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2022年11月22日 (火)

続・生物学茶話195:円口類の源流

一時期ヌタウナギとヤツメウナギが異なるグループの生物であるという考え方が優勢になって、円口類という分類群が消滅していた時期があったそうです(1)。しかし今世紀にはいって、特に大石康博がヌタウナギの腺性下垂体がヤツメウナギと同様外胚葉由来であることを示し(2)、ハイムバーグらが miRNA の比較を行ってからは(3)、ヌタウナギとヤツメウナギの類縁関係が明白になって円口類という分類群が復活し、このグループの分類学的位置が明らかになってきました(4)。

宮下哲人らは円口類の進化について包括的に示した仮説図を提供してくれていて(5)、カンブリア紀以降の円口類の進化や脊椎動物の関係についてもやもやしていたものが吹き飛ぶ快感が得られました。図195-1はその一部を示したものです。勇気を持ってたたき台を作ってくれる人がいるジャンルの研究者は幸運だと思います。

この宮下らの図は2014年にサイモン・コンウェイ・モリスらが発表した図(6)とはひとつ大きな違いがあります。モリスらは円口類は早い時期に有顎類の祖先と分岐し、その後有顎類の祖先からコノドントやアナスピッドが分岐しているとしていますが、宮下らは円口類・コノドント・アナスピッドの共通祖先が有顎類の祖先と分岐したとしています(図195-1)。

いずれにしても脊椎動物のルーツはエディアカラ紀にあり、ここでハイコウエラ、ミロクンミンギア、メタスプリッギナ、無顎類、有顎類それぞれのルーツが分岐し、この5つの生物群がそれぞれカンブリア紀に進化して化石に残る生物となりました(図195-1)。宮下らによると、意外にも円口類が分岐したのはカンブリア紀にはいってからで、エディアカラ紀とされる有顎脊椎動物の分岐より遅いとしています(図195-1)。

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図195-1 円口類と有顎脊椎動物の源流(宮下ら-参照5ーの系統図の一部を日本語化)

これから図195-1に登場する脊椎動物のルーツに近い生物たちを探訪していきたいと思います。まずハイコウエラ、ハイコウイチクス、ミロクンミンギアですが、これらは中国雲南省の澄江で発掘された化石生物で、カンブリア紀前期に生息していたとされています。ウィキペディアなどにあった図をまとめて図195-2に掲示しました。宮下らはこの中でもハイコウエラの祖先を脊椎動物の一番の根元に置いています(図195-1)。ハイコウエラについてはこのサイトでも以前にレポートしました(7)。Chen の報告によると、この生物は中枢神経系、鰓弓(6対らしい)、背びれ、眼、そして萌芽的脊椎を持っているそうです(8)。それらの根拠となる化石は図195-3のようなものです。この図は Chen の論文(8)からお借りしました。

宮下らの図にはユンナノゾーンは出ていませんが、ユンナノゾーン Yunnanozoon (図195-3)はハイコウエラと同じ生物だという説が長い間ずっとくすぶっていて、なかなか結論には至らないようです。たとえば Pei-Yun Cong らは論文の中で we consider that ‘Haikouella’ is a junior synonym of Yunnanozoon と述べていますが、アブストラクトにはそうは書いていません(9)。ハイコウイクチスとミロクンミンギアについても、同じ生物だという人もいますが、宮下らやモリスとカロン(6)は別の生物としています。彼らは遊泳力と視覚を持っていたので、カンブリア紀の前期にはそこそこ繁栄していたのでしょう。しかしおそらく次第に他の遊泳生物の後塵を拝するようになり、カンブリア紀の途中で絶滅しました。

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図195-2 最も始原的な脊椎動物と考えられている生物群

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図195-3 ユンナノゾーンとハイコウエラ

私たちやヤツメウナギも含めて現存脊椎動物とハイコウエラのグループ(クレスト動物)の中間的な存在として、サイモン・コンウェイ・モリスらがバージェス生物群からみつけだしたメタスプリッギナという生物がいます(6、10、図195-4)。メタスプリッギナはエディアカラ紀のスプリッギナ(11)とは関係が無い生物なので、この命名は失敗でした。

図195-1によると、メタスプリッギナはコノドントや円口類が生まれるずっと前に有顎脊椎動物の祖先と分岐しています。その意味では今のところ有顎動物と最も近い無顎動物かもしれません。メタスプリッギナはノトコードに沿って7対の骨をもっていますが、これらは脊椎のようにそれぞれ独立しています。そして7対のうち6対は鰓をささえる役割を持っていますが、最前部の1対はサイズが大きく萌芽的な顎の骨と考えられています(12)。このような特徴はこの生物が有顎脊椎動物の祖先と近い関係にあることを示唆します。

ハイコウエラなどそれまでの生物が2~3cmの大きさだったのに比べて、メタスプリッギナは大きなものでは体長が10cmのものもみつかるので、これは大きな進化だと言えます。また中国と米国でほぼ同じ化石がみつかっているので、ユニバーサルな生物だったことも確実です(13)。筋肉の付き方がよくわかる化石があって、それによるとメタスプリッギナはうなぎのようにくねくねと泳ぐ術を習得していたようです。したがって鰭が貧弱または無くても遊泳できたと考えられます。形を認識できそうな立派な一対の眼を持っていました(12、図195-4)。このような眼と遊泳術、細長いからだがあれば敵が来ても、岩の隙間や穴に隠れることができます。エサはヤツメウナギのように海底の有機物を吸い込んで摂取していたのでしょう。カンブリア紀に絶滅しましたが、これはニッチをコノドントや円口類の祖先に奪われたからかもしれません。

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図195-4 メタスプリッギナ

コノドントは19世紀の半ばに歯のような固形物が化石として発見されて以来、どんな生物のものなのか100年以上もさっぱりわからなかったのですが、20世紀の終盤になってようやくアルドリッジらがヤツメウナギと似たような生物であることを証明しました(14、15)。ですからコノドントは歯のことを意味して、その歯の持ち主はコノドント動物と呼ばれる場合も多いようです。

コノドントはヤツメウナギと似た生物ですが大きく違うのはその歯です(図195-5)。歯と言ってもコノドントの場合かみ砕いたりすりつぶしたりするのではなく、石や貝などを吸い込まないようにするためのフィルターのように見えます。従来ヤツメウナギの歯はケラチン、コノドントの歯はリン酸カルシウムと言われてきたのですが、テリルらはX線光電子分析法によってコノドントの歯にイオウが含まれていることをつきとめ、少なくとも部分的にはケラチンが含まれていると推定しています(16)。

コノドントの歯は海底の有機物を飲み込んで栄養源にする生物としては理想的なフィルターと思われ、コノドント動物はヤツメウナギやヌタウナギと同様にペルム紀末大絶滅を乗り越えるという圧倒的な生存能力を発揮しましたが、なぜか三畳紀に絶滅しました。

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図195-5 ヤツメウナギとコノドント

ウィキペディアの絵をみると、ピピスキウスはやはりヤツメウナギに似た感じの生物ですが、アナスピッドはむしろ魚類に似た感じです。円口類はもともと見た目魚類に似たような生物でしたが、臭覚で海底の有機物を探してそれらを吸い込んで栄養を吸収し、視覚で認識した捕食者からは砂に潜ったり、狭い岩の間や穴に隠れてやりすごすという生き方を追求するうちに魚類とは異なる形態に進化し、別のニッチを獲得したということなのでしょう。


参照

1)ウィキペディア:円口類
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E5%8F%A3%E9%A1%9E

2)大石康博 ヌタウナギの頭部発生から脊椎動物の頭部形態の進化を読む
神戸大学学術成果リポジトリ
https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/D1005717/

3)Alysha M. Heimberg, Richard Cowper-Sal・lari, Marie Semon, Philip C. J. Donoghue, and Kevin J. Peterson, microRNAs reveal the interrelationships of hagfish,lampreys, and gnathostomes and the nature of the ancestral vertebrate., PNAS, vol.107, no.45, pp.19379?19383 (2010)
https://www.researchgate.net/publication/47499985_MicroRNAs_reveal_the_interrelationships_of_hagfish_lampreys_and_gnathostomes_and_the_nature_of_the_ancestral_vertebrate

4)続・生物学茶話171: ヌタウナギ
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/02/post-73233a.html

5)Tetsuto Miyashita, Michael I. Coates, Robert Farrar, Peter Larson, Phillip L. Manning, Roy A. Wogelius, Nicholas P. Edwards, Jennifer Anne, Uwe Bergmann, Richard Palmer, and Philip J. Currie, Hagfish from the Cretaceous Tethys Sea and areconciliation of the morphological?molecularconflict in early vertebrate phylogeny., Proc Natl Acad Sci USA vol.116, no.6, pp.2146-2151 (2019).
https://www.pnas.org/doi/suppl/10.1073/pnas.1814794116

6)Simon Conway Morris and Jean-Bernard Caron, A primitive fish from the Cambrian of North America., Nature vol.512, pp.419-422 (2014) doi:10.1038/nature13414
https://www.nature.com/articles/nature13414
http://eprints.esc.cam.ac.uk/3073/1/nature13414.pdf

7)続・生物学茶話172:ハイコウエラ
http://morph.way-nifty.com/grey/2022/02/post-17ba80.html

8)Jun-Yuan Chen, The sudden appearance of diverse animal body plans
during the Cambrian explosion., Int. J. Dev. Biol. 53: 733-751 (2009)
doi: 10.1387/ijdb.072513cj
http://www.ijdb.ehu.es/web/paper/072513cj/the-sudden-appearance-of-diverse-animal-body-plans-during-the-cambrian-explosion-

9)Pei-Yun Cong, Xian-Guang Hou, Richard J. Aldridge, Mark A. Purnell, Yi-Zhen Li, New data on the palaeobiology of the enigmatic yunnanozoans from the Chengjiang Biota, Lower Cambrian, China., Palaeontology vol.58, issue 1 pp.45-70 (2015) https://doi.org/10.1111/pala.12117
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/pala.12117

10)Simon Conway Morris, A Redescription of a Rare Chordate, Metaspriggina walcotti Simonetta and Insom, from the Burgess Shale (Middle Cambrian), British Columbia, Canada. Journal of Paleontology vol.82 (2): pp.424–430. (2008) doi:10.1666/06-130.1
https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-paleontology/article/abs/redescription-of-a-rare-chordate-metaspriggina-walcotti-simonetta-and-insom-from-the-burgess-shale-middle-cambrian-british-columbia-canada/070D2759C11CFA7CD52732D996211A20

11)ウィキペディア:スプリッギナ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AE%E3%83%8A

12)Wikipedia: Metaspriggina
https://en.wikipedia.org/wiki/Metaspriggina

13)Evolution News & Science Today: Metaspriggina:Vertebrate Fish Found in Cambrian Explosion
https://evolutionnews.org/2014/08/metaspriggina_v/

14)R.J.Aldrige, D.E.G.Briggs, M.P.Smith, E.N.K.Clarkson and N.D.L.Clark, The anatomy of conodonts., Phil.Trans. R. Soc. Lond. B., vol.340, pp.405-421 (1993)
https://www.academia.edu/25163368/The_Anatomy_of_Conodonts

15)Scotland - the home of geology, Conodont animals from Granton, Edinburgh.,
https://www.scottishgeology.com/geo/scotlands-fossils/conodont-animals-from-granton-edinburgh/

16)D. F. Terrill, C. M. Henderson and J. S. Anderson, New applications of spectroscopy techniques reveal phylogenetically significant soft tissue residue in Paleozoic conodonts., J. Anal. Atom. Spectrom., issue 6 (2018)
DOI: 10.1039/c7ja00386b
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2018/ja/c7ja00386b#!divCitation

 

 

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