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2022年1月27日 (木)

続・生物学茶話170: ナメクジウオ

ナメクジウオを見たことがある人は少ないでしょう。私も生きているナメクジウオを見た記憶はありません。浅海の海底にいるようで、長さ数センチくらいの一見原始的な魚類のような生物です。日本近海には4種が存在することが知られていますが、浅い海の砂地が減少するにつれて、希少な生物になってしまいました。このうち21世紀になってから発見されたゲイコツナメクジウオはちょっと変わっていて、鯨の死体の骨やその周辺に住み着いている生物です。ほぼ同様な生物が鯨が出現する以前の白亜紀からいたそうです(1-3)。ただその時代にも海洋で生活する巨大生物は魚竜など数多くいたので、屍体には事欠かなかったのでしょう。

ナメクジウオはナメクジでも魚でもなく頭索動物(Cephalochordata)という分類になっていて、私たちと同じ脊索動物門のひとつの亜門を構成しています(1)。英語では専門的な論文でも Amphioxus または Lancelet という言葉もよく使われるので、情報を検索するときには要注意です。図170-1で示したように、脊索動物門は頭索動物・尾索動物・脊椎動物の3つの亜門で構成されていますが、この中では頭索動物が最も古いタイプの脊索動物の特徴を保持した生きた化石のような生物であることが、21世紀になってから行われたゲノムの解析によって明らかになりました(4、5)。頭索動物の祖先と脊椎動物・尾索動物の祖先が分岐したのは6億5千万年~7億年前とされています(6)。

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図170-1 後口動物(Deuterostomia)の系統樹

ナメクジウオの形態を図170-2に示しました。Aのように脊索が体の最前部から最後部まできれいに伸びていて、その背部に神経索があります。神経索の前端は脊索の前端より後ろの位置にあります。体の前の方には脊索動物の特徴である鰓裂があります。背びれ、腹びれ、尾びれは存在して、鰭条も存在し、ひれを使ってしっかり泳げます。

いろいろ写真なども見ましたが、このウィキペディアのイラスト以外に神経索がふくらんだ部分がある証拠は確認できませんでした。脳は一応ないことになっていますが、ウィキペディアのイラスト(図170-2B①、1)では脳室(脳胞という場合が多いようです)というキャプションがついています。もやもやとした曖昧な部分です。ホランドによるとHox-1やHox-3という脊椎動物の脳を形成する遺伝子の発現は、ナメクジウオでは脳胞よりずっと後ろにみられるそうです(7)。脊椎動物であるヌタウナギも脊椎はほぼなくて、ナメクジウオと似たような脊索・神経索を持ちますが、それは進化の過程で喪失したからのようです(8)。

ナメクジウオは粘液を分泌するハチェック小窩という外分泌器官を持っていて、ここから粘液を出して吸い込んだ海水中の食べ物を吸着するようです(9)。ヌタウナギも大量の粘液を出すので、このあたりは繋がっているのかもしれません。

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図170-2 ナメクジウオの形態

図Cのキャプション: A: Buccal cirri, B: Wheel organ, C: Velum, D: Rostrum, E: Notochord extending beyond nerve cord, F: Nerve cord, G: Hatschek's pit, H: Fin rays, I: Gill bar, J: Buccal cavity (vestibule).

生きたナメクジウオを飼育している水族館はないかとグーグルで検索すると、小名浜にあるアクアマリンふくしまのサイトがでてきました(10)。研究者でもなかなか飼育が難しい生物を、よくまあ飼育できたものと思います。幼生のうちはプランクトンとして浮遊生活をしますが、成体は図170-3Aのように海底の砂に潜って、浮遊するプランクトンを栄養源にしているようです(11)。チンアナゴを思い浮かべますが、チンアナゴはれっきとした魚類でちゃんと眼で餌を確認して食べることができます。ナメクジウオは光は感知できるようですが、発達した眼を持っているわけではないのでそんな芸当は無理で、海水ごと飲み込んで粘液でトラップできたプランクトンを食べているようです。

ナメクジウオは図170-3BのようにGFPを使って発光することができます。発光することでどんなメリットがあるのかはよくわかりませんが、この図のように砂から外に出ている頭部が発光する種が多いようなので、採餌や繁殖に有用であることが想像されます。ナメクジウオの緑色蛍光タンパク質については文献がありますが未読です(12)。

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図170-3 ナメクジウオの生態と発光

大野乾は脊椎動物が進化する過程で2~3回の全ゲノム重複が発生したという説を今から50年以上も前に発表しましたが(13)、同じ遺伝子が複数できると片方はなくてもいいわけですから、多くの場合変異を重ねて追跡できなくなってしまうので、なかなか証明することができませんでした。しかしそれでもその証拠が残された部分が少づつ明らかになってきて、21世紀には誰もが大野説を信じるようになりました。脊椎動物の場合左右相称動物の基本形ができて、さらに頭索動物と分岐した後、4億5千万年前から5億年前あたりの時代に2回の全ゲノム重複があって現在に至るとされています(14、15)。

ウィキペディアのHox遺伝子 の項目を見ると、この遺伝子が全ゲノム重複の過程を見るのに適した遺伝子であることがわかります(16、図170-4)。Hox遺伝子は生物が頭、胸、腹、尾などの構造を形成する上で基本的な区別をつくるための基幹的遺伝子です。図170-4を見ると、ナメクジウオ(頭索動物)のHox遺伝子は15個存在し、そのほとんどが2回全ゲノム重複後のマウスやヒトでもそれらの順列も含めて保存されていることがわかります。9~12は半分の2つの遺伝子に集約されていますが、他はすべて保存されいます。つまりナメクジウオと私たちは体の作り方が基本的に同じタイプだということでしょう。

一方で脊椎動物とより近縁であることがわかっている尾索動物(ホヤなど)では変異によって失われた遺伝子が多いことがわかっています(17)。これは尾索動物が脊椎動物とはあまりにも異なる生活様式を選択し、ボディープランも大きく変化したためと思われます。ショウジョウバエは前口動物であり、ナメクジウオや私たち後口動物とは系統樹の根元から分かれた生物ですが、それでもHox遺伝子の並びはかなり類似しています。このことは前口動物と後口動物が分岐する前のウルバイラテリア(始原的左右相称動物)の時代からこの遺伝子群が存在していることを示す証拠と考えられます(17)。

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図170-4 Hox遺伝子群の並び方の比較

全ゲノム重複を示唆するもうひとつの例はWnt遺伝子群です(18)。これらの遺伝子も生物が体の各部分を形成する上で極めて重要な根幹遺伝子群であり、生物がどのように進化するにしても失われてはならないものです。ですからゲノムが4倍化して3つがつぶれても、図170-5のように、どこかにひとつは残っていないといけません。そして分岐してから数億年経過しても、遺伝子の順列に痕跡が残っているもうひとつの例が図170-5です。

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図170-5 Wnt遺伝子群と全ゲノム重複

 

参照

1)ウィキペディア:頭索動物
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E7%B4%A2%E5%8B%95%E7%89%A9

2)ウィキペディア:ゲイコツナメクジウオ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%84%E3%83%8A%E3%83%A1%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%82%AA

3)Nishikawa, T., A new deep-water lancelet (Cephalochordata) from off Cape Nomamisaki, SW Japan, with a proposal of the revised system recovering the genus Asymmetron., Zool. Sci. vol.21 (11): pp.1131-1136. (2004) doi:10.2108/zsj.21.1131.

4)京都大学広報資料 ナメクジウオゲノム解読の成功により脊椎動物の起源が明らかに
https://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/2008/news6/080612_1.htm

5)Nicholas H. Putnam et al., The amphioxus genome and the evolution of the chordate karyotype., Nature vol.453, pp.1064-1071 (2008)
https://www.nature.com/articles/nature06967

6)Wikipedia: Cephalochordata
https://en.wikipedia.org/wiki/Cephalochordate

7)Kidoch 遺伝子で脳の進化を探る-形の進化とゲノムの変化―ナメクジウオが教えてくれること
デンジソウ(2014)
http://denjiso.net/?p=12150

8)理化学研究所 プレスリリース 背骨を持たない脊椎動物「ヌタウナギ」に背骨の痕跡を発見-脊椎骨の形成メカニズムの進化について新しい仮説を提唱- (2011)
https://www.riken.jp/press/2011/20110629/index.html

9)Wikipedia: Hatschek's pit
https://en.wikipedia.org/wiki/Hatschek%27s_pit

10)アクアマリンふくしま
https://www.aquamarine.or.jp/exhibitions/evolution/

11)Archetron: Lancelet
https://alchetron.com/Lancelet

12)窪川かおる・村上明男 ナメクジウオの緑色蛍光タンパク質「細胞工学」vol.28, no.1, pp.70-75 (2009)

13)ウィキペディア:大野乾(おおのすすむ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E4%B9%BE

14)沖縄科学技術大学院大学HP 古生代における種間交雑:脊椎動物における全ゲノム重複の真実が明らかに (2020)https://www.oist.jp/ja/news-center/press-releases/35053

15)Paramvir Dehal, Jeffrey L. Boore, Two Rounds of Whole Genome Duplication in the Ancestral Vertebrate, PLoS. Biol., Vol.3,  Issue 10, e314 (2005) DOI: 10.1371/journal.pbio.003031
https://www.researchgate.net/publication/7631541

16)Wikipedia: Hox gene
https://en.wikipedia.org/wiki/Hox_gene

17)Derek Lemons and William McGinnis, Genomic Evolution of Hox Gene Clusters., Science vol.313, pp.1918-1922 (2006) DOI: 10.1126/science.1132040
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1132040

18)京都大学他 プレスリリース 国際チームがナメクジウオゲノムの解読に成功 - 脊椎動物の起源が明らかに - (2008)
https://www.nii.ac.jp/kouhou/NIIPress08_07-1.pdf

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