« My favorites 18: ppm | トップページ | 大変な1日 »

2023年5月 9日 (火)

続・生物学茶話210 脳神経整理

ウィキペディアに非常にわかりやすい脳神経のイラストがあったので、改めて図210-1として出しておきます(1)。それぞれの脳神経の出入り口は図210-2に表としてまとめました(2)。

2101a

図210-1 ウィキペディア 脳神経

2102ajpg

図210-2 脳神経の出入り口をまとめた表

図210-1をみると、生物が濾過摂食で生きていた頃には不要だったはずの神経があまりにも多いことに驚きます。当時から絶対必要だったと思われるのはなんと言っても迷走神経で、内臓を支配するほか通常の筋肉をコントロールしており、まさしく古代生物だけでなく現代を生きるヒトにおいても生命の中枢として君臨しているように思えます。脊椎ができる前は迷走神経自体が脊髄の一部であったと想像できます。脊椎ができたときに、主要な神経系を「脊椎に埋め込まれる神経」と迷走神経などの「自由に分布する神経」に分離した脊椎動物が現在まで繁栄していることを考えると、それが優秀なストラテジーだったに違いありません。

しかし優秀なストラテジーを生み出したのは脊椎動物だけではありません。脊椎動物と祖先を共有しつつも、現在まで生き残っている頭索動物はそれなりに巧妙に進化しています。粘液でエサをトラップするというのは、濾過摂食から一歩抜け出した摂食法です。彼らは心臓も呼吸色素もない血管系しか持っていませんが、栄養を補給するには十分ですし、酸素を補給するには鰓囊を全身に巡らせ肛門とは別の出口から水を排出するという、栄養補給とは分離した別のシステムを作り上げました。

尾索動物の多くは固着生活を選択し、中枢神経系を縮退させて省エネ生活を行います。粘液でエサをトラップするというのは頭索動物と同じで、濾過摂食から一歩抜け出しています。それにしても尾索動物は脊髄を放棄したばかりでなく、血管を群体で共有するとか、血液細胞から生殖細胞ができるとか、遺伝子の多くが脱落しているとか、セルロースを合成できるとか、目もくらむような独特の進化を遂げていて、近縁にもかかわらず脊椎動物とはかけ離れた生物になってしまいました(3、4)。それでも現代でも繁栄しているということは、脊椎動物とは全く異なるストラテジーで成功した生物と言えます。

I~IV、VIは生物が視覚・嗅覚を頼りにするようになってはじめてできた神経だと思われます。濾過摂食時代の生物にはそれほど重要ではなかったはずです。脳神経の中でも最もメジャーなもののひとつであるV三叉神経は、その機能から見てあきらかに生物が顎を使って摂食するようになってから巨大化したに違いないでしょう。

舌咽神経や舌下神経は舌と関連が深いので、生物が舌を使うようになってからできたものかというとそうではなくて、なにしろ延髄に出入り口を持つ神経ですから、古くからなんらかの機能を持っていたと思われます。魚類は舌を器用に動かせませんが、舌周辺で味を感じることはできるようで、舌咽神経は味覚に関係していることは確からしいです(5)。また舌下神経は魚類の発音に使われているそうです(6)。舌下神経は魚類にはないと書いてある文献もありますが、後頭神経といういう名前になっているだけで実質同じもののようです(6)。後頭神経は一般的には鰭を動かすために必要とされています(7)。カエル以降は舌を動かすための神経に転用されたようです。

嗅覚・視覚関連以外の脳神経を図210-3にリストアップしました。聴覚は平衡感覚と密接に関係しています。おそらく始原的左右相称動物にとって必須だったでしょう。体が裏返っては左右相称動物は活動できません。迷走神経も内臓を動かすために当時から存在していたと思われます。他の神経は脳が発達するにつれて進化していったのでしょう。

2103a

図210-3 嗅覚・視覚関連以外の脳神経

現生の脊椎動物が食事と呼吸に使っている脳神経を図210-4に示します。これをみると赤のV・VII・IX・Xがすべての生物に基本セットとして使われているようです(8)。この基本は変わらないものの、やはり陸上で生活すると言うことは同じシステムでは不可能だったに違いありません。両生類は+脊髄神経となっていますが(8)、カエルやカメレオンは舌下神経を使って舌で昆虫を捕まえて食べています。なので+XIIとしても良いのではないかと思います。空気は水より圧倒的に比重が軽いので、エサを喉に流し込む力が足りません。また強く吸引しないと酸素を吸い込むことができません。陸上生物は気囊や横隔膜を動かすために脊髄神経の力を借りることになりました。

哺乳類は二次口蓋を発達させ、呼吸と食事をほぼ分離しました。従って三叉神経は呼吸とは関係がなくなりました(図210-4)。三叉神経は顔の知覚と顎の動きを支配する神経なので、口の動きが呼吸と分離されると呼吸とは無縁になりました。これは数億年の約束事を破る哺乳類の特性です。 しかし実は呼吸と食事を完全に分離することはヒトでもできていません。誤嚥性肺炎で亡くなる人が多いというのはその証拠です(9)。

2104a

図210-4 脊椎動物の食事と呼吸に使われる神経

 

参照

1)Patrick J. Lynch in wikipedia: Hypoglossal nerve
https://en.wikipedia.org/wiki/Hypoglossal_nerve

2)脳外科医 澤村豊のホームページ
https://plaza.umin.ac.jp/sawamura/anatomys/brainstem/

3)渡邊浩 創刊号に寄せて―基礎研究で味う苦楽一如―  つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology vol.1: pp.24-25. (2002)
https://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol1No1/TJB200209HW.html

4)産総研マガジン さがせ、おもしろ研究!ブルーバックス探検隊が行く 第27回その道20年の研究者が語る、実はすごい「ホヤ」という生き物の秘密 (2020)
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/bb0027.html

5)家木誉史 東京大学博士論文 小型魚類メダカをモデルとした味覚情報の伝達・認識に関わる神経細胞の解析 
https://core.ac.uk/download/pdf/196991389.pdf

6)宗宮弘明 日本産発音魚の新たな探索とその種名リストの作成 科学研究費補助金研究成果報告書 (2010)
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-20580201/20580201seika.pdf

7)M.Nakae and K.Sasaki, Review of spino-occipital and spinal nerves in Tetraodontiformes, with special reference to pectoral and pelvic fin muscle innervation.,
chthyological Research vol.54, pp.333–349 (2007)
https://link.springer.com/article/10.1007/s10228-007-0409-z

8)Shun Li and Fan Wang, Vertebrate Evolution Conserves Hindbrain Circuits despite Diverse Feeding and Breathing Modes., eNeuro 0435-20 pp.1-15, (2021)
https://doi.org/10.1523/ENEURO.0435-20.2021
file:///C:/Users/Owner/Desktop/210/%E2%97%8EFeeding%20ans%20breathing%20hindbrain%202021.pdf

9)厚生労働省 e-ヘルスネット 誤嚥性肺炎
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/teeth/yh-011.html

| |

« My favorites 18: ppm | トップページ | 大変な1日 »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« My favorites 18: ppm | トップページ | 大変な1日 »