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2022年6月23日 (木)

続・生物学茶話181: 神経系細胞と中胚葉系細胞に分化できる幹細胞

2009年にそれまでの発生生物学の常識である「嚢胚形成時にすべての細胞は、外胚葉・中胚葉・内胚葉の3つのそれぞれ役割分化が限定された細胞系列に分岐する」というパラダイムをひっくり返す論文が出版されました(1)。著者はパスツール研究所のツザナクーやニコラスらを中心としたグループです(図180-1)。

彼らはROSA26サイトにLaacZを組み込んだマウスを作成し、これがランダムに起こる相同組み換えでLacZとなることを利用して、β-galによる呈色で細胞のクローンを可視化するという方法で研究を行いました。ひとつの個体で2回組み替えが起こるという可能性は排除できませんが、その確率は非常に低いのでとりあえず無視します。実験の1例を図180-1に示します。青い細胞集団はそれぞれひとつの細胞から増殖したクローンと考えられます(1)。文献1にはこのほか多数の実例が示されています。

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図181-1 神経管と体節の細胞を生み出す幹細胞

妊娠6.5日目に約660個だった胚細胞は7.5日目は15,000個、8.5日目には170万個と対数的に増加し、この間ひとつのクローン内の細胞数が少ないクローンの数が対数グラフで直線的に増加します(1)。このことから著者は増殖に同調性があると指摘しています。

図180-1に示した呈色細胞は図180-2のET74.2というクローンで、これは嚢胚形成終了期から臓器形成期初期にかけて形成されたものです。したがって、この時期に神経外胚葉性の細胞と体節中胚葉の細胞がひとつの親細胞から分化したことが示されています。図180-2をみると、胎生10日目以降すなわち嚢胚形成(gastrulation)がとっくの昔に終わった後でも外胚葉と中胚葉の両者のポテンシャルを持った幹細胞が存在し、ひとつのクローンが2つのラインの細胞群を生み出していることが明らかです。そしてそのような複数の分化可能性を持つ幹細胞の位置は、発生が進むとともに体の後部に移行していることが示唆されています(1、図180-2)。

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図181-2 発生過程でのクローン追跡

ツザナクーらは胎生8.5日目の胚でみつかった1017の呈色クローンについて解析し、このうちわずか49のクローンが内胚葉に分布していることがわかりました。このことは内胚葉が非常に限られた祖先細胞から作られるということを意味します(1)。これらの祖先細胞は囊胚形成前はエピブラストに存在し、胚体外中胚葉の祖先細胞とともに原条をトラバースして移動するようです(2)。

中胚葉と外胚葉のバイポテンシャルな幹細胞が頭部形成後にも尾部に分布して活動することは、脊索・脊髄・筋節などがセットになって生物が成長していくことを考えると、目的にかなった配置であると思われます。このバイポテンシャルな幹細胞は胎生8.5日目には神経前駆細胞と中胚葉前駆細胞という新しい細胞群を生み出すようになります(3、図180-3)。

エピブラストから神経方向への分化は、まずBMPによる分化抑制を阻害することによってスイッチが入ることからはじまりますが(4)、これはあくまでも脳を最終到達点にした過程であり、脊髄形成は脳形成とは全く別のプロセスによるという考え方は、すでに19世紀にケリカーによって発表されていたそうです(5)。ツザナクー、オリヴェラ-マルティネス、ツァキリディスらはそれに実験的根拠を与えました(1、6、7)。

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図181-3 神経・中胚葉に分化する幹細胞は囊胚形成終期からは尾部で活動する

現在は神経誘導と底板や脊索に発現するソニックヘッジホッグとの関係が焦眉の的になっているようです(8、9)。

考えてみれば幹細胞の重要性は1970年代から言われていたわけですが、ようやく最近になって発生生物学の領域でも、幹細胞の性質、その変化、増殖の方式などを中心に考えていかなければならないというパラダイムシフトが起こってきたような気がします。3胚葉を中心とした説明が遙か遠い昔の遺物のように感じられます。

参照

1)Elena Tzouanacou, Amelie Wegener, Filip J. Wymeersch, Valerie Wilson and Jean-Francois Nicolas, Redefining the Progression of Lineage Segregations
during Mammalian Embryogenesis by Clonal Analysis., Developmental Cell vol.17, pp.365-376, (2009) DOI 10.1016/j.devcel.2009.08.002
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19758561/

2)Lawson,K.A.,Meneses,J.J.,andPedersen,R.A., Clonal analysis of epiblast fate during germ layer formation in the mouse embryo., Development vol.113, pp.891–911 (1991) DOI: 10.1242/dev.113.3.891
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1821858/

3)Domingos Henrique, Elsa Abranches, Laure Verrier, and Kate G. Storey, Neuromesodermal progenitors and the making of the spinal cord., Development. vol.142(17): pp.2864–2875 (2015) doi:10.1242/dev.119768
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26329597/

4)Di-Gregorio A, Sancho M, Stuckey DW, Crompton LA, Godwin J, Mishina Y, Rodriguez TA., BMP signalling inhibits premature neural differentiation in the mouse embryo. Development., vol.134, pp.3359–3369 (2007)
doi: 10.1242/dev.005967.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17699604/

5)Kölliker A. Die embryonalen Keimblätter und die Gewebe. Z Wiss Zool., vol.40, pp.179–213 (1884)

6)Olivera-Martinez I, Harada H, Halley PA, Storey KG., Loss of FGF-dependent mesoderm identity and rise of endogenous retinoid signalling determine cessation of body axis elongation. PLoS Biol., 10:e1001415. (2012)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23118616/

7)Tsakiridis A, Wilson V. Assessing the bipotency of in vitro-derived neuromesodermal progenitors.
F1000 Res. 2015; 4:100.  DOI: 10.12688/f1000research.6345.2
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26401264/

8)脳科学辞典:ソニック・ヘッジホッグ
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%BD%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%B0

9)Nitza Kahane and Chaya Kalcheim, From Bipotent Neuromesodermal Progenitors to Neural-Mesodermal Interactions during Embryonic Development., Int. J. Mol. Sci. vol.22, 9141. (2021) https://doi.org/10.3390/ijms2217914
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8431582/

 

 

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