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2023年2月23日 (木)

続・生物学茶話203 刺胞動物のヒストリー

私は刺胞動物つまりサンゴ、イソギンチャク、ヒドラ、クラゲなどにはさしたる関心がなかったのですが、後に述べる理由で少しかかわってみようかなと思い立って調べてみることにしました。刺胞動物門は私たちが学生時代には腔腸動物門と呼ばれていました。この中には現在有櫛(ゆうしつ)動物門の生物とされている動物も含まれていました。

ところが2016年にプレスネルらがクシクラゲは肛門をもっているという報告をして腔腸動物=刺胞動物であるという概念が崩壊し、クシクラゲの仲間は有櫛動物門として独立することになりました(1、2)。この他分子系統学の進歩もあって、刺胞動物に関連する系統樹は系統分類学の黒歴史と言ってもいいくらいに近年大幅に書き換えられ、図203-1のような形になりました(3、4)。

なぜか刺胞動物を分類した各綱には~虫という名前がつけられており、たとえば箱虫でググると段ボールでみつかる昆虫の記載が続々とヒットするという非常に迷惑な命名で困ります。現在の系統樹では最初に花虫類とそれ以外の各綱生物群が分岐したことになっています。花虫類とはイソギンチャクやサンゴのような生物で、基本的にポリプ型(付着型)の形態をとります。

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図203-1 刺胞動物の系統樹 

花虫類以外の刺胞動物はさまざまな生活環を持っていますが、よく教科書にも書かれている典型的な生活環を持つのが鉢虫類のミズクラゲです(5)。有性生殖によってできた子供はプラヌラとよばれる体長0.2mmくらいのプランクトンで(図203-2、番号1~3)、この状態で数日間遊泳した後何かに付着してポリプ型となり、イソギンチャクのような触手を形成します(図203-2、番号4~8)。ポリプは分裂したり、出芽したりして無性生殖を行います。さらに成長したポリプは分節してストロビラを形成します(図203-2、番号9~10)。ストロビラの各節は分離しエフィラとなって海中に放流されます(図203-2、番号11~12)。エフィラは直径3mmくらいですが、やがて直径30cmにもなる成体に成長します(図203-2、番号13~14)。

このような傘型のクラゲは中枢神経系を持っていないとされていますが、傘の開閉をはじめとして統合的な運動はできる能力があり、眼点や平衡器から情報を得て適切な行動をとることができます。現存のクラゲの神経系は、ピザを切り分けたときのような傘のパーツごとのモジュラー構造になっていて、それらが統合されて動いているそうです(6)。クラゲには脳がないなどと言っていますが、彼らも6億年の歴史を持っているわけで、傘全体の神経網が実は脳に近いものに進化しているのかもしれません。

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図203-2 ミズクラゲの生活環

刺胞動物の論文を調べていてちょっと驚いたことがあります。私はまぬけなことに刺胞動物は放射相称の動物だと思っていたのですが、なんと刺胞動物のポリプはHox遺伝子を発現していて、前後軸が存在することを知りました(7、8、図203-3)。このことはウルバイラテリアが必ずしも海底を這う生物ではなく、固着性の生物だったかもしれないことを示唆しています。とは言うものの、刺胞動物のポリプは固着性だとしても少しは動ける場合が多いようです。たとえばイソギンチャクは気に入った場所がみつかるまで結構動きます。ベントスの方向に進化した者がバイラテリア(左右相称動物)に、プランクトンの方向に進化した者が放射相称系のナイダリア(刺胞動物)になったのかもしれません。

もうひとつ重要なことは、肛門のあるなしだけでなく、Hox遺伝子のあるなしという差があることから、同じクラゲという名が付いていても刺胞動物と有櫛動物はヒトとハエ以上に系統上の差がある生物だということです。

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図203-3 刺胞動物はHoxを発現している

私が刺胞動物に興味を抱いたのは、イングランドのチャーンウッドの森からエディアカラ紀のものとして格別の化石が発見されたからです(9、図203-4)。これは明らかに刺胞動物のポリプだとわかります。テンタクル(触手)もはっきりわかります。チャーンウッドの森は5億6千2百万年前から5億5千7百万年前の時代の化石が発掘される場所です。エヴァンスらが南アフリカで発見した海底を這っている左右相称動物(Ikaria wariootia)の化石(10、11)もほぼ同時代のものなので、すでにこの時代にHox遺伝子を発現していたであろう多様な左右相称動物が世界に拡散していたことが示唆されました。

エディアカラ時代の生物は骨格や殻を持っていないので、そのものが化石となることはなく、土砂崩れなどで埋まった生物のスタンプが残るだけです。ですから柔らかいテンタクルの化石がみつかるというのは奇跡的です。

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図203-4 エディアカラ紀の刺胞動物 触手を含む美しい化石

原著およびウィキペディアではこの生物を再現した美しい絵を見ることができます(9、12、図203-5)。茎部が二股に分かれているので、この生物は有性生殖と無性生殖の両方が可能だったことが示唆されます。触手(テンタクル)が認められることは重要です。触手はバラバラに動いては消化管にエサを送り込む水流を起こせないので、これらを統合する神経系が存在したはずです。

系統図にはこの生物 Auroralumina が花虫綱とは別のジャンルでむしろクラゲ亜門に属しているとしてありますが、これは正しいのでしょうか? もし正しいのならウルバイラテリアが生きていたのはさらに深いエディアカラ時代初期に遠ざかることになります。なぜなら刺胞動物の基底は花虫綱と考えられるからです。

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図203-5 エディアカラ紀刺胞動物の化石復元図

刺胞動物はエディアカラ時代からずっと生き延びて、現代でも地球の隅々で大繁栄しています。生態学では触手が数十メートルもあるクラゲもプランクトンとしています。自由に泳ぐと言うよりも、海流に流されることによって移動するとみなすのでしょう。彼らはもともとは左右相称動物だったようですが、プランクトンとして生きるには放射相称の方が有利だったのでしょう。多くの刺胞動物がプランクトンとして生きる道を選択し、事実上左右相称性を捨てました。

参照

1)Jason S. Presnell, Lauren E. Vandepas, Kaitlyn J. Warren, Billie J. Swalla, Chris T. Amemiya, William E. Browne.,The Presence of a Functionally Tripartite Through-Gut in Ctenophora Has Implications for Metazoan Character Trait Evolution
Curr. Biol., Volume 26, Issue 20, p2814?2820, 24 October 2016
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982216309319

2)やぶにらみ生物論97: 体軸形成
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/12/post-7bba.html

3)並河洋 刺胞動物のクラゲとは何か? 生物の化学 遺伝 vol.74, no.4, pp.386-393

4)ウィキペディア:刺胞動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E8%83%9E%E5%8B%95%E7%89%A9

5)ウィキペディア:ミズクラゲ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B2

6)WIRED: 遺伝子操作したクラゲから、動物の「脳」の進化の謎が見えてくる
https://wired.jp/2021/12/23/gene-tweaked-jellyfish-neurology/

7)Ferrier, D.E., The origin of the Hox/ ParaHox genes, the Ghost Locus hypothesisand the complexity of the first animal. Brief.Funct. Genomics vol.15, pp.333–341. 2016
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26637506/

8)Ulrich Technau and Grigory Genikho, Evolution: Directives from Sea Anemone Hox GenesCurrent Biology 28, R1296–R1312, November 19, 2018
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.0

9)F. S. Dunn, C. G. Kenchington, L. A. Parry, J. W. Clark, R. S. Kendall and P. R. Wilb, A crown-group cnidarian from the Ediacaran of Charnwood Forest, UK, NATURE Ecology & Evolution, Vol 6, pp.1095–1104 (2022)
https://doi.org/10.1038/s41559-022-01807-x

10)Scott D. Evans, Ian V. Hughesb, James G. Gehling, and Mary L. Droser., Discovery of the oldest bilaterian from the Ediacaran of South Australia., Proc.N.A.S., vol.117, no.14, pp.7845–7850 (2020) doi/10.1073/pnas.2001045117
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32205432/

11)続・生物学茶話198:エディアカラ紀のトピック
http://morph.way-nifty.com/grey/2023/01/post-07bd12.html

12)Wikipedia: Auroralumina
https://en.wikipedia.org/wiki/Auroralumina

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