続・生物学茶話176: Prdmファミリー
DNAはタンパク質の情報を記述した辞書であり、どの情報をいつ発現させるかという統合されたシステムが生命の本質です。このシステムのひとつの根幹は、DNAという辞書に状況によってあるいはタイミングによって読める部分と読めない部分をつくるという作業であり、そのためにはDNAを包装するタンパク質を部分的にはがす機構が重要となります。どうやってはがすかというと、それは包装タンパク質を化学修飾して構造を変化させるというメカニズムによります。ひとつの卵から生命体ができあがっていく過程では、必要なタンパク質は時間によって変化するので、はがした包装を埋め戻すという作業も必要になります。
塩基性タンパク質であるヒストンに多く含まれるリジンやアルギニンのメチル化はそのひとつのメカニズムです。まずその化学変化を復習しておきましょう(1)。アルギニンのメチル化はPRMT(Protein Arginine N-methyl transferase)ファミリーの酵素によって行われ、反応産物は図176-1に示した3種類となります。リジンのメチル化はやはり反応産物が3種類となりますが、アルギニンの場合より単純で、側鎖のアミノ基にひとつメチル基がつくとMe1、2つがMe2、3つがMe3と表現されます(図176-1)。この反応を触媒する酵素はSETファミリー(Protein Lysine N-methyl transferase)と呼ばれます。酵素活性に必須なSETドメインがショウジョウバエの3つのタンパク質 Su(var )3-9、Enhancer of zes t (EZ)、Tri thorax(TRX) でみつかったことから、それぞれの頭文字をとってSETという名前になりました。
図176-1 アルギニン、リジンのメチル化
Protein Lysine N-methyl transferase (Histone methyl transferase) の反応基質はSアデノシルメチオニンとヒストンN末のいくつかのリジン残基です(2、図176-2)。ヒストンをメチル化する酵素があるのだから、これが転写の調節をやっているのなら当然メチル基をはずす酵素もあるはずです。しかしヒストンの脱メチル化酵素については、21世紀になってようやくその存在が確実になりました(3、4)。ここでは2編しか引用していませんが、2007年に一気に10報くらい論文が出版されたそうです。
図176-2 リジンメチル化の基質
SETドメインを持つタンパク質は真核生物にはユニバーサルに存在しますが、遺伝子の調査によって細菌や古細菌にも存在することが明らかになっています(5、6)。このなかにはもちろん真核生物に感染したり、共生したりする関係でヒストンの修飾を行なう場合も含まれていると思われますが、少なくとも古細菌の場合には真核生物のタンパク質の祖先型の存在が示唆されています(7)。
ダントン・イワノチコはSETファミリータンパク質の分子系統樹を作成しました(8、図176-3)。この図で黄色の枝のタンパク質群は細菌・古細菌・真核生物にいずれにも存在しますが、青色の枝のタンパク質群は真核生物のなかでもメタゾア(いわゆる動物)にしか存在しないという特徴をもっています。したがって当然メタゾアにしかない形態形成や生理機能の維持に関与していると思われます。
この青色グループの分子群はPrdmファミリーと呼ばれ、SETドメインと相同なアミノ酸配列を含むPR(PRDI-BF1 and RIZ)ドメインを持つタンパク質です。相同と言っても配列ホモロジーが20%台のものもありますが、そのような場合であっても図176-3のようにSETファミリーとPrdmファミリーに属する当該分子の3次元構造は類似しているようです(7)。
図176-3 SET/PRDMファミリーの分子系統樹と構造比較
PrdmファミリーはSETファミリーから派生したグループですが、特徴的なのはこのグループの分子種のほとんど(Prdm 11 以外)がZnフィンガーをもっていることです(9-11)。Prdmタンパク質のなかにはリジンのメチル化を介して機能するものもありますが、むしろZnフィンガーなど他のDNAやタンパク質と結合するドメインを介して転写制御をしている場合が多いようです(12)。木滑(きなめり)らはPrdmファミリー各タンパク質のZnフィンガードメインの位置を一覧表にして供覧しています(13、図176-4)。彼らが表題でプロトオンコジーンと言っているのは、この遺伝子の変異によって癌が発生する場合があるからです。増殖や分化に関係している遺伝子なのでそれは普通のことです。アステリスクがついている分子は主として神経組織に存在するもので、このグループが神経の発生・分化・機能発現に深く関わっていることを示しています。
図176-4のリストには Prdm 7 に関する情報がありませんが、後の報告により Prdm 7 はアイソフォームAとBがあり、AはZnフィンガーを含まずBは4つ含むこと、このタンパク質はH3K4(ヒストンH3のN末から4番目のリジン)をメチル化することなどが明らかになっています(14)。FOGは血液細胞の分化にかかわる因子でPrdmファミリーのメンバーであることが知られていますが、イワノチコの論文ではPrdmのナンバーがつけられていないので別扱いなのかもしれません(7)。
図176-4 Prdmファミリータンパク質の構造
Prdmファミリ-はSETファミリーから派生したとはいえ、その歴史は古く海綿動物や平板動物にも存在することが知られています(10、図176-5)。これらの動物は神経を持たないので、神経の発生や維持のためにこのファミリーが生まれたわけではありません。酵母やカビには存在しないとされています。脊索動物は一般に十数種類のPrdmファミリーを持っていますが、例外的に尾索動物(ホヤなど)では数が少なくなっています。尾索動物は脳を持たないので、脳形成や維持に関連したこのファミリーの遺伝子が消失したものと思われます。
図176-5 各動物門および脊索動物門の種におけるPrdm遺伝子の数
コアヒストンと呼ばれるヒストンH2A・H2B・H3・H4はヌクレオソームを構成しますが、H3のN末はヌクレオソームの内部に収納されないで外部に出ているので、転写制御の主たるターゲットとして使われています。この部分に様々な化学修飾が行われますが、図176-6ではSETおよびPrdmファミリーによるメチル化部位を示してあります(文献15を参照して作成)。ここで示されていないPrdmファミリーの因子は、ヒストンメチル化活性を失っているか、まだ知られていないと推測できます。Me1、2、3というのは図176-1で示したメチル基をいくつ転移するかという標識です。Prdmファミリーの酵素はH3以外のヒストンをメチル化することはできないようです。
図176-6 SET/PRDMファミリーの酵素によって直接メチル化されるヒストンのリジン残基
Prdm の機能や作用機構については多くの研究が行われていますが、私的に興味をひかれた仕事をひとつ紹介します。江口りえこ氏はPrdm遺伝子群の発現をアフリカツメガエル初期胚で観察し報告しています(16、17)。カエルの卵は哺乳類と違って体外で発生しますしサイズも大きいので、このような研究目的に適しています。普通カエルは池と陸地が必要なのですが、このカエルは一生水の中で生活するので水槽で飼えるというのが大きなメリットです。研究室内に池と陸地をつくって実験動物のカエルを飼うというのは困難です。しかしデメリットもあります。このカエルのゲノムは近い過去に2種類のカエルが交配して全ゲノム重複が起きたという、4倍体とも言えるような特殊な構成なので、ポピュラーな実験動物なのに全ゲノム解析が2016年までかかったという変わり種ではあります。
江口らによれば、まず初期発生過程におけるそれぞれのPrdm遺伝子の発現を半定量PCR法で測定したところ、「Prdm 1, 2, 4, 9 は発生初期から一定に発現し、Prdm 3, 11, 13, 16 は発生が進むにつれ発現量が増加していた。さらに、Prdm 1, 2, 4, 9, 11, 15 は Stage 6-7 の胞胚期から発現していたため、母性由来の mRNA の存在が示唆された」(16)という結果となりました。さらにフォールマウント in situ hybridization 法によって各Prdm遺伝子の発現を調べた結果、図176-7ABC のような結果になりました。この図は私が勝手に一部を抽出したものであり、不適切である可能性があります。正確な情報を得たい方は是非文献16および17をご覧になることをお勧めします。
図176-7ABC アフリカツメガエル発生過程におけるPrdm遺伝子の発現
全体的に脊索・脊髄・頭部のに発現している場合が多いようですが、Prdm 3,12 のように腎臓領域に発現するもの、Prdm 3, 4, 10 のように鰓に発現するもの、Prdm 16 のように臭板や咽頭囊に特異的に発現するもの、Prdm 12, 13 のように初期発生時に神経堤に発現するものなどバラエティーもあります。全体的に神経堤細胞に起源をもつ組織や神経系の細胞に発現しているように見受けられました。
参照
1)ウィキペディア:メチル化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%81%E3%83%AB%E5%8C%96
2)Wikipedia: Methyltransferase
https://en.wikipedia.org/wiki/Methyltransferase
3)束田裕一 ヒストンのメチル化と脱メチル化 ―脱メチル化を中心に―
生化学 vol.79, no.7 pp.691-697 (2007)
https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2018/12/79-07-09.pdf
4)Shun-ichiro Kageyama,Hiroki Sonehara,Masao Nagata and Fugaku Aoki, Expression of Histone Methylases and Demethylases during Preimplantation Development in Mice., J. Mamm. Ova Res.Vol.24,pp.126-131 (2007) DOI: 10.1274/jmor.24.126
https://www.researchgate.net/publication/232686018_Expression_of_Histone_Methylases_and_Demethylases_during_Preimplantation_Development_in_Mice
5)Raúl Alvarez Venegas, Bacterial SET domain proteins and their role in eukaryotic chromatin modification., Frontiers in genetics, vol.5, article 65. (2014)
doi: 10.3389/fgene.2014.00065
6)Karishma L. Manzur, Ming-Ming Zhou, An archaeal SET domain protein exhibits distinct lysine methyltransferase activity towards DNA-associated protein MC1-a., FEBS Letters vol.579, pp.3859–3865 (2005)
https://ur.booksc.me/book/16783560/2b3556
7)Danton Ivanochko, Structural and Functional Elucidation of PRDM Proteins., Ph.D thesis, Department of Medical Biophysics, University of Toronto, (2021)
https://tspace.library.utoronto.ca/bitstream/1807/105025/4/Ivanochko_Danton_202103_PhD_thesis.pdf
8)Yanling Niu, Yisui Xia, Sishuo Wang, Jiani Li, Caoyuan Niu, Xiao Li, Yuehui Zhao, Huiyang Xiong, Zhen Li, Huiqiang Lou, and Qinhong Cao, A Prototypic Lysine Methyltransferase 4 from Archaea with Degenerate Sequence Specificity Methylates Chromatin Proteins Sul7d and Cren7 in Different Patterns., J. Biol. Chem., vol. 288, no. 19, pp.13728–13740, (2013)
DOI 10.1074/jbc.M113.452979
https://www.researchgate.net/publication/236081740_A_Prototypic_Lysine_Methyltransferase_4_from_Archaea_with_Degenerate_Sequence_Specificity_Methylates_Chromatin_Proteins_Sul7d_and_Cren7_in_Different_Patterns
9)Irene Fumasoni, Natalia Meani, Davide Rambaldi, Gaia Scafetta, Myriam Alcalay and Francesca D Ciccarelli, Family expansion and gene rearrangements contributed to the
functional specialization of PRDM genes in vertebrates., BMC Evolutionary Biology, vol.7:187 (2007) doi:10.1186/1471-2148-7-187
http://www.biomedcentral.com/1471-2148/7/187
10)Michel Vervoort, David Meulemeester, Julien Be´hague, and Pierre Kerner, Evolution of Prdm Genes in Animals: Insights from Comparative Genomics., Mol. Biol. Evol. vol.33(3): pp.679–696 (2015) doi:10.1093/molbev/msv260
https://www.researchgate.net/publication/283729937_Evolution_of_Prdm_Genes_in_Animals_Insights_from_Comparative_Genomics
11)Emi Kinameri, Takashi Inoue, Jun Aruga, Itaru Imayoshi, Ryoichiro Kageyama, Tomomi Shimogori, Adrian W. Moore, Prdm Proto-Oncogene Transcription Factor Family Expression and Interaction with the Notch-Hes Pathway in Mouse Neurogenesis., PLoS ONE, vol.3, issue 12, e3859 (2008) DOI:10.1371/journal.pone.0003859
https://www.semanticscholar.org/paper/Prdm-Proto-Oncogene-Transcription-Factor-Family-and-Kinameri-Inoue/a627bb67e7dd4bfc5e8c80d139fe124ee1e96f9f
12)Erika Di Zazzo, Caterina De Rosa, Ciro Abbondanza and Bruno Moncharmont, PRDM Proteins: Molecular Mechanisms in Signal Transduction and Transcriptional Regulation., Biology vol.2, pp.07-141, (2013) doi:10.3390/biology2010107
13)Emi Kinameri, Takashi Inoue, Jun Aruga, Itaru Imayoshi, Ryoichiro Kageyama, Tomomi Shimogori, Adrian W. Moore, Prdm Proto-Oncogene Transcription Factor Family Expression and Interaction with the Notch-Hes Pathway in Mouse Neurogenesis., PLoS ONE vol.3, issue 12, e3859 (2008) DOI:10.1371/journal.pone.0003859
https://www.semanticscholar.org/paper/Prdm-Proto-Oncogene-Transcription-Factor-Family-and-Kinameri-Inoue/a627bb67e7dd4bfc5e8c80d139fe124ee1e96f9f
14)Levi L. Blazer, Evelyne Lima-Fernandes, Elisa Gibson, Mohammad S. Eram, Peter Loppnau, Cheryl H. Arrowsmith, Matthieu Schapira, and Masoud Vedadi, R Domain-containing Protein 7 (PRDM7) Is a Histone 3 Lysine 4 Trimethyltransferase., J Biol Chem., vol.291(26): pp.13509–13519. (2016) doi: 10.1074/jbc.M116.721472
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4919437/
15)Cell Signaling Technology, Epigenetic Writers and Erasers of Histone H3. (2018)
https://www.cellsignal.jp/pathways/epigenetic-histone-h3-pathway
16)江口りえこ 学位論文「動物発生過程におけるPrdm遺伝子群の発現と機能に関する研究」
九州大学学術情報リポジトリ (2015)
https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/1500526/sls0139.pdf
17)Eguchi R, Yoshigai E, Koga T, Kuhara S, Tashiro K., Spatiotemporal expression of Prdm genes during Xenopus development., Cytotechnology., vol.67(4): pp.711-719. (2015)
doi: 10.1007/s10616-015-9846-0.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25690332/
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