続・生物学茶話190: 電位依存性ナトリウムチャネル
動物が電位依存性ナトリウムチャネルを持つことが明らかになったのは1980年代のことです(1、2)。ナトリウムチャネルが開くことによって脱分極が起こり、神経伝達が行われるという基本的なメカニズムを担うツールです。この遺伝子構造を解明したのは沼正作研究室の野田らですが(2)、ウィキペディアで沼正作の項目を読むと、その膨大な功績にもかかわらず、なぜこの人がノーベル賞を受賞できなかったのか不可解に思われます。この原因は彼がどうもアカハラ・パワハラ当たり前の上に同業者の不興も買っていたようで、性格が災いしたのが原因のようです(3、4)。沼研究室の全盛期は日本の科学が一番華やかだった時代です。ならばチャネルを構成するタンパク質の立体構造などもすぐに解明されたかというとそうではなく、ようやく最近数年でわかってきたのですが、それについてはあとで述べます。
21世紀になって細菌・古細菌でも電位依存性ナトリウムチャネルが発見され、これは動物の場合のようにひとつの分子で構成されるのではなく、細胞膜を6回貫通する分子のテトラマーによってできていることがわかりました(5、6、図190-1)。真核生物のものに比べて分子量が小さいのでX線結晶解析で構造を解明することができました。
図190-1 真核生物と原核生物の電位依存性ナトリウムチャネル
電位依存性ナトリウムチャネルというのは私たちの神経伝達の基本的構成要素なのですが、では神経を持たない生物、それも細菌がどうしてそんなものを保有しているのかは難しい課題です。ですから Dejian Ren らによる発見は多くの研究者に驚きとどまどいをもたらしました(5)。もちろん細菌もイオンのホメオスタシスは保つ必要があるでしょうから、さまざまなイオンチャネルが必要だというのは漠然とは理解できます。水溶性物質を膜を通過させるための穴として機能しているとペイヤンデらは主張しています(6)。
細菌のエネルギーシステムとしてプロトン駆動型エンジンはよく知られていて、私たちもミトコンドリアの装置を利用しているわけですし、Na-K-ATPase はナトリウムを細胞の外に追い出すポンプとしてこれまたよく知られています。ではナトリウムポンプは何のために出現したのでしょう。南野らは最近、細菌の運動器官である鞭毛を作るために必要なタンパク質輸送装置に、プロトン駆動型輸送エンジンに加えナトリウム駆動型エンジンや膜電位センサーが搭載されていることを発見しました(7)。どうやら電位依存性ナトリウムチャネルは鞭毛の制作に必要なツールのようです。南野らはプロトンエンジンが機能低下した場合のバックアップと考えているようです(7)。
真核生物の電位依存性ナトリウムチャネルは、ひとつのタンパク質のなかに、それぞれ6個の細胞膜貫通領域を持つ4つのドメインの立体構造が含まれます。これらがポアを取り囲むような構造であることはわかっていましたが(図190-2)、正確な立体構造の解析は難航しました。結局最近になってX線結晶解析ではなく電子顕微鏡によって解明されました(8、9、図190-3)。解明したのは Yan らのグループで、彼女らはクライオEMの技術を使って、細胞膜のさまざまなチャネルの構造を怒濤の勢いで解明しつつあります。電位依存性ナトリウムチャネルに含まれる各電位感受性ドメイン(VSD=voltage sensing domain)はそれぞれ独自のコンフォメーションをとり、イオンの選択的通路は糖鎖で強く修飾されかつSS結合で安定化された細胞外のループでガードされています。進化的に保存されたN末はVSD1の細胞内部位の近傍に位置し、C末はドメインIII-IVリンカーと結合しています(8、9)。
図190-2 ヒトの電位依存性ナトリウムチャネル
図190-3 ゴキブリ電位依存性ナトリウムチャネルの立体構造
電位依存性ナトリウムチャネルのαサブユニットについて述べてきましたが、なぜαサブユニットかというと、このサブユニットだけでナトリウムイオンの透過を管理するチャネルをつくることができるからです。他のサブユニットは電位依存性や細胞内局在について影響を与えるそうですが、ウィキペディアには具体的言及はありません(10)。脳科学辞典にはβサブユニットについて多少の記載がありますが、まだまだ研究途上なのでしょう(11)。
ここで西野と岡村が報告したαサブユニットの分子系統樹(12)を見てみましょう(図190-4)。( )内に隣接するHoxクラスターが示してあります。レンガ色で示した分子群はテトロドトキシンセンシティヴ(IC50が10nMあるいはそれ以下)、黒で示した分子群はインセンシティヴなグループです。Nav1.1~Nav1.3 と Nav1.6 が中枢神経系、Nav1.7~Nav1.9 が末梢神経系、Nav.1.4~Nav.1.5 が筋肉に分布しています。これらはすべて活動電位を発生する機能を持っています。また活動電位を発生した後チャネルを閉じて不活化する機能も持っています(12)。Nax の機能は他の分子とは異なっていて、活動電位を発生するためではなく、体液のナトリウム濃度のセンサーとして体液恒常性の維持に貢献しているようです(13)。
図190-4 哺乳類の電位依存性ナトリウムチャネルアイソフォームの分子系統樹と発現部位
次にやはり西野と岡村がまとめた後生動物と襟鞭毛虫が持つ電位依存性ナトリウムチャネルの系統的関係の図を示しました(図190-5)。Nav2 というのはヒトが持っている Nav1 とは別グループの分子群で、カルシウムなどの2価イオンに対して高い透過性を示す性質があります。Nav も同様です。ここで注目したのは有櫛動物(カブトクラゲ)で、その分子の系統的位置は見事に他の後生動物の外群になっています。また襟鞭毛虫と後生動物のアミノ酸配列の類似性も、オピストコンタのまとまりという観点から注目されます。
図190-5 オピストコンタの電位依存性ナトリウムチャネル各グループの系統関係
これらのチャネルはすべて24回膜貫通の1分子型ですが、原核生物から真核生物に進化する過程で、6回膜貫通型の遺伝子が2回の縦列重複を行ったものと推測されます(12)。西野・岡村の文献12は「全史」と銘打っているだけあって素晴らしい総説だと思いますが、細菌から真核生物への進化をたどるには、古細菌のチャネルに関するデータが現時点では足りないように思います。
電位依存性ナトリウムチャネルは神経を持っている生物にとっては、神経伝達や筋収縮の基本になる物質なので、これを阻害されると容易に死に至ります。したがってテトロドトキシンなど毒のターゲットとして好適な分子でもあります。
参照
1)Hartshorne, R.P. and Catterall, W.A., Purification of the saxitoxin receptor of the sodium channel from rat brain., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.78, pp.4620-4624 (1981) DOI: 10.1073/pnas.78.7.4620
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6270687/
2)Masaharu Noda, Shin Shimizu, Tsutomu Tanabe, Toshiyuki Takai, Toshiaki Kayano, Takayuki Ikeda, Hideo Takahashi, Hitoshi Nakayama, Yuichi Kanaoka, Naoto Minamino, Kenji Kangawa, Hisayuki Matsuo, Michael A. Raftery, Tadaaki Hirose, Seiichi Inayama, Hidenori Hayashida, Takashi Miyata & Shosaku Numa., Primary structure of Electrophorus electricus sodium channel deduced from cDNA sequence. Nature, vol.312, pp.121-127 (1984) https://doi.org/10.1038/312121a0
https://www.nature.com/articles/312121a0
3)沼研の伝説的なエピソード:沼正作(1929-92)
http://scienceandtechnology.jp/archives/9655
4)岡田泰伸 地球の裏側で感じたノーベル化学賞の余震
http://www.nips.ac.jp/rvd/Southamerica.htm
5)D Ren, B Navarro, H Xu, L Yue, Q Shi, D E Clapham, A prokaryotic voltage-gated sodium channel., Science vol.294(5550): pp.2372-2375.(2001)
doi: 10.1126/science.1065635.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11743207/
6)Jian Payandeh and Daniel L Minor Jr, Bacterial voltage-gated sodium channels (BacNa(V)s) from the soil, sea, and salt lakes enlighten molecular mechanisms of electrical signaling and pharmacology in the brain and heart., J Mol Biol, vol.427(1): pp.3-30.(2015) doi: 10.1016/j.jmb.2014.08.010.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25158094/
7)南野徹,木下実紀,森本雄祐,難波啓一、 細菌べん毛輸送装置の膜電位に依存した活性化機構 生物物理 vol.62(3),pp.165-169(2022) DOI: 10.2142/biophys.62.165
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/62/3/62_165/_pdf/-char/ja
8)Huaizong Shen, Qiang Zhou, Xiaojing Pan, Zhangqiang Li, Jianping Wu, Nieng Yan, Structure of a eukaryotic voltage-gated sodium channel at
near-atomic resolution., Science vol.355, issue 6328 (2017)
doi: 10.1126/science.aal4326
https://www.science.org/doi/10.1126/science.aal4326
9)Pan X, Li Z, Zhou Q, Shen H, Wu K, Huang X, Chen J, Zhang J, Zhu X, Lei J, Xiong W, Gong H, Xiao B, Yan N., Structure of the human voltage-gated sodium channel Nav1.4 in complex with β1., Science vol.362, issue 6412 (2018)
doi: 10.1126/science.aau2486.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30190309/
10)ウィキペディア: ナトリウムチャネル
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB
11)脳科学辞典: ナトリウムチャネル
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB
12)西野敦雄,岡村康司 Nav チャネル全史 細菌からヒトまで
生化学 vol.91(2): pp.210-223 (2019) doi:10.14952/SEIKAGAKU.2019.910210
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2019.910210/index.html
13)Takeshi Y. Hiyama, Masahide Yoshida, Masahito Matsumoto, Ryoko Suzuki, Takashi Matsuda, Eiji Watanabe, Masaharu Noda, Endothelin-3 expression in the subfornical organ enhances the sensitivity of Nax, the brain sodium-level sensor, to suppress salt intake., Cell Metabolism, vol.17, pp.507-519 (2013)
DOI: 10.1016/j.cmet.2013.02.018
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23541371/
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