虫干し3 シロアリ部活
沖縄科学技術大学院大学 プレスリリースより(参照文献2)
シロアリ部活
小学校の時は「いきものがかり」をやっていた。音楽ユニットの「いきものがかり」はキンギョを飼育していたらしいが、私の場合校庭の隅に動物小屋があり数匹のウサギを飼育していて、数人の「いきものがかり」が当番制で世話をしていた。朝早く豆腐屋さんにおからを買いにいって、ウサギのエサをつくっていた。そうやって育てたウサギが夜中に侵入してきたイタチに食べられたのはショックだった。金網の下を掘って進入したのだ。別に山の中のへんぴな場所にある小学校ではなかったので、まさか野生動物にウサギが食べられてしまうなんて予想だにしなかった。今でも思い出すと胸が苦しくなる。
花壇の世話も結構大変だった。夏休みも交代で登校して水やりや草取りなどをやっていた。でもそんな植物が一斉に開花すると、生命の誕生に関わったことが誇らしく係をやっていて本当に良かったと思った。そういうわけで、中学校に入学してもそんな部活はないかと探したがなくて、結局生物クラブにはいることにした。同じ目的の生徒 (Eと呼ぶ)をみつけて、二人で部室らしき部屋にいくと、上級生がひとり居て、満面の笑みで二人に詳しく活動を説明してくれた。それによるとクラブにはふたつのグループがあり、ひとつはショウジョウバエの遺伝を研究するグループ、いまひとつはシロアリの腸にいる微生物を研究するグループだということで、前者は陳腐でつまらなくて、後者はやっているひとが少なくて面白いと彼は説明した。当然彼は後者を担当していたわけだ。
こうなると、いきがかり上私たちはもはやショウジョウバエのグループに参加するわけにもいかず、城田(仮名)というその先輩のグループに加わるほかなかった。あとでわかったことだが、実はシロアリをやっていたのは彼だけで、私たちが参加したおかげでグループになったということだった。見事にひっかかったわけだ。
あまり気が進む研究ではなかったが、今考えてみるとそれは当時の私たちが無知だっただけで、彼の持っていた興味は大変先進的なものだった。それは現在でもさまざまな研究機関でこの分野の研究が進められていることでも明らかだ。シロアリは木を食べて生きているわけだが、そのためにシロアリは腸内に原生生物を飼い、その原生生物が共生する細菌と協力してセルロースを分解することによってエネルギーを得る。そのシロアリの腸内に棲息する原生生物をとりだして培養してみようというのが研究の目的だった。それはまだ現在プロの研究者が試みてもうまくいかないことが多いという困難なテーマだったということは、当時知るよしもなかった。原生生物の写真は参照4の文献に掲載されている。
(興味のある方のために「参照」として末尾にいくつかのリンクを張っておきました)
シロアリはアリの仲間ではなく、ゴキブリの仲間であることは最近知る人もふえてきたようだ。だいたいアリは肉食だがシロアリは草食だ。非常に平和的な生き物なのだが、働きアリには全く戦闘能力がないのでソルジャーという特異な形態の個体を作って巣を守っている(写真の頭が茶色がかっている個体)。英語でもホワイトアントだが、ターマイトと言う方が知的な感じがする。
部活の話にもどるが、まず山に行ってシロアリの巣を探してこいという指令を受けて、私と相棒のEは付近の山を歩き回って探したが、なにしろ二人ともシロアリは家にいるものだと思っていたくらいなので見つかるわけもなく、結局城田先輩に場所を教えてもらうことになった。朽ちかけた木の根元にその巣はあった。働きアリと、頭が茶色の兵隊アリが巣の周辺をうろついている。少し巣の入り口を壊して巨大な女王蟻をみたときのおぞましさは忘れられない。シロアリを採集する技術だけは向上したが、結局いろいろやってもシロアリの原生生物は培養出来ず、研究は頓挫してしまった。
ショウジョウバエのグループも、凡ミスで幼虫の培養に失敗し全部死なせてしまうと言う事件もあって、グループリーダーが部活担当の生物の先生に厳しく叱責されるようなこともあった。部活は暗黒時代を迎えることとなった。ただ私たちシロアリグループはショウジョウバエグループと違って部費をほとんど使っていなかったので、失敗しても叱責されるようなことはなかった。
暗く沈み込む部活のなかで私たちを励まそうとしたのだろうか、城田先輩はある土曜日の午後に私たちを自宅での食事に招いてくれた。彼の家に行くと、なんと先輩自身が調理して私たちに昼食をふるまってくれた。料理は母がするものと思っていた私たちは驚いて、恐縮してしまった。そのせいか、何を食べたかどうしても思い出せない。食事が終わるとみんなで後片付けをして、しばらく談笑したあと、先輩は奥の部屋にはいったきり帰ってこなかった。私たちが心配して部屋を覗くと、そこにはひとりの女性がベッドで眠っていた。先輩は無言で私たちをもとの部屋にもどして母親が病気だと告げた。父親はいないそうだ。私たちは部屋を覗くなどという行為はするべきではなかったと後悔した。
私たちの中学は高校と連結した一体校だったため、部活も中高一体だった。城田さんは1年後には高校3年生となり、高校3年生は部活をやめるという暗黙の約束があった。城田さんなしでシロアリの研究を続けるのは困難だということは私もEもわかっていた。かといって今まで接触をなるべく避けてきたショウジョウバエのグループにはいるのも気乗りがしなかった。Eも同じだ。私たちは先生の了解をとって、それぞれ独自にテーマを決めて部活をすることになった。城田さんはたまにふらりと部室に現れたが、私たちもまったくシロアリとは別のことをやっているので、共通の話題もなく、すぐに立ち去ることになった。
翌年城田さんはある会社に就職したという話をきいた。私たちの学校はバリバリの進学校だったので、高卒で就職したのはおそらく彼1人だったと思う。家庭の事情があったと推察出来るが、今考えてみると彼は天才的なセンスを持った人で私の最初の研究指導者だったと思う。家族の問題や貧困は容赦なく人の未来を奪うことも教えてくれた人だった。
「参照」
1)大熊盛也 シ ロ ア リ腸 内 の微 生 物 共 生 シス テ ム
日本農芸化学会雑誌 Vol. 77, No. 2, 2003
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nogeikagaku1924/77/2/77_2_134/_pdf/-char/ja
2)沖縄科学技術大学院大学 研究関連ニュース 2018
シロアリ腸内微生物の進化の起源が明らかに
https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/32325
3)本郷裕一 シロアリ腸内原生生物と原核生物の細胞共生
Jpn. J. Protozool. Vol. 44, No. 2. (2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjprotozool/44/2/44_115/_pdf
4)野田悟子 シロアリと共生微生物
モダンメディア 67 巻 11 号 pp.460-468 (2021)
https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2111_67_P22-28.pdf
5)理化学研究所 プレスリリース 2015
シロアリは腸内微生物によって高効率にエネルギーと栄養を獲得
-セルロースを分解する原生生物とその細胞内共生細菌が多重機能により共生-
https://www.riken.jp/press/2015/20150512_2/
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