続・生物学茶話180: ポロネーズから原条形成へ
鳥類や哺乳類での目に見えるドラスティックな形態形成の始まりは、原条形成を契機とした原外胚葉細胞(エピブラスト)の陥入による中胚葉化ですが、実はその前に原外胚葉細胞がぐるぐると表層を移動することが19世紀から知られていました(1、2)。これらのの論文はドイツ語で私は未読ですが、当時から一部の発生学者らはこの細胞運動を「ポロネーズ」と呼んでいたようです(3)。
ポロネーズはショパンの曲でもおなじみなように、チャンチャカチャンチャンという3拍子のリズムで、1拍めは膝をゆるくして、2-3拍目は普通に歩く感じで進み、何度かくりかえして円を描くようにして元の位置に戻るというポーランドのダンスです(4)。多分細胞がぐるっと移動して元の位置にもどる感じが似ていると思ったのでしょう。
ヴォイスレスキューとスターンらは、かなり以前からこのポロネーズ現象の重要性を再認識し、原条形成のメカニズムの解明に取り組んできました(3、図180-1)。原条が形成される前の段階ではポロネーズで元に戻ってきた細胞は、再度中央の通路を前進することになりますが、原条ができると溝の中に落ち込むことになります。
図180-1 ポロネーズ運動
スターンの研究室では原条形成を誘導するのはポロネーズの細胞ではなく、またラウバーの鎌でもなく、ラウバーの鎌より後方のマージナルゾーン(PMZ=posterior marginal zone)の細胞であることを20世紀にニワトリ-ウズラ移植実験によって確認していました(5)。彼らおよびアンダーソンらの研究の蓄積によって、鳥類や哺乳類での原条形成のトリガーは、PMZから放出される Gdf1、Nodal およびエピブラストから放出されるWntの作用であることがわかりました(6、7)。
Wntによる情報伝達経路は複雑ですが、それでもそこそこわかっている方で、エピブラストの原条陥入・中胚葉化の場合には noncanonical PCP pathway が用いられているようです。PCP は planar cell polarity の略称です。Wntが細胞膜7回貫通受容体のひとつ Frizzled と co-receptor に結合すると、その情報は Frizzled の形態変化により、その細胞内ドメインが dishevelled をリクルートします。Dishevelled は Dishevelled-associated activator of morphogenesis 1(Daam1) という複合体を形成し、これが RhoA の活性化を介して ROCK の活性化を行い、活性化された ROCK はミオシン軽鎖キナーゼをリン酸化しアクチンとの相互作用を強めように働きます。またストレスファイバーやデスモソームの形成を促します(8、9、図180-2)。
Daam1 はまた profillin とアクチンとの結合を促進し、アクチンによるマイクロフィラメントの形成を促進します。Dishevelled は RNF185 を介して Paxillin を活性化します。Paxillin はデスモソームの形成や、中胚葉性細胞の運動の活発化に関与しているようです(10-12)。また dishevelled は RhoA とは別の GTPase である Rac1 を介して JNK による遺伝子発現の調節にかかわり、囊胚形成に寄与しているようです(12、13)。Noncanonical Wnt-PCP pathway は要するに、デスモソーム形成・偽足形成・運動の促進などを通して、まさに原条陥入など細胞の集団的移動をサポートしているようです。
図180-2 Wnt-PCP 経路
Gdf1 については情報がまだ少ないのでここではとりあげません。Nodal については発見されてから30年以上経過し、かなり情報の蓄積があります。この分泌性の因子は最初にコンロンによって発見され(14)、後にジョウらによってマウスの囊胚形成に重要な役割を果たすことが報告されました(15)。ノードに顕著に認められたので nodal と命名されました。
Nodal は細胞膜の受容体タイプ1とタイプ2の複合体にトラップされることによって情報伝達を行ないますが、細胞外で Nodal に結合して無力化する Lefty と Cerberus という因子が存在していて、これらが分布する領域では機能を発揮できません(16、17)。でないと組織がすべて中胚葉化されてしまうので、このような因子が存在するのは当然ではあります。たとえばニワトリのハイポブラストは Cerberus を発現していて nodal の影響を受けないようになっています(7)。
受容体に nodal が結合すると smad2, smad3 がリン酸化されてヘテロダイマー(またはホモダイマー)が形成され核にはいります。これと smad4 およびその他の転写因子の働きで合成されるさまざまな転写産物が原条形成にかかわっているとされています(7、図180-3)。ただこれらの smad 分子群がどのようにかかわっているかについては文献によって相違があって詳しいコンセンサスはまだ得られていないようです(16、17)。また転写産物についても全貌が明らかにされたわけではありません。
図180-3 Nodalによる情報伝達経路
図180-4はヴォイスレスキューらの論文の図ですが、ニワトリ原条形成期の Nodal、Wnt-PCP、外胚葉から中胚葉への転換をマーカーを用いて領域を示しています。これらのすべては原条近辺に局在化していて、それぞれ密接な関係があることが示唆されています。ヴォイスレスキューらは Nodal と Wnt-PCP 経路によって誘起された細胞間相互作用によって、原条近辺でのエピブラストから中胚葉細胞への転換がすべて説明できるとしています(7)。
ヴォイスレスキューらはまた、中胚葉への転換は個々の細胞レベルではポツポツと起こっていて、転換した細胞はエピブラスト集団からは排除されて内部に落ち込んでいく様子を観察しています(7)。しかしこれらの細胞がまとまって新しい組織や臓器を形成して行くには、細胞接着によってコミュニティーを作って変化していく必要があるわけで、コミュニティーができるとそれらは接着性によってエピブラストからは排除され、原条を形成して内部に落ち込んでいくのかもしれません。
図180-4 Nodal、Wnt-PCPの可視化
参照
1)Graper, L. Die Primitiventwicklung des Hunchens nach stereokinematographischen Untersuchungen, kontrolliert durch vitaleFarbmarkierung und verglichen mit der Entwicklung anderer Wierbeltiere. Arch. EntwMech. Org. vol.116, pp.382-429 (1929).
2)Wetzel, R. Untersuchungen am Huhnchen. Die Entwicklung des Keims wahrend
der ersten beiden Bruttage. Arch. EntwMech. Org. vol.119, pp.188-321 (1929).
3)Octavian Voiculescu, Federica Bertocchini, Lewis Wolpert, Ray E. Keller & Claudio D. Stern, The amniote primitive streak is defined by epithelial cell intercalation before gastrulatio., Nature, vol.449, pp.1049-1052 (2007)
4)Jak tacczyc poloneza? kroki taneczne
https://www.youtube.com/watch?v=fbq187_-Eqg
5)R F Bachvarova, I Skromne, C D Stern, Induction of primitive streak and Hensen's node by the posterior marginal zone in the early chick embryo., Development vol.125(17): pp.3521-3534. (1998) doi: 10.1242/dev.125.17.3521.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9693154/
6)Andersson O., Reissmann E., Jornvall H., Ibanez C.F., Reissmann E., Jornvall H., Ibanez C.F., Jornvall H., Ibanez C.F., Ibanez C.F. Synergestic interaction between Gdf1 and Nodal during anterior axis development. Dev. Biol. vol.293: pp.370–381 (2006) https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2006.02.002
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160606000807
7)Octavian Voiculescu, Lawrence Bodenstein, I-Jun Lau1, Claudio D Stern, Local cell interactions and self-amplifying individual cell ingression drive amniote gastrulation.,
eLife vol.3: e01817. (2014) DOI: 10.7554/eLife.01817
8)Wikipedia: Wnt signaling pathway
https://en.wikipedia.org/wiki/Wnt_signaling_pathway
9)Wikipedia: Rho-associated protein kinase
https://en.wikipedia.org/wiki/Rho-associated_protein_kinase
10)Wikipedia: Paxillin
https://en.wikipedia.org/wiki/Paxillin
11)基礎生物学研究所 プレスリリース 運動能の高い細胞、動きの制御に新知見
https://www.nibb.ac.jp/press/070608/070608_open.html
12)Sino Biological: Non-Canonical Wnt Signaling Pathway
https://www.sinobiological.com/pathways/non-canonical-wnt-pathway
13)浅岡洋一 初期発生期における JNK シグナル伝達経路の多様な生理的役
比較生理化学 vol.30, no.2, pp.59-67 (2013)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/30/2/30_59/_pdf/-char/ja
14)Conlon FL, Barth KS, Robertson EJ, A novel retrovirally induced embryonic lethal mutation in the mouse: assessment of the developmental fate of embryonic stem cells homozygous for the 413.d proviral integration., Development., vol.111 (4): pp.969–981, (1991) doi:10.1242/dev.111.4.969
15)Zhou X, Sasaki H, Lowe L, Hogan BL, Kuehn MR, Nodal is a novel TGF-beta-like gene expressed in the mouse node during gastrulation. Nature vol.361 no.6412: pp.543–547. (1993)
doi:10.1038/361543a0
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8429908/
16)Siim Pauklin and Ludovic Vallier Activin /Nodal Signaling in Stem Cells., Development., vol.142(4): pp.607-619 (2015) doi: 10.1242/dev.091769.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25670788/
17)Caroline S Hill, Spatial and temporal control of NODAL signaling., Current Opinion in Cell Biology vol.51, pp.50-57 (2018) doi.org/10.1016/j.ceb.2017.10.005
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0955067417301412?via%3Dihub
| 固定リンク | 1
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話253: 腸を構成する細胞(2024.12.01)
- 続・生物学茶話252: 腸神経(2024.11.22)
- 続・生物学茶話251: 求心性自律神経(2024.11.14)
- 続・生物学茶話250: 交感神経と副交感神経(2024.11.06)
- 自律神経の科学 鈴木郁子著(2024.10.29)
コメント