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2022年7月16日 (土)

続・生物学茶話183: 脊索の出自と役割り

私たち人類は分類学上は脊索動物門というグループに所属していて、頭索動物(ナメクジウオ)・尾索動物(ホヤ)・脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など)という亜門がその下に置かれています。人類はもちろん脊椎動物亜門に所属しています。脊索動物は形態学的には、一生あるいは発生のある時期に脊索(ノトコード)を持つことが特徴とされています。しかし近年この構造はウルバイラテリア(始原的左右相称動物)の時代から存在し、それが形を変えて様々な左右相称動物に残っているという見方も有力になりつつあります(1、2)。

脊索についての研究はそこそこ多いのですが、その発生のプロセスについては意外に研究が少ないのは不思議です。ジュランは光学顕微鏡を用いたマウス胚の形態観察によって、将来脊索に分化する細胞群がまず胎生8日目に腹側の内胚葉上皮に現れ、これが10.5日目に体内に陥入して脊索を構成することを1974年に報告しましたが(3)、これが最初の報告のようです。20年後にスリクらはSEMを用いた詳細な研究によって、ほぼジュランの記載が正しいことを再確認しました(4)。

脊索の原基(中胚葉と言われていた)がまず内胚葉または内胚葉上皮と接続した組織として出現するというのは、ちょっとした驚きだったでしょう。この原基を構成する細胞は元はといえばノード(ヘンゼン結節)に由来します。つまり背側から腹側まで移動し、いったん間葉→上皮転換をおこなって内胚葉上皮の一部となった後に、また背側方向に落ち込んでチューブ状の脊索を形成するというわけです(3-5、図183-1)

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図183-1 脊索は内胚葉上皮から形成される

脊索はもともとは左右相称動物が歩行とか遊泳を行うために、左右の筋肉の内端を脊索とくっつけて左右交互に収縮させる目的で存在していた構造だと思われますが(1)、脊椎動物では胚期に前後軸を作って形態形成の座標にすることや、さまざまな臓器の発生分化を調節するためのシグナリングハブとなることを目的としているようです。大人になると椎間板の一部となるため、連続した構造は失われます。

脊索がその本来の役割を果たすためには、体の前後軸の正中に存在しなければいけません。原条は正中位置にありますが、この場所では細胞の動きが激しく、少し離れた位置に居なければまきこまれて体内に陥入してしまいます。それ以外で正中にある構造は消化管だけでしょう。実際脊索原基になるはずの細胞はもともと中胚葉細胞とされていますが、中胚葉で分散して存在していると脊索はできません。脊索の原基を構成する細胞が正中のマーカーとなる消化管に集まるのは必然です。ただこのとき完全な間葉→上皮転換を行って腸管上皮と区別できない組織になるはずはありません。なぜならいずれ消化管の上皮から独立して脊索を形成しなければならないからです。前回「3胚葉説の崩壊」というタイトルで記事を書きましたが、脊索はまさしく独自の運命をたどる例といえるでしょう。

脊索が中枢神経系を誘導することはよく知られていますが、実はこの原稿を書くために調べているうちに、脊索が膵臓を誘導することを知ってびっくりしました。25年くらい前の論文ですが、報告したのはハーバード大学のキムらです(6)。図183-2はその概要で、この図はクリーバーとクリーグの総説(7)の図をもとに作成しました。実際ヒトの場合も先天性背側膵欠損症という病気があるそうです(8、9)。最近この脊索の分化誘導因子がBmpアンタゴニストのひとつnog2だと報告されました(10)。アモリムらによると、側板中胚葉からのBmpの情報を脊索から分泌されたnog2が遮断することによって膵臓が分化するとのことです(10)。

脊索はこのほか内胚葉から形成される様々な臓器、すなわち肺・肝臓・小腸などの発生分化にもかかわっているそうで(7)、これは発生生物学研究のエアーポケットのような領域だと思いました。

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図183-2 脊索は膵臓原基を誘導する

脊索による内胚葉性臓器の誘導についてはまだまだ研究は緒に就いたばかりの段階ですが、神経索(Neural tube)の誘導は昔から研究されていて、このブログでも以前に取り上げたことがあります(11)。簡単にまとめれば、Shh(Sonic hedgehog)、Noggin、Chordal、Nosal などのノトコードおよびフロアプレートの因子が、そのままだとBmpの影響で表皮になるはずの外胚葉組織を神経組織に誘導するという話ですが、最近ではさらに詳細な解析が行われ、フロアプレートの主要な因子は Shh とされています(12)。一方ルーフプレート側はBmp、Wnt系の複数因子を使っているようです(12)。

これらの因子の働きにより、神経管の中央部の幹細胞が増殖・分化して、誘導因子の濃度や種類に応じて、背側では少なくとも6種類の細胞群が形成され、それぞれ様々な感覚に対応した感覚神経系や介在神経を構成します(12、図183-3)。一方腹側では運動神経系をつくる細胞群(MN)のほか、4つの調節・介在神経系をつくる細胞群(V0~V3)が形成されます(図183-3)。これらの細胞群が形成されるにはルーフプレート・フロアプレート・脊索由来の因子のほかに、側板中胚葉から放出されるレチノイン酸のアシストも必要なようです(12)。

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図183-3 神経索内部の分化

図183-3はアンドリュースらの文献に従ってやや単純化されたメカニズムを表示しましたが、神経管の増殖と分化には上記の Noggin、Chordal、Nosalの関与(11)のほか、FGF系の因子が重要な役割を果たしているという報告もあります(13)。

参照

1)続・生物学茶話165:脊索の起源をめぐって
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/11/post-ce318d.html

2)Giovanni Annona, Nicholas D. Holland and Salvatore D'Aniello, Evolution of the notochord., EvoDevo vol.6, 30 (2015) DOI 10.1186/s13227-015-0025-3

3)Jurand A. Some aspects of the development of the notochord in mouse embryos. J.Embryol.Exp.Morphol., vol.32, pp.1-33 (1974)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4141719/

4)Sulik K, Dehart DB, Iangaki T, Carson JL, Vrablic T, Gesteland K, Schoenwolf GC. Morphogenesis of the murine node and notochordal plate. Dev. Dyn., vol.201, pp.260–278 (1994) DOI: 10.1002/aja.1002010309
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7881129/

5)Sophie Balmer, Sonja Nowotschin, and Anna-Katerina Hadjantonakis, Notochord Morphogenesis in Mice: Current Understanding & Open Questions., Dev Dyn., vol.245(5): pp.547-557. (2016) doi:10.1002/dvdy.24392

6)Kim, S. K., Hebrok, M., and Melton, D. A., Notochord to endoderm signaling is required for pancreas development. Development vol.124, pp.4243– 4252 (1997)
https://www.semanticscholar.org/paper/Notochord-to-endoderm-signaling-is-required-for-Kim-Hebrok/7539affdf5a1e5126a35e487eef607e191ba4981

7)Ondine Cleaver and Paul A Krieg, Notochord Patterning of the Endoderm., Developmental Biology vol.234, pp.1–12 (2001) doi:10.1006/dbio.2001.021
file:///C:/Users/Owner/Desktop/Notochord%20in%20the%20endoderm.pdf

8)沖裕昌 et al., 先天性背側膵欠損症に合併した膵癌の1例 日本消化器病学会雑誌 第110巻 第6号 (2013)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/110/6/110_1044/_pdf

9)コトバンク 膵奇形
https://kotobank.jp/word/%E8%86%B5%E5%A5%87%E5%BD%A2-2098627

10)Jo~ao Pedro Amorim et al., A Conserved Notochord Enhancer Controls
Pancreas Development in Vertebrates., Cell Reports vol.32, 107862, (2020)
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.107862
https://reader.elsevier.com/reader/sd/pii/S2211124720308433?token=351AC88E11645BF6098F95CBEC13F4B94ED924A346F3C1DB3F558C1DF99057E7AD9E412D847D6FA3D67CBE13967C4BC1&originRegion=us-east-1&originCreation=20220712072246

11)続・生物学茶話164:脊索(ノトコード)
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/11/post-c842c4.html

12)Madeline G. Andrews, Jennifer Kong, Bennett G. Novitch, Samantha J. Butler, New perspectives on the mechanisms establishing the dorsal­
ventral axis of the spinal cord., Curr Top Dev Biol., vol.132: pp.417–450. (2019) doi:10.1016/bs.ctdb.2018.12.010
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30797516/

13)Ruth Diez del Corral and Aixa V. Morales, The Multiple Roles of FGF Signaling in the Developing Spinal Cord., Front. Cell Dev. Biol. vol.5, 58. (2017) doi: 10.3389/fcell.2017.00058
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell2017.00058/full

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