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2022年3月 9日 (水)

続・生物学茶話173: 神経堤の進化

ウルバイラテリア(始原的左右相称動物)から分枝した前口動物・後口動物という二つの幹の生物群は現在どちらも繁栄していますが、カンブリア紀には節足動物、オルドビス紀には軟体動物という前口動物が食物連鎖の上位にいたと考えられています。後口動物は無顎魚類・筆石などの目立たない生物たちが命脈を保っていました(1、2)。

後口動物がシルル紀以降に大繁栄したのは、神経堤の細胞が独自に移動し分化することによって顎や新しいタイプの頭部が形成されたことに起因したと考えられます。内胚葉・中胚葉・外胚葉からそれぞれ消化管・臓器・皮膚が形成されるという動物の古典的定則に加えて、神経堤由来細胞からのバリエーションが加わることになったのが脊椎動物の特徴です(3)。3胚葉はいわば大工、神経堤は左官の仕事にたとえられるでしょう。

マウスの神経堤細胞をシャーレで培養すると、図173-1のような様々な細胞に分化させることができます。また未分化なまま維持することもできます(4)。

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図173-1 神経堤細胞の多彩な分化

確認のために、もう一度脊索動物の系統樹を示します。脊索動物は頭索動物・尾索動物・脊椎動物の3つのグループからなり、それぞれの関係は図173-2に示されています。後口動物というのはこれ以外に半索動物(ギボシムシ)と棘皮動物(ウニ・ヒトデ)があるだけで、脊椎動物以外はとても地味な生物群であることがわかります。

なぜそのような格差が生まれたかと言えば、それは脊椎動物が神経堤細胞を一つの組織としてとどめ置かず、分散させて(デラミネーション)、移動した場所で革新的な組織を形成させるという新機軸を生み出したからです。ナメクジウオは神経堤を持ちますが、デラミネーションには至りませんでした。最初に成功したのはホヤの祖先だと思われますが(5)、ホヤは魚類のような生活を捨てて固着する生活を選んだため多くの機能が退化し、遺伝子も廃棄しました。なので進化の道筋を知るには不適切な材料と言えます(これは個人的な感想です)。

したがってここでは神経堤細胞デラミネーションの基点に近い生物として円口類(ヤツメウナギとヌタウナギ)に着目しました(図173-2)。円口類はウナギという名前がついていますが、れっきとした硬骨魚類であるウナギとは全く異なる生物で、顎がなく、歯の主成分はケラチンであり、左右対称の胸びれや腹びれはありません。魚類のウナギは腹びれは退化していますが、胸びれはちゃんとあります(6)。ヤツメウナギは体の片側に7つの鰓口があり目と合わせて8つとなることからヤツメウナギと名付けられたのでしょう(7)。ヌタウナギでは鰓口の数は種によって異なるようです(8)。

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図173-2 円口類の進化上の位置

脊椎動物の祖先生物に近いと思われるナメクジウオ、脊椎動物の中で最も古いタイプの生物に近いと思われるヤツメウナギ、そして私たち有顎の脊椎動物の3つのグループについて、神経堤遺伝子ネットワークの主な分子メンバーをリストアップしてみました(図173-3)。データは文献9-11によります。

まず外胚葉において皮膚・中間領域・神経の3つの領域への差別化が行われるのですが、どの領域でもBMP、Fgf、Wnt、Delta/Notch というリガンドが、それぞれの濃度と相互作用によって、おそらくパラクライン的に作用して各領域に所属する細胞に特徴を付与し、それぞれの予定運命を維持していると思われます。その結果予定神経堤領域(中間領域)に発現する転写因子は、Zic、Msx、Dlx、Pax3/7 などで、ナメクジウオ・ヤツメウナギ・有顎動物で驚くほど一致しています。これはこの3つのグループの生物が同じメカニズムで神経堤を形成していることを示す証拠で、これらの生物が同じルーツを持つことを強く示唆しています。

この3つのグループの内でナメクジウオが特に始原的な特徴を持っていることは、分化した神経堤という組織に発現する主な転写因子が Snail のみであることに起因するのかもしれません。Snail はおそらく神経堤が中胚葉に落ち込むために必要な因子で、これはほかのふたつのグループでも発現しています。ただ他の2つのグループはその他に多彩な転写制御因子を発現していて、これらが神経堤という組織の解体(デラミネーション)とその後の細胞の運命に関与していると思われます(図173-3)。

単純に考えると有顎動物で発現している Twist や Ets-1 が顎の形成に関与していると思われますが、これについては稿を改めて取り扱いたいと思います。ヤツメウナギと有顎動物で神経堤に発現している因子が極めて類似していることは、この2つのグループがナメクジウオよりさらに近縁であることを示唆しています(図173-3)。

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図173-3 ナメクジウオ・ヤツメウナギ・有顎動物における神経堤遺伝子発現ネットワークの比較

一般的に胞胚期には予定神経堤領域はみられず、BMPやWntがハイレベルで存在する予定皮膚領域と、それらのインヒビター(Delta/Notch)とFgfがハイレベルで存在する予定神経領域にわかれています。しかし発生が進んで囊胚になるとその中間に、FgfやWntは存在するがBMPのレベルはインヒビターにより低下している中間領域が出現し、これが予定神経堤領域となります(11、12、図173-4)。Wnt の濃度は前後軸によって異なります(図173-4)。

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図173-4 予定表皮域と予定神経域の中間に新領域が出現する

最近の研究結果をまとめたタワニとグローブスの総説(11)にしたがって、発生の進行と共に発現する転写制御因子をみていくと、表皮・神経堤(プラコード)・神経管に分化するために必要な因子がわかります。表皮は図173-5のように胞胚から囊胚・神経胚に至るまで同様なセットで分化を進めていくようですし、神経板→神経管への分化も Sox2/3 を中心として進行させていくようです。神経堤の細胞はこれら2者に比べると、様々な異なる細胞に分化しなければいけないので、メカニズムは複雑です。さらに移動する、分化する、増殖する、原基をつくるという予定表皮や予定脊髄とは別次元の仕事をこなさなければならないので、単にシグナル伝達因子を羅列するだけでは情報過疎ですが、経路の変わった様々な因子が出現することはこの表からでもわかります(図173-5)。

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図173-5 脊椎動物胚における外胚葉の分化と転写因子

ここでは少し話を単純化しているので、より詳細な情報に接したい方は最近の総説などをお読みになることをお勧めします(13)。結局細胞分化に伴う化学変化は複雑な四次元のマップなので、人間の脳で全体像を把握することは無理で、完全にメカニズムが解明されたとしてもコンピュータの力を借りなければ表現したり、理解したりすることは不可能な領域だと思います。ただその概略を単純化することによって理解していることは生物を理解する上で必要でしょう。

参照

1)カンブリア紀の生物 II
http://morph.way-nifty.com/lecture/2020/01/post-a26294.html

2)オルドビス紀の生物
http://morph.way-nifty.com/lecture/2020/01/post-c05a7b.html

3)Joshua R. York and David W. McCauley, The origin and evolution of vertebrate
neural crest cells., Open Biol. vol.10, no.190285 (2020)
http://dx.doi.org/10.1098/rsob.190285

4)Bao H. Nguyen, Mamoru Ishii, Robert E. Maxson, Jun Wang, Culturing and Manipulation of O9-1 Neural Crest Cells., J. Vis. Exp. (140), e58346 (2018)
doi:10.3791/58346
https://www.jove.com/t/58346/culturing-and-manipulation-of-o9-1-neural-crest-cells

5)堀江健生 筑波大学プレスリリース 脊椎動物の「頭」の起源に迫る ~ホヤから脊椎動物への進化の一端を解明~ (2018)
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/180801horie-1.pdf

6)Private Auarium ニホンウナギ
https://aqua.stardust31.com/unagi/unagi-ka/unagi.shtml

7)ウィキペディア:ヤツメウナギ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%84%E3%83%A1%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE

8)ウィキペディア:ヌタウナギ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%8A%E3%82%AE

9)Jr-Kai Sky Yu, The evolutionary origin of the vertebrate neural crest and its developmental gene regulatory network – insights from amphioxus., Zoology vol.113, pp.1-9, (2010) https://doi.org/10.1016/j.zool.2009.06.001
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0944200609000683

10)Tatjana Sauka-Spengler and marianne Bronner-Fraser, , Insights from a sea Lamprey into the evolution of neural crest gene regulatory network., Biol. Bull., vol.214, pp.303–314, (2008) https://doi.org/10.2307/25470671
https://www.journals.uchicago.edu/doi/10.2307/25470671

11)Ankita Thawani and Andrew K. Groves, Building the border: development of the chordate neural plate border region and its derivatives., Front Physiol, vol.11, no.608880, (2020)
doi: 10.3389/fphys.2020.608880
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33364980/

12)Xiao Huang, Jean-Pierre Saint-Jeannet, Induction of the neural crest and the opportunities of life on the edge., Develop. Biol., vol.275, pp.1-11 (2004)
doi:10.1016/j.ydbio.2004.07.033
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/15464568/

13)Megan L. Martik and Marianne E. Bronner, Regulatory logic underlying diversification of the neural crest., Trends Genet., vol.33(10): pp.715–727. (2017) doi:10.1016/j.tig.2017.07.015.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168952517301324
https://www.cell.com/trends/genetics/pdf/S0168-9525(17)30132-4.pdf

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