続・生物学茶話209 栄養と呼吸のために
動物が生きていく上で基本は「栄養補給」と「酸素吸入」です。これはエディアカラ紀以前から変わりません。左右相称動物が生まれる前から生きていた海綿動物や刺胞動物には、6億年も経過した現在でも口と肛門を備えた消化管はありません。これらの動物は細胞が個々に有機物を取り込んで栄養補給をしてきました。
ただし最も古いタイプの生物とされる海綿動物も6億年以上は地球上に存在していると思われるので、それなりに進化していることは事実です。中には肉食の者もいるそうで驚きました(図209-1、1、2)。甲殻類などを食べるそうで、それなら細胞外に分泌する消化酵素は無くてはならないもののはずで、彼らがどんな消化酵素を持っているのか興味深いものがありますし、彼らは独自に進化していることを強烈に示しました。また現在の多くの海綿は細菌や古細菌と共生していて。これはある種の農業のようでもあります(3)。刺胞動物も消化管を持ちませんが袋状の胃のような器官があり、そこにトラップしたエサを消化酵素で分解して食べています(4)。
図209-1 タテゴトカイメン 竪琴に獲物がひっかかると膜で包んで消化する 先端の球体は精子をつくる器官 深海生物でサイズは数十センチになるものもある
呼吸を呼吸器や循環器なしで細胞レベルで行なうには、自然拡散に頼ることになるので、体はミリレベルの平ぺったい形態でなければいけません。ただし仮根を作って葉っぱのような形態をつくる、あるいはプランクトンになって漂うなどの作戦で比較的効率よく呼吸することはできます。実際現代の海綿動物や刺胞動物もそのようにして、かなり大きな体を維持している生物もいます。しかしエディアカラ紀の海底一面に増えた藻類は、そのような生き方を捨てて冒険的進化に誘うに十分な魅力を備えていました(5)。
藻類を食料とするには、何はなくとも最低口器は必要です。濾過摂食法では岩にくっついている藻類を食べることはできません。ですから藻類を剥がすか、こそぎとるか、切断するか、くっついて消化されるのを待つか、最初は最後者だったのかもしれませんがそれではあまりにも非効率でしょう。
その後視覚・嗅覚・移動手段の進化などにより(すべては藻類を食べるため)、いわゆる動物らしさが現れてくることになったと思われます。頭索動物は脊索動物ですが濾過摂食の生物です。おそらく彼らの祖先はカンブリア紀以前は自由遊泳生物だったのが、弱肉強食を生き抜くために砂地に隠れて生活するようになった(そんな生活様式の者が生き延びた)のでしょう。彼らは口の周りに謎のひげ状の口器をもっており、これはエサを集めるのに多分役に立っているのでしょう(図209-2の oral hood with tentacles)。非常に原始的な脊索動物も口器をつくる能力はあることの証明ではあります。
藻類食を試みた初期の生物は大きな問題を抱えていました。大きめの食料を消化するには時間がかかります。しかし消化管の水流を渋滞させると酸素が足りなくなってしまいます。ですからこのような生物がプランクトンの状態を脱するには長い時間(多分数千万年)をかけた進化が必要だったと思われます。私たちの先祖はこの問題を、1)消化管の一部を盲囊にして食料を滞留さてて消化する、2)喉にエサが通過しない程度の小さな(あるいは細い)穴を開け、そこに血管を密生させて呼吸する という2つの対策によって乗り越えました(図209-2)
図209-2 ナメクジウオの形態
腸の盲囊は肝盲囊と呼ばれていますが、肝臓と言うより膵臓のように消化酵素(トリプシン・キモトリプシン・エラスターゼ)を分泌する臓器のようです(6)。私たちも虫垂という盲囊を持っています。ただし消化に必要な器官ではなく、免疫機能を担っています。また草食動物の虫垂は共生微生物を住まわせてセルロースを消化しています(7)。草食をはじめた始原的左右相称動物もそうしていたのかもしれません。ともあれ消化管に盲囊を作るという機能は頭索動物と脊椎動物の共通祖先がすでに持っていたと思われ、当時から盲囊は非常に重要な役割を担っていたと思われます。
さてベントス(底生生物)として生きることを選択した生物にとって、もう一つ重要なことはガス交換です。プランクトンのように自動的なガス交換ができないので、水との接触面積を広く取り、さらにできれば自分の力で液体を動かして呼吸しなければなりません。とりわけエサを求めて移動する必要がある生物は筋肉(中胚葉)を持つことが必然でしたし、大量にエネルギー得るためには鰓を持つことが必須となりました。H.Ono らはナメクジウオがうまく Nodal や Hedgehog を使って鰓を作っていて、そのやり方は脊椎動物でも踏襲されていることを証明しました(8)。
私は最近ホヤの鰓を見て驚きました(図209-3)。固着性のホヤの体の半分くらいが鰓なんですよね。これは動きの少ないベントスであっても、いかに多量の酸素を必要とするかを示すものだと思います。これを考えると盲囊より前に消化管から外界に貫通する通路の方が最初にできて、始原的な鰓ができてから、後に盲囊ができたと考えた方が自然かもしれません。
ホヤはセルロースを分解できるめずらしい生物なので、栄養の獲得のためには胃があるだけで十分なのかもしれません。
図209-3 ホヤの形態
参照
1)Wikipedia: Chondrocladia lyra
https://en.wikipedia.org/wiki/Chondrocladia_lyra
2)Sci News: Extraordinary New Sponge Species Discovered
https://www.sci.news/biology/article00703.html
3)ウィキペディア:海綿動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E7%B6%BF%E5%8B%95%E7%89%A9
4)ウィキペディア 頭索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9
5)Ye Wang, Yue Wang, Feng Tang, Mingsheng Zhao, Ediacaran macroalgal holdfasts and their evolution: a case study from China., Palaeontology vol.63, Issue 5, pp.821-840 (2020)
https://doi.org/10.1111/pala.12485
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/pala.12485
6)Haifeng Li, Zhan Gao, Shicui Zhang, Localization of trypsin, chymotrypsin and elastase in the digestive tract of amphioxus Branchiostoma japonicum with implications to the origin of vertebrate pancreas., Tissue Cell, vol.79, no.101943 (2022)
https://doi.org/10.1016/j.tice.2022.101943
7)ナゾロジー 盲腸の原因である「虫垂」はホントに役立たず? 虫垂がもつ重要な役割とは
https://nazology.net/archives/80515
8)Hiroki Ono, Demian Koop and Linda Z. Holland,Nodal and Hedgehog synergize in gill slit formation during development of the cephalochordate Branchiostoma floridae., Development vol.145 (15): dev162586. (2018) https://doi.org/10.1242/dev.162586
https://journals.biologists.com/dev/article/145/15/dev162586/48462/Nodal-and-Hedgehog-synergize-in-gill-slit
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