバンドにしたらどうだろうと彼女たちに提案してみると、即全員の賛成を得た。ギターにベース、ドラムスにキーボードそしてボーカルと役割もスムースに決まった。言い出した手前、楽器は達矢が学生時代のバンド仲間のコネなどを使って探し、何とか中古品を用意してやった。キーボード担当の京子は小学校にあがる前からピアノを習っていたらしく、バンドのリーダーとして頼りになった。ベースの摩耶とドラムスの睦美は全くの素人で、自分が教えてあげるわけにはいかない楽器なので、とりあえずビデオを使った独学をしてもらった。早智はギターを持っていた。早智だけには自分のレベルまでは引き上げてあげるべく、多少のレッスンをしてやることができた。しかしそれもほんのわずかの間のことで、冬の間に彼女はたちまち達矢を乗り越えていった。

 最初は正直言ってよけいなことを始めてしまったと思ったが、教室をはじめてすぐに、象牙海岸でボーカルをやりたいと言っていた玲華が実に美しい声の持ち主であることがわかった。クリスタルな透明感のある美声だが、声を張っても刺激的でないところが素晴らしい。長明だって山で子供と遊んだと記述している。それどころかその部分は方丈記のなかでも異彩を放っていて、楽しい気分に満ちあふれている。実際達矢の場合も、少女たちと過ごす木曜日が次第に待ち遠しくなってきた。特に玲華が唄っているときは、まるで天国に迷い込んだかのようなエクスタシーのひとときだった。ただロックバンドの編成にしてしまったので、彼女の声質が十分に生かされないというのが悩みの種だった。理想をいえばチェロとかコンガとかが欲しかったが、いまさら摩耶や睦美に別の楽器をやれとは言えなかった。

 サラリーマンの頃は春といえば、転勤や退職につきものの送別会と、お花見のドンチャン騒ぎだ。集まるのは顔も話も飽きた同僚、ここぞと親分風をふかせる気分の悪い上司、人の顔色だけはみるくせに仕事はいい加減な部下、というのが定番だ。しかし職を辞した今、半島の春はといえばそこここに咲く草花、草いきれ、鳥のさえずり、かすかに聞こえる潮騒、太平洋を遙かに渡る風、そして元気のいい少女たちだ。春になっても相変わらず少女たちはやってきて、毎週大騒ぎをしては帰っていった。人間が到達できる幸福はこういうのがマックスなのではないだろうか。

 ここが一軒家であることに達矢は感謝せずにはいられなかった。どんなに大騒ぎをしても隣家からは文句の一つも言ってこない。だいたい温泉街まで数百メートルの間、人が住んでいそうな家など、少なくとも舗装道路沿いには見つからなかった。そんなある日、いつも木曜日が集まる日なのに、水曜日に玲華がひとりでやってきた。

「あれっ、今日は水曜日だよ。バカやったな。でもせっかくきたんだから、あがってコーヒーでも一杯飲んでいくか」
「いただきまーす。でも今日は曜日間違えたんじゃなくて、先生にちょっとお話があって来たんです」
「ほう、またあらたまってなんだろうね」

 達矢はコーヒー豆を挽きながら、あらためて玲華の顔を見た。いつもみんなと騒いでるときにはまだまだ子供だと思っていたが、こうして1対1になってみると、どうしてどうしてもう立派な大人の雰囲気が芽生えてきていた。

 コーヒーを飲み終えると達矢は「で? 話って何?」と少し動揺した心を隠すように水を向けてみた。すると玲華は小さな、しかしはっきりとした声で「先生、私たち実はオーディションに出てみたいんです」と切り出した。

「プロのミュージシャンになりたいの?」と達矢は少し驚きの表情を浮かべながら訊き直した。
「はい」
「自分たちの今の実力はわかってるんだろうな。」
「ダメですか」
「ダメだね」達矢は即座に答えたが、しばらく間をおいて続けた。「でも永遠にって訳じゃないぞ。やる気があるんだったら、明日から毎日きてもいいから猛特訓だな。といっても俺は場所を貸すだけだが。しかし果たして、みんなにもそんなにやる気があるのかな」
「おおありですよー。よーし。みんなにも言わなくちゃ」
「おまえたちにそんなにやる気があるとは思わなかったなあ」
玲華はそれには答えず、眼をそらすように窓の外を見た。
「今日はすごくいい天気。 先生ちょっと外に出てみませんか」
2~3日雨だったので、久しぶりの晴天がまぶしかった。二人は自然に海猫岩の方に向かった。海猫岩からは夕陽にキラキラと光る静かな海が見えた。ここから何度このすばらしい風景を眺めただろうか。しかし今日は一人じゃなくて玲華と一緒だ。いつもの風景なのに、角のとれた不思議なのどかさを感じるのが不思議だった。

ふと気がつくと足下にアネモネが咲いていた。達矢がそれに気づいたときには、すでに玲華が言葉を発していた。
「あれめずらしい。こんなところにアネモネが咲いてる。」
「アネモネっていうのはギリシャ語で風っていう意味なんだ。風が好きな花なのかなあ」
「あれ、先生ってどうしてそんなこと知ってるの」
「俺がロマンチックじゃ可笑しいかい」
「ちょっと変かもね」
「玲華、ケルンって知ってるか」
「ケルン大聖堂とか?」
「いやいや、そういうのじゃなくって、山で道しるべとか記念とかに作るものだよ」
「それって初耳」
「こうやって小石を積み重ねていって、小さなピラミッドみたいなのを作るんだ。きゃしゃにみえるかもしれないが、積み重なった石の重みは侮れないよ。結構長い間崩れないでもつものなんだよ」

あたりの小石を集めて積みながら、達矢はポケットから手帳を取り出し一枚のページを破った。紙切れと手帳についている細い鉛筆を玲華に渡して、達矢は言った。「ここに シンガー玲華」 と書くんだ。
「わかった。こうかしら」
玲華が書いた紙切れを受け取るとそこには
「田所先生 私はプロのシンガーになります 玲華」と書いてあった。達矢はそれを小さく折り畳んで小石の上に置き、さらに玲華と共に小石を積み重ねた。

「できたぞ」
「できたね」

玲華は海に向かってア・カペラで倉木麻衣の「いつかは あの空に」を唄ってくれた。
https://www.youtube.com/watch?v=N_EmEK_fB7Y
https://www.youtube.com/watch?v=9myzfQ0AltQ
https://www.youtube.com/watch?v=m2R0dnu7hBY&list=RDm2R0dnu7hBY&start_radio=1

達矢は膝をたたいてリズムをとった。最後の1フレーズだけ玲華は達矢の方に向き直って唄い終えた。達矢は拍手しながら「いいぞ玲華」と叫んでいた。

「アンコールは無しよ、もう上にあがりましょう」と玲華は少し恥ずかしそうに言った。二人はまるで恋人のように腕を組んで道を上っていった。家まであがってくるともう夕暮れの空だった。門まで送っていくと、玲華は急に振り返り上目遣いに達矢を見据えて、決心したように話し出した。
「先生 私は本当は学校の先生になりたかったの。でもうちは代々漁師の家でしょう。父は機嫌が悪いと私が学習参考書を読んでるだけで取り上げて投げ捨てるような、今時信じられないような人なの。女は勉強なんかしても意味はない、早く嫁にいけばいいんだという発想しかないの」
「うーん そういうことがこの時代にまだあるのかね 昭和だね」
「そうなんですよ。だから自分の道が分からなくなってたの。でも今日からは新しい自分」
そう言うと玲華は小走りに小径を駆け上がっていった。達矢はそれを見送りながら、世捨人であるはずの自分としては、少し重すぎる荷物をしょってしまったかなと体がこわばってくるのを感じた。

 あまりに皆が熱心に練習するせいだろう、それから2-3週間たったころ玲華と睦美の母親たちが尋ねてきた。「うちは旅館をやっているだから、こんなに遊んでばかりじゃこまるのよ。ゆくゆくはおかみになってうちをささえていかなくちゃいかないんだから。学校の勉強にもちっとも身が入らないし」と睦美の母親はまくしたてた。玲華の母親も「芸能人になるって言ったって無理に決まってるでしょう」と非難めいた言葉を達矢に投げかけた。

「いや私がプロの演奏家になれと勧めたわけじゃないんですよ。彼女たちが演奏することに夢中になって、それで人にも聴いてもらいたいと思うようになるのは自然なことじゃないんでしょうか」と達矢は答えた。それでも彼女たちは口々に「こんなところに通わせるんじゃなかった」「お父さんにおこられる」などとあきらめないので、達矢も「無理矢理やめさせたって、かえって反抗して波風が立つだけでしょ」と捨てぜりふを吐いて家に閉じこもった。玲華と睦美だけではなく、みんな大なり小なり家でのトラブルは抱えることになったに違いない。それでも女子学生たちはあきらめず、毎日のように「田所音楽スクール」にやってきた。

 

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2023年10月 5日 (木)

東京シティフィル-高関 ブルックナー交響曲第9番@オペラシティ2023/10/04

Takaseki

オペラシティにはめったに来ないのですが、今日は特別な演奏会なので雨天の中やってきました。久しぶりに来てみるとサンクンガーデンのイタリア料理店が閉店していました。美味で結構お客さんも多かったという印象があるので本当に残念です。オペラシティの建物にはまったくベンチや休憩所がなく、おそらくこれはホームレスがたむろするのを嫌ってのことでしょうが、それが日本の現実です。

ワーグナーやブルックナーの研究家であり演奏者であった飯守泰次郎氏がこの夏に急逝し、本来シューベルトの交響曲をマエストロ飯守が指揮する予定だった演奏会が、急遽追悼コンサートになってしまいました。プログラムもピンチヒッターであるマエストロ高関・シティフィルによってワーグナーとブルックナーの作品に変更されました。プレトークで高関氏がそのあたりの事情を話されました。

「さまよえるオランダ人」序曲からオケには緊張感がみなぎり、今日は特別な演奏会であるという気合いが感じられました。愛の死を歌った池田さんは「陽」の人で、ブリュンヒルデ役がはまっているとしても、イゾルデにはミスキャストだと思います。不倫の暗い雰囲気からあふれ出す愛や、歌詞に横溢する官能・エロティシズムとはかけはなれている感じでした。やはりイゾルデはアストリッド・ヴァルナイのような歌唱がはまっています。
https://www.youtube.com/watch?v=tG9Bt73qZBM

ブルックナーの交響曲第9番はマエストロの「おはこ」らしく、文句のつけようが無い演奏。シティフィルもその実力を出し切った感じでした。特にスケルツォの素晴らしさには感動しました。オペラシティの会場はピチカートの音も減衰がすくなく大音響で聞こえるので、それも幸いしました。

ただ聴衆が6~7割の入りというのは残念。シティフィルに欠けているのはマネージメントだと思います。

 

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2023年10月 1日 (日)

続・生物学茶話221: シナプスの除去とニューロンの刈り込み1

生物は進化によってできたもので、エンジニアや神が設計したものではありません。ですからどんな生物でも過去をひきずっていて、例えばヒトも胎児の頃にはしっぽや水かきという両生類の頃の遺物を持っていて、それらの細胞が死ぬことによってヒトらしい形態を獲得するわけです(1、2)。このような細胞死を伴って新しい形態を獲得するのは進化の常套手段で、死ぬ細胞はあらかじめ運命的に定められているのです。

ところがここで取り上げるシナプスの消滅や神経細胞の刈り込みは全く異なる来歴をもつものです。最初にできる過剰な数の神経細胞やシナプスは祖先の生物が持っていたものではありません。しかも細胞同士を競争させて勝利した細胞が生き残るというメカニズムは、あらかじめ特定の場所の細胞が死ぬ運命にあるというプログラム細胞死のメカニズムとは全く異なります。

脳科学辞典の「シナプス刈り込み」という項目を見ると、様々な例が列挙してあります(3)。関与する様々な物質についても記載がありますが、どのようなメカニズムで行われるかについてはさっぱりイメージがつかめません。これはすっきりと説明ができるほど研究が進んでいないことを意味します。

そもそもシナプスの刈り込みという言葉に違和感があります。軸索の数を減らすというメカニズムは刈り込み(pruning) という言葉が適切だと思いますが、シナプスの数が減るのは除去(elimination) という言葉の方が適切な感じがします(図221-1)。そのような言葉の使い方をしている研究者もいますが、一般的にそうかというとそれほどでもないというのが現状でしょう。

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図221-1 除去と刈り込み

除去や刈り込みはあらゆる生物がやっているかというと、それは意味をどこまでひろげるかにもよるので微妙ですが、ニューロンを大量に作ってあとで削除するというやり方は無脊椎動物や魚類では一般的ではなく(ないわけじゃない)、魚類以外の脊椎動物では普通に行われています(4)。

この問題を考える上で一番単純なのは神経と筋肉との接続です。なぜなら筋肉は情報の終点であり、他に情報が流れることは考慮しなくて良いわけですし、収縮するかしないかということで単純に結果を見ることもできます。

無脊椎動物(invertebrate)では一般的にひとつの筋肉はひとつの神経・筋接続点(シナプス)からの信号で動くことになっています。これに対して脊椎動物(vertebrate)の筋肉は多くの筋繊維の集合体であり、各筋繊維ごとにひとつの信号を受け取る仕組みになっています(図221-2)。無脊椎動物の場合、たとえて言えば青色のニューロンは青色の筋肉に接続するように発生の過程で誘導されて、それぞれのニューロンと筋肉に1:1の対応が当初から成立しています。しかし脊椎動物の場合数十~数百の筋繊維に1:1の関係をつくるには誘導物質のバラエティーをつくるための遺伝子が足りないことは容易に想像できます。

この遺伝子不足の問題を解決するために、脊椎動物は過剰なニューロンをつくってランダムに筋繊維とシナプスをつくらせ、競合させて最終的に1筋繊維:1運動ニューロンという結果を導くという戦略を考え出しました。ただ私が不思議に思うのは、それでも筋繊維の集合体まではニューロンの軸索を誘導しなければならないので、そうなるとニューロンは最初に到達した筋繊維に多数のシナプスをつくり、遠い位置にある筋繊維にはシナプスをつくることができなくなるのではないかということです(図221-2 Error!)。しかし実際にはこうはなっていないので、なんらかの回避するメカニズムがあるに違いありませんが、それはまだわからないのでしょう。

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図221-2 運動ニューロンと筋肉

実際にはひとつの運動ニューロンの軸索は分岐して複数の筋繊維とシナプスを形成し、それぞれのシナプスは同じ筋繊維につくられた他のシナプスと競合して、生き残ったシナプスとそれにつながっている軸索が生き残ることになります。生き残ったシナプスを一つも持たない軸索は縮退し刈り込まれることになります。図221-3のように一つでも生き残ったシナプスを持つ軸索(Axon a)は生き残り、したがってそれを持つニューロンも生き残ります。

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図221-3 軸索は分岐し、ランダムに筋繊維とシナプスを形成するが、その後刈り込まれる

図221-4はマウスのふくらはぎのヒラメ筋のひとつの筋繊維に入力する運動ニューロンのシナプスの数が、生後どのように減少していくかを示しています(5、図221-4)。それぞれの筋繊維には生まれた直後には25~90個のシナプスが入力していますが、生後2週間でほぼシナプスはひとつの筋繊維についてひとつになることが示されています。

では生後2週間が経過するまでヒラメ筋は全く使えないかというとそうでもありません。それは複数の運動ニューロンがランダムに入力を行っているのではなく、それぞれがギャップジャンクションなどを通してニューロン同士の連携がとれていて、結果的にランダムではない入力が行われていることが示唆されます(5、図221-5)。成長するにつれて、このような運動ニューロン同士の直接連絡は行なわれなくなり、また刈り込みの結果、筋肉は中央集権的に中枢神経系のシグナルで動くようにリニューアルされます。

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図221-4 マウス新生仔ヒラメ筋におけるシナプスの減少経過

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図221-5 除去・刈り込み前の神経と筋肉(Kirkwood E. Personius and Rita J. Balice-Gordon 2001)

αブンガロトキシンというヘビ毒はニコチン性アセチルコリン受容体と反応して、アセチルコリンとの結合を阻害します。これを筋肉の一部に注入すると、その周辺のシナプスが除去されることが知られています(4)。つまりシナプス除去は神経細胞側の事情だけでなく、筋肉側の事情も反映されることが知られています。信号を頻繁にやりとりするシナプスは勝ち残ることを考えると、図221-6に示したリヒトマンとコルマンの仮説は受け入れやすく思います。

この仮説では、信号をやりとりしたシナプスは周辺のシナプスを保護するシグナル(図221-6青色部分)と遠くまで届く攻撃シグナル(図221-6赤矢印)の両者を放出し、結果として自分は生き残り、少し離れたシナプスはダメージを受けるということになります。

ただ刈り込み現象にはプレシナプス細胞とポストシナプス細胞だけでなく、シナプスをとりまくシュワン細胞も関与していることが明らかなので、その点は考慮が必要です。ハッサム・ダラビッドらはそれを‘danse à trois’(3者のダンス)と呼んでいます(6)。

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図221-6 シナプスの生き残り戦略

シナプスの消長に関与すると思われる物質のカタログはかなり充実してきましたが(6)、まだ決定的なメカニズムは解明されていません(7)。Young il Lee はNMDA受容体が重要な役割を果たしていると指摘しています(7)。狩野によると小脳の途上線維がつくるシナプスは勝者が細胞体から樹状突起に移動できるそうで、いったいどのようなメカニズムがそこに潜んでいるのか想像もできません(8)。

刈り込みは脳科学辞典によれば、筋肉につながる運動神経だけでなく多くの神経でみられる現象です(3)。ヒトの脳の場合刈り込みが少なすぎると自閉スペクトラム症、多すぎると統合失調症を発症しやすい傾向にあることが知られています(9、図221-7)。

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図221-7 ヒト脳において不適切な刈り込みが行われた場合


参照

1)HISAKOブログ アポトーシス
https://babu-babu.org/hisakohome/blog/2262

2)ウィキペディア:アポトーシス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%9D%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9

3)脳科学辞典 シナプス刈り込み
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%88%88%E3%82%8A%E8%BE%BC%E3%81%BF

4)Jeff W. Lichtman and Howard Colman, Synapse Elimination and Indelible Memory., Neuron, vol.25, pp.269–278, (2000) DOI:https://doi.org/10.1016/S0896-6273(00)80893-4
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(00)80893-4?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0896627300808934%3Fshowall%3Dtrue

5)Kirkwood E. Personius and Rita J. Balice-Gordon, Loss of Correlated Motor Neuron Activity during Synaptic Competition at Developing Neuromuscular Synapses
Neuron, vol. 31, pp.395–408, (2001) DOI:https://doi.org/10.1016/S0896-6273(01)00369-5
https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(01)00369-5?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0896627301003695%3Fshowall%3Dtrue

6)Houssam Darabid, Anna P. Perez-Gonzalez and Richard Robitaille, Neuromuscular synaptogenesis: coordinating partners with multiple functions., Nature Reviews (neuroscience) vol.15, pp.703-718 (2014)
https://doi.org/10.1038/nrn3821
https://www.nature.com/articles/nrn3821x

7)Young il Lee, Developmental neuromuscular synapse elimination: activity-
dependence and potential downstream effector mechanism., Neurosci Lett., 718: 13 (2020)
doi: 10.1016/j.neulet.2019.134724.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7144835/

8)東京大学プレスリリース 狩野方伸 小脳のシナプス刈り込みの仕組み解明
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/p01_210717.html

9)渡邉貴樹,上阪直史,狩野方伸, 生後発達期の小脳におけるシナプス刈り込みのメカニズム
生化学 第 88 巻第 5 号,pp. 621‒629(2016) doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880621
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2016.880621/data/index.html

 

 

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