続・生物学茶話169: GFPの発見からコンフェティマウスへ
光センサ-を持つ細菌や発光する細菌は数多く存在するので、カンブリア紀以前にも生物は光を利用してさまざまなことをやっていたと思われますが、カンブリア紀に眼を持つ真核生物が出現したことで、生物による光の利用は大きくステップアップしました。暗い場所でまわりを見る、エサをおびき寄せる、捕食者の目をくらませて逃げる、捕食者が下にいるとき自分の陰影をつくらないようにする、繁殖のためのコミュニケーションに使うなどその用途は様々です(1)。現在でもすべての深海魚の60~80%は生物発光を行なうと言われています。
遺伝子発現の研究に汎用されてきた緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein = GFP)の父である下村脩博士は米国の研究者ですが、生まれも育ちも日本で、16才の時には諫早市で原爆を被爆しています。ウィキペディアによると長崎大学薬学部を卒業後、武田薬品の入社試験に落ち、名古屋大学の江上不二夫のところに留学しようとしたところ、手違いで平田義正の研究室に所属することになり、そこでウミホタルのルシフェリンの結晶化と構造決定に成功して未来が開かれることになりました。何が幸いするかわかりません(2-4)。
1960年にはプリンストン大学の招きで渡米し、いったん日本に戻るも発光現象の研究に専念したいという思いがあって1965年に再渡米し、プリンストン大学に職を得て主にシアトルとバンクーバーの中間くらいにあるフライデーハーバー実験所でオワンクラゲの発光物質の研究を行いました。日本のオワンクラゲと米国のオワンクラゲが同じ種類であるかどうかは、驚くべきことにまだわかっていないそうです(5)。図169-1に下村先生と発光するオワンクラゲを示しました。美しい生物ですが、他のクラゲや魚を一飲みする採餌様式の肉食動物だそうです。チャルフィーとツェンは下村と同時に2008年のノーベル化学賞を受賞した人々です。
幸いにして当時は実験所が面した海面を埋め尽くすくらいのオワンクラゲがいたので、下村らは1万匹のクラゲを採集して、そこから発光タンパク質を5mg精製することができたそうです(6)。現在はオワンクラゲの数が非常に少なくなって、とても当時のような研究はできないとのこと(6)。
図169-1 2008年ノーバル化学賞受賞者と発光するオワンクラゲ
下村らが解明したオワンクラゲの発光メカニズムの概要を図169-2に示しました。アポイクオリンは分子量22,514ダルトンの小型のタンパク質で、セレンテラジンという発光基質前駆体と結合しますが、カルシウムイオンの存在下でセレンテラジンはセレンテラミドに変化し青色発光を行います(図169-3)。このアポイクオリンとセレンテラミド複合体が解離する反応とGFPが活性化される反応が共役していてGFPが励起状態となり、それが基底状態にもどるときに緑色の発光が行われます(7-9、図169-2)。その色は図169-1のように実に美しいものです。
図169-2 オワンクラゲ発光の原理
図169-3 セレンテラミドを生成する反応
セレンテラミドと解離したアポイクオリンは再びセレンテラジンと結合してイクオリンとなり、次の発光の準備をします。一方GFPは7つのβシートをもつバレル構造のタンパク質ですが、中心部にひとつのαヘリックスが存在し、この Ser65-Tyr66-Gly67 の3つのアミノ酸が図169-4のような反応を行ない灰緑色の発色団を自己形成します。この発色団はセレンテラミドが発光する近紫外光を吸収して、508~509nmの緑色可視光を発光します(10、11)。
発色団を別途合成しなくても、タンパク質自身が発光物質をつくるというのがGFPの特徴で、このことはGFPの遺伝子があればそれを発現させて外から近紫外光を当てれば発光するという、実験者にとっては特段に便利なツールになりそうなことが後にわかりました。GFP発見当初はタンパク質自身が自動的に発色団をつくるなどということは信じられていませんでした。
図169-4 GFPタンパク質と発色団
プラシャーらはGFP遺伝子のクローニングを行ないましたが(12)、それを使ってチャルフィーらがクラゲ以外の生物で発光させようとしましたがうまく行きませんでした。多くの人はそらみたことかと思ったのでしょうが、しかし遺伝子末端の配列を除去するという簡単な処理によって、大腸菌や線虫で発光させることが可能になりました(13)。この論文は1万回近く引用されてクラシックとなっています。
GFPマウスは図169-5の様な手順で作成しますが、たとえばCAGプロモーターの下流にGFP遺伝子を移入したマウスは、ほとんどの細胞でGFPが合成され、紫外線を当てると全身が緑色のマウスとなります。このようなマウスは市販されています(14)。このマウスの細胞を通常のマウスに移植すると、移植された細胞だけが光ることによって容易に識別できます。これは核の形態で判別していたウズラ-ニワトリの移植系とくらべると、格段に便利で確実な識別法です。
特定のタンパク質を光らせたい場合は、その遺伝子の前か後にGFPの遺伝子を挿入してハイブリッドタンパク質を作らせるようにします(図169-5)。ハイブリッドにした場合、元の機能が減弱されたり改変されたりすることが考えられますが、意外にも大きな変化なく機能する場合が多いようです。C末につけてダメならN末につけるとかの選択は可能です。C末やN末は通常タンパク質の表層に出ていますが、内部にある場合GFPをつけると構造が破壊されるおそれがあるので注意が必要です。これによって任意のタンパク質の発現が紫外線を照射するだけで判定できることになりました。タンパク質の細胞内局在も容易に判定できます(15)
図169-5 タンパク質を光らせて検出する
もうひとりのノーベル賞受賞者ロジャー・ツェンは中国系米国人ですが、子供の頃喘息を患いあまり外に出られなかったので、父親の援助で地下室や裏庭でひとりで化学実験をやっていたそうです。その頃の実験台の写真がノーベル賞関係のサイトに出ています(14)。彼はカルシウム指示薬などの開発で著名な業績を残した人ですが、GFPにも関心を持ってGFPタンパク質の構造・機能を解明し、異なる色を発色する変異体を作成してマルチカラーイメージングを可能にしました(9、16、図169-6)。
さまざまなタンパク質に別の色をつけて、細胞による発現の差を調べることもできるようになりました。脳の様々な細胞を識別することも行なわれています。この発色をブレインボーとは都合の良い語呂合わせです(17、18、図169-6)。
図169-6 ブレインボー
コンフェティマウス(色紙マウス)については、たとえばCAGGという強力なプロモーターの下流に、蛍光タンパク質遺伝子とloxPのサイトを図169-7のように配置しておき、ある時点でCreを発動させると、loxPのコアが同じ向きの配列に挟まれたネオマイシンレジスタントの領域は削除され、コアが反対向きの配列ではさまれた領域はある確率で組換えが起こって4種類の蛍光タンパク質遺伝子の配列が出現します(19、図169-7)。字が逆さになっているのは逆向きの配列を意味します。逆向き配列の遺伝子は組換えが起こらない限り発現しません。プロモーターに一番近い遺伝子が発現するので4色の細胞ができて、細胞分裂するとそれぞれ同じ色が発現します。これによって細胞系列の解析が可能となります(図169-6)。
図169-7 コンフェティマウス
参照
1)あくと 深海ゼミ 深海生物(深海魚)が発光するのはなぜ?面白い理由を解説
https://deep-sea-creatures.com/hakko1
2)ウィキペディア:下村脩
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E6%9D%91%E8%84%A9
3)Nagoya Repository: 海ホタルルシフェリンの構造
https://nagoya.repo.nii.ac.jp/records/9204
4)下村脩 発光生物研究40年 長崎大学薬学部同窓会報第35号 (1995)
http://www.ph.nagasaki-u.ac.jp/dousou/news/070106/no35_shimomura.pdf
5)ウィキペディア:オワンクラゲ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B2
6)Nagoya University Cheers! 名古屋大学特別教授 下村脩 博士
https://jukensei.jimu.nagoya-u.ac.jp/bigname/20130301.html
7)Shimomura O, Johnson, F.H., Saiga, Y., Extraction, purification and properties of aequorin, a bioluminescent protein from the luminous hydromedusan, Aequorea.,
J Cell Comp Physiol., vol.59: pp.223-39.(1962) doi: 10.1002/jcp.1030590302.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/13911999/
8)Osamu Shimomura, BIOLUMINESCENCE Chemical Principles and Methods Revised Edition, World Scientific, Pub Co Inc., (2012)
9)宮脇敦史 GFP研究の歴史を紐解く 〜下村,Chalfie,Tsien 博士の偉業〜
https://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/35/sc35-1.pdf
10)Chem-Station, 緑色蛍光タンパク Green Fluorescent Protein (GFP)
https://www.chem-station.com/molecule/naturalmol/2009/01/green_fluorescent_protein_gfp.html
11)Wikipedia: Green fluorescent protein
https://en.wikipedia.org/wiki/Green_fluorescent_protein
12)D.C. Prasher, V.K. Eckenrode, W.W. Ward, F.G. Prendergast, M.J.Cormier, Primary structure of the Aequorea victoria green-fluorescent protein., Gene vol.111, pp.229-233 (1992) doi: 10.1016/0378-1119(92)90691-h.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1347277/
13)M.Chalfie, Y.Tu, G.Euskirchen, W.W.Ward, D.C. Prascher, Green Fluorescent Protein as a Marker for Gene Expression., Science vol.263, pp.802-805 (1994) DOI: 10.1126/science.8303295
https://www.science.org/doi/10.1126/science.8303295
14)日本SLC株式会社 遺伝子改変動物 トランスジェニックマウス(GFP)
http://jslc.co.jp/animals/mouse.php
15)齋藤尚亮 神戸大学 バイオシグナル研究センター GFP(Green fluorescent protein) が科学者に与えた光
http://www.sci.kobe-u.ac.jp/old/seminar/pdf/2009_saito.pdf
16)The Nobel Prize., Roger Y. Tsien
https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2008/tsien/facts/
17)九州大学附属図書館 線虫 C. elegans ~約1ミリのモデル生物で切り拓く生命科学~: マーカーとしてのGFP(緑色蛍光タンパク質)の応用
https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/ModelOrg_Celegans/gfp
18)Brainbow : Livet, J., Weissman, T. A., Kang, H., Draft, R. W., Lu, J., Bennis, R. A., Sanes, J. R., & Lichtman, J. W., Transgenic strategies for combinatorial expression of fluorescent proteins in the nervous system. Nature, vol.450(7166), pp.56-62. (2007)
https://doi.org/10.1038/nature06293
19)Hugo J. Snippert, Laurens G. van der Flier, Toshiro Sato, Johan H. van Es, Maaike van den Born, Carla Kroon-Veenboer, Nick Barker, Allon M. Klein, Jacco van Rheenen, Benjamin D. Simons, and Hans Clevers, Intestinal Crypt Homeostasis Results from Neutral Competition between Symmetrically Dividing Lgr5 Stem Cells., Cell vol.143, pp.134–144, (2010) DOI 10.1016/j.cell.2010.09.016
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