« Alba string quartet @五反田文化センター音楽ホール2022.11.11 | トップページ | 私のインスタントランチ チヂミ »

2022年11月14日 (月)

続・生物学茶話194: 円口類

インターナショナルな教育を目的とし、随時改訂される教科書としてウェブサイトに無料公開されているCK-12(1)に採用されている脊椎動物の進化系統図を図194-1に示します。この図に表示されている生物より少し以前に現れた生物であるナメクジウオについては、このブログでもそれなりに突っ込んで議論してきましたが(2-4、6-9)、ここで階段を一つ上がって円口類に進もうかと思います。

円口類というのは学術用語ではないらしく、無顎魚類のうち現在も生きている生物をまとめてそう呼ぶ一般用語のようです。無顎魚類(jawless fish)という学術的な呼び方はヤツメウナギ、ヌタウナギ、それらの祖先を含めて、魚のイメージとはかけ離れた一群の生物も魚類と称するという一種の思想のようなもので、それが適切かどうかはわかりませんがとりあえずそうしておきます。

その無顎魚類ですが、それらしき最も古い化石はカンブリア紀のものが見つかっています(10)。したがってヤツメウナギやヌタウナギは、おそらくシーラカンスなど足下にも及ばないほど太古からの特徴を引き継いでいる生きた化石と言えます。頭索動物・尾索動物から無顎魚類に進化する際にはゲノムの2倍化が起きていて、一気に進化のスピードが増しました(5)。ちなみに無顎類から有顎魚類に進化する際にもゲノムの2倍化が起きています(5)。こうした不連続性があるので、普通に考えれば無顎魚類(円口類)は頭索動物・尾索動物・脊椎動物と同等な分類上のランク(亜門 subphylum)が与えられるべきだと思います。

1941a

図194-1 脊椎動物の進化系統図

円口類と魚類との関係を考えるときに避けて通れないのがコノドントという生物です。コノドントはパンダーが1856年に記載して以来、歯のような堅い構造物しかみつからず、どんな生物か全くわからなかったのですが、1983年に英国エジンバラのグラントンというところで全身の化石が発見され、ようやく歯の持ち主がわかりました(11、12)。サイモン・ネルの本にはこの頃の興奮がかかれてあると思いますが、アマゾンの配送料が\2269(本は\3695)というので読むのは諦めました(13)。現在では全身化石の情報も蓄積されて、ウィキペディアには想像図まで掲載されています(14)。この生物が円口類と近縁であることがわかります。実際ウィキペディアにはヤツメウナギと近縁な生物として系統図も書かれています(14)。すなわち現在の分類学を容認するなら、彼らも当然脊椎動物の一員ということになります。ただ化石に残るほどの脊椎は持っていなかったということです。

歯の化石はカンブリア紀からみつかっているので、コノドントがカンブリア紀にはすでに歯を持って生きていたことは明らかです。おそらく脊椎動物で最初に歯を持った生物です。彼らはその後繁栄してペルム紀末の大絶滅も乗り越え三畳紀まで生き延びましたが、そこで絶滅しました(14)。ヌタウナギやヤツメウナギの祖先は生き延びたのに、コノドントだけがなぜ絶滅したかは謎です。

図194-2はウィキペディアの図(15)をベースにして作成した魚類中心の脊椎動物の系統図ですが、今も生きている円口類の祖先、コノドント、現存魚類の祖先生物がカンブリア紀あるいはそれいぜんにどのような関係にあったかは不明でやむなく?印になっています。脊椎動物系統樹の根元あたりにはこれ以外にも謎の生物がいます。それは翼甲類と甲皮類です(9)。翼甲類は背中に甲羅をしょった無顎の魚のような生物で、ドレパナスピスの化石が国立科学博物館にあります(16)。甲皮類も同様な生物です(17)。これらの生物はデボン紀に絶滅し円口類との関係はよくわかっていないようですが、ヌタウナギよりはヤツメウナギに近いとされています(10)。いずれにしてもも脊椎動物系統樹の根元に近い生物ではあるようです。

円口類を生きた化石と言いましたが、私たち哺乳類がたった一度の大絶滅時代(白亜紀大絶滅)を経験したのに比べると、彼らは5回の大絶滅時代を生き延びたスーパースターであり、また5億年の長きにわたって進化を重ねているので、現在の円口類がカンブリア紀と同じであるわけはありません。多くは海洋と淡水を行き来できるような浸透圧調節システムを獲得しましたし、ある者は魚類や海獣の屍体を食べるのに適した口器を発達させ、粘液をまきちらすという特技を獲得し、また変態によって眼を発生させるという進化も行いました。なかには魚類の皮膚に吸い付いて生活する吸血寄生生物になった者もいます。私たちがまだ知らないさまざまな進化も重ねてきたと思われます。

1942a

図194-2 魚類を中心に見た脊椎動物の進化系統図 2億5千万年前あたりに段差があるのは、ここでペルム紀末の大絶滅があったためです(驚くべきことに円口類は影響を受けていないとされています) ウィキペディアの Evolution of fish の項目に収録されていた図をベースに作成しました。

生物分類学の父であるカール・フォン・リンネの弟子であるペール・カルムは、1747年に北米に調査にでかけるためスウェーデンのエーテボリを出航しましたが、すぐに嵐に出会って、船を修復するためノルウェーのグリムスタッドに何週間も滞在することになりました。暇を持て余したカルムは当地の様々な生物を調査することにしました。そんなうわさを聞きつけた地元の漁師が見たこともない生物を持ってきたのですが、それは地元の漁業者にはよく知られた生物で、網にかかるとお金になる魚を食い荒らし、大量の粘液をまき散らして商品を台無しにする悪者でした。カルムはきちんと記録をとってレポートにしました(18)。

カルムのレポートを読んだリンネはこの生物に Myxina glutinosa (mixa=スライム、gluten=糊)という学名をつけましたが、後に前口動物系の生物だと誤って別の学名に代えたりして失敗しました(18)。最初の学名はいまでもヌタウナギ科の Myxinidae として残されています。日本語では以前はメクラウナギとしていましたが、これは差別用語だとして2007年からはヌタウナギに変更されました(19)。ヌタとは沼とか泥という意味です。英語では hagfish ですが、hag は鬼婆という意味です。

無顎類(円口類)のもうひとつのグループはヤツメウナギで、ヌタウナギが海洋生物なのに対してヤツメウナギは主に淡水に生息する生物です。ただし一時期海洋を回遊する種もあります(20)。ヌタウナギの鰓孔の数は不定ですが、ヤツメウナギは左右に7つづつと決まっていて、眼とあわせてヤツメという名前がつけられました。ドイツ語では Neunauge でココノツメですが、これは鼻の穴も数えてそうなったようです(21)。英語は lamprey で、これはラテン語系の言葉で石をなめるという意味だそうです(22)。図194-3は両者の形態を比較したものです。

ヤツメウナギは水底の有機物を食べるとか書いてありますが、多分魚糞とか藻類とかを食べているのでしょう。変態して成魚になってからはあまり餌も食べないで繁殖行為をおこなったらすぐに死ぬようです。しかし40年くらい生きるという情報もあってはっきりしません。テリトリーも主張しないおとなしい生物ではあるようです(23)。しかしなかには Sea Lamprey(ウミヤツメ) のように、生きた魚に吸い付いて血液を吸い取りながら寄生するような種もあります(24、25)。ヤツメウナギが餌を吸い取るのに適した口であるのに対して、ヌタウナギは立派な歯を持っていて、これで魚の屍体などの肉をこそぎとって食事をします(26、図194-3)。鯨の屍体は大好物のようです(27)。

敵に襲われたときにどうするかは、ヌタウナギとヤツメウナギでは大きく違います。ヌタウナギは全身に多数の粘液排出口を持っていて、襲われると粘液(スライム)を一気に放出します。これが鰓にくっつくと捕食者は窒息してしまいます。ヤツメウナギは立派な鰭をもっていて自由に泳げますし、捕食者に吸い付くことができるので、そうなると食べたくても食べられません。食べるつもりが気づくと自分が食べられているという結果になります(28)。サメもヤツメウナギに食べられるそうです(28)。ヤツメウナギはある意味海洋最強の捕食者かもしれません。

ヌタウナギはヤツメウナギにはない咽皮管(いんひかん、pharyngo-cutaneous duct)という器官を持っています。これは体の左側にしかなく、飲み込んだ余分な水分を排出するためのものです(29)。ヌタウナギは腐肉を食べるので、海底のスカベンジャー(清掃人)として重要な生物です。このような生物を底曳き網で根こそぎさらって殺してしまうというのは、重大な環境破壊です。The IUCN Red List of Threatened Species によると現在約2割の種が絶滅の危機にあるそうです。

1943a

図194-3 ヌタウナギとヤツメウナギの形態 wikimedia commons の図ですが、ヌタウナギの図の原典は Zintzen et al., Hagfish predatory behaviour and slime defence mechanism., Scientific Reports 1 : 131 (2011) DOI: 10.1038/srep00131

図194-3のようにヌタウナギとヤツメウナギは顔相をはじめとしてかなり形態が異なっており、うなぎのように細長い体であることを除いてはあまり似ていなくて系統的に遠いのではないかという疑いが持たれていたわけですが、大石康博らは両者の発生過程を詳細に検討して、非常に似ている発生段階があることを確認し、やはり円口類としてまとめてよいという見解を発表しています(30、31)。確かに文献31の図3をみるととてもよく似ています。両者の祖先が分岐してから4.5億年~5億年経過していると考えられるので(32)、それぞれ独自の進化をとげたとしても不思議ではありません。

実際脳の解剖図をみると成体の脳の形態はヌタウナギとヤツメウナギでかなり異なっています。前者は「The Biology of Hagfishes」という本の図(33)、後者は「Zoology Notes」というウェブサイトの図(34)を元に描いてみました(図194-4)。かなり異なると言っても、同じ哺乳類でもヒトの脳とマウスの脳では大きな形態的な違いがあるので、驚くほどの違いではありません。

単純に眺めてみた印象では、ヌタウナギの方が各部域の境界があいまいで原始的な印象を受けます。ヤツメウナギは松果体を持っており、特に視葉(中脳)が顕著に大きいという特徴があります。両者とも魚類では明確に識別できる小脳は少なくとも形態学的に識別はできません。ヌタウナギの脳が原始的なのか、退化した結果そうなったのか、あるいはむしろ中身は立派なのかはよくわかりません。

1944a

図194-4 ヌタウナギとヤツメウナギの脳の形態

 

参照

1)CK-12 Biology for High School, 12.5 Vertebrate Evolution
https://flexbooks.ck12.org/cbook/ck-12-biology-flexbook-2.0/section/12.5/primary/lesson/vertebrate-evolution-bio/

2)ナメクジウオと脊椎動物の進化
http://morph.way-nifty.com/grey/2008/07/post_ad46.html

3)脳のはじまり3
http://morph.way-nifty.com/grey/2020/08/post-d3e786.html

4)ナメクジウオ
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/01/post-c8b5d8.html

5)沖縄科学技術大学院大学 公開資料 古生代における種間交雑:脊椎動物における全ゲノム重複の真実が明らかに (2020)
https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/35053

6)頭索動物の脊索
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/07/post-d3842a.html

7)頭索動物の光受容 その1
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/08/post-53d84a.html

8)ナメクジウオの4種の眼
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/08/post-e84af9.html

9)ナメクジウオ脳の部域化
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/08/post-277eea.html

10)ウィキペディア: 無顎類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E9%A1%8E%E9%A1%9E

11)Scotland - the home of geology, Conodont animals from Granton, Edinburgh
https://www.scottishgeology.com/geo/scotlands-fossils/conodont-animals-from-granton-edinburgh/

12)Derek E. G. Briggs, Euan N. K. Clarkson, Richard J. Aldridge, The conodont animal., Lethaia vol.16, Issue 1, pp.1-14 (1983)
https://doi.org/10.1111/j.1502-3931.1983.tb01993.x
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1502-3931.1983.tb01993.x

13)The Great Fossil Enigma: The Search for the Conodont Animal (Life of the Past) Auther: Simon J Knell Indiana University Press (2012)
https://www.amazon.co.jp/Great-Fossil-Enigma-Search-Conodont/dp/025300604X/ref=sr_1_7?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=25MLFN9KGUL5D&keywords=conodont&qid=1668050722&qu=eyJxc2MiOiIyLjc1IiwicXNhIjoiMC4wMCIsInFzcCI6IjAuMDAifQ%3D%3D&s=english-books&sprefix=conodont%2Cenglish-books%2C169&sr=1-7

14)Wikipedia: Conodont
https://en.wikipedia.org/wiki/Conodont

15)Wikipedia: Evolution of Fish
https://en.wikipedia.org/wiki/Evolution_of_fish

16)Hatena Blog: 【古生物紹介】ドレパナスピス
https://prehistoriclifeman.hatenablog.com/entry/2020/09/12/185259

17)樽本龍三郎 魚の系統進化その3 顎のない魚ー甲皮魚類
http://tarumoto.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ccd3.html

18)The biology of hagfishes., ヨルゲンセンらによる編集 Capman and Hall によって出版 (1998) 現在は Springer Science + Business Media Dordrecht によって出版

19)ウィキペディア: ヌタウナギ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE

20)ウィキペディア: ヤツメウナギ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%84%E3%83%A1%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE

21)ドイツ釣りにんげん Neunauge ヤツメウナギ
http://angelnaufjapanisch.blogspot.com/2012/05/neunauge.html

22)Wikipedia: Lamprey
https://en.wikipedia.org/wiki/Lamprey

23)アクアリウム生活 ヤツメウナギの飼育方法:奇妙な生態とは?餌は何を食べるの?
https://aquarium-style.com/1314.html

24)Wikipedia: Sea lamprey
https://en.wikipedia.org/wiki/Sea_lamprey

25)Tronto Japan Magazine 特集記事 水産学博士の雨宮さんが語る、オンタリオの水辺に生息するちょっと変わった魚たち (2014)
https://torja.ca/fish-in-ontario/

26)沼津港深海水族館・シーラカンスミュージアム公式ブログ ヌタウナギの歯がすごい
https://ameblo.jp/numazu-deepdea/entry-12179156249.html

27)マイケル・アランダ クジラの死骸が豊かな生態系を作る
https://logmi.jp/business/articles/121733

28)NWK. World, Hagfish vs Lamprey: 5 Key Differences
https://nmk.world/hagfish-vs-lamprey-5-key-differences-189427/

29)ウィキペディア小見出し辞書: 咽皮管 (いんひかん、英: pharyngeo-cutaneous duct) または 食道皮管(しょくどうひかん、羅: ductus oesophageo-cutaneus)
https://www.weblio.jp/content/%E5%92%BD%E7%9A%AE%E7%AE%A1+%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%81%AF+%E9%A3%9F%E9%81%93%E7%9A%AE%E7%AE%A1

30)Oisi, Y., Ota, K., Kuraku, S. et al. Craniofacial development of hagfishes and the evolution of vertebrates. Nature vol.493, pp.175–180 (2013). https://doi.org/10.1038/nature11794
https://www.nature.com/articles/nature11794

31)大石康博、太田欣也、工樂樹洋、藤本聡子、倉谷滋 ヌタウナギの頭蓋顔面の発生と脊椎動物の進化
https://staff.aist.go.jp/t-fukatsu/CATNewsVol3NoS2.pdf

32)菅原文昭・倉谷 滋 円口類から解き明かされる脳の領域化の進化的な起源 ライフサイエンス 新着論文レビュー
DOI: 10.7875/first.author.2016.015
http://first.lifesciencedb.jp/archives/12168

33)The Biology of Hagfishes. Chapman and Hall, London (1998) Chapter 29 written by Ronan and Northcutt

34)S. Bhavya, Anatomy of Lamprey., Zoology Notes
https://www.notesonzoology.com/phylum-chordata/lamprey/anatomy-of-lamprey-with-diagram-vertebrates-chordata-zoology/7897

| |

« Alba string quartet @五反田文化センター音楽ホール2022.11.11 | トップページ | 私のインスタントランチ チヂミ »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« Alba string quartet @五反田文化センター音楽ホール2022.11.11 | トップページ | 私のインスタントランチ チヂミ »