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2023年6月29日 (木)

虫干し3 シロアリ部活

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沖縄科学技術大学院大学 プレスリリースより(参照文献2)

 

シロアリ部活

小学校の時は「いきものがかり」をやっていた。音楽ユニットの「いきものがかり」はキンギョを飼育していたらしいが、私の場合校庭の隅に動物小屋があり数匹のウサギを飼育していて、数人の「いきものがかり」が当番制で世話をしていた。朝早く豆腐屋さんにおからを買いにいって、ウサギのエサをつくっていた。そうやって育てたウサギが夜中に侵入してきたイタチに食べられたのはショックだった。金網の下を掘って進入したのだ。別に山の中のへんぴな場所にある小学校ではなかったので、まさか野生動物にウサギが食べられてしまうなんて予想だにしなかった。今でも思い出すと胸が苦しくなる。

花壇の世話も結構大変だった。夏休みも交代で登校して水やりや草取りなどをやっていた。でもそんな植物が一斉に開花すると、生命の誕生に関わったことが誇らしく係をやっていて本当に良かったと思った。そういうわけで、中学校に入学してもそんな部活はないかと探したがなくて、結局生物クラブにはいることにした。同じ目的の生徒 (Eと呼ぶ)をみつけて、二人で部室らしき部屋にいくと、上級生がひとり居て、満面の笑みで二人に詳しく活動を説明してくれた。それによるとクラブにはふたつのグループがあり、ひとつはショウジョウバエの遺伝を研究するグループ、いまひとつはシロアリの腸にいる微生物を研究するグループだということで、前者は陳腐でつまらなくて、後者はやっているひとが少なくて面白いと彼は説明した。当然彼は後者を担当していたわけだ。

こうなると、いきがかり上私たちはもはやショウジョウバエのグループに参加するわけにもいかず、城田(仮名)というその先輩のグループに加わるほかなかった。あとでわかったことだが、実はシロアリをやっていたのは彼だけで、私たちが参加したおかげでグループになったということだった。見事にひっかかったわけだ。

あまり気が進む研究ではなかったが、今考えてみるとそれは当時の私たちが無知だっただけで、彼の持っていた興味は大変先進的なものだった。それは現在でもさまざまな研究機関でこの分野の研究が進められていることでも明らかだ。シロアリは木を食べて生きているわけだが、そのためにシロアリは腸内に原生生物を飼い、その原生生物が共生する細菌と協力してセルロースを分解することによってエネルギーを得る。そのシロアリの腸内に棲息する原生生物をとりだして培養してみようというのが研究の目的だった。それはまだ現在プロの研究者が試みてもうまくいかないことが多いという困難なテーマだったということは、当時知るよしもなかった。原生生物の写真は参照4の文献に掲載されている。

(興味のある方のために「参照」として末尾にいくつかのリンクを張っておきました)

シロアリはアリの仲間ではなく、ゴキブリの仲間であることは最近知る人もふえてきたようだ。だいたいアリは肉食だがシロアリは草食だ。非常に平和的な生き物なのだが、働きアリには全く戦闘能力がないのでソルジャーという特異な形態の個体を作って巣を守っている(写真の頭が茶色がかっている個体)。英語でもホワイトアントだが、ターマイトと言う方が知的な感じがする。

部活の話にもどるが、まず山に行ってシロアリの巣を探してこいという指令を受けて、私と相棒のEは付近の山を歩き回って探したが、なにしろ二人ともシロアリは家にいるものだと思っていたくらいなので見つかるわけもなく、結局城田先輩に場所を教えてもらうことになった。朽ちかけた木の根元にその巣はあった。働きアリと、頭が茶色の兵隊アリが巣の周辺をうろついている。少し巣の入り口を壊して巨大な女王蟻をみたときのおぞましさは忘れられない。シロアリを採集する技術だけは向上したが、結局いろいろやってもシロアリの原生生物は培養出来ず、研究は頓挫してしまった。

ショウジョウバエのグループも、凡ミスで幼虫の培養に失敗し全部死なせてしまうと言う事件もあって、グループリーダーが部活担当の生物の先生に厳しく叱責されるようなこともあった。部活は暗黒時代を迎えることとなった。ただ私たちシロアリグループはショウジョウバエグループと違って部費をほとんど使っていなかったので、失敗しても叱責されるようなことはなかった。

暗く沈み込む部活のなかで私たちを励まそうとしたのだろうか、城田先輩はある土曜日の午後に私たちを自宅での食事に招いてくれた。彼の家に行くと、なんと先輩自身が調理して私たちに昼食をふるまってくれた。料理は母がするものと思っていた私たちは驚いて、恐縮してしまった。そのせいか、何を食べたかどうしても思い出せない。食事が終わるとみんなで後片付けをして、しばらく談笑したあと、先輩は奥の部屋にはいったきり帰ってこなかった。私たちが心配して部屋を覗くと、そこにはひとりの女性がベッドで眠っていた。先輩は無言で私たちをもとの部屋にもどして母親が病気だと告げた。父親はいないそうだ。私たちは部屋を覗くなどという行為はするべきではなかったと後悔した。

私たちの中学は高校と連結した一体校だったため、部活も中高一体だった。城田さんは1年後には高校3年生となり、高校3年生は部活をやめるという暗黙の約束があった。城田さんなしでシロアリの研究を続けるのは困難だということは私もEもわかっていた。かといって今まで接触をなるべく避けてきたショウジョウバエのグループにはいるのも気乗りがしなかった。Eも同じだ。私たちは先生の了解をとって、それぞれ独自にテーマを決めて部活をすることになった。城田さんはたまにふらりと部室に現れたが、私たちもまったくシロアリとは別のことをやっているので、共通の話題もなく、すぐに立ち去ることになった。

翌年城田さんはある会社に就職したという話をきいた。私たちの学校はバリバリの進学校だったので、高卒で就職したのはおそらく彼1人だったと思う。家庭の事情があったと推察出来るが、今考えてみると彼は天才的なセンスを持った人で私の最初の研究指導者だったと思う。家族の問題や貧困は容赦なく人の未来を奪うことも教えてくれた人だった。


「参照」

1)大熊盛也 シ ロ ア リ腸 内 の微 生 物 共 生 シス テ ム
日本農芸化学会雑誌 Vol. 77, No. 2, 2003
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nogeikagaku1924/77/2/77_2_134/_pdf/-char/ja

2)沖縄科学技術大学院大学 研究関連ニュース 2018
シロアリ腸内微生物の進化の起源が明らかに
https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/32325

3)本郷裕一 シロアリ腸内原生生物と原核生物の細胞共生
Jpn. J. Protozool. Vol. 44, No. 2. (2011)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjprotozool/44/2/44_115/_pdf

4)野田悟子 シロアリと共生微生物
モダンメディア 67 巻 11 号 pp.460-468 (2021)
https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/2111_67_P22-28.pdf

5)理化学研究所 プレスリリース 2015
シロアリは腸内微生物によって高効率にエネルギーと栄養を獲得
-セルロースを分解する原生生物とその細胞内共生細菌が多重機能により共生-
https://www.riken.jp/press/2015/20150512_2/

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2023年6月27日 (火)

報道ステーションはニュースを伝えているのだろうか?

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久しぶりで報道ステーションを全部見ました

報道ステーション

Start~30分 プリゴジンの乱
~35分 昔の京王電車の事件
ちょっと 神戸の子供殺し
ちょっと 福島の汚染水
4分くらい 天気予報
そのあとたっぷり スポーツ
最後ほんのちょっと コロナ

現在の日本のニュースはほとんどスキップしています。

視聴者の窓はブラインドで閉じられています。

馬鹿にされていますね。

ちなみにウェブの朝日新聞のトップページは

国交省航空局長を処分
緊急避妊薬
コロナ第9波
プリゴジンの乱
熱中症
神宮外苑再開発
司法試験の変更

日刊ゲンダイは

維新と公明の関係
プリゴジンの乱
山際大志郎候補を自民党が公認
マイナカード問題
芸能スキャンダル

の順です。

木原誠二官房副長官のスキャンダルはどこにもなし

(画像はウィキペディアより)

 

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2023年6月25日 (日)

ミンコフスキ-都響 ブルックナー交響曲第5番@池袋芸術劇場2023/6/25

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マルク・ミンコフスキは不思議な指揮者です。レジオン・ド・ヌール勲章を授与されるくらい評価が高い指揮者なのに、ボルドー歌劇場で5年監督をやった以外はメジャーなオケの常任はやらず、ようやく50才代の半ばで日本の金沢のオーケストラの芸術監督を引き受けました。ビジネスとしての音楽をやるのが好きじゃないからかな?

ブルックナーの第5交響曲は、どうしても途中で眠くなったり飽きたりして、CDを持っていても正直全曲通して聴いたことがありませんでした。今日はバッチリ覚醒して全曲集中して聴けたことが革命的です。

ミンコフスキはリズムが垂れないように、常に体を動かしてオケを督励し躍動的で輝かしいブルックナーをやってくれました。1曲だけのコンサートだったので、リハーサルを集中して十分にできたことも良かったのでしょう。都響も万全の演奏で指揮に応えました。

本日のコンマスはボス矢部、サイドはゆづきです。Vn1-Vla-Vc-Vn2の対向配置。ブルックナーの音楽は主役がVla-Vcという側面もあるので、この配置は納得できます。広い芸劇がほぼ満席の大盛況で、素晴らしい演奏会です。

第1楽章の、弦楽をベースにフルート(エキストラの松木さやさん)が音を4つづつ刻んでいくところなど震えがくるほどのめりこみました。第2楽章の静かな美しさにも感動。ブル5がこんなに素晴らしい曲だったとはじめて認識しました。ミンコフスキ-都響有難う。

脱稿したあと、ゆづきのツイッターみたらこんなことが書いてありました

「ブルックナー、、、
す・ご・す・ぎ・た
全員一丸となって弾ききりました
最後はみんな命綱を外してた」

✨✨✨✨ なるほどね

 

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2023年6月23日 (金)

続・生物学茶話214: 弱電魚の小脳

皆さんはテレパシーが存在するなどと言うと怪訝に思われるかもしれませんが、それが実在するということは60年以上も前に東京医科歯科大学の研究者たちによって証明されています(1)。

魚類の一部に弱電魚というグループがいて、彼らは体の周辺に電波を発信して電場を作り出し、それを受信することによって周囲の地形やエサや敵接近の状況を知ることができます。ところが近接した周波数の電波を発信している仲間が接近してくると、混信が起こってこの機能が使えず困るので、お互いに周波数の違う電波を発信して混信を避けるという行動をとります(1、2、図214-1)。ウィキペディアの定義によるとテレパシーとは「ある人の心の内容が、言語・表情・身振りなどによらずに、直接に他の人の心に伝達されること」とされています(3)。直接というのが何を意味するかによって解釈は変わるかもしれませんが、この弱電魚のコミュニケーションはテレパシーと言って良いのではないでしょうか。テレには電信という意味があります。

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図214-1 テレパシーは実在する

代表的な弱電魚であるエレファントノーズフィッシュ(鼻じゃなく顎が長い)と彼らに近縁なグループを Carlson と Arnegard が調べたところ、古いタイプの現存種はアンプラ(瓶)型の電気受容器を使って周辺の電場の変化を感知しているだけですが、進化するにつれて電気受容器を進化させると共に、自分で発電して電場を作り出すようになっていることがわかりました(4)。発電自体は神経がある生物はすべてやっているわけですが、周囲に電場を作って利用できるほど強力な発電には進化が必要です。たいていの場合筋肉が発電所として改造されて利用されます。

昔はジムノティ目とモルミリ目の弱電魚は結節型電気受容器といって、外界と接していない電気受容器を使っているということになっていて(5)、このブログでもそう書いたことがありますが(6)、実は通電性のゲルで満たされた細いキャナル状の構造(ampullary canal)を介して外界とつながっているようです(7)。ここでお詫びして訂正しておきたいと思います(7、図214-2)。こういう形だと ampullary organ というより flask organ と言った方が良いかもしれません。

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図214-2 弱電魚の電気感覚器

Carlson のグループがまとめたモルミロイド(モルミリ目の魚)とその近縁種の進化系統図を図142-3に示します(8)。最下段の2種 C.ornata と P.buchholzi は電気魚ではありません。X.nigri は電気受容器を持っていますが、電気魚としての発電器は持っていません。G.niloticus より上段の種はすべて電気受容器とまわりに電場を作り出す発電器を持っています。

電気魚でない魚に比べて X.nigri は少し小脳が大きくなっていますが、この傾向はモルミロイドになると顕著になり、G.petersii などは脳の半分以上を小脳が占めるという極端な脳の構造になっています(図142-3)。脳の各パーツがバランスを持ちながら進化するのではなく、その種の生活様式に応じて各パーツごとに進化するという、いわゆるモザイク説を支持する好例でしょう。ヒトの場合大脳皮質が異常に肥大化しているというのもその1例でしょう。

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図214-3 モルミロイド(象鼻魚)の形態とその進化に伴う小脳の巨大化

以前にはモルミロイドの脳は図214-3のようにまとめられることはなく、図214-4のように電気感覚側線葉などとして個別のパーツとして考えられていました(9)。小脳はC3のように、非常に小さいパーツとして表示されていたのです。214-4図のEGp(eminentia granularis par posterior) は適当な訳語を発見できませんでした。図214-5に示されているように、モルミリド科の電気魚の発電は適宜発生のパルス型で行われるので、この場合音声を聞くような形ではなく、ヒトの小脳が遠心性コピーによって、運動を制御するというのと似たようなことを行っていることがわかって(10)、このシステムを担っているパーツを小脳としてまとめてよいということになったのでしょう。

遠心性コピーというのは自分が動いたために発生した周りの変化と、周りが自分とは関係なく変化したことを識別するための脳の機能です。電気魚は周囲の電場が自分が動いたために変化したのか、エサや敵が現れたために変化したのかを識別します。そのためにはこう行動するように指示したという遠心性の情報を逐次コピーして記憶し、それを参照しながら状況を判断しなければいけません。脳科学辞典によると「今日では、運動実行系の階層的情報処理の様々な段階から、感覚情報処理系の階層の様々な階層に向けて運動関連信号が送られていると考えられている。」と記述されています(11)。

脊椎動物ではこのような記憶の管理を小脳で行なっており、この点ではモルミロイドと私たちの小脳で行っていることはメカニズム的に似ていると考えられます。

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図214-4 電気感覚の情報処理を行う部位は小脳とは呼ばれていなかった

電気魚が電気を生成するメカニズムは共通の祖先からみんなが受け継いだものではなく、グループによって独立に獲得したということがわかっています。ですからかなりのバラエティーがあって、正弦波を発生する、不規則なパルスを発生する、プラスなのかマイナスなのか、DC(direct current) なのかAC(alternating current) なのかなどさまざまなタイプがあります(12、図214-5)。非常に近縁な種類でも放電波形がAC型の種とDC型の種にわかれている場合もあります(13、図214-6)。これは種を識別するためにあえてそのように進化したのかもしれません。

ただエサや敵を感電させるのが目的で発電しているシビレエイやデンキナマズの様な場合、発電器を電池のように直列につなげて高電圧をつくらなければならないのでDCになっているのでしょう(図214-5)

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図214-5 電気魚が発生する放電波形の違い

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図214-6 アマゾン川に棲む非常に近縁なナイフフィッシュ2種の放電波形

 

参照

1)Akira Watanabe and Kimihisa Takeda, The change of discharge frequency by A.C. stimulus in a weak electric fish., J. Exp. Biol., vol.40, pp.57-66 (1963)
https://doi.org/10.1242/jeb.40.1.57.
https://journals.biologists.com/jeb/article/40/1/57/20904/The-Change-of-Discharge-Frequency-by-A-C-Stimulus

2)Wikipedia: Jamming avoidance response
https://en.wikipedia.org/wiki/Jamming_avoidance_response1z11kL4aeIO6xXp4zdAYOf7n59ShcArSh7DQD0kgEwyY07EJ6GJYzFoqJPvlTNWvJ6YErk~Pt66xvcWcbT~qhPQAFOzY-05ohZkpucPjhztkgtNFnKPjkDa1pQSRDgNvXIO8m3p0W73CBzgqOHkPWcS~UycwXmxjYMzTvkq4JX3gRKVx0tKP-nQ__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA

3)ウィキペディア:テレパシー
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%BC

4)Bruce A. Carlson and Matthew E. Arnegard, Neural innovations and the diversification of African weakly electric fishes., Communicative & Integrative Biology vol.4, no.6, pp.720-725 (2011) DOI : 10.4161/cib.4.6.17483
https://www.tandfonline.com/doi/epdf/10.4161/cib.17483?needAccess=true&role=button

5)菅原美子 電気感覚系の比較生物学 II 電気受容器と電気受容機構
比較生理生化学 vol.13, no.3, pp.219-234 (1996)

6)続・生物学茶話159:電気魚
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/09/post-898d9b.html

7)J.M. Jørgensen, Ampullary Organs in Mormyrid Fish
https://www.sciencedirect.com/topics/agricultural-and-biological-sciences/mormyrid

8)Kimberley V. Sukhum, Jerry Shen and Bruce A. Carlson, Extreme enlargement of the cerebellum in a clade of teleost fishes that evolved a novel active sensory system.,
Current Biology 28, 3857–3863, December 3, 2018
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.10.038

9)Matthew A. Friedman and Carl D. Hopkins, Neural Substrates for Species Recognition in the Time-Coding Electrosensory Pathway of Mormyrid Electric Fish., The Journal of Neuroscience, vol. 18(3): pp.1171–1185 (1998)

10)菅原美子 電気感覚系の比較生物学III 電気感覚の脳内機構 と行動
比較生理化学 vol.14, no.3, pp.194-209 (1997)

11)脳科学辞典:遠心性コピー
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%81%A0%E5%BF%83%E6%80%A7%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BC

12)Bass, A. H.: In Electroreception. Bullock,T. H.& Heiligenberg, W.(eds), John Wiley& Sons, 13-70 (1986)

13)Cornel l Chronicle Electric fish may have switched from AC to DC
https://news.cornell.edu/stories/2013/09/electric-fish-may-have-switched-ac-dc

 

 

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2023年6月21日 (水)

虫干し2 白いワンピースに黒いベルト

白いワンピースに黒いベルト

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写真は神戸の青谷というところにある私立松蔭高等学校・中学校(昔は松蔭女子学院)の100年の歴史を誇る制服で、ホームページに掲載してあるものだ。左が夏服、右が冬服になる。学校のホームページには次のように記載してある 「制服制定当時(1925年)、 女学生の制服は和装がほとんどでした 。卒業生の保護者が考案したデザインの中から選ばれたのが、このワンピースのデザインです。基本的なデザインを変更することなく約100年にわたり校内外から愛され続けているこの制服は、松蔭の先進性と伝統を象徴するものとなっており、松蔭生の誇りとなっています。」

その初夏に輝く白い制服をみかけるようになると、近傍の住人はああもう夏が近いんだと季節を感じる。この学校は南野陽子の母校として有名だが、その他にも宝塚歌劇団のスターを輩出するなど、ミッションスクールであるにもかかわらず世俗的で革新的な雰囲気が感じられる学校だ。

小学校6年生になった私は、はじめて受験勉強というのを経験した。私立の中学を志望したからだ。しかしそんな忙しい毎日の中で、修学旅行は息抜きの楽しいイベントだった。伊勢志摩と伊勢神宮を巡ったと記憶している。しかし伊勢神宮の玉砂利を踏みながら、どうしてこんなところに連れてこられたのだろうかと、疑問に思ったことを思い出す。

異変が起こったのは、その修学旅行が終わった後だった。私の隣の席のDという女子生徒に、誰も話しかけなくなったのだ。

今でも同じだと思うが、女子生徒は2種類に分類出来る。男子と気軽に話すオープンなグループと、女子だけで閉鎖的なグループを作って、男子とはめったに口をきかない連中だ。Dは後者だった。だから隣の席でありながら、私は友人として話したことはなかった。彼女は少女コミックから抜け出してきたような、瞳が大きく、ルックスがとても可愛い感じの生徒だった。背も高くて、将来はファッションモデルかスチュワーデス(キャビンアテンダント)になるのではないかと私は予想していた。ただいつもボーッとしているようなキャラだったので(成績も下の方だったと思う)、とりたてて男子に人気があって彼女の周りに集まってくるようなタイプではなかった。

クラスでシカトされている彼女が淋しそうにしているので、私は何か話しかけてみようと思っていたのだが、なかなかチャンスがなかった。そのうち何の科目か忘れたがテストがあって、その最中に彼女の消しゴムが私の机の下に転がってきたので、私が拾ってそっと手渡してあげた。テストが終わったあと、彼女は「どうもありがとう」と私に礼を言った。

それで2人の間のバリヤが壊れたみたいで、以後はフレンドとして話すようになった。ただ彼女と話していると、まわりの女子がぎこちない感じになるのがわかった。理由はわからなかったし、誰かに問いただそうという気にもなれなかった。自分はひょっとしてシカトされた弱者の味方をする似非ヒーローとしてみられているのだろうか?

しかしそれも束の間で、私は中学受験が目の前に迫って、そちらに集中せざるを得ない状況になった。首尾良く志望した私立中学の入学試験に合格して、卒業式も間近に迫った頃、ある男子の同級生に「いいこと教えてやろうか、Dのことだけど」と言われて、「えっ 何?」と答えると、「あいつは修学旅行中に出血して布団をよごしたそうだ」と教えてくれた。

その時はなんのことだかよくわからなかったが、後で考えてみると、まだ生理が来ていない生徒にしてみれば、大人になった生徒に違和感を感じていただろうし、すでに大人になっていた少数の生徒はその雰囲気を感じて「完黙」したのだろうと思う。

卒業式の日、式も終わって校庭に出てこれでこの校舎ともお別れかと少しセンチメンタルな気分に浸っていると、Dが突然私のところにやってきて「○○中学合格おめでとう、すごいね」とひとことお祝いを言ってくれた。学校でそんなことを言ってくれたのは彼女だけだったので私がキョトンとしていると、彼女はすぐに踵を返して走り去っていった。

それから2~3ヶ月たって市営バスに乗っていたとき、ある停留所で彼女が乗り込んできた。純白のワンピースに黒いベルトという、素晴らしい制服だった。それは南野陽子も通ったという私立松蔭中学の制服だった。私は彼女がその女子中学を受験したことも、合格したことも全く知らなかった。卒業式の日に私も「おめでとう」と言うべきだったのに、それを果たせなかったことが残念という思いが脳裏をよぎった。

何か話したかったが、彼女は同じ制服の生徒数人と楽しそうにおしゃべりをしていたので、割り込むのは遠慮することにした。彼女はおしゃべりに夢中だったし、結構混み合っていたので、終点で降車するまで彼女は私には気がつかなかったと思う。小学校時代の暗い雰囲気とは一変した、まぶしいくらいキラキラと輝く笑顔のDをみて、なんだかわからないけど本当に良かったなと思った。

 

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2023年6月19日 (月)

AIの危うさ

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6月15日東京新聞のウェブ版に次のような報告ではじまる重大なニュースが署名入りで出ていました。「国内の社会保険労務士の多くが利用している業務支援システム「社労夢(シャローム)」に対し、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)攻撃があった。なにより気になるのは、このシステムが800万人超分のマイナンバーを含む個人情報を扱っていたこと。もし外部に流出していれば、影響は計り知れない。政府・与党によってマイナンバーの利用範囲拡大や健康保険証廃止を含む改正マイナンバー法が成立したばかりだが、こんなことで大丈夫か。(岸本拓也、木原育子) 」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/256708

これはその記事でも解説されているような重大な事態です。もうマイナンバーそのものをいったんキャンセルしてやり直さなければならないレベルの事故だと思います。私は自分宛のメールのリストは毎日見ますが、怪しいメール満載です。なかには銀行とかプロバイダーとかアマゾンとかを装った危険なメールもほぼ毎日届きます。PCや生活の全壊と毎日隣り合わせの危険の中で暮らすことを強いられています。多くの人にかかわるAIだっていつ誰にいじられて全壊するかわかりません。

ネットに情報をあげれば、すべてハッキングされる危険があるものと思わなければいけません。ハッキングされなくたって、それをいじる権限のある人が何をするかもわかりません。最近米国の軍事情報が勝手に公開されたという事件がありました。

さらにAI自体が誤作動する恐れもあります。私が今使っているPCだって誤作動したため、マザーボードを一度交換しています。車に搭載されたコンピュータも誤作動するかもしれません。私はブレーキとアクセルを踏み間違えたという事故の何パーセントかは基盤の不調によるものだと思います。

https://news.biglobe.ne.jp/workstyle/0323/pre_230323_0388944901.html

ちょうど先ほど2021年のフランス映画「ブラックボックス・音声分析操作」という映画を見ました。これは航空機の操縦をAIにやらせようという話ですが、そのAIがハッキングされて墜落してしまいます。AIが誤作動していることに気がつけばすぐ手動操縦にもどせるようにしていなかったことが悲劇の原因でした。マイナンバーシステムが不調なら、すぐに従来の健康保険証にもどさなければなりません。政府はなぜそうしないのか理解できません。政府だけじゃなくて国会議員もどうかしています。

(写真はウィキペディアより)

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2023年6月17日 (土)

小泉-都響 ベルリオーズ「幻想交響曲」@サントリーホール 2023/06/17

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梅雨の晴れ間でめずらしい快晴ですが暑い。団地に襲来したオナガたちに見送られてサントリーホールへと。

本日のマエストロは小泉さん。コンマスはボス矢部、サイドはマキロンです。月曜日は札幌公演だけど小関さんも参加。ソリストはジュミ・カンさんです。サントリーホールはほぼ満席で、2Fにかなり補助席が出ていました。ホールの冷房は適度で快適な環境です。

マエストロ小泉はブルッフのVnコンチェルト第1番は2017年にも都響と芸劇でやっていて、そのときのソリストは堀米さんでした。これはなかなかの名演で、堀米さんの自由闊達で聴衆に語りかけるような演奏は心に残りました(1)。ジュミ・カンさんは堂々とした正統派の演奏で、聴かせ方をよく心得ているプロフェッショナルな感じ。不満はまったくありません。堀米さんのような親密な雰囲気はありませんけどね。まあそれは年の功もあるんでしょう。

後半の幻想交響曲はさすがに小泉-都響の名コンビで、細かいニュアンスも豊富、行くところは大音響で行くという聴衆フレンドリーな演奏でした。私は終楽章の不気味な狂乱の世界にずっと住み着いていたいと思いました。クラリネット糸井さんの異様にアグレッシブな演奏にも興奮してしまいました。

堀米さんの時もそうだったのですが、帰りにシャトレーゼのお土産までいただいて大満足の演奏会でした。

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1)過去記事:堀米ゆず子の演奏
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/11/with-b04b.html

 

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2023年6月16日 (金)

Shall

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「You shall die」という台詞は古い小説に出てくる死語だと思っていましたが、スコセッシ-デ・ニーロの映画「タクシードライバー」で、裏社会の男がこの言葉を絶叫しながら襲ってきたときにはびっくりしました。shall には must や have to にはない何か見えない掟のようなものに支配されているようなニュアンスがあります。このニュアンスの言葉は日本語にはないのではないでしょうか?

Shall でもうひとつ忘れられないのは、ジョーン・バエズ(Joan Baez) が歌っていた We shall overcome という歌です(1)。日本語では「勝利を我らに」と訳されていますが、それだと「神よ、勝利を我らに与え給え」というニュアンスがあります。バエズがもし宗教的な人間ならそういう意味で歌っていたのかもしれません。ウィキペディアによると、もともとはチャールズ・ティンドリーという黒人の牧師が歌っていた霊歌が原曲で、公民権運動の象徴としてピート・シーガーがとりあげて世に出たそうです(2、7)。

なのですが、やはり Shall には神への祈願とは違う種類の意志、must や have to には無い自発的な意志+超自然的な力を感じます。「We shall overcome」はワシントン大行進など人種差別反対運動でも歌われましたが(3)、ジョーン・バエズ自身が2010年にホワイトハウスでオバマ大統領の前で唄ったことで、この歌は反政府運動の象徴としての役割を終えたのかもしれません(4)。

ところが中川五郎によって再生されて、日本では引き続き歌われるのかもしれません(5)。

美しい男声合唱(6)。

国連難民支援チャリティーコンサート@世田谷区民ホール(8)。

これ一番好きかも(9) でも結婚式で歌うのは意味深

1)Joan Baez - We Shall Overcome
https://www.youtube.com/watch?v=nM39QUiAsoM

2)ウィキペディア:勝利を我らに
こちら

3)ワシントン大行進(1963)で唄うジョーン・バエズ
https://www.youtube.com/watch?v=nuSih-Z30TY

4)ホワイトハウスで唄うジョーン・バエズ
https://www.youtube.com/watch?v=Yl5X8n1hDP4

5)We Shall Overcome 2012 中川五郎
https://www.youtube.com/watch?v=QXsTaeHaDQk
https://www.youtube.com/watch?v=9x5EfwlhGIM

6)Morehouse College - We Shall Overcome
https://www.youtube.com/watch?v=Aor6-DkzBJ0

7)Pete Seeger, We Shall Overcome
https://www.youtube.com/watch?v=M_Ld8JGv56E

8)TAEKO With G.M.C
https://www.youtube.com/watch?v=26ylTlOapls

9)Les Gospel Church
https://www.youtube.com/watch?v=FziBcjV8ub8

 

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2023年6月14日 (水)

虫干し1 青い眼の人

長い間ひと気の無い倉庫にしまっておいたショート・ショートを虫干しします。

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青い眼の人

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私が通っていた小学校では、毎朝全校生徒が整列して校長先生の話を聞くという朝礼をやっていた。あまりにも退屈な時間だったので、どんな話だったか少しも覚えていない。ただ毎回「気を付け」「前にならえ」「右向け右」「休め」などいろいろな号令をかけられて、そのたびに姿勢を変えたことは覚えている。先生の号令に従順な生徒をつくるためのトレーニングだったのかもしれない。校長先生の話は5分くらいで終わることもあれば、10分以上つづくこともあったように思う。毎日話す内容を考えるのは大変で、おそらく校長先生にとっては最も骨の折れる仕事だったのではないだろうか。

スチュアート達也(仮名)は米国人の父と日本人の母の間に生まれたハーフといううわさを聞いていた。強健なアングロサクソンの血が入っている割には日本人と同じような背丈で、しかも痩せて弱々しい感じの生徒だった。夏でもいつも長袖のシャツを着ていた。眼は灰色がかった青色で、いつも小さな声でボソボソと話した。朝礼の時はなんらかの基準(多分背の高さ)で決められた順にしたがって、私の前に立っていた。校長先生の話が長いときは、いつもつらそうにしていた。

4年生の頃だった。その彼が蒸し暑い夏のある日、ついに朝礼中にバタッと音を立てて倒れたのだ。私はあわてて前の方に走っていって、先生に伝えた。生徒のひとりが意識を失っているにもかかわらず、朝礼は中止にはならない。担任の先生があわててやってきて、彼を抱きかかえて保健室に連れて行った。私も指示されたので、先生を手伝って保健室に行った。保健室で手当されているうちに、彼は意識をとりもどしたようだ。気がつくと、私の方を見て弱々しく微笑んだように見えた。その事件があってから、私たちはときどきふたりで話をするようになった。

ある時、彼は私を自宅に誘った。彼の家は米国人の家らしく、広い庭に芝生がある平屋で洋風のつくりだった。高さ1メートルくらいの、白いペンキを塗った柵がぐるりと庭をとり囲んでいた。柵の一部が開くようになっていて、彼は金属製のフックをはずして私を誘い入れた。庭に入ってまわりをよくみると、芝生は手入れが行き届いていないようで、かなり雑草が生い茂っていた。家の扉を鍵で開けると、中は暗くて寒々しく、誰もいないようだった。私の家は家族が多く、帰宅して誰もいないということはあり得なかったので、経験したことのない別世界に踏み込んだような不思議な感覚だった。

「誰もいないの?」
「うん」
「お母さんは?」
「仕事」
「お父さんも仕事?」
「わからない、しばらく帰っていないんだ」
「どうして?」
「わからない、1ヶ月位いないんだ。それより台所に行って何か食べよう」

母親が仕事をするというのは、当時珍しいことだった。しかし父親が1ヶ月も帰ってこないというのは、さらに尋常ではない。台所に行くと、見たことがないような、英語で文字が書いてある大きな缶がいくつか並んでいた。彼はそのうちの一つのフタを開けて、中からビスケットを取り出し、いくつかを皿に並べて私の前に置いた。2人は黙ってバリバリとビスケットを平らげ、水道の水を飲んだ。

彼は私を寝室に連れて行って、2人でベッドに座った。本棚に何冊か英語の絵本があって、私にはものめずらしく、少し英語を教えてもらったが、すぐに飽きてしまった。すると彼は突然シャツの袖をたくし上げて私に見せた。手首に数本の線状の傷跡が見えた。私は緊張で体が固まってしまった。彼は弱々しく笑って、さぐるように私の目を見ていた。少しためらった後、彼は引き出しを開けて両刃のカミソリを取り出し、ヒラヒラさせた。ここで切るのかと私は凍りついたが、結局私が動揺するのを楽しんでいるだけで、彼にその気配はないようだった。彼がカミソリを引き出しにしまったときに、私は「帰る」と宣言して、急いで家を出た。彼はベッドに座ったままだった。

それからお互いに気まずい関係となり、私は彼と話すのをやめた。そしていつからか彼の姿をみかけなくなった。彼をみかけなくなってから2~3ヶ月経過した日、私は怖い物見たさという気持ちを封印できず、スチュアート家をこっそり再訪した。

達也が私をテレパシーで呼び寄せたのだろうか。彼が窓から顔をのぞかせていたらどうしようと少しドキドキしたが、そんな心配は無用だった。もうそこに以前に訪問した建物はなかったのだ。白い柵も取り払われ、芝生だった庭はすっかり雑草生い茂る野辺となっていた。風にさやさやとゆれる雑草を、私は呆然とみつめていた。するとどこからかモンシロチョウが飛んできて、花を探すようにあたりを何周かして、薄曇りの空にふわふわと飛び去っていった。達也が空からいつもの弱々しい微笑みをうかべて、青い眼で私を見つめているような気がした。

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(写真はウィキペディアより)

 

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2023年6月11日 (日)

続・生物学茶話213:小脳とは

小脳は脊椎動物だけが持っている脳の部品です。脳の分節は脊椎動物と最も近縁とされている尾索動物の幼生などにも出現しますが、まだ小脳らしき部域は無いようです(1)。成体のホヤでは分節すらなくなり、brain ではなく cerebral ganglion と呼ばれています(2)。成体のホヤにも表層・胃・心臓・サイフォンなどには筋肉があり神経も配備されていますが、それらを適切に動かすには非常に簡単な神経系でも事足りるのでしょう。

脳の分節はおそらくPCで言えばグラフィックボードが必要になったときに始まったのでしょう。プランクトン的、あるいは植物的生き方をしている生物は、ホヤのようなわれわれと近縁な生物でも脳とは言えないようなシンプルな中枢で事足りているわけですから、脳の分節化など必要なかったでしょう。しかし周りにエサがなくなり、眼で探して移動しなければならなくなったとき、呼吸や摂食(どちらも海水を吸い込む動作なのである意味一体ともいえます)のような基礎的情報処理と、全く別の情報処理を行なう画像解析は、信号の混在を避けてそれぞれ独立した部域に分離した方がエラーが少なく、そのようなシステムを獲得した生物が生き延びたのでしょう。

さらに眼でエサの位置を特定したら、そこに移動しなければなりません。そのためには画像による位置情報と移動するための筋肉をどう動かすかという指示を頻繁にアップデートしながらエサに接近しなければいけません。このようなシステムを実現するために始原的な脳の前方に中脳ができて、おそらくエディアカラ紀の終わり頃に脳の分節化がはじまったと思われます。

そこで次に小脳ですが、これはおそらくカンブリア紀になって弱肉強食の世界がはじまってから、天敵から逃れるために高度な運動が必要になった結果生まれたと想像されます。小脳を発達させてうまく逃亡するようになったエサを捕らえるためには、捕食者もエサ以上の高度な遊泳能力を備えなければいけません。このような切磋琢磨から魚類は小脳を発達させていったのでしょう。

ではとりあえず哺乳類小脳の形態から見ていきましょう。すべての脊椎動物の小脳(ピンク色の部分ー上図、オレンジ色-下図)は後脳(橋+延髄)の背側にあります。哺乳類も例外ではありません(3、図213-1)。脳科学辞典によると、小脳は「ヒトでは脳全体の15%程度の容積しかないが、脳全体の神経細胞の約半分が存在する」と記述されています(4)。

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図213-1 脊椎動物 脳の比較と小脳の部域の名称

小脳にもいくつか解剖学的パーツがありますが、片葉・小節は始原的な部分、虫部は次に古い部分で、発生過程でもこの順にできてきます(4、図213-1)。小脳脚は脳科学辞典の小脳の項目の図には掲載されていないパーツですが、小脳の入出力を担当する部分です(5、図213-1)。

小脳の主要部分である半球の断面は図213-2のようになっています(4)。この図に線維と書いてありますが、これが細胞生物学の分野の人間にとっては困った表現で、線維と言われると普通マイクロフィラメント、微小管、中間系線維あるいはコラーゲンファイバーなどのタンパク質のポリマーを意味するのですが、脳神経科学の分野ではこれが細胞の一部(軸索)を意味するのですから混乱します。図213-2のソースは脳科学辞典ですが、なにもキャプションがないので、PC, ac, gl が何を意味しているかわかりません。またいくつか破線がありますが下降の矢印がついている破線は何を表しているのかわかりません。是非説明を追加してもらいたいものです。

図213-2をみると、最も表層に近い部域は分子層と呼ばれ、星状細胞やバスケット細胞という抑制性介在ニューロンがあります。プルキンエ細胞の膨大な樹状突起や顆粒細胞の軸索である平行線維もこの部域の主要な構成要素です。分子層のすぐ内側にプルキンエ細胞が並んでいる細胞層があります。この層はモノレイヤーでプルキンエ細胞がきれいに整列しています(7)、その内側に顆粒細胞層があります。顆粒細胞層には顆粒細胞の他、ゴルジ細胞やルガロ細胞の細胞体があります。顆粒細胞層のさらに内側はニューロンの細胞体がほとんどない所謂白質となっています。

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図213-2 小脳の主要なニューロン (脳科学辞典 小脳より)

図213-3の左側はプルキンエ細胞です(6)。この風変わりな細胞は、19世紀に活躍したチェコの解剖学・生理学の研究者Johannes Evangelista Purkyně (1787-1869)によって発見されました。この図は100年以上前に描かれたものですが、より正確な形態は蛍光染色後撮影されたものがアップされています(8)。軸索よりはるかに太い樹状突起やその枝分かれ構造の美しさに圧倒されます。細胞体そのもののサイズが直径数十μmあって巨大なのですが、樹状突起が分布する空間の直径はおそらくミリ単位です。

右側の図は文献7などを参考に描画した模式図です。現在までの知識では小脳から外部への出力は、プルキンエ細胞の軸索(下降線維)を経由して小脳核・前庭神経核へ到達する経路のみとされています。一方入力は橋核からのの苔状線維と延髄オリーブ核(下オリーブ核)からの登上線維(とじょうせんい)によって行われます。ウィキペディアによると「登上線維によるプルキンエ細胞への強力な入力は小脳皮質の前後方向のプルキンエ細胞に協調運動のための時間的情報を伝達し、また苔状繊維から平行線維を介して小脳皮質の左右方向に体性感覚の位置情報が伝達され、この両者によって協調運動の時空間的な制御が行われていると考えられている」と記述されています(9)。苔状線維からの入力は顆粒細胞を介しておこなわれ、登上線維からの入力はプルキンエ細胞のほか星状細胞やバスケット細胞にも行われます(図213-3)。前庭神経核からの入力は小脳が平衡感覚に応じて動作を調整していることを示唆しています。

橋核は大脳皮質と密接な関係があり、ここからの苔状線維を介しての入力によって大脳と小脳は密接につながっており、運動関係の記憶と調整のほか、小脳は大脳を代替する機能もあるとされています(4)。

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図213-3 プルキンエ細胞とその他のニューロンとの関係

神経核という言葉が頻出しますが、ウィキペディアの定義によると「神経核(しんけいかく、英:nucleus (pl. nuclei))は中枢神経内で主に灰白質からなり、何らかの神経系の分岐点や中継点となっている神経細胞群のこと」とされています。神経核は上記の意味だとして、神経細胞の核はDNAを包む細胞生物学で言うところの核ということになりますからあまりよい表現ではありません。ニューロンクラスターとでもすればよかったのでしょうが、これは外野席からのたわごとです。

図213-4には小脳と関連した神経核の位置を示しています。小脳核は小脳に、前庭神経核は橋の背側、橋核は橋の腹側にあります。ここで言うオリーブ核は延髄の腹側にある下オリーブ核のことで、上オリーブ核は橋の内部にあります。前庭神経核は内耳の前庭器官と直結しており、平衡感覚にかかわっています(10、11)。

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図213-4 小脳に入出力する神経核の位置 左図はウィキペディア 右図は脳科学辞典より

小脳では顆粒細胞以外のニューロンはすべてGABA作動性です(図213-5)。顆粒細胞のみグルタミン作動性ですが、その数は圧倒的に多くなっています(図213-5)。しかもそれぞれの顆粒細胞の軸索は小脳全体を被う平行線維を形成しており、ひとつのプルキンエ細胞に20万本の平行線維がシナプスを形成するとされています(7)。ただし登上線維からの入力は非常に強力なのでバランスはとれているようです(7)。星状細胞やバスケット細胞もプルキンエ細胞とシナプスを形成しますが、必ずしも抑制するだけではないようです(12)。プルキンエ細胞は抑制性のシグナルを小脳核・前庭神経核に出すことによって運動などの調節を行います。

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図213-5 小脳に存在する各種ニューロンの特徴 (脳科学辞典 小脳より)

脊椎動物のなかで最も始原的と考えられている円口類のうち、ヤツメウナギは萌芽的小脳をもっているようです。一方ヌタウナギは小脳をもっていません(13、図213-6)。小脳はおそらく5億年以上の歴史をもつことが明らかになったわけですが、ヌタウナギにはないので、どのような生活に小脳が必要なのかもこの研究はヒントを与えてくれるかもしれません。

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図213-6 円口類の脳 (Sugahara et al 2021)

図213-7は J.Meek が発表したさまざまな脊椎動物の脳ですが(14)、これをみると小脳(濃い色の部分)が進化と共に大きくなってきたわけではないことがわかります。特に両生類の小脳が小さいことが目立ちます。魚類の小脳はバラエティーに富んでいますが円口類や両生類と比較すると一般に大型です。特に弱電魚であるモルミリド科の魚類の小脳は巨大です(図213-7)。生活様式によってオプショナルに大きく変動する領域なのかもしれません。

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図213-7 様々な脊椎動物の脳を比較する


参照

1)Research gate: uploaded by Jon Moreland Mallatt
https://www.researchgate.net/figure/Comparison-of-the-brains-of-A-larval-amphioxus-B-larval-tunicate-Ciona_fig1_257600431

2)Wikipedia: Tunicate
https://en.wikipedia.org/wiki/Tunicate

3)小脳の解剖 中外医学社 アップファイル
http://www.chugaiigaku.jp/upfile/browse/browse2114.pdf

4)脳科学辞典:小脳
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B0%8F%E8%84%B3

5)はらかずみ 脳画像×小脳機能⑮ ~小脳脚~
https://note.com/riha_riha/n/nd5f6b0a10e51

6)ウィキペディア:プルキンエ細胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%A8%E7%B4%B0%E8%83%9E

7)脳科学辞典:プルキンエ細胞
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%A8%E7%B4%B0%E8%83%9E

8)朝日新聞デジタル 神経細胞の美しさと不思議さ 本当に役立つ研究へ 柚﨑通介さん
https://www.asahi.com/articles/ASNCF51W6NCCPLZU001.html

9)ウィキペディア:下オリーブ核
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%96%E6%A0%B8

10)/ Wikipedia: Inferior olivary nucleus 
https://en.wikipedia.org/wiki/Inferior_olivary_nucleus

11)脳科学辞典:前庭神経核 
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%89%8D%E5%BA%AD%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E6%A0%B8

12)平野丈夫 小脳皮質のニューロン・回路と機能
日本神経回路学会誌 vol.11,no.1,pp.26-33 (2004)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnns/11/1/11_1_26/_pdf

13)Fumiaki Sugahara, Yasunori Murakami, Juan Pascual-Anaya, Shigeru Kuratani
Forebrain Architecture and Development in Cyclostomes, with Reference to the Early Morphology and Evolution of the Vertebrate Head.,
Brain Behav Evol 96:305–317 (2021) DOI: 10.1159/000519026
https://karger.com/bbe/article/96/4-6/305/821612/Forebrain-Architecture-and-Development-in

14)J. Meek, Comparative aspects of cerebullar organization. From mormyrids to mammals.,
European Journal of Morphology, vol.30, no.1, pp.37-51 (1992)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1642952/

 

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2023年6月 8日 (木)

トリチウムの毒性

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福島第一原発からのトリチウム海洋放出が秒読みに入っていますが、放射性のセシウム・炭素・ストロンチウムなどが混ざっているとすれば別問題として、トリチウム自体の安全性についてサウスカロライナ大学のムソー博士(写真)とトッド博士が大量の文献を調査して、現在までの知識を整理しました。結論として次のように述べています。

contrary to some popular notions that tritium is a relatively benign radiation source, the vast majority of published studies indicate that exposures, especially those related to internal exposures, can have significant biological consequences including damage to DNA, impaired physiology and development, reduced fertility and longevity, and can lead to elevated risks of diseases including cancer. Our principal message is that tritium is a highly underrated environmental toxin that deserves much greater scrutiny.

適当な訳(管理人) トリチウムは比較的安全な放射性物質という考え方が一般に流布していますが、圧倒的多数の研究はトリチウムの内部被曝によってDNAが損傷し、健康被害や発生異常、出生率の低下、癌を含む病気のリスク拡大などの可能性を示しています。トリチウムが環境に存在することの毒性は著しく過小評価されており、もっと綿密な調査を行う必要があります。

ソース:Biological Consequences of Exposure to Radioactive Hydrogen (Tritium):
A Comprehensive Survey of the Literature
Timothy A. Mousseau, Sarah A. Todd  SSRN (april 11, 2023)
http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4416674

下記からダウンロードできます
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4416674

以下は私の過去記事の再掲です。

福島第一原発が事故処理で出たトリチウムを海に放出することが決まりました。このことが特段に危険なことかというと、そうではありません(トリチウム以外の核種がきちんと取り除ければの話ですが)。フランスのラ・アーグ核燃料再処理施設からは年間1京ベクレル以上のトリチウムが放出されており、こんな超弩級の放出に比べれば、兆レベルの福島の排出など可愛いものだという見方もできます。しかし日本は青森県の六ヶ所村にラ・アーグのような再処理施設を3兆円かけてほぼ完成させており、ここが稼働するとラ・アーグと同様な超弩級のトリチウム排出が行われると思われます。圧倒的に危険なボスキャラは六ヶ所村再処理工場です。

トリチウムは外部被曝はほぼないと言われていますが、内部被曝は確実にあります。核燃料の再処理は確実に地球を汚染し、人間も含めて地球上のあらゆる生物の遺伝子に悪影響を与えます。マスコミは風評被害という言葉を連呼しますが、これはとても危険なことです。トリチウムに実害はないという誤ったイメージを国民の脳に刷り込む効果があるからです。私は信心深い方じゃないので「神への冒涜」とは言いませんが、大量の放射性物質を垂れ流して自然を汚染すれば、当然癌は増えますし、生物相にも影響が出るでしょう。

だいたい外部被曝はないということになっていますが、本当にないのでしょうか? 確かにトリチウムが出すβ線は紙1枚で遮蔽できますが、じゃあ紙1枚がなかったらどうなるの? という話です。たとえば霧が出ると、霧は鼻粘膜とか気管支や食道に吸い込んでしまうので、外部被曝もありそうです。皮膚の表層の細胞や髪の毛の細胞は、ほぼ死んでいる細胞といってもいいのですが、メラノサイトなど一部生きている細胞も表層にあるので、これらがトリチウムのβ線に反応しても不思議ではありません。

6年前に私が書いた記事は、もうソースはリンク切れになっていますが再掲しておきます。

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週刊プレイボーイ編集部と菅直人元総理らは、福島第一原発の沖 1.5kmに船を出して、原発周辺の謎の霧観察や海水のサンプリングを行い、長崎大学大学院工学研究科の小川進教授らと共に分析しました。

少し記事を引用します。
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船上取材に同行した放射線知識が豊富な「南相馬特定避難推奨地域の会」小澤洋一氏も、後日、あれは気になる現象だったと話してくれた。「私は昔から海へ出る機会が多いのですが、フクイチだけに濃い霧がかかる現象は記憶にありません。凍土遮水壁の影響で部分的に地上気温が下がっているとも考えられますが、トリチウムが出ているのは事実なので、その作用で霧が発生する可能性は大いにあると思います。だとすれば、あの船上で起きた“気になる出来事”にも関係しているかもしれません」

その出来事とは、取材班全員が短時間のうちにひどく“日焼け”したことだ。フクイチ沖を離れた後、我々は楢葉町の沖合20㎞で実験稼働している大型風力発電設備「ふくしま未来」の視察に向かった。この時は薄日は差したが、取材班数名は船酔いでずっとキャビンにこもっていたにもかかわらず、久之浜に帰港した時には、菅氏とK秘書、取材スタッフ全員の顔と腕は妙に赤黒く変わっていた。つまり、曇り状態のフクイチ沖にいた時間にも“日焼け”したとしか考えられないのだ。
--------------------------------引用終了

トリチウムのβ崩壊

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トリチウムはDNAに取り込まれたあと、上記のようにβ崩壊してヘリウムを生成するので、その部分のDNAが壊れ(水素がはいっているはずなのに、ヘリウムがはいっている分子に変わってしまう)、突然変異が誘起されます。実際はるか昔から実験的に突然変異が発生することはわかっていました。それ以外にも、分子レベルの距離ではトリチウムのβ線は分子を破壊するだけのパワーを持っています。トリチウムは水の水素にかわることができるので、体のあらゆる部分で破壊活動を行うことができます。

皮膚にβ線(電子)がぶつかることによって、紫外線(電磁波)と同様皮膚が焼けて日焼けになったのでしょう。トリチウム焼けが日焼けより始末が悪いのは、気管支や食道に霧などに含まれるトリチウムを吸い込むと、それらの臓器まで焼けてしまうことで、つまりクリームやファウンデーションでは防げないということです。気管支や食道が日焼けすると癌が発生する可能性が高まると思われます。ともかく福島第一原発には無防備では接近すべきではないでしょう。

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六ヶ所村の再処理をやめるには、原子力発電をやめなければいけないのですが(現在はラ・アーグまで運んで再処理してもらっている)、福島第一原発の事故処理水はどこかに置いておけば済むことなので、実はそんなに困難なことではありません。場所さえ見つければ良いのです。150年くらい保管すればすべて崩壊して無害になるので、プルトニウムのような気の遠くなるような話ではありません。山林を買うか、タンカーを買うかで解決することです。小出裕章氏は船で新潟まで輸送して、柏崎刈羽原発の敷地に保管すれば良いとおっしゃってました。

とめよう!六ヶ所再処理工場(原子力資料情報室)
https://cnic.jp/knowledgeidx/rokkasho

 

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2023年6月 5日 (月)

バルサ来日

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日本時間の今朝、セルタの残留に手を貸してしまったバルサ。試合終了後ただちに現地エアポートから日本に向かい、明日はヴィッセル神戸と試合とはいくらなんでも酷すぎる強行スケジュールじゃないですか?

もう見え見えのお遊びで、よくまあこんなスケジュールを組んだものです。それでも楽しむ人が居て儲かるんなら結構とも言えますが、故障者がでるのだけは勘弁して欲しい。

昔はちゃんと試合の間隔を開けて、親善試合とは言え横浜マリノスなどかなり真剣に取り組んでいました。

放送は日テレG+で6月6日18:30からあります。

飛行機内のメンバーの様子 180度で寝てるからまあラクチンと言えばそうですが。

https://twitter.com/FCBarcelona

応援歌 イムノ デル バルサ

https://www.youtube.com/watch?v=atzdPyR6rP0
https://www.youtube.com/watch?v=Vm_CP7L1UxY

日本語
http://morph.way-nifty.com/grey/2015/11/cd-353c.html

 

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2023年6月 3日 (土)

My favorites 20: ワーナー時代の西島三重子

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この図に出ているのは作曲家・西島三重子の仕事のごく一部で、これ以外にも提供曲はたくさんあります。この記録は昔のものですし、切れているかもしれません。

私はシンガーソングライターとしての西島三重子(みーちゃん)の音楽の中ではテイチク・コンチネンタル時代の音楽が一番好きなのですが、あえて今回は初期のワーナー・パイオニア時代の音楽を紹介します。この時代にはまだ世の中にCDがありませんでした。この時代の曲が、最近大量に Youtube にアップされたみたいです。アップしてくださった方々に感謝します。

みーちゃんがワーナーにいた時代はバブルより前で、若かったこともあって素の状態から自然に湧き上がってくるような音楽の素晴らしさがあります。またバブル時代の音楽よりむしろ今の時代に受け入れられやすいかもしれません。

愛の行先:このジャケットは素晴らしいと思います 私的にベスト
こちら1

リルケの詩集:リルケの詩集そのものは、あまりに難解でした
こちら2

昨日よりごきげんでしたか:ラジオ番組の主題歌
こちら3

あいつのハンググライダー:歌手はみーちゃんではありませんが名曲
こちら4

かげろう坂:めずらしくシュールな雰囲気
こちら5

口笛を吹かないで:「この曲知ってるか」って、現代の流行歌はほぼ知らない
こちら6

ざわめきの外で:社会から離れたいと思うときはいつの時代でもあります
こちら7

千登勢橋:いまでも橋の下を電車と車が並んではしっています
こちら8

仮縫い:意外に壮大なバラード
こちら9

水色の季節の風:あまりに悲しい曲想で、落ち込んでいるときは注意
こちら10

星めぐり:ただただ美しい、モーツァルトみたいな曲
こちら11

高音質版 愛に流されて/池上線/仮縫い
こちら12

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2023年8月17日18:00 ラドンナ原宿にてバースデイライヴ開催
(72才になります)
http://www.la-donna.jp/

 

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2023年6月 1日 (木)

続・生物学茶話212:ロンボメア

生物学茶話では何度も述べていますが、脳に限らず発生現象の基盤は遺伝子制御ネットワークであり、それは4次元的に刻々と変化するプロセスなので、人間にできることは大量のデータを入力してあとは知りたい時間と位置を入力して答えを得ることです。ただし切り取りであっても部分的であっても、2次元的に流れの概略を理解することはもちろん重要です。話が少しずれますが、将来AIで様々なことが決定されるような時代になっても、AIがどのようなプロセスでその決定に至ったかを、いくつか断面をつくって人間が理解できる範囲で概略的に知っておかないと、人間はAIの奴隷になってしまいます。

形態的に区切りのない、つまりナメクジウオのような始原的脊索動物から、ロンボメア(菱脳)のような区切りのある脳になる過程は脳の進化を知る上で重要ですし、個体発生の過程において「のっぺらぼう」の細胞塊に区切りができてロンボメアが形成されるプロセスは、脳形成における最初の重要な「節目」です。

ヘルナンデスらはゼブラフィッシュを使って、ロンボメア形成前史に一石を投じました(1)。レチノイン酸の濃度勾配が脊椎動物の発生において重要な役割を果たすことは昔から知られていましたが、レチノイン酸はもともと胚全体にあるものなので、その濃度勾配がなぜできるのかがわかりませんでした。彼らは Cyp26 というレチノイン酸を代謝する酵素を細胞が産生することによって、勾配と言うより 「all or nothing」 に近い形でレチノイン酸の局在がみられることを示しました(1、図212-1)。

レチノイン酸で誘導される因子はステージによって異なるので、当然 Cyp26 が抑制する遺伝情報もステージによって異なります。また中胚葉の Cyp26 の作用によって、全体的に発生のステージが進むにつれてレチノイン酸の濃度は下げられていきます(1、図212-1)

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図212-1 ヘルナンデスのレチノイン酸非勾配モデル

ロンボメア形成初期の最大の問題はr3より前部とr5より後部で発現する転写因子のパターンが異なり、中間のr4ではあまり発現がないという点です(図212-2)。ヒトではr1~r3は将来橋(+小脳)を形成し、r4~r8は延髄を形成します(2)

ロンボメアの中間領域の形成にZnフィンガー型の転写調節因子 Krox20(または Egr2 とも呼ばれる)が深く関わっていることは1993年 Sylvie Schneider-Maunoury らによって明らかにされています。マウスの Krox20 遺伝子を破壊すると、ロンボメアのr3およびr5が正常に形成されません(3)。 余談ですが毛も生えないことが知られています(4)。

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図212-2 ロンボメア(後脳)形成前史

Krox20 はロンボメアが形成される直前にr3、r5に発現し、それらの分節化に寄与しています(5、6、図212-1)。Nab1/2 は分節化などの役割を終えた Krox20 によってスモイル化され、 Krox20 を不活化する活性を持つために同じ位置に発現しているようです。スモイル化とは、SUMOタンパク質と共有結合することによるある種の翻訳後修飾です。Krox20 自身がSUMO化酵素ではなく、SUMO化酵素を活性化する作用があるようです。同じZnフィンガー型の転写調節因子である Niz1/Niz2 も Krox20 と類似した活性を持つようで、r4には発現していません(7)。

Irx3 と vHnf1 はどちらもホメオボックスタンパク質で、Hox 群とは別にロンボメアの前後を決定する役割を持つようです。Kreisler はロイシンジッパー型、Cdx1 はホメオボックス型の転写調節因子でロンボメアの後方決定に関与しているようです。

Krumlauf と Wilkinson によると、r4の前後でロンボメアが分かれるという問題のキーはr4に発現する Hoxb1 にあるようです(5、図212-3)。このホメオボックスタンパク質は Krox20 と相互に活性を抑制するという機能があり、r4では Krox20 が発現していても Hoxb1 の濃度が濃いために無効化されると考えるとr4問題が解決しそうです。またr3-r4、r4-r5の境界領域では双方が相互抑制(結合するとどちらも失活する)によって無効化され、その結果細胞増殖が抑制されて溝ができてしまうと考えるとロンボメアの分節化が説明できそうです(図212-3)。もちろん実際にはそんなに単純ではなくて多くの因子が関与しているようですが(5)。

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図212-3 ロンボメア分節形成のモデル

図212-4はポール・トレイナーの図をもとに制作しました(8)。左側はロンボメアの分節化とHox遺伝子の発現を対応させたものです。これを見るとr4より後部は概ねHoxは番号順に発現していますが、r3より前は2番のグループが規則を破って発現しています。r2とr3は後部の発生システムを臨時に追加適用して付け足したものであることがうかがえます。一方r1より前部はHoxとは別の新しいルール、たとえば Otx2 や En1 などによって形成されることになります(9)。

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図212-4 ロンボメアにおけるHox遺伝子の発現と鰓弓形成

図212-4右側はロンボメアと神経・鰓弓との関係を示したものです。ロンボメアが形成されるとそこから剥離して組織を形成する種(タネ)となる神経堤細胞も影響を受けます。すなわちロンボメアが分節化すると、それぞれを起源とする細胞も色分けされるわけです。剥離(デラミネーション)した細胞は主にまず鰓弓という組織をつくりますが、鰓弓(または咽頭弓)には番号がつけられており、ヒトの場合5つあって、前部から後部にかけて1-6という番号がつけられています(5は痕跡的で通常カウントされません、10)。

図212-5に示されているように、r1とr2から剥離した細胞から形成された鰓弓1からは顔面骨や下顎軟骨が分化し、さらに聴覚器官であるつち骨やきぬた骨も分化します。つち骨やきぬた骨は哺乳類の直接の祖先が顎の骨から分化させた骨で、哺乳類特有の進化した聴覚器官です。r3、r4から剥離した細胞からできた鰓弓からも様々な筋肉や骨ができますが、図215には一部しか示してありません。詳しくは参照10(鰓弓ではなく、咽頭弓となっていますが意味は同じです)をご覧ください。

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図212-5 ロンボメア各部域の神経堤細胞から形成される頭部の骨

頭部の前面の骨はもともとは外胚葉の神経堤細胞から分化して形成されますが、後部すなわち頭蓋骨は別途中胚葉から形成されます(11、図212-6)。ただしくも膜と軟膜は神経堤細胞から形成されます(図212-6)。

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図212-6 ヒト頭部の骨の由来

 

参照

1)Rafael E. Hernandez, Aaron P. Putzke, Jonathan P. Myers, Lilyana Margaretha and Cecilia B. Moens, Cyp26 enzymes generate the retinoic acid response pattern necessary for hindbrain development., Development 134, 177-187 (2007) doi:10.1242/dev.02706
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17164423/

2)ウィキペディア:菱脳
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%B1%E8%84%B3

3)Sylvie Schneider-Maunoury, Piotr Topilko, Tania Seitanidou, Giovanni Levi, Michel Cohen-Tannoudji, Sandrine Poumin, Charles Babinet, and Patrick Chamay, Disruption of Krox-20 Results in Alteration of Rhombomeres 3 and 5 in the Developing Hindbrain
Cell, Vol.75, pp.1199-1214 (1993)

4)Modena Hair Institute, Future cure for baldness and graying – studying the KROX20 protein.,
https://modenahair.com/future-cure-baldness-graying-studying-krox20-protein/

5)Robb Krumlauf and David G. Wilkinson, Segmentation and patterning of the vertebrate hindbrain., Robb Krumlauf, David G. Wilkinson., Development vol.148, dev186460. (2021) doi:10.1242/dev.186460
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34323269/

6)Hugo J. Parker, Marianne E. Bronner, and Robb Krumlauf, The vertebrate Hox gene regulatory network for hindbrain segmentation: Evolution and diversification., Bioessays vol.38: pp.526–538 (2016)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27027928/

7)Pablo Garcıa-Gutierrez, FranciscoJuarez-Vicente, Francisco Gallardo-Chamizo, Patrick Charnay & MarioGarcia-Dominguez, The transcription factor Krox20 is an E3 ligasethat sumoylates its Nab coregulators., EMBO reports vol.12, pp.981-1084 (2011)
https://doi.org/10.1038/embor.2011.152open_
https://www.embopress.org/doi/epdf/10.1038/embor.2011.152

8)Paul A Trainor, Making Headway: The Roles of Hox Genes and Neural Crest Cells in Craniofacial Development., The Scientific World JOURNAL vol.3, pp.240–264 (2003)
DOI 10.1100/tsw.2003.11

9)Luca Giovanni Di Giobannantonio et al., Otx2 selectively controls the neurogenesis of specific neuronal subtypes of the ventral tegmental area and compensates En1-dependent neuronal loss and MPTP vulnerability., Developmental Biology vol.373, pp.176-183 (2013)
https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2012.10.022
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160612005908

10)ウィキペディア:咽頭弓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%BD%E9%A0%AD%E5%BC%93

11)大隅典子 講義録 東北大学教育用資料
http://www.dev-neurobio.med.tohoku.ac.jp/students/lecture/pdf/med_dev/2019/med_dev_2019_21.pdf

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