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2023年4月10日 (月)

続・生物学茶話207: われら魚族

始原的魚類がカンブリア紀(5億4200万年前~4億9000万年前)にすでに生息していたことははっきりしていて、その魚類こそが私たち脊椎動物のルーツです。カンブリア紀以前にどうだったか、魚類が始原的左右相称動物からどのように進化したか、ということは今でも謎に満ちている状態です。

魚類の中から陸に上がる者が出てきたのがデボン紀(4億1600万年前~3億6000万年前)ということもほぼ確実なので、カンブリア紀-オルドビス紀-シルル紀を通じて、私たちのご先祖様は魚類だけだったと考えられます。魚類と私たちを比べると、鰭が手足になったということと、鰓が肺になったということが第1に重要な違いと言えます。淡水中で生活するための浸透圧の調節を行うのは淡水魚が生まれた段階で準備されていましたし、陸上で卵をふ化させたり子宮で子供を育てたりするために尿をアンモニアから尿素・尿酸に変えるという準備は一部の魚類はもう試みていたと思われ、最終的には両生類を卒業するときに準備されました。これらが2番目に重要な違いと言えるでしょう。

それ以外の点では魚類と私たちは意外に似ています。ウィキペディアの硬骨魚類という項目を見ると、「近年の系統学や分岐分類学的立場からすると、硬骨魚類 (Osteichthyes) はある単系統群(クレード)に与えられた名称であり、哺乳類や鳥のような動物もすべて硬骨魚類に含まれる」という記述があってちょっと驚きます(1)。ウィキペディアの魚類という項目(2)に書かれてある分類表に準拠して記述したのが図207-1です。

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図207-1 脊椎動物の分類

図207-1を見ていておかしいと思われる方もいると思います。進化を基盤として分類した場合、四肢動物はどうしても綱より下の分類群になります(図207-1では下綱となっています)。では四肢動物の下位に位置づけられる両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類は当然目(order)でなければいけません。しかし学問の歴史の中でこれらは昔から綱(class)とされていて、それを変えると含まれる生物すべての分類を変更しなくてはならなくなり大混乱がおこるので、当面両生綱とか哺乳綱とかは変えないことになっているようです。しかしこれは学術的には明らかにおかしいわけで、いずれ整理が必要になると思います。

魚類は捕食者(プレデター)が現れ厳しい生存競争が行われるようになったカンブリア紀において、遊泳力に頼って生き延びました。節足動物も軟体動物も甲羅や貝殻などの防具を装備し、餌を捕獲する触手なども発達させる中で、魚類について言えば、おそまきながらオルドビス紀にはようやくうろこを持ち頭部に骨の甲羅を装備するアランダスピス、アストラスピス、サカンバスピスのようなタイプの種類が現れました(3~5、図207-2)。これらはヌタウナギやヤツメウナギと同じ無顎類ですが、うろこや甲羅を装備していた点が違います。顎ができるまえに頭蓋骨もどきの構造ができたということには注目すべきでしょう。おそらく顎というのは歯とセットでないとあまり意味がないと思われます。歯をつくるのが進化上難しかったのでオルドビス紀には有顎魚類が生まれなかったのでしょう。

ヤツメウナギやヌタウナギの祖先も含めてオルドビス紀の無顎魚類は胸びれを持っておらず、あまり器用な遊泳はできなかったと考えられています。複雑な海底地形を利用して隠れて行動する、砂に潜って夜間に行動するなどの生態で生き延びたのでしょう。歯がないので当然固い物を食べることはできず、泥などを吸い込んで濾過するというような食事をしていたとされています。三葉虫や貝類を食べることができなかったので、メジャーな生物にはなれませんでした。アランダスピスなどの魚類は化石も少なく、図207-1の分類表のどの部分に当てはまるのかわかりません。これからの研究を待ちたいと思います。

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図207-2 オルドビス紀の魚類

シルル紀の後半になって魚類は飛躍的な進化を遂げました。それを代表するのが棘魚類と板皮類です(6、7、図207-1)。顎や歯を持つことによって、彼らはそれまで海洋を支配していた節足動物(ウミサソリなど)や軟体動物(カメロケラスなど)に変わって、デボン紀には食物連鎖の頂点に立つことができました(図207-3)。彼らはまたそれぞれの生態に合わせて、発達した鰭を持っていて自由に遊泳できたと思われ、この点でも海洋の帝王としてふさわしく進化していました(6、7)。サイズも巨大なのが現れました。図207-3のイスクナカントゥスは2m、ダンクルオステウスは4mの体長を誇っていました。

板皮類のダンクルオステウス(図207-3)は口の先端でも4400ニュートン(440kg重)の力を発生できたようで、これは現代のホオジロザメを遙かに上回るそうです(8)。ダンクルオステウスの写真(筆者が撮影)をみればわかるように、彼らは歯や顎を持つだけでなく、まるで頭蓋骨ともいえるような骨で頭全体を覆っています。

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図207-3 棘魚類と板皮類

硬骨の主成分はコラーゲンとリン酸カルシウムであるのに対して、軟骨の主成分はコンドロイチン硫酸などの糖とタンパク質の複合体で、全くその成分は異なります。昔は無骨→軟骨→硬骨と進化してきたと考えられていましたが、実際には軟骨魚類が現れたとされているのはシルル紀後期で、それもうろこの破片しかみつかっておらず(9)、おそらく棘魚類や板皮類のあとから現れた生物だと思われます。彼らも硬い歯は持っているので、シルル紀にいったん硬骨を獲得した後、なんらかの都合で歯以外の硬骨を軟骨に置き換えて生き残った生物かもしれません。ウィキペディアでもそのような説が紹介されています(9、10)。実際デボン紀に繁栄した板皮類や棘魚類は絶滅し、軟骨魚類は生き残って現在の海でも繁栄しています。

歯が残るとはいえ軟骨は化石にならないので、化石から軟骨魚類の進化をたどるの難しいのですが、まともな軟骨魚類の化石で最も古い物はデボン紀前期の地層から発掘されたドリオダスだとされています(8、図207-4)。ドリオダスが棘魚類と現代のサメの両者の特徴を併せ持っていることがジョン・メイシーらによって報告されています(11)。デボン紀後期のクラドセラケ(12、図207-4)は最古のサメとして有名ですが、近年の研究によりクラドセラケはサメが所属する板鰓類ではなく、ギンザメが所属する全頭類に含まれるとされています(12、図207-1)。

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図207-4 デボン紀の軟骨魚類

私たち四肢動物と現存硬骨魚類の共通祖先は、棘魚類や板皮類と同じくシルル紀の後期に生まれたと考えられています。この共通祖先からおそらくデボン紀初期に肉鰭類と条鰭類が生まれます(図207-1)。高校の教科書では「硬骨魚類は,条鰭類と肉鰭類に分かれる。両者は,胸鰭の形が大きく違う。主要な魚類のほとんどが属する条鰭類では,放射骨 (平行に走る骨の束) で胸鰭と肩帯が関節している。これに対し肉鰭類では,胸鰭が一対の放射骨で肩帯と繋がっている。」と書かれています(13)。私たちは肉鰭類が進化した生物の一種なので、胸びれに相当する腕は扇子状ではなく棒状になっているというわけです。一般的には肉鰭類の鰭は筋肉質で分厚く、条鰭類の鰭は扇子状の細い骨が多数あって薄い膜でつながっていると考えてよいと思います。

シルル紀後期(4億2500万年前)の化石のなかに、Guiyu oneiros という肉鰭類と条鰭類の中間とみられる魚が存在します(14)。これをどのように分類すべきかというというのは議論があり、ウィキペディアでは一応肉鰭類としていますが(15)、絵には扇子状の胸びれが描かれてあります。

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図207-5 Guiyu oneiros

条鰭類も他の魚類と同様、シルル紀後期にルーツがあると考えられています(16)。現代のメジャーな魚類です。シルル紀後期の条鰭類の代表として、アンドレオレピスがあげられます(16、17、図207-6)。条鰭類の歴史は意外と謎で、例えば図207-1でポリプテルスやチョウザメ(サメではなく硬骨魚類)は真骨類より早く現れていることになっていますが、化石は中生代のものが多く、彼らがいつ現れたかがはっきりしません。ポリプテルスやチョウザメはその始原的な形態にもかかわらず、現代でも生きているのでいわゆる「生きた化石」と呼ばれています。

図207-6に2億5000万年前のポリプテルス、Fukangichthys longidorsalis の再現図をのせておきました。これはネイチャーの記事からの引用の引用です(18、19)。図207-7のポリプテルス・ビキールは19世紀の初頭に最初に発見された現存するポリプテルスで、鰭は肉鰭類的な部分もあり、顎の構造は魚類よりも四肢動物に似ているという特徴を持っていて、今でもナイル川流域などにみられます。四肢動物は肉鰭類から進化したわけですが、ポリプテルスも肺呼吸することができる生物で、進化の過程で陸上でも生活できるようなシステムを獲得しようとしていたわけです。

ポリプテルスは人気のある熱帯魚で家庭の水槽で飼育することも可能ですが、気をつけないといけないのは成長したときのそのサイズで、体長1メートルの魚を飼う水槽を設置すると家が潰れることも考えておかないといけません。

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図207-6 始原的条鰭類

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図207-7 ポリプテルス・ビキール

シーラカンスは遅くともデボン紀には生息していた魚類で、驚くべきことにその頃とほとんど同じ形態のラティメリアが発見されたことで有名です(20、図207-8)。南アフリカの Latimeria chalumnae とインドネシアの Latimeria menadoensis という2種が知られています。ジュラ紀や白亜紀に生きていた恐竜が発見されたとしても、シーラカンスはそれよりずっと古い時代の生物ですから、これが今でも生きているということはジュラシックパークより驚異的です。彼らは硬骨魚類のグループに分類されているにも関わらす、骨がほとんど軟骨でできているという非常にシルル紀前期以前の魚類の面影を残している点が際立った特徴です。

肉鰭類にもポリプテルスと同様に陸地をめざした魚類のグループ、デボン紀に出現した肺魚がいます(21、図207-8)。彼らはおそらく昔から沼地に棲んでいて、乾期に干上がっても生きていけるための肺を獲得した種が生き延びたグループだと考えられます。彼らも現代にまで祖先を残しており、昔東京タワーの1Fにあった水族館ですべての種を見ることができました(22)。展示している魚を買うこともできるというめずらしい水族館でしたが、2018年に廃館になったのは誠に残念です。ここでは私が当時撮影したプロトプテルス・エチオピクスの写真を載せておきます(図207-8)。

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図207-8 肉鰭類 シーラカンスと肺魚

革命的な進化は辺境から起こります。夏には干上がるような池や沼地の淡水環境に棲む魚類は、長い間七転八倒の生活をしていたのでしょうが、肺、夏眠、そして四肢を獲得することによって、両生類への道を歩むことになります。その過程にあるデボン紀の四肢動物を代表するのがアカントステガとイクチオステガです(23、24、図207-9)。ウィキペディアのポリプテルスの項目には「これらの特徴から、ポリプテルスは魚類と両生類に進化する分岐点にある動物と考えられている」という誤解を招く表現がありますが、もちろん四肢動物の直接の祖先は図207-1に示したとおり肉鰭類であることが定説であって、ポリプテルスのような条鰭類とは直接の関係はないとされています。

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図207-9 始原的四肢動物

昨日NHKの番組で海底9800メートルの魚類の映像を見せてもらいましたが(25)、彼らはまさしく現代の辺境生物で、使用済み核燃料処理施設が爆発して人類などが絶滅するようなことがあっても、彼らは生き延びて何億年後かには新しい豊かな生態系を生み出していくんだろうと思いました。

今回の記事を書くに当たってはウィキペディアに大変お世話になり、筆者の方々に深く感謝します。

参照

1)ウィキペディア:硬骨魚類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AC%E9%AA%A8%E9%AD%9A%E9%A1%9E

2)ウィキペディア:魚類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%9A%E9%A1%9E#%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%AD%A6%E4%BC%9A2018

3)ウィキペディア:アランダスピス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%B9

4)ウィキペディア:アストラスピス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%B9

5)ウィキペディア:サカンバスピス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%AB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%90%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%B9

6)ウィキペディア:棘魚類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%98%E9%AD%9A%E9%A1%9E

7)ウィキペディア:板皮類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BF%E7%9A%AE%E9%A1%9E

8)土屋健 「サメ帝国の逆襲」文藝春秋社 2018年刊 p.65

9)ウィキペディア:軟骨魚綱
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%9F%E9%AA%A8%E9%AD%9A%E7%B6%B1

10)サメは「生きた化石」ではなかった? 定説覆す化石発見
https://www.afpbb.com/articles/-/3012896

11)サメの祖先に手掛かり Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170708b
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v14/n7/%E3%82%B5%E3%83%A1%E3%81%AE%E7%A5%96%E5%85%88%E3%81%AB%E6%89%8B%E6%8E%9B%E3%81%8B%E3%82%8A/86844

12)ウィキペディア:クラドセラケ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%89%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%82%B1

13)理科総合B 魚類の進化
http://www.ha.shotoku.ac.jp/~kawa/KYO/Rika-B/htmls/pisces/index.html

14)Wikipedia: Guiyu oneiros
https://en.wikipedia.org/wiki/Guiyu_oneiros

15)Wikipedia: Sarcopterygii
https://en.wikipedia.org/wiki/Sarcopterygii

16)ウィキペディア:条鰭類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%A1%E9%B0%AD%E9%A1%9E

17)川崎悟司 古世界の住人 アンドレオレピス
https://paleontology.sakura.ne.jp/andoreorepisu.html

18)HUFFPOST ポリプテルス類の起源を紐解く
https://www.huffingtonpost.jp/entry/ancient-fish-alive-right-now_jp_5c5965b0e4b09bd6f91de81c

19)Sam Giles, Guang-Hui Xu, Thomas J. Near and Matt Friedman, Early members of‘living fossil’lineage imply later origin of modern ray-finned fishes., Nature vol.549, pp.265-268 (2017)
https://www.nature.com/articles/nature23654

20)ウィキペディア:ラティメリア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%A2

21)ウィキペディア:ハイギョ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%A7

22)渋めのダージリンはいかが 東京タワー水族館 その2
http://morph.way-nifty.com/grey/2006/11/post_a3dc.html

23)ウィキペディア:アカントステガ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%AC

24)ウィキペディア:イクチオステガ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%81%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%AC

25)NHKWEB 日本人初 水深9801メートルの深海に到達 最深記録60年ぶり更新
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220829/k10013792961000.html

 

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