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2023年4月20日 (木)

続・生物学茶話208 脊椎動物の脳を比較する

ダーウィンフィンチとはスズメ目フウキンチョウ科の鳥で、数百万年前に南米大陸からガラパゴス諸島に飛来し、その後飛来途中で経由した島々が消滅したためガラパゴス諸島で独自の進化を遂げたとされています。ダーウィンが進化論の基盤にしたといわれている鳥たちで、実際このグループにおいて新しい種ができる過程をデイヴィッド・ラックが報告しています(1、2)。

図208-1にみられるように、エサの種類によって嘴の形が大きく異なる方向で進化したことがわかります。上の2種は硬いナッツを割って食べるので大きくパワフルな嘴を持ち、下の2種は昆虫を食べるために繊細な嘴になっています。これだけ形が変わると筋肉の種類とかパワーとか動かし方も変わるので、それらの特質がセットとなって進化しなければいけません。また嘴が巨大になったからと言って体全体がマッチョになる必要はないので、他に影響を与えず部分的に強力な筋肉ができるようなメカニズムが必要です。

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図208-1 ダーウィンフィンチ

ここで脊椎動物の脳の形態を復習しておきます。図208-2ではでは脳を5つのパーツ(H:hindbrain 後脳, C:cerebellum 小脳, M:Mesencephalon 中脳, D:Diencephalon 間脳, T:Telencephalon 終脳 or 大脳)に色分けして表示してあります。おおよその相対的な位置は、円口類であるヤツメウナギを含めて決まっていますが、hindbrain を除いた他の4つのパーツは大きさや形態がかなりグループによって異なります。

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図208-2 脊椎動物の脳の構成

そして同じ哺乳類でも、マウスとヒトとでは脳の形態は著しく異なります(3、4、図208-3)。これはヒトの脳では終脳(大脳)というパーツが異常に巨大であることがその最大の理由です。ヒト科の生物は440万年前に出現したアルディピテクス・ラミダスでは脳の容積は300~350ccだったのが、40万年前のホモ・ハイデルベルゲンシスでは、ほぼ現代人並の1400ccとなっているなど、たった400万年の間に著しい変化がみられます(5)。これは脳全体が大きくなったというより、終脳が著しく肥大したためです。ダーウィンフィンチの嘴と同様、ヒトの終脳はわずか数百万年未満の期間に著しい変化を遂げています。他にもイルカなどは終脳が肥大しています。

もうひとつ注目すべきなのは、同じホモ・サピエンスであっても顔の造作やサイズは人種や個人ごとに著しくバラエティに富んでいるということです。もっとすごいのは犬(Canis familiaris)で、とても同じ種とはおもえないくらい顔やサイズにバラエティーがあります。トンボやハチではこんなことはあり得ません。

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図208-3 マウスとヒトの脳の比較

図208-2を見ていて不思議に思うことがあります。ヤツメウナギなどの円口類では小脳は痕跡的なものですが、魚類では大変立派になっています。ところが両生類では著しく萎縮し、鳥類や哺乳類では再び大きくなっています。この理由はまだ探索していないのでここでは言及できません。それでも脳のパーツの変動が激しい例のひとつとは言えるでしょう。ほかには嗅覚を重視する軟骨魚類や爬虫類では臭球という別構造が用意されているのも顕著な変化です。

脊椎動物はその生態に応じて、脳のパーツを変化させることで進化してきました。しかしながら、実は脊椎動物が出現して以来ほとんど変化がない部分もあります。それは 後脳=hindbrain という部分で、ヒトでは橋・延髄とよばれています。ここからは様々な末梢神経の入出力が行われていて、その構造も保存されています。つまり脊椎動物はCPUやI・Oポートの基本構造はおそらく古いままで、グラフィックボード、メモリー、HDD、ファン、マウス、キーボードなどを追加・改良することによって進化してきた生物と言えるのではないでしょうか。ただヒトはちょっと特別で、それは他のすべての生物にはない言語という情報処理の方法を獲得したため、巨大な辞書を収納する場所を確保せざるをえず、それを大脳に託したのです。言葉は人間の情報処理全体に大きな影響を与え、そのため伝統的に後脳がやっていた仕事を大脳が奪い取るような場合があるのではないかと、つまり別のCPUが加わったような変化があるのではないかと思われますが、それは今後の宿題とします。

各種脊椎動物の後脳と末梢神経を示したのが図208-4、208-5です(6、7)。確かに後脳とそこからの入出力は保存的です。そのわけは当然と言えば当然ですが、後脳とその入出力を決める発生のシステムと、中脳より前の脳をつくる発生システムが全く異なるからです。おそらく後者は点突然変異(point mutation)のような小さな遺伝子変異によっても、大きく構造が変わる可能性があるような発生のシステムを採用していると考えられます。

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図208-4 カエルの脳

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図208-5 軟骨魚類とヒトの脳

今日のまとめを図208-6に示しておきます。

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図208-6 保存された脳と変化する脳



参照

1)デイヴィッド・ラック著  浦本昌紀・ 樋口広芳 翻訳 思索社 1974年刊
(引用していますが実は未読)

2)ウィキペディア: ダーウィンフィンチ類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E9%A1%9E

3)Wikipedia: mouse brain
https://en.wikipedia.org/wiki/Mouse_brain

4)Wikimedia commons category:human brain
https://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Human_brain
National Institutes of Health - http://lbc.nimh.nih.gov/images/brain.jpg (found on page http://lbc.nimh.nih.gov/osites.html)

5)サイエンスポータル 未来ビジョン《山極壽一さんインタビュー》ゴリラたちから学ぶ 〜人間の本質と未来の姿〜
https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/sciencewindow/20190926_w01/

6)Online Biology: Nervous system of frog.
https://www.onlinebiologynotes.com/nervous-system-of-frog/

7)続・生物学茶話205 脳神経の基本構成
http://morph.way-nifty.com/grey/2023/03/post-3a1402.html

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