続・生物学茶話211:脳神経の入出力
脳神経の種類や入出力の位置については210でまとめましたが、入出力の方向性についてはまだでしたので、図211-1にまとめておきました。臭いを嗅ぐ(臭神経)、色や形を見る(視神経)、音を聞く(内耳神経)などの目的を持つ神経は入力のみ(求心性)、眼を動かす(動眼神経・滑車神経・外転神経)、舌・口・喉を動かす(舌下神経)、首を動かす(副神経)神経は出力のみ(遠心性)ですが、比較的メジャーな神経である三叉神経、顔面神経、舌咽神経、迷走神経は求心・遠心の双方向性の神経です。脳科学辞典の脳神経の項目(1)、ウィキペディアの脳神経の項目(2)をベースに作図しました。
図211-1 ヒト脳神経の遠心性と求心性
脊椎動物の脳神経が支配する範囲はだいたい「のど」より上の部分ですが、迷走神経や副神経はそれより下、特に迷走神経は小腸や大腸の動きにも影響を与える機能を持っています。脳神経のうち、動眼神経(Ⅲ)、顔面神経(Ⅶ)、舌咽神経(Ⅸ)、迷走神経(Ⅹ)は副交感神経を介して、図211-2のように組織を支配しています。不思議なのはこれらの脳神経は交感神経を含まず、すべて交感神経の出力は脊髄におまかせということです。一方副交感神経は脊髄のなかでも最も尾部の第2仙髄~第4仙髄からも伸びています(3、図211-2)。
このような交感神経の偏在が何を意味しているのか不明ですが、脳の立場に立てば、「進化の過程において各種臓器の活動を抑制して脳の活動を活性化するというセルフィッシュな目的であらたな副交感神経を設置したが、脳の活動を低下させる交感神経はあらたに設置する必要はない」、という解釈も可能でしょう。
図211-2 ヒトの自律神経系
わりと最近になって、ヤツメウナギの菱脳神経管に色素を注入して、そこから遊走する迷走神経堤細胞の細胞系譜を調べたところ、腸管には分布していなかったことがわかりました。さらにヤツメウナギの体幹部神経管を色素で標識し,そこから遊走する体幹部神経堤細胞が腸管神経細胞に寄与するか否か調べたところ、実際に標識が見られたので、ヤツメウナギの腸神経は脳ではなく体幹の神経系にもっぱら由来することが明らかになりました。このことは体幹部神経堤細胞がより祖先的な,進化的に保存された腸管神経細胞の源であり、腸管神経細胞を形成する能力のある迷走神経堤細胞が有顎類において初めて生じたことを示唆します(4、5)。
すなわち脳が進化するに伴って、体幹由来の神経系が支配していた臓器も、しだいに脳が直接的に支配するように変わっていった例とも言えるでしょう。
参照
1)脳科学辞典:脳神経
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%84%B3%E7%A5%9E%E7%B5%8C
2)ウィキペディア:脳神経
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E7%A5%9E%E7%B5%8C
3)ウィキペディア:自律神経系
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%BE%8B%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB
4)Green S.A, Uy B.R, Bronner M.E, Nature, vol.544, pp.88-91 (2017) doi: 10.1038/nature21679
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28321127/
5)目崎喜弘 脊椎動物の腸を支配する神経の系統発生学的由来とその神経を介するビタミン A の貯蔵
ビタミン vol.91 pp.655-656
https://www.jstage.jst.go.jp/article/vso/91/11/91_655/_pdf/-char/en
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