キノコ体 (mushroom bodies)は1850年にフランスの生物学者ドゥジャルダンによって発見された無脊椎動物の脳の主要なパーツで左右対称に2つ存在し、匂いの情報処理・記憶などを司っています(1)。よく研究されているキイロショウジョウバエ (Drosophila melanogaster) の場合について見ていきましょう。ここでショウジョウバエという場合、キイロショウジョウバエのことを意味します。キノコ体のニューロンはケニオン細胞と呼ばれていて、ケニオン細胞はα/β、α’/β’、γの3つのグループに分かれるとされています(2、図222-1)。α/β、α’/β’のローブはL型の屈曲した構造をとっていますが γローブにはそのような特殊な構造はなく、ぼた餅状の細胞集になっています(図222-1)。実際に各ローブを構成するのはケニオン細胞の軸索やグリア細胞などです。
図222-1 ショウジョウバエのキノコ体 左図はウィキペディアより(原図は Jenette et al 2006). L and 逆Lに白く浮き上がった部分がキノコ体。右図は参照文献2より。神経細胞体はCalyx(萼)にあります。
匂い物質を受け取る細胞は触覚にあるので、その情報はまず嗅覚ニューロンによって触覚葉(antennal lobe)に伝わります。触覚葉は約50個の糸球体からなり、各糸球体はそれぞれ異なる匂い情報を伝達する径路とみなされています。ここにシナプスを持つある種の介在ニューロンである投射ニューロンが興奮性シグナルを発生してキノコ体に伝達します(3、図222-2)。キノコ体のα’β’ローブののケニオン細胞は匂いの素早い検出および濃度の弁別にすぐれ、γローブのケニオン細胞は特に短期記憶に重要であるとされています(3-5)。
図222-2 ショウジョウバエの嗅覚処理システム 上左は参照文献(11)より 上右はウィキペディアより 下は管理人による最も単純化した作図
ショウジョウバエキノコ体のα’、β’、α、βローブではその形成過程においてシナプスの削除や軸索の刈り込みは知られていませんが、γローブではそれらが実行されることが知られています。削除・刈り込みは蛹化とともにおこり、いったん退縮した後再度シナプス形成や軸索の伸長が起こって蛹から成虫になります(6)。このプロセスはニューロンのリモデリングとも呼ばれています。
イスラエルの研究グループはこの削除・刈り込みはエクダイソンのシグナルによって開始されるとしています(6)。エクダイソンは細胞膜を通過するので、直接核のレセプターであるEcR・Uspのヘテロダイマーに結合し、この複合体が転写に作用して蛹化とともに削除・刈り込みが行われます。そして成虫になる前にやはりエクダイソンの核レセプターE75・UNFのヘテロダイマーの作用によって神経の再伸長が行われます。このレセプターを欠損すると最伸長は行われません(6、7、図222-3)。
ショウジョウバエは哺乳類と違って、削除・刈り込み・再生が完全変態とシンクロして行われるので、そのメカニズムはかなり異なっていても不思議ではありません。ショウジョウバエの場合哺乳類のように競合する中から一つ残すというメカニズムとはかなり違っていて、むしろきちんとプログラムされているという印象を受けます。ですからリモデリングと呼ばれるのにふさわしいと思います。また脳だけでなく、筋肉に伸びている運動ニューロンでも同様なリモデリングが行われることが知られています(8)。
図222-3 ショウジョウバエキノコ体γローブに軸索を持つニューロンのリモデリング
リモデリングを誘導すると思われるエクダイソン(ウィキペディアではエクジソンとなっている)は節足動物のステロイドホルモンで、脱皮や変態を誘導するホルモンとして知られています(図222-4)。ショウジョウバエの場合幼虫では脱皮ごとに分泌される他、蛹化とその後成虫となる準備が始まるときに特に大量に分泌されます(9、図222-4)。このタイミングはキノコ体γローブのリモデリングとシンクロしています。
図222-4 エクダイソンの構造とショウジョウバエ発生過程における消長 右図は参照文献(9)より。削除・再生の矢印は管理人が追加しました。
線虫(C.elegance) でも削除・刈り込みが行われることが知られています。これはPDBという腹側にある運動ニューロンに関するものですが、このニューロンの軸索はいったん尾の先端の方に伸びて、2回屈曲して背側に伸びてから、背側でシナプスを作るという変わり種です。この軸索は2回分岐して、結果的に伸びた方向から反転したようになるのですが、分岐の際にできたH型の構造(図222-5)は軸索の刈り込みによってきれいに分岐のない構造のように整形されます(10)。この刈り込みは wnt と frizzled のコンビによって行われるようで、線虫独自のメカニズムです(10)。
図222-5 線虫(C.エレガンス)のPDBニューロン軸索の刈り込み 写真は参照文献(12)による。概略図、赤矢印、キャプションは管理人が作成。
参照
1)Wikipedia: mushroom bodies
https://en.wikipedia.org/wiki/Mushroom_bodies
2)T Lee, A Lee, L Luo, Development of the Drosophila mushroom bodies: sequential generation of three distinct types of neurons from a neuroblast.,
Development vol.126(18): pp.4065-4076 (1999). doi: 10.1242/dev.126.18.4065.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10457015/
3)稲田健吾・風間北斗 ショウジョウバエのキノコ体における細胞のタイプに特異的な匂いの情報処理の機構 ライフサイエンス新着論文レビュー DOI: 10.7875/first.author.2017.077
https://first.lifesciencedb.jp/archives/16882
4)Kengo Inada, Yoshiko Tsuchimoto, Hokto Kazama, Origins of cell-type-specific olfactory processing in the Drosophila mushroom body circuit., Neuron, vol.95, pp.357-367.e4 (2017)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2017.06.039
https://www.cell.com/neuron/pdf/S0896-6273(17)30563-9.pdf
5)Trannoy, S., Redt-Clouet, C., Dura, J. M. et al.: Parallel processing of appetitive short- and long-term memories in Drosophila. Curr. Biol., vol.21, pp.1647-1653 (2011)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cub.2011.08.032
https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(11)00938-9.pdf
6)Idan Alyagor, Victoria Berkun, Hadas Keren-Shaul, Neta Marmor-Kollet, Eyal David, Oded Mayseless, NoaIssman-Zecharya, Ido Amit, and Oren Schuldiner, Combining Developmental and Perturbation-Seq Uncovers Transcriptional Modules Orchestrating Neuronal Remodeling., Developmental Cell vol.47, pp.38–52, (2018) DOI:https://doi.org/10.1016/j.devcel.2018.09.013
https://www.cell.com/developmental-cell/pdf/S1534-5807(18)30742-1.pdf
7)InteractiveFly: GeneBrief Hormone receptor 51 FlyBase ID: FBgn0034012
https://www.sdbonline.org/sites/fly/genebrief/unfulfilled.htm
8)Wanyue Xu, Weiyu Kong, Ziyang Gao, Erqian Huang, Wei Xie, Su Wang and Menglong Rui, Establishment of a novel axon pruning model of Drosophila motor neuron., Biology Open (2022) 12, bio059535. doi:10.1242/bio.059535
file:///C:/Users/Owner/Desktop/222/Novel%20axon%20pruning%20model%20of%20drosophila.pdf
9)上田均 昆虫の脱皮 と変態の分子機構 化学と生物 Vol. 44, No. 8, pp.525-531 (2006)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/44/8/44_8_525/_pdf/-char/ja
10)Menghao Lu, Kota Mizumoto, Gradient-independent Wnt signaling instructs asymmetric neurite pruning in C.elegans., eLife 2019;8:e50583. DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.50583
https://elifesciences.org/articles/50583
11)Yoshinori Aso et al., The neuronal architecture of the mushroom body provides a logic for associative learning., eLife 3:e04577 (2014). https://doi.org/10.7554/eLife.04577
https://elifesciences.org/articles/04577
12)Menghao Lu and Kota Mizumoto, Gradient-independent Wnt signaling instructs asymmetric neurite pruning in C. elegans., eLife 2019;8:e50583., https://doi.org/10.7554/eLife.50583
https://elifesciences.org/articles/50583
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