続・生物学茶話189: オピストコンタの系統図更新
久しぶりでウィキペディアのオピストコンタという項目を閲覧したら、オピストコンタに含まれる生物が膨張しているのに気がつきました(1)。オピストコンタとは鞭毛が後ろという意味で、鞭毛が進行方向の後ろにある生物はオピストコンタのみです。私たちの精子も鞭毛をゆらして、生えている位置と反対方向に進みます。
私たちの精子を含むオピストコンタという概念はヘルムート・ガムス(1893-1976)というオーストリアの植物学者が提唱したようです(図189-1)。この概念を様々な根拠をもってクレードとして提唱したのはトーマス・キャヴァリエ=スミス(1942-2021、図189-1)です。彼のどの論文を引用すべきかはよくわからなかったので、死後出版されたおそらく最後の論文を引用しておきます(2)。これは繊毛の根元の構造に関するレビューで、彼はこの構造の進化がオピストコンタの起源を解明する鍵だと考えていたようです。100ページ以上ある長大な文献で、引用したものの実は私も読んでおりません。
図189-1は国際原生生物学会が2018年にアップデートした分類にもとづいたものです(1、3)。これによると、オピストコンタはホロマイコータとホロゾアにわけられ、襟鞭毛虫とメタゾア(動物)はホロゾアのひとつの分類群としてコアノゾアという名前でまとめられており、共通祖先生物は9億5千万年前頃に生きていたとしています。襟鞭毛虫とメタゾアの類似性は多くの研究者によって確認されています(4-6)。
図189-1 オピストコンタの系統図
図189-1の系統図の右下の隅に襟鞭毛虫(Choanoglagellata)と動物(Metazoa)が Choanozoa としてまとめられています。襟鞭毛虫は単細胞生物で1本の鞭毛をもっており、そのまわりを微絨毛がとりまいて襟のような構造をつくっている生物です・・・といろんなサイトに書かれていますが、実はそう簡単ではありません。細胞のサイズはヒトの細胞と同じくらいで数μm程度です。ローンドンらはロセット属の集合体を形成する襟鞭毛虫について調べたところ、その集合体(Rossete)は単なる群体ではなく、それぞれの細胞が異なる形態を持つ、まるで多細胞生物のような集合体であることを示しました(7)。
このタイプの襟鞭毛虫は同じ種であっても、単体で遊泳する者、集合体で遊泳する者、固着生活をする者などもともとバラエティに富んでいますが、特にロセット集合体を形成すると、細胞のサイズ、絨毛の長さ、食胞の容積、ERの発達などに大きな違いがある細胞に分化し、それぞれが2つの隔壁をもつ橋のような特異な構造でつながっていて、海綿動物や刺胞動物とは異なっているものの、ある種の多細胞生物のような形態をとることがわかりました(7、図189-2)。これはカビやキノコとは別経路での多細胞化であり、オピストコンタの進化を考える上で重要です。
図189-2 始原的多細胞生物を思わせる襟鞭毛虫のロセット
ローンドンらはオピストコンタの系統図を更新し、また様々な生物が襟細胞を持っていることを示しています(7、図189-3)。それらが襟鞭毛虫と関係があるかどうかの確証はありませんが、襟鞭毛虫がメタゾアと最も近縁な生物であることは進化生物学者のコンセンサスであり(8)、様々なメタゾアの系統に襟鞭毛虫と似た襟細胞があっても不思議ではありません。また、メタゾア系統樹の根元に近いところから分岐したと考えられている海綿動物・刺胞動物・平板動物がいずれも襟細胞をもっているのに対して、有櫛動物がもっていないのは、この動物の出自の特異性を思わせます。青い点線はそのあたりの疑問を表しています。もちろん進化の過程で襟細胞を失うということは普通にあることなので、それはもちろん考慮する必要があります。私たちヒトの体にも襟細胞はありません。
図189-3 襟細胞を受け継ぐ生物
参照
1)ウィキペディア:オピストコンタ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%94%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BF
2)Thomas Cavalier-Smith, Ciliary transition zone evolution and the root of the eukaryote tree: implications for opisthokont origin and classification of kingdoms Protozoa, Plantae, and Fungi, Protoplasma., vol.259(3): pp.487-593 (2022)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9010356/
3)Sina M. Adl et al., Revisions to the Classification, Nomenclature, and Diversity of Eukaryotes., Eucalyotic microbiology Vol.66, Issue 1, pp.4-119, (2019)
https://doi.org/10.1111/jeu.12691
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jeu.12691
4)Steenkamp ET, Wright J, Baldauf SL. The protistan origins of animals and fungi. Mol Biol Evol., vol.23: pp.93-106.(2006)
https://doi.org/10.1093/molbev/msj011
https://academic.oup.com/mbe/article/23/1/93/1193358
5)Carr M, Leadbeater BSC, Hassan R, Nelson M, Baldauf SL, Robertson HM, et al. Molecular phylogeny of choanoflagellates, the sister group to Metazoa. Proc Natl Acad Sci., vol.105: pp.16641-16646 (2008)
https://doi.org/10.1073/pnas.0801667105
https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.0801667105
6)Ruiz-Trillo I, Roger AJ, Burger G, Gray MW, Lang BF. A phylogenomic investigation into the origin of metazoa. Mol Biol Evol., vol.25: pp.664-672. (2008)
https://doi.org/10.1093/molbev/msn006
https://academic.oup.com/mbe/article/25/4/664/1265710
7)Davis Laundon, Ben T. Larson, Kent McDonald, Nicole King, Pawel Burkhardt, The architecture of cell differentiation in choanoflagellates and sponge choanocytes, PLoS Biol 17(4): e3000226 (2019) DOI: 10.1371/journal.pbio.3000226
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30978201/
8)Wikipedia: Choanoflagellate
https://en.wikipedia.org/wiki/Choanoflagellate
| 固定リンク | 1
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話253: 腸を構成する細胞(2024.12.01)
- 続・生物学茶話252: 腸神経(2024.11.22)
- 続・生物学茶話251: 求心性自律神経(2024.11.14)
- 続・生物学茶話250: 交感神経と副交感神経(2024.11.06)
- 自律神経の科学 鈴木郁子著(2024.10.29)
コメント