« 地球終了の瀬戸際で | トップページ | 藤岡-東京シティ・フィルのシベリウス »

2022年3月17日 (木)

続・生物学茶話174: 皮膚と神経板の境界領域

ウィキペディアのウルバイラテリアンの項目を見ると、始原的左右相称動物の2つのモデルが掲載されています(1、図174-1)。おそらくこの2つのモデルより前に本当の意味でのウルバイラテリアが存在したと思いますが、それはそれとして、体節が存在すると言うことが重要で(2)、眼で移動方向を確認しながら各体節の付属器で移動するというのが、大部分の前口動物・後口動物の共通祖先として考えやすいと思います。背中に棘のないハルキゲニアのような生物、つまり左側のモデルがウルバイラテリアと近いのではないでしょうか。右側のモデルでは左右相称である必然性に乏しいと思います。むしろ固着型刺胞動物の祖先のようにも感じます。眼を使って移動するには、運動神経系をつかって体を動かさなければいけませんが、散在神経系でそれが可能なのでしょうか? 眼を明暗とその方向を知るために使うなら左右相称であることは却って不利です。海底の泥を吸って栄養分を吸収し、また移動して泥を吸うというような生活をするなら左右相称である必要はありません。

もうひとつの可能性としては、前口動物のうち主に脱皮動物系と後口動物の共通祖先としてウルバイラテリアがあり、それよりかなり前に図174-1のプラニュロイド系のような祖先動物が分岐して、冠輪動物(らせん動物)系の前口動物が生まれたという考え方もできるのではないでしょうか? 妄想に過ぎませんが、このふたつのモデルを見て、そんなことも想像させられました。

1741a

図174-1 始原的左右相称動物の2つのモデル

なぜ左右相称というボディープランが好ましいかと言えば、左右の眼によって指定された位置をめざして特定の方向に移動するためには、左右の筋節および足などを利用して直線的に接近するのが効率的だからでしょう。そのためには左右の末梢神経系とそれらを統合する中枢神経系が存在するウルバイラテリアが前口動物と後口動物の共通祖先として存在していたに違いありません。まさしく図174-1の左側のモデルです。

このようなタイプの生物の発生はどのようにして行われるかというと、まず外胚葉の正中線あたりに中枢神経となる予定の組織が形成され(前口動物では腹側、後口動物では背側)、まわりの将来皮膚となる予定の組織との区別が行われます。次に予定皮膚と予定中枢神経の境目に特殊な領域が形成され、そこから末梢神経が発生するというのが前口動物・後口動物で共通のメカニズムです(3)。後口動物の場合、この境目の領域が神経堤を形成した後デラミネーション、すなわち細胞が結合して組織を形成していた状態が崩れて自由に動けるような変化をおこして移動し、特定の場所に移動定着して分化するという役割を持つ幹細胞を生み出す方向に進化したと考えられます(4、図174-2)。頭索動物ではまだデラミネーションは行われず、そのレベルから進化した脊索動物と尾索動物の共通祖先がこの幹細胞の移動・定着・分化というメカニズムを獲得して、魚類と円口類はそれを発展的に引き継いだというわけです(4、図174-2)。

1742a

図174-2 York と McCauley の論文(4)にしたがった、神経板と皮膚の境界領域の進化

Yongbin Li らは後口動物だけでなく、センチュウ、ハエ。ゴカイなどの前口動物についても神経板と予定皮膚の境界領域について研究を行い、Msx/Vab-15 遺伝子が調査したすべての生物について境界領域に発現し、しかもすべての生物において感覚神経細胞の形成に不可欠であることを示しました(3、5、図174-3)。この Msx ファミリーの遺伝子は左右相称動物以外の生物も持っているユニバーサルなホメオボックス遺伝子で、生物の発生に深く関わっている遺伝子です。このファミリーの一部が突然変異することによって、ヒトにおいて歯・口蓋・唇・爪が異常になることがわかっています(6)。おそらく予定表皮領域と神経板領域の分化、中間領域の特殊化、中間領域からの末梢神経の形成までは前口動物と後口動物で共通のメカニズムで行われていると想像できます。


1743a

図174-3 境界領域に発現する Msx/vab-15

Msx ファミリーがユニバーサルであることが Li らによって示された一方で、Zhao らは様々な生物の中間領域において、発生に関わる基本遺伝子が多様な発現をしていることを報告しています(7、図174-4)。なかには Msx の発現が見られない場合も散見されます(チマキゴカイ、ヒモムシ、ミズワムシ)。もっとも近縁の遺伝子で測定にひっかからない発現があるのかもしれませんが。かと思えば脊椎動物と、左右相称動物ではないイソギンチャクにおける Msx、Pax3/7、Zic、 Nk6 などの発現が酷似しているという不思議な現象も見られます。ミズワムシに至っては Nk6 しか記載されていないなどまだデータが不十分な感じの部分もありますが、それはそれとして、形態形成の初期の段階においても著しい転写調節因子発現の多様性がみられることには驚かざるを得ません。

1744a

図174-4 様々な生物で予定皮膚・神経板境界領域に発現する転写調節因子

参照

1)Wikipedia: Urbilaterian
https://en.wikipedia.org/wiki/Urbilaterian

2)Jean-Pierre Cornec et Andre Gilles, Urbilateria, un etre evolue ? Urbilateria, a complex organism ? Med Sci (Paris) vol.22, no.5, pp.493-501 (2006)
https://doi.org/10.1051/medsci/2006225493

3)Yongbin Li et al, Conserved gene regulatory module specifies lateral neural borders across bilaterians., proc natl acad sci USA, E6352-E6360 (2017)
www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1704194114
https://www.pnas.org/doi/pdf/10.1073/pnas.1704194114

4)Joshua R. York and David W. McCauley, The origin and evolution of vertebrate neural crest cells., Open Biol. 10: 190285 (2020).
http://dx.doi.org/10.1098/rsob.190285

5)筑波大学プレスリリース 平成29年7月19日
線虫から脊椎動物まで共通して保存されている発生メカニズム ~進化的に広く保存された感覚神経細胞が作られる仕組みの解明~
https://www.tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/170719horie-2.pdf

6)Hirokazu Takahashi, Akiko Kamiya, Akira Ishiguro, Atsushi C. Suzuki, Naruya Saitou,
Atsushi Toyoda, and Jun Aruga, Conservation and Diversification of Msx Protein in Metazoan Evolution., Mol. Biol. Evol. vol.25(1): pp.69–82. 2008 doi:10.1093/molbev/msm228
http://www.saitou-naruya-laboratory.org/assets/files/pdf/Takahashi_MBE07.pdf

7)Di Zhao1, Siyu Chen, Xiao Liu1, Lateral neural borders as precursors of peripheral nervous systems: A comparative view across bilaterians., Develop Growth Differ., vol.61: pp.58–72. (2019)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30575021/

 

| |

« 地球終了の瀬戸際で | トップページ | 藤岡-東京シティ・フィルのシベリウス »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 地球終了の瀬戸際で | トップページ | 藤岡-東京シティ・フィルのシベリウス »