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2023年2月28日 (火)

村上安則著 「脳進化絵巻」

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村上安則著 「脳進化絵巻」 共立出版 2021年刊

「脳進化絵巻」とはなんともレトロなタイトルです。しかも倉谷滋という知的モンスターが背後霊のようにくっついています。しかし私の最近の知的関心から言うと、読む以外に選択肢はありません。

著者の村上安則氏は理研の倉谷研究室出身で愛媛大学の教授になった方です。至って真面目に脳の進化について書いてある本ですが、ところどころ「ソウルライクな死にゲー」とか「厨二病的要素」とか「ザクとは違うのだよ、ザクとわあ」とか意味不明な言葉が出てきて本の品位を下げていますが、まあ生物学者とは世の中とピントがずれててダサいという精神構造が似合う人種なので、はまり感はあります。

私は気になると調べずにはいられない性格なので・・・

「ソウルライクな死にゲー」:ダークソウルというアクションゲームのことらしい。死にゲーというのは死を目的にするのではなく、途中で死にやすいゲームのことらしいです。

「厨二病的要素」:中学2年生頃の思春期特有の自意識過剰な状況を揶揄する言葉だそうです。当て字をつかうのは品がないと思います(と思われます)。

「ザクとは違うのだよ、ザクとわあ」:なんていわれても・・・。この本の読者がどれだけガンダムを知っているのかどうか大いに疑問です。

進化の本なのに、進化のタイムスケール、たとえばカンブリア紀が何年から何年までというような年代記の図表がなかなか現れてこない(109ページの肺魚のところでようやくデボン紀~三畳紀のスケールが登場する)のは、進化と銘打ってはいますが、実は著者はタイムスケールにあまり関心がないことを露骨にあわらしているような気がします。これはこの本の欠点です。

著者は 悪い記憶がよみがえる → 死にたくなる or 奇声をあげる という性癖の持ち主のようですが、「飼っているヤツメウナギがそのような言動をとるのは見たことがない」と述べています。ところでヤツメウナギは右に行くとエサがあり、左に行くと電気ショックという迷路で記憶力を試した実験はあるのでしょうか? 意外にそんな実験をやらせた研究者に恨みをいだくかもしれませんが。

竜弓類の脳について記載があるのは珍しいと思います。想像の部分が多いでしょうがじっくりと読ませていただくつもりです。菱脳から話が始まっているのも、生物学らしくて大変好感が持てます。ともあれ私の座右の書のひとつになるのは間違いありません。

 

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2023年2月25日 (土)

四方恭子氏の名演奏

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🎵

都響のソロ・コンサートマスター四方恭子さんが今年定年退職なさるそうで、誠に残念です。演奏だけでなくその飾らないざっくばらんなお人柄がアットホームな雰囲気を醸成し、都響をユニークな楽団に成長させる原動力になったと思います。都響での演奏はこれからもウェブサイトにアップされると思いますので、彼女がケルン放送交響楽団を率いていた時代の演奏をリンクしておきたいと思います。

30年以上前のケルン放送交響楽団(現 ケルンWDR交響楽団 ) や周辺では、東洋人がコンミスをやるについては愉快ではない思いを抱いていた人も居たと思いますが、彼女はおそらくそのフランクなキャラと実力で乗り切ってこられたことと思います。

ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調
https://www.youtube.com/watch?v=g3_Mvh0Fpcg&t=1304s

ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調
https://www.youtube.com/watch?v=mpvpu-sN4gY

ブラームス:交響曲第4番 ホ短調
https://www.youtube.com/watch?v=Uqv04x2_4d0

ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 ロ短調
https://www.youtube.com/watch?v=HqSlmROCTCE

グスタフ・マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調
https://www.youtube.com/watch?v=JGAnvTlyGIQ

 

 

 

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天空の大縦列

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2月23日の日没直後、月・木星・金星の大縦列が見られました。長く寒々しい冬がようやく終わり、来週からは春が足早にやってくるようです。

 

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2023年2月23日 (木)

続・生物学茶話203 刺胞動物のヒストリー

私は刺胞動物つまりサンゴ、イソギンチャク、ヒドラ、クラゲなどにはさしたる関心がなかったのですが、後に述べる理由で少しかかわってみようかなと思い立って調べてみることにしました。刺胞動物門は私たちが学生時代には腔腸動物門と呼ばれていました。この中には現在有櫛(ゆうしつ)動物門の生物とされている動物も含まれていました。

ところが2016年にプレスネルらがクシクラゲは肛門をもっているという報告をして腔腸動物=刺胞動物であるという概念が崩壊し、クシクラゲの仲間は有櫛動物門として独立することになりました(1、2)。この他分子系統学の進歩もあって、刺胞動物に関連する系統樹は系統分類学の黒歴史と言ってもいいくらいに近年大幅に書き換えられ、図203-1のような形になりました(3、4)。

なぜか刺胞動物を分類した各綱には~虫という名前がつけられており、たとえば箱虫でググると段ボールでみつかる昆虫の記載が続々とヒットするという非常に迷惑な命名で困ります。現在の系統樹では最初に花虫類とそれ以外の各綱生物群が分岐したことになっています。花虫類とはイソギンチャクやサンゴのような生物で、基本的にポリプ型(付着型)の形態をとります。

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図203-1 刺胞動物の系統樹 

花虫類以外の刺胞動物はさまざまな生活環を持っていますが、よく教科書にも書かれている典型的な生活環を持つのが鉢虫類のミズクラゲです(5)。有性生殖によってできた子供はプラヌラとよばれる体長0.2mmくらいのプランクトンで(図203-2、番号1~3)、この状態で数日間遊泳した後何かに付着してポリプ型となり、イソギンチャクのような触手を形成します(図203-2、番号4~8)。ポリプは分裂したり、出芽したりして無性生殖を行います。さらに成長したポリプは分節してストロビラを形成します(図203-2、番号9~10)。ストロビラの各節は分離しエフィラとなって海中に放流されます(図203-2、番号11~12)。エフィラは直径3mmくらいですが、やがて直径30cmにもなる成体に成長します(図203-2、番号13~14)。

このような傘型のクラゲは中枢神経系を持っていないとされていますが、傘の開閉をはじめとして統合的な運動はできる能力があり、眼点や平衡器から情報を得て適切な行動をとることができます。現存のクラゲの神経系は、ピザを切り分けたときのような傘のパーツごとのモジュラー構造になっていて、それらが統合されて動いているそうです(6)。クラゲには脳がないなどと言っていますが、彼らも6億年の歴史を持っているわけで、傘全体の神経網が実は脳に近いものに進化しているのかもしれません。

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図203-2 ミズクラゲの生活環

刺胞動物の論文を調べていてちょっと驚いたことがあります。私はまぬけなことに刺胞動物は放射相称の動物だと思っていたのですが、なんと刺胞動物のポリプはHox遺伝子を発現していて、前後軸が存在することを知りました(7、8、図203-3)。このことはウルバイラテリアが必ずしも海底を這う生物ではなく、固着性の生物だったかもしれないことを示唆しています。とは言うものの、刺胞動物のポリプは固着性だとしても少しは動ける場合が多いようです。たとえばイソギンチャクは気に入った場所がみつかるまで結構動きます。ベントスの方向に進化した者がバイラテリア(左右相称動物)に、プランクトンの方向に進化した者が放射相称系のナイダリア(刺胞動物)になったのかもしれません。

もうひとつ重要なことは、肛門のあるなしだけでなく、Hox遺伝子のあるなしという差があることから、同じクラゲという名が付いていても刺胞動物と有櫛動物はヒトとハエ以上に系統上の差がある生物だということです。

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図203-3 刺胞動物はHoxを発現している

私が刺胞動物に興味を抱いたのは、イングランドのチャーンウッドの森からエディアカラ紀のものとして格別の化石が発見されたからです(9、図203-4)。これは明らかに刺胞動物のポリプだとわかります。テンタクル(触手)もはっきりわかります。チャーンウッドの森は5億6千2百万年前から5億5千7百万年前の時代の化石が発掘される場所です。エヴァンスらが南アフリカで発見した海底を這っている左右相称動物(Ikaria wariootia)の化石(10、11)もほぼ同時代のものなので、すでにこの時代にHox遺伝子を発現していたであろう多様な左右相称動物が世界に拡散していたことが示唆されました。

エディアカラ時代の生物は骨格や殻を持っていないので、そのものが化石となることはなく、土砂崩れなどで埋まった生物のスタンプが残るだけです。ですから柔らかいテンタクルの化石がみつかるというのは奇跡的です。

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図203-4 エディアカラ紀の刺胞動物 触手を含む美しい化石

原著およびウィキペディアではこの生物を再現した美しい絵を見ることができます(9、12、図203-5)。茎部が二股に分かれているので、この生物は有性生殖と無性生殖の両方が可能だったことが示唆されます。触手(テンタクル)が認められることは重要です。触手はバラバラに動いては消化管にエサを送り込む水流を起こせないので、これらを統合する神経系が存在したはずです。

系統図にはこの生物 Auroralumina が花虫綱とは別のジャンルでむしろクラゲ亜門に属しているとしてありますが、これは正しいのでしょうか? もし正しいのならウルバイラテリアが生きていたのはさらに深いエディアカラ時代初期に遠ざかることになります。なぜなら刺胞動物の基底は花虫綱と考えられるからです。

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図203-5 エディアカラ紀刺胞動物の化石復元図

刺胞動物はエディアカラ時代からずっと生き延びて、現代でも地球の隅々で大繁栄しています。生態学では触手が数十メートルもあるクラゲもプランクトンとしています。自由に泳ぐと言うよりも、海流に流されることによって移動するとみなすのでしょう。彼らはもともとは左右相称動物だったようですが、プランクトンとして生きるには放射相称の方が有利だったのでしょう。多くの刺胞動物がプランクトンとして生きる道を選択し、事実上左右相称性を捨てました。

参照

1)Jason S. Presnell, Lauren E. Vandepas, Kaitlyn J. Warren, Billie J. Swalla, Chris T. Amemiya, William E. Browne.,The Presence of a Functionally Tripartite Through-Gut in Ctenophora Has Implications for Metazoan Character Trait Evolution
Curr. Biol., Volume 26, Issue 20, p2814?2820, 24 October 2016
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982216309319

2)やぶにらみ生物論97: 体軸形成
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/12/post-7bba.html

3)並河洋 刺胞動物のクラゲとは何か? 生物の化学 遺伝 vol.74, no.4, pp.386-393

4)ウィキペディア:刺胞動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%BA%E8%83%9E%E5%8B%95%E7%89%A9

5)ウィキペディア:ミズクラゲ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B2

6)WIRED: 遺伝子操作したクラゲから、動物の「脳」の進化の謎が見えてくる
https://wired.jp/2021/12/23/gene-tweaked-jellyfish-neurology/

7)Ferrier, D.E., The origin of the Hox/ ParaHox genes, the Ghost Locus hypothesisand the complexity of the first animal. Brief.Funct. Genomics vol.15, pp.333–341. 2016
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26637506/

8)Ulrich Technau and Grigory Genikho, Evolution: Directives from Sea Anemone Hox GenesCurrent Biology 28, R1296–R1312, November 19, 2018
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.0

9)F. S. Dunn, C. G. Kenchington, L. A. Parry, J. W. Clark, R. S. Kendall and P. R. Wilb, A crown-group cnidarian from the Ediacaran of Charnwood Forest, UK, NATURE Ecology & Evolution, Vol 6, pp.1095–1104 (2022)
https://doi.org/10.1038/s41559-022-01807-x

10)Scott D. Evans, Ian V. Hughesb, James G. Gehling, and Mary L. Droser., Discovery of the oldest bilaterian from the Ediacaran of South Australia., Proc.N.A.S., vol.117, no.14, pp.7845–7850 (2020) doi/10.1073/pnas.2001045117
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32205432/

11)続・生物学茶話198:エディアカラ紀のトピック
http://morph.way-nifty.com/grey/2023/01/post-07bd12.html

12)Wikipedia: Auroralumina
https://en.wikipedia.org/wiki/Auroralumina

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2023年2月21日 (火)

食糧問題に元農水省官僚が言及

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グリホサート(ラウンドアップ)

 

以下は 元農水省の官僚(現東京大学教授)が言っていることなので正しい情報なのでしょう。

https://twitter.com/i/status/1627261927188738054

https://twitter.com/kinoshitayakuhi/status/1626940822095794176

https://twitter.com/hashtag/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9C%89%E4%BA%8B?src=hashtag_click

 

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ウクライナの言語

数年前の阪神タイガースは多くの米国人選手をかかえていましたが、多くの選手は英語がしゃべれず、ヒーローインタビューにもスペイン語の通訳がついていました。英語がしゃべれないと社会の上層部にはいけないので、いろいろ不自由もあったでしょう。いずれこれは重大な社会問題になるに違いありません。中国もウィグル問題をかかえています。ウクライナ戦争の根底にも言語問題があります。

図1と図2はウクライナでロシア語を話す人々の割合を示した図です。

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ウクライナ東南部地域にロシア語話者が多いことがわかります。図2は細かく分析していますが、都市部にロシア語話者が多いことが示されています。また特にクリミア半島の人々はほとんどロシア語話者です。また戦争勃発前の反乱軍支配地域もロシア語話者が多数を占める東部地域です。

このような中でゼレンスキー政権は義務教育でのロシア語使用を2020年に完全廃止し(1)、また同じ2020年にロシア語広告禁止(2)というアンチロシア政策を推進してきました。このようなロシア系住民を迫害する政策がロシアの介入を招いた一因となったのは容易に想像できます。

ロシアもスターリン時代にはウクライナ語を排除しようとする政策を進めたことがありました。お互いに相互の言語を尊重することが停戦の前提になるのではないでしょうか。本稿を書くにあったって、ウィキペディア ウクライナにおけるロシア語(3)を参考にしました。


1)ウクライナ政府 義務教育でのロシア語使用を2020年に完全廃止
https://sputniknews.jp/20191005/6728518.html

2)ウクライナ、ロシア語広告禁止 影響力排除狙いか
https://www.tokyo-np.co.jp/article/26601

3)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E8%AA%9E



 

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2023年2月19日 (日)

トルトゥリエ-都響 幻想交響曲@池袋芸劇2023/02/19

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曇天ですが温度は高そうで、今日はキルティングを卒業して池袋芸劇にお出かけ。都響の演奏会は年末の第九以来です。本日の指揮者はトルトゥリエ、コンマスはボス矢部、サイドはゆづき、ソリストはベイルマン。

ソリストが若い! マネの笛を吹く少年みたいな人。大道芸人みたいに動きながら演奏するのですが、それがまた変幻自在で唖然とするような超絶技巧で度肝を抜かれました。さすがカーティス音楽院教授に最年少で就任するだけのことはあります。でもむしろアンダンテのおとなしめの演奏が印象に残りました。この曲ラロの「スペイン交響曲」はサラサーテが初演したらしいですが、こんな風に演奏したのかなあと・・・。アンコールのバッハもまるで羽毛が舞うような軽さであっと驚きました。

後半のベルリオーズ幻想交響曲はさすが都響で、すごいアンサンブルでした。大植・南方のステージ表裏でのデュエットは実に息が合っている感じで最高でしたね。マエストロ・トルトゥリエの仕上げも文句なし、オケメンバーも頑張ってものすごくうまくいった演奏会だと思いました。最後はスタンディングオベーションで、マエストロは照明がついてからも呼び出されていました。

 

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2023年2月17日 (金)

サラ 18才

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サラは今年18才になります。ミーナは17才であの世に行きましたが、それはうちに来てから17年という意味です。シェルターでは放し飼いにされていたので、実際にはもっと高齢だったのではないかと思います。サラはケージに入れられていました。訊いたわけじゃないんですが、ケージに入っているのはもらい手がつきそうな猫で、放し飼いはもうあきらめた組だと思うので、サラの場合は正しく18才だと思っています。

サラはもともとは非常にシャイなタイプですが、もちろん18年もうちに居るのでなんら遠慮無く自由に生きています。ただアレルギー体質なのでエサには配慮が必要です。最近は背肉が落ちて、すっかり高齢猫らしくなりました。とはいえまだ50cmくらいはジャンプできます。ミーナは死ぬまで子猫の気持ちを持っていたので、サラにしてみればいじれる良い遊び相手でした。ですからこの1年は寂しさを感じていたと思います。それは私も同じです。

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2023年2月14日 (火)

続・生物学茶話202:脳の起源をめぐって

PCの能力はCPUの優秀さに基づきますが、実は保管できるあるいは取り扱える情報量(メモリーとSSDの容量)も大きな影響を与えます。したがってその容量によって価格に大きな差がつきます(1、図202-1 富士通の通販サイトより)。脳もこれと同様に、神経細胞ネットワーク設計の優秀さと共にその容量が重要で、実際動物の脳は保管できる情報量を増大させる方向で進化してきました。また情報の種類によって別の部屋で分業によって処理するということも平行して進化しました。PCも進化するにつれて処理すべき情報量が増加し、画像情報はグラフィックボードという画像処理用の別室が用意されて、より効率的な情報処理が行われるようになりました。

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図202-1 PC通販

分業すると言うことは、そのための専業化した細胞をある場所に局在させ、増殖によって組織を形成しなければなりません。脊椎動物の脳は分節化し、終脳(大脳)、間脳、中脳、小脳などというまとまりをもった組織を形成して分業しています(図202-3)。では脊椎動物に進化する以前の祖先に最も近いと言われていて、かつ現存する動物である頭索動物(ナメクジウオ)の脳はどうなのでしょうか?

この分野の研究者であるピーター・ホランドが描いたナメクジウオの画はちょっと誇張して脳を膨らませてあるようです(2、図202-2A)。実際にはこの膨らみはわかりにくいくらい微妙です(3、図202-2B)。しかし図202-2Aにはもうひとつ重要な情報があります。マウスと同様にナメクジウオでも、見た目ではわからない中枢神経のある位置から前には Hox-1 や Hox-2 の発現がみられないのです。Hox はホメオティック遺伝子産物の転写因子で、組織の性格を決めるという重要な役割を担っています。ですからこれらの発現がなくなったあたりから前方の中枢神経は脳であることが示唆されます。

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図202-2 ナメクジウオの脳とホメオティック遺伝子の発現

脊椎動物の脳が発生する過程を図202-3に示しました(4)。脳の中で最も脊髄に近い分節は菱脳(ロンボメア)と呼ばれています。英語で菱形はロンバス(rhombus)で、形態からロンボメアと命名されました。ギゼンは脳の基本構造は始原的左右相称動物(ウルバイラテリア)とマウス(後口動物)とハエ(前口動物)の三者で共有されていると主張しています(5、図202-4)。つまり脊椎動物の前脳・中脳が節足動物の脳神経節(cerebral ganglion)、脊椎動物の後脳が節足動物の食道下神経節(subesophageal ganglion)に相当し、始原的左右相称動物(ウルバイラテリア)では前脳・中脳がプロトブレインとして分節化し、後脳はプロトコードの前端にあったという考え方です(図202-4)。

ナメクジウオの神経管の前端で脳胞より胴体よりの部分(図202-2のアステリスク*の部分)はまさしく脊椎動物の後脳に該当し、ナメクジウオがウルバイラテリアの面影を濃く残した生物であることが示唆されます。ただしナメクジウオの祖先はカンブリア紀あるいはそれ以降の時代を生き残るために行動を単純化し、脳が退化した結果である可能性も排除はできません。

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図202-3 哺乳類脳の発生過程での分節化

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図202-4 脊椎動物(後口動物)と節足動物(前口動物)の中枢神経の基本構造と、そこから予想される始原的左右相称動物の中枢神経系

発生過程において脳の形成や領域化を規定する因子の調査は、仮説を検証する上で非常に重要です。ナメクジウオについては以前にこのブログに記事を書いています(6)。それをみると図202-2のアステリスクの部分にも Lhx2/9 やEmxA など脳に関連したホメオボックスタンパク質、あるいは Pax4/6(ペアードボックス遺伝子)の発現が見られます(7)。このことはナメクジウオの場合脳の分業化はまだまだ進んでいないことを示唆します。

図202-5は有顎脊椎動物と円口類の脳発生過程での諸因子発現の一覧です。文献8~10を参照して作成しました。Hox遺伝子は通常体の前から後ろに番号順に発現しますが、頭部には発現しません。このルールはナメクジウオでもみられます(11)。図202-5のように中枢神経系の中脳より後部に位置して一番中脳寄りの体節にはHox遺伝子群は発現されず、また頭部を形成する上で重要な Emx, Pax, Otx 遺伝子群も発現されません。中脳との境界領域(図202-4の boundary 中脳/後脳境界)には Fgf8 と Wnt1 が発現します。円口類では r1 と記載してある領域です(図202-5)。この領域に後脳が発生します。哺乳類ではこの部域は菱脳と言われ、後に前部は橋と小脳、後部は延髄に分化します。

図202-5をみるとこの部域には Gbx2 と En1/2 が発現しています。これは想像ですが始原的左右相称動物(ウルバイラテリア)の主要な脳のコンパートメントは後脳であり、ここで運動の統合や触感の記憶とその参照を行っていたのではないでしょうか? 記憶を参照したとしても、Aの場合はaという行動、Bの場合はbという行動と決まっているなら、意識がなくてもかまわないと思います。ウルバイラテリアがおそらく保持していなかった視覚・嗅覚・聴覚などは、それぞれの子孫生物の生活様式と共に進化し、それに伴って中脳より前の脳が発達していったのでしょう。

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図202-5 有顎動物と円口類の脳の領域化に関わる因子

 

参照

1)富士通PCウェブマート
https://fmv.fccl.fujitsu.com/shop?src=0&K=webads&utm_source=google_brand&utm_medium=listing&argument=ewrtkV29&dmai=a55dc61bc7c2d7&gclid=EAIaIQobChMIvsPQwICF_QIVykNgCh2JzAeyEAAYASAAEgI_l_D_BwE

2)Peter Holland 季刊「生命誌」23号
https://www.brh.co.jp/publication/journal/023/iv_1

3)ウィキペディア:頭索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9

4)脳科学辞典:間脳の発生
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%96%93%E8%84%B3%E3%81%AE%E7%99%BA%E7%94%9F

5)Alain Ghysen, The origin and evolution of the nervous system., Int. J. Dev. Biol. vol.47: pp.555-562 (2003)
http://www.ijdb.ehu.es/web/paper.php?doi=14756331

6)続・生物学茶話187: ナメクジウオ脳の部域化
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/08/post-277eea.html

7)Elia Benito-Gutierrez, Giacomo Gattoni, Manuel Stemmer, Silvia D. Rohr, Laura N. Schuhmacher, Jocelyn Tang, Aleksandra Marconi, Gaspar Jekely and Detlev Arendt, The dorsoanterior brain of adult amphioxus shares similarities in expression profile and neuronal composition with the vertebrate telencephalon., BMC Biology vol.19: article no:110 (2021)
https://doi.org/10.1186/s12915-021-01045-w
https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-021-01045-w

8)脳科学辞典:脳の領域化
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E8%84%B3%E3%81%AE%E9%A0%98%E5%9F%9F%E5%8C%96&mobileaction=toggle_view_desktop

9)Christof Nolte and Robb Krumlauf. Madame Curie Bioscience Database
Expression of Hox Genes in the Nervous System of Vertebrates
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK6519/

10)菅原文昭 円口類から探る、脊椎動物小脳の発生プランの進化 
ブレインサイエンス・レビュー2019 pp.145-165 (2019)

11)Hiroshi Wada, Jordi Garcia-Fernandez, and Peter W. H. Holla, Colinear and Segmental Expression of Amphioxus Hox Gene., Developmental Biology 213, 131–141 (1999)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160699993697

 

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2023年2月11日 (土)

サラの考察27:愛国心

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私「猫には愛国心はない?」

サラ「馬鹿な質問ね。愛国心を持つ猫なんていないに決まってるじゃない」

私「人間も誰も愛国心を持っていなければ戦争もないんだけどね」

サラ「何なの 愛国心って」

私「江戸時代は愛国心などと言う概念も無かったんだよ。主君への忠誠というのはあったんだけどね。これは中世のヨーロッパも同じだ。帝国主義時代になって、国家間の争いが激しくなってから生まれてきたんだね。結局愛国心というのはカルト教祖を絶対的に信頼して忠誠を誓うのとたいして差はない、つまりある種のマインドコントロールだと私は解釈しているんだよ」

サラ「でも個人に対する帰依じゃなくて、土地とか権力への帰依ね」

私「報ステの大越キャスターが<こういう政治制度の下で生きていきたい>という希望が愛国心だと言って、ウクライナがロシアの支配を受けたくないことを説明していたけど、まあそうだとすると、たとえば日本共産党を支持している人々は永久に愛国心は持てないことになってしまう可能性が高いのだが、そういうものなのかもしれない」

サラ「メッセージという映画で宇宙人と全人類が対峙したときに、交渉役に選ばれたのが言語学者のルイーズと、物理学者のイアンだったんだけど、そのイアンがルイーズに「君以外のすべての人間は嫌な奴らだ」と言ったのは覚えてる」

私「そうそう。人は愛国心という教義に心を支配されるとみんな嫌な奴らになるんだ。支配者とその恩恵を受けている集団が、他の人々をうむを言わせず従わせるための手段が、愛国心というマインドコントロールなんだ」

サラ「猫はそんなのとは無縁でよかったというわけね」

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2023年2月10日 (金)

神尾真由子・萩原麻未 都民芸術フェスティバル デュオの世界

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東京文化会館小ホール、前回ここに来たのは萩原麻未ピアノ・リサイタルで、ちょうど新型コロナの蔓延が始まった頃で、2020/02/22でした。どんな感染症なのか正体不明ということもあって、当時会場が異様な緊張感で包まれていた記憶があります。あれから3年、ようやく沈静化してきました。奇しくも今回も神尾さんとの共演で出演となりました。チケットはソールドアウトで熱気ムンムンの会場です。神尾さんはワインレッドのボディコン、麻未さんは黒系のシックな衣装で登場、

神尾さんは公演直前に洗濯物をかかえて自宅の階段を降りていたときに転落して負傷されたとのことで心配でしたが、そんなことは微塵も感じさせない快演でした。彼女は作曲家とのコミュニケーションだけでなく、聴衆との交信もできる希有の演奏家で、きっとパガニーニやサラサーテもそういうタイプでその系譜の方なんだろうと思います。私は特に柔らかいタッチが好きですね。麻未も忖度なく対等にガンガン弾いていて、しかも丁々発止じゃなく完全に一体化していました。これは私生活でも親密なお友達じゃなきゃできないレベルだと感じました。譜めくりさんも目立つことなくベストパフォーマンス。

グリーグのソナタは、こんなに素晴らしい曲だったのかと再認識させられましたし、特にクライスラーの中国の太鼓は乗せられました。この後は自家薬籠中のピースで、楽譜なしで快刀乱麻の快演。 Splendid ✨✨✨ ストラディバリのVnもこんな奏者に出会えて本当に幸福だと思います。

 

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2023年2月 6日 (月)

サラの考察26:政権担当能力

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私「手を突っ張ってるけど」

サラ「夢を見ていたのかも」

私「きっと嫌な夢だね」

サラ「ケージに入れられそうになった夢かも」

私「サラは閉所恐怖症だからね。ところで岸田総理の人気がないね」

サラ「なんでもアメリカの言うとおり」

私「そうそう。アメリカに言われると慌てふためいて、党内議論もないまま閣議決定だからね」

サラ「それなら猫でもできるよ。バランスをとることができないなら単なる使用人」

私「それにしても与党のエージェントはアピールポイントがないので、ウェブでは必死に野党には政権担当能力が無いという印象操作をやってるね」

サラ「そのくらいしかやることないんでしょう」

私「東京は小池、大阪は吉村、沖縄に至ってはデニーだからね。みんな自民党じゃないよ。自民党じゃなきゃ政治はできないというのは間違ってるね」

サラ「千葉も熊谷さんよね」

私「彼は過激なムードもあるけど、実は民主党出身なんだよね。ともかく野党に政権担当能力がないなどという印象操作にはまどわされないことだよ」

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2023年2月 4日 (土)

続・生物学茶話201:意識があるということを示す基本的な要素

エディアカラ紀(6億3千500万年前~5億3千800万年前)の海は、弱肉強食という生物界の原理がまだ発生していない、平和で静かな海だったと考えられています(1、図201-1)。

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しかしエディアカラ紀には争いが全くなかったかというと、そうではなかったかもしれません。捕食者(肉食動物)がまだいなかったエディアカラ紀でも場合Aや場合Bは日常的に起こっていたかもしれません。濾過食の生物は消化できない物もできる物もまとめて飲み込むので記憶を参照しなくても問題はないのですが、藻類などを食べる生物はエサかそうでないかを記憶を参照して判定できる者の方が、さらにはエサとして好ましいかどうかを選ぶことができた者の方が、生存に有利であると思われます(図201-2 場合A)。バイオフィルムか藻類かは触感の記憶を参照することによって判断できたのではないでしょうか? また同じエサを食べるなら他者との競合に勝利する必要があります。そのような場合は、競合する者にどう対処するかを記憶を使って判断できる者は生存に有利だと思われます(図201-2 場合B)。

A、Bの場合は、カンブリア紀にはじまったCの場合のようにもたもたしているとすぐに捕食されるというわけではないので、記憶の参照に時間がかかっても大丈夫だったはずです(図201-2)。それは神経系の進化にとっては有利な条件だったと思われます。記憶を有用化するには、時間がかかってももとがとれるような条件が必要で、エディアカラ紀にはカンブリア紀よりむしろそのような条件が満たされていたと思われます。エディアカラ紀に確立した「記憶の参照」というメカニズムが、カンブリア紀になってから、高速に機能するような進化が進行したのでしょう。繰り返しますが、カンブリア紀という時代、特に初期の被捕食者が無防備だった時代は、「意識」の原点である記憶の参照というメカニズムが進化するには不適切で、少なくとも基本的なシステムはエディアカラ紀に進化しておかなければならないということです。

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A、B、Cいずれの場合も、記憶を参照して行動を決定するという高度な神経系の作用を伴っています。「意識」があるかないかは、記憶を参照できるかどうかがその根幹にあると思われます。記憶の内容は形態識別でも臭いの識別でも触感の相違でも何でも良いわけで、ともかくそれらを参照して次にとる行動を決めるというプロセスが「意識」のはじまりだと考えて良いと思います。海底歩行型の藻類食左右相称動物は口が下になければならないので、上下を判定するための平衡石をもっていたはずです。平衡石を利用するには触感が必要で、彼らは最低でも触感はもっていたと思われ、その記憶から意識の萌芽が生まれた可能性は高いと思われます。

人間の意識の中身は前の記事にでてきたようなクオリア、心的因果や、その他感性・感情のような要素が満載ですが、まあ哺乳類はそれに似たような要素をみんなもっているような感じはします。ひとつ留意したいのは鳥類、昆虫類、頭足類などにも「意識」がありそうとはいえ、私たちと同じ土俵で論じられるかどうかはわかりません。私たち自身も、たとえばムカデを見たときの嫌悪感とか、お皿をフォークでこすったときの気持ち悪さなどは普通の感情とは異なります。鳥類、昆虫類、頭足類なども同様に、ヒトには理解できない別種の感性や感情があるかもしれません。それこそハード・プロブレムでしょう。


Let's imagine an our ancestor "Tom" living in ediacaran era. Tom found an algae-like one. He may browse his memories and decide to eat or not. Sometime another creature may find the same food. Then Tom must decide compete, move, or continue to eat. To browse the memories may be useful for his decision. At that time browsing may require pretty long time. But no need to hurry, because no predators were present at that time. It is not the cambrian era. The ediacaran era is a good time to make evolution for the nerve system to browse memories. In cambrian era, the system evolved to operate faster, because the delay may be fatal.

参照

1)Wikipedia: Ediacaran biota
https://en.wikipedia.org/wiki/Ediacaran_biota

 

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2023年2月 1日 (水)

mRNAワクチン なぜレトロポジションの生物学は無視されるのか?

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mRNA Vaccines: Why Is the Biology of Retroposition Ignored?
Tomislav Domazet-Loso

Genes vol.13, no.5, p.719. (2022)

https://doi.org/10.3390/genes13050719

以下の要約は管理人の意訳ですので、正確な情報を得たい方は上記の原著を参照されることをおすすめします。

要約:従来型ワクチンに比べて、mRNAワクチンのおもな利点は、パンデミックの状況下で急速かつ大規模に展開できるという潜在能力です。今日の新型コロナ蔓延の危機に際して2種のmRNAワクチンが条件付きで認可され広く使われましたが、他のワクチンはまだ治験の段階にあります。しかしmRNAワクチンの一般住民への大規模な使用は、過去には行われた経験がありません。このことはすべての私たちのmRNAに関する分子生物学や進化についての知識を動員して、mRNAワクチンの安全性についての注意深い評価を行うべきであることを意味します。

ここで私はmRNAを基盤としたワクチンが遺伝子を変化させることがあり得るかどうかについて議論します。これは驚くべきことだと思いますが、mRNAワクチンに関する多くの文献で、そのようなことはあり得ないと述べられているのですが、この疑問にきちんと取り組んだ科学論文によってそのような意見が支持されているわけではありません。それどころか、マウスやヒトにおいて分子的あるいは進化的に、臨床状況においても、mRNA分子はしばしばゲノムに組み込まれていると述べられていることは私たちをさらに混乱させます。

基本的な比較を行うことによって、私はmRNAワクチンの塩基配列はL1エレメントを用いた逆転写の条件を満たしていることを示します。L1エレメントというのはヒトのゲノムにおいて自動的に活性化する非常にありふれたトランスポゾンです。実際mRNAワクチンが持つ多くの特性はL1を介したトランスポジションの可能性を増加させます。

私はmRNAワクチンを用いた治療がゲノムに影響を与えないという思い込みには根拠がないと結論します。ワクチンのmRNAは体内にあるL1レトロエレメントを介して容易にゲノムに組み込まれるというルートが存在します。このことは私たちがワクチンmRNAのゲノムへの組み込みの可能性について厳密な試験を緊急に行わなければならないことを意味します、現時点ではmRNAを用いたワクチンが挿入変異を起こすことについての安全性の問題は解決していないと思われます。

管理人付記:私たちのゲノム(DNA)の半分くらいは遺伝子ではないトランスポゾンによって構成されています。なかでもL1トランスポゾンは逆転写酵素をつくりだす能力があるので、この酵素によってmRNAに転写された自分の配列をDNAに逆転写し、再びゲノムに組み込むことが可能です。この論文の著者はこの経路を使ってワクチンのmRNAがゲノムに組み込まれる可能性について述べています。

トランスポゾンについて基本的なことを知りたい方は拙文をご覧ください

トランスポゾン1
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/09/post-c22b.html

トランスポゾン2
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/09/post-e6f5.html

 

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