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2023年1月 5日 (木)

続・生物学茶話198:エディアカラ紀のトピック

1945年9月2日 戦艦ミズーリにおいて、日本政府は無条件降伏とポツダム宣言受諾の署名を行い第2次世界大戦は終了しました。レジナルド・スプリグは1942年に修士号を取得していましたが、大戦中は従軍し原爆に必要なウラニウム資源の調査に従事していました。終戦後化石の調査を始め、1946年にはアデレード郊外で採掘された鉱物の残渣を調査していました。そこでカンブリア紀以前と思われる地層からクラゲ様の化石を発見し、Nature 誌に投稿しましたが掲載を拒否されました。その後英国の学会でも発表しましたが話題にもなりませんでした(1)。

それでもスプリグは地元の雑誌に論文を発表しましたが、なんとそのタイトルは early cambria にクエスチョンマークをつけたものでした(2)。しかしその後他の研究者も興味を持って研究を始めた結果、しだいに彼の成果も認められるようになりました。スプリグは古生物の研究に興味を失ったわけではありませんでしたが、むしろ天然ガス・ウラニウム・ニッケルなどに関連した資源調査の会社を作って社長としての仕事に取り組むことになりました(1)。彼の業績が本当に認められるようになったのは、おそらくグレスナーが1959年にNature誌に論文を書いてからだと思います(3)。エディアカラ紀という名称を国際地質科学連合(IUGS)が正式に承認したのは2004年のことでした。スプリグはエディアカラ紀という名称が認められる10年前の1994年に亡くなりましたが、彼の声と映像は YouTube で知ることができます。クラゲの化石を手にして説明しています(4)。彼の写真とその名前に因んだ生物を図198-1に示しました。

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図198-1 スプリグと彼に因んで命名された古生物

地質時代の名称として、カンブリア紀以降は顕生代(Phanerozoic eon)、エディアカラ紀以前は原生代(Proterozoic eon)ということになっています。このような分け方は生物学の観点からは好ましいものではありません。なぜならエディアカラ紀は現代の生物が誕生する上で非常に根源的で重要な時期だったからです。エディアカラ紀とカンブリア紀が分断されるのは、エディアカラ紀においては化石になりやすい骨格や殻などが未発達であったからに過ぎません。従って生物学の観点からはエディアカラ紀以降とクライオジェニアン紀以前に分けて命名するのが適切だと思います。クライオジェニアン紀はその名前からも想像できるように、赤道付近まで凍り付くいわゆるスノーボールアースとなった極寒の時代でした。まあ区分を決めるのは地質学者なのでそれなりの理由があるのでしょう(図198-2)。

エディアカラ紀には前口動物と後口動物共通の祖先となる左右相称動物=ウルバイラテリアが存在したはずという仮説がデ・ロバーティスと笹井によって1996年に提出されましたが(5、6)、その実態は謎に包まれていました。以前からエディアカラ紀の地層に残された移動の痕跡に注目していた研究者はいましたが、それを残した生物についての情報はありませんでした(7、図198-2)。

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図198-2 エディアカラ紀以前の年代区分とエディアカラ紀の生物痕跡

しかしエバンスらはついにその生物の実体を捉えたようで2020年にプロナスに論文を発表しました(8)。この論文には美しい再構成図も添えられているので是非ご覧ください。フリーで閲覧できます。感動します。ウィキペディアにも別の図(漫画的)がでているので、こちらはコピペしておきます(9、図198-3)。

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図198-3 エディアカラ紀のウルバイラテリアに近いとおぼしき生物

エディアカラ紀は海底に細菌が繁殖し、その上に何層もの藻類がびっしりと生えそろった、ある意味楽園のような世界が広がっていましたが(10)、海水に浮遊する細菌や浮遊物を食べている動物しかいなかった時代はこの楽園が維持されていました。しかし藻類を食べる動物が生まれたことによって状況は徐々に変化しました。藻類を食べるには口が下になければいけません。このためには平衡感覚が必要となります。藻類を食べる動物はまわりの藻類を食べ尽くしたら、他の場所に移動しないと食事ができません。そしてランダムに移動すれば良い時代から、探さないといけない時代に移行するのは時間の問題でした。上下を判断する必要性とエサの方向に進む必要性は、左右相称動物誕生の進化的圧力になったと思われます。

エサを探すには移動するための筋肉、それを制御するための神経、エサをみつけて移動方向を決めるための感覚器などが必要です。藻類が食べ尽くされるにつれて、移動するための器官・組織の必要性は大きくなります(10)。エバンスらがみつけたこの体長数ミリの生物(Ikaria wariootia)は直線的に進むだけでなく曲がることができたようです(8)。このことは左右の運動器官を整合性をもって制御しながら進むことができるということで、この生物がかなり高度な神経系をもつことを意味します。

藻類を探して食べているうちにその藻類も食べ尽くされ、ついに肉食生物が登場したのがカンブリア紀でした。肉食生物を代表するのは節足動物のアノマロカリスの仲間たちで、イメージを構成できる眼とエサをつかむ触手を活用し、彼らは海の帝王の地位を獲得しました(図198-4)。他の生物はこの節足動物に食べられないように遺伝子を改変した者が生存に有利となりました。私たちの祖先に近縁な脊索動物、ハイコウイクチス、ミロクンミンギア、メタスプリッギナ、ピカイアなどは泳いで逃亡するという手段を選択しました(図198-4)。これは結構成功したようで、現在でも彼らにかなり近いタイプの子孫=魚類が繁栄しています。

この他にも防御の装備をかためる(ハルキゲニア、ウィワキシア、貝類)、海底の砂に潜る(オットイアなど)、海綿の中に潜る(アイシュアイア)など様々な作戦で捕食を免れる生物が現れました(図198-4)。これによってバラエティーに富んだ生物が生まれたのがカンブリア紀です。貝類は現在でも繁栄していますし、海底の砂に潜る生物も数多く見かけられます。

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図198-4 カンブリア紀に多様化した生物

 

参照

1)Wikipedia: Reg Sprigg
https://en.wikipedia.org/wiki/Reg_Sprigg

2)Sprigg R.C., Early Cambrian(?) jellyfishes from the Flinders Ranges.
Transactions Royal Society South Australia vol.71, pp.212-214 (1947)
https://web.archive.org/web/20070929092905/http://www.samuseum.sa.gov.au/Journals/TRSSA/TRSSA_v071/trssa_v071_p212p224.pdf

3)M. F. Glaessner, Precambrian Coelenterata from Australia, Africa and England. Nature vol.183, pp.1472-1473 (1959).
https://doi.org/10.1038/1831472b0

4)Reg Sprigg's Discovery in South Australia
https://www.youtube.com/watch?v=cpTTdcH0Tvc

5)E. M. De Robertis & Yoshiki Sasai, A common plan for dorsoventral patterning in Bilateria., Nature vol.380, pp.37–40 (1996). https://doi.org/10.1038/380037a0 
https://www.nature.com/articles/380037a0

6)続・生物学茶話 124: ウルバイラテリアをめぐって
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/01/post-4f9530.html

7)Soren Jensen, The Proterozoic and earliest Cambrian trace fossil record; patterns, problems and perspectives. Integr. Comp. Biol. vol.43, pp.219–228 (2003)
https://doi.org/10.1093/icb/43.1.219

8)Scott D. Evans, Ian V. Hughesb, James G. Gehling, and Mary L. Droser., Discovery of the oldest bilaterian from the Ediacaran of South Australia., Proc.N.A.S., vol.117, no.14, pp.7845–7850 (2020) doi/10.1073/pnas.2001045117
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32205432/

9)Wikipedia: Ikaria wariootia
https://en.wikipedia.org/wiki/Ikaria_wariootia

10)トッド・E・ファインバーグ、ジョン・M・マラット 翻訳:鈴木大地 「意識の進化的起源」 勁草書房 2017年刊

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