続・生物学茶話177: 神経幹細胞の源流
ニワトリの発生図はどんな生物学の教科書にも記載してあると思いますが、ここでも教科書(1)を参考にして模式図を描いてみました。トリの場合原溝前端の盛り上がった部分をヘンゼン結節と呼びます。マウスの場合は単に結節(ノード)です。原溝は原条と区別せず原条と表現することもあります。結節より前で頭部形成の準備が行われ、結節部分から後方で脊髄形成の準備が行われます。脊髄形成に先立って結節周辺から体節が形成されます。
図177-1 ニワトリの発生
ニワトリの卵割が盤割であるのに対して、マウスなど哺乳類は等割で初期発生が行われるので、初期胚の形はかなり違うように感じますが、図177-2(参照文献2に基づいて作成)でニワトリの図を上から見て時計回りに90度回転し、さらに正面から見て時計回りに90度回転すると似たような感じになります。頭部を形成するための細胞がまず大量に蓄積し、脊髄などの尾部は後回しになっていることがわかります。ですからこの頃の体は2等身くらいの感じです。
図177-2 マウスおよびニワトリの中枢神経発生
マシスとニコラスは初期胚における幹細胞が、発生が進むにつれてどこに移動し、どのような運命をたどるかを解析するため、伝統的なβガラクトシダーゼとX-galによる青色の発色が偶発的な相同組み換えによって発動するというシステムを考案しました(3、図177-3)。このシステムの利点は遺伝子レベルでの置換なので、細胞を通常の方法でラベルすると増殖することによって「ラベルが希釈されてしだいに判別困難になる」という弱点がないことです。プロモーターとしては神経系細胞特異的に機能するエノラーゼのプロモーターを使用します(図177-3)。
図177-3 相同組み換えで発色させる仕組み
マシスとニコラスはこの方法を用いて中枢神経系をつくる幹細胞の動態を解析しました(4)。彼らの方法の難点のひとつは偶然に頼るということですが、それでも3000個の胚を調べて、163のクローンのデータを得ることができました。そのなかの2つの例を図177-4に示しました。Aのクローンは脳の全域に分布していますが、体幹部には分布がみられませんでした。Bのクローンは脳には見られず体幹部のみにみられました。これは発生初期に中枢神経の中でも脳部分を受け持つ細胞と、脊髄部分を受け持つ細胞が分岐するということを意味しています。
図177-4 神経幹細胞クローンの可視化
163のクローンのすべてについてまとめたデータが図177-5に示してあります(4)。これは彼らのオリジナル図そのものですが、この右下の二等辺三角形領域が空白の奇妙な図を見て、私は最初意味がわからず1時間くらい呆然とみつめていて、あるときやっと意味が理解できました。
まずマウスの中枢神経系を頭から尾まで64等分して、最前部(頭)を1、最後部(尾)を64と番号付けします。たとえば左上に中空きの赤点が集中していますが、その左上隅X=1、Y=64の位置にあるクローンは、64等分した端から端まで広範囲に発色細胞が分布していることを意味します。このクローンは予定中枢神経細胞ができてすぐに発色可能になった幹細胞からできたクローンというわけです。著者はこのようなクローンを very long clone と表現しています。つまり最初から頭部を作る幹細胞と脊髄をつくる幹細胞が別々に生まれるのではなく、最初はどちらにでも移動・分化ができる幹細胞ができるというわけです。
次に中埋めの赤点群がグラフ中央上部にありますが、これらのクローンは X=1~24のいわゆる頭部には発色細胞がみられないタイプのクローンです。つまりこのタイプのクローンをつくる幹細胞は頭部をつくることはなく、脊髄をつくることを運命づけられた後の幹細胞であると言えます。逆に左下の黄色い部分のクローンは脳をつくることを運命づけられた後の幹細胞がつくったクローンです。空白部分との境界線である斜め45度のライン上のクローンは狭い領域に限定されたクローン(short clone)で、移動または細胞分裂終了間近で発色可能となったと考えられます。水色の領域のクローンはすべて脊髄を構成する細胞です。
ここでひとつ注目すべきは、斜めのはしごで示された領域の大部分がクローンがほとんどみられないことです。これは何を意味するのでしょうか? 著者が言う long clone と short clone の中間のいわば middle clone が極めて少ないということは、発生のある時点で急激に幹細胞の移動が制限される(25をまたいだ移動は困難)と考えれば理解できます。特に脳の方向に移動した細胞は体前部、尾の方向に移動した細胞は体後部のみで移動・増殖をおこなうようになることが示されています。
図177-5 予定中枢神経幹細胞クローンの分散性の検証
マシスとニコラスは図177-5にみられるクローンの動向を解析し、頭部に展開する幹細胞と尾部に展開する幹細胞の分岐は胎生6.5日目前後に起きるものと推定しています(図177-6 参照文献4にもとづいて作成)。胎生8日目くらいにはそれぞれの幹細胞は移動先に定着して増殖・分化をおこない、中枢神経系の構築に中心的役割を果たすものと思われます。
図177-6 神経幹細胞の胎生時の動向
参照
1)Scott F. Gilbert 「Developmental Biology」7th edition, Sinauer Associates, Inc., Publishers, Sunderland, Massachusettd, 2003
2)Ben Steventon, Alfonso Martinez Arias, Evo-engineering and the cellular and molecular origins of the vertebrate spinal cord., Developmental Biology vol.432, pp.3-13 (2017)
http://dx.doi.org/10.1016/j.ydbio.2017.01.021
3)Luc Mathis and Jean-Francois Nicolas, Autonomous Cell Labeling Using a laacZ Reporter
Transgene to Produce Genetic Mosaics During Development., A. Cid-Arregui et al. (eds.), Microinjection and Transgenesis, Springer-Verlag Berlin Heidelberg 1998
https://rd.springer.com/chapter/10.1007/978-3-642-80343-7_24
4)Luc Mathis and Jean-Francois Nicolas, Different clonal dispersion in the rostral and caudal mouse central nervous system., Development vol.127, pp.1277-1290 (2000)
https://journals.biologists.com/dev/article/127/6/1277/41116/Different-clonal-dispersion-in-the-rostral-and
| 固定リンク | 1
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話253: 腸を構成する細胞(2024.12.01)
- 続・生物学茶話252: 腸神経(2024.11.22)
- 続・生物学茶話251: 求心性自律神経(2024.11.14)
- 続・生物学茶話250: 交感神経と副交感神経(2024.11.06)
- 自律神経の科学 鈴木郁子著(2024.10.29)
コメント