続・生物学茶話168:Cre/loxP システム
最近は幹細胞からの分化をトレースするのに R26R-Confetti mouse というツールが用いられる場合が多いようです。これはCre/loxPシステムの応用技術ですが、今回は少し寄り道してこの系統の技術のルーツをたどってみようと思います。
Cre/loxPシステムはもともと人間が開発したのではなく、P1というバクテリオファージが保有しているシステムです。P1ファージを発見したのはサルバドール・ルリア研のジュゼッペ・ベルターニで、1951年という昔の話です(1)。様々な菌に感染できるファージだということがわかっています(2)。P1は高い効率で形質導入を行う能力を持っていることがルリア研であきらかになり、有用なベクターとして重宝されました。
ファージはホストに感染すると、すぐに増殖して溶菌し外に出てくる場合と、ホストのゲノムに組み込まれてその一部として行動する場合(溶原化)があります(3)。しかしP1の場合、ファージ内部ではリニアであるゲノムが、感染してホストに注入されるとすぐ環状化し、その後増殖してホストから出る場合と、プラスミド化してホストに住み着いてしまう場合があることがわかりました(4、5、図168-1)。
図168-1 溶原化するファージとプラスミド化するファージ
P1がみつかった頃、学界ではまだ溶原化という概念が認められておらず、1949年頃には細菌学の教科書で有名なノーベル賞受賞者であるルウォフも「溶原化などという研究者は異教徒である」などと考えていたようです(6)。そんな時代ですから、研究室にやってきたベルターニが溶原性の研究をやりたいと言っても、ボスのルリアは良い顔をしなかったようですが、結局はやっていいということになって、レーダーバーグからラムダファージの溶原化株を入手しました。しかしまだ正式な論文を出版していなかったレーダーバーグがあせってデータを催促してくるのに嫌気がさして、ベルターニはラムダの研究を放棄して別の方向に進むことにしました(7)。P1はもともと赤痢菌で増殖するファージでしたが、ベルターニが大腸菌で増殖するミュータントを分離して、その後の実験は大腸菌を使って行われました(7)。P1が注目されるようになったのはレノックスが、このファージが特段に形質導入を容易に行う能力を持っていることを発見したことによります(8)。その後P1は遺伝子を運搬するベクターとして実験で汎用され、分子生物学者なら誰でも知っているようなツールとなりました。現在でも理研が配布しています(9)。
ナット・スターンバーグはニューヨークのブルックリン出身の分子生物学者でしたが、ポストドクとして仕事をするために1970年にパリのCNRSにやってきました。しかしそこでλファージの仕事をしているうちに期限が来て、NIHにポストを得て帰米することになりました。CNRSにいたマイケル・ヤーモリンスキーはスタンバーグの優秀さを知っていたので、1976年に彼がメリーランドのNCIに研究室を移転したときにスタンバーグをスタッフに呼んで、P1ファージの研究をやってもらうことにしました(7)。スターンバーグは数年のうちにP1ファージはそのゲノムDNA上に lox P というサイトがあり、Cre という酵素がそれを利用して遺伝子組み換えを行うことを報告しました(10)。もし任意の遺伝子を含む環状ベクターを作成し、その一部に lox P サイトを入れておけば、図168-2のように組み換えがおこって、その遺伝子をゲノムに組み込むことが可能です。またゲノムDNA上にloxPサイトが2ヵ所あると、逆反応によってそれらにはさまれた遺伝子を削除することもできます。
図168-2 Creリコンビナーゼによる遺伝子の組み換えと切り出し
loxPにはさまれた遺伝子を削除(ノックアウト)できるというのは遺伝子工学の手法として有用でしたが、遺伝子は必要であるからこそ代々受け継がれてくるわけで、ノックアウトすれば当然不都合が発生するはずです。特に日常的に必要とされるタンパク質をコードする遺伝子をノックアウトすると、胚または胎仔のうちに死亡して生まれてさえこないということになります。それでは遺伝子の機能解析ができません。
そこで外部からなんらかのシグナルを送らない限り遺伝子の喪失がおこらないような生物が、ブライアン・ザウアーやピエール・シャンボンらによって考案されました(11、12、図168-3)。ブライアン・ザウアーという人はもともと天文学者になりたかったそうですが、ウィスコンシン大学の数学科を卒業してから縁あってデュポン社の研究所で仕事をするようになり、そこで同僚がバクテリオファージのCre/loxPシステムを研究していたので、それを真核生物の研究に役立てる方法はないかと考えるうちに、遺伝子ノックアウトに使えるのではないかと思いついたそうです(13)。ザウアーらの機転によって、スターンバーグの辺境的研究が一気に生物学の中心に躍り出ることになりました。
標的遺伝子と相同組み換えを行なうDNAの両端にloxP配列を入れておくと、そのDNAが標的遺伝子と同じ機能を持つとしても、Creが作用すればloxPにはさまれた部分は環状化してゲノムから切り離され、遺伝子機能は失われます。ここでCreを核内に侵入させる方法を考えます。あるシグナルがあると核内に移行するタンパク質があれば使えるかもしれません。たとえばエストロジェン受容体にCreを結合し、タモキシフェンを作用させるとエストロジェン受容体はCreと共に核内に移行します。そうするとCreはloxPと反応して標的DNAを切り出し無効化させることができます。すなわちタモキシフェンの投与によって、随時遺伝子をノックアウトできるのです(14、図168-3)。
図168-3 Creリコンビナーゼによる標的遺伝子のノックアウト
マウスを使ったCre/loxP 研究システムは非常に便利なもので、タモキシフェンで任意の時期に遺伝子ノックアウトができるほか、例えば筋肉だけで発現するプロモーターをCre遺伝子の上流に挿入したCreマウスと、標的遺伝子をloxP ではさみその下流にレポーター遺伝子をつけたloxP マウスを作成し、交配すると筋肉ではCreが働いてゲノムから標的遺伝子が削除され(その他の組織では削除されない)、レポーター遺伝子が発現するというマウスが獲られます。これによって標的遺伝子の機能についての知見が得られるわけです(15、図168-4)。このほか出生後にはじめて発現するプロモーターを使えば、ノックアウトによって胎児致死をおこすような遺伝子の機能についても研究が可能です。
図168-4 コンディショナルノックアウト
ゴッセンとビュジャールはさらに標的遺伝子の発現を可逆的にON/OFFできるような研究システムを開発しました(Tet on/off システム、16、17、図168-5)。大腸菌には抗生物質であるテトラサイクリンに耐性を獲得するためのオペロンが存在します。このオペロンにはTetリプレッサー(TetR)とTetオペレーター(TetO)が含まれます。TetR(実際には効率を上げるためTetRとVP16ADの融合タンパク質=tTA=tetracycline transactivator を用います)はテトラサイクリン(実際には効率を上げるため誘導体であるドキシサイクリン=doxを用います)がない状態ではTetO配列に結合しますが、テトラサイクリンが結合している状態ではTetOに結合できません。
ここで非常に巧妙な技となりますが、TetRのアミノ酸配列を一部改変して作成した reverse TetR(rTetR)とVP16ADとの融合タンパク質(rTA=reverse tetracycline transactivator)は逆にテトラサイクリンと結合するとTetO配列に結合し、下流のプロモーターを活性化します。図168-5に示すように、標的遺伝子(図ではGeneA)の上流のプロモーターにはTetO配列をリピートさせたTRE配列(Tetracycline response element)を入れておき、tTAやrTAにレスポンスするようにしておきます。こうしておくとdox(テトラサイクリンの代替分子)の存在下ではGeneAが発現し、非存在下では発現しません(図168-5)。
一方tTAのシステムでは、dox非存在下ではGeneAの転写が行われますが、doxを投与すると転写は止まり非発現となります。これらの反応はオールオアナッシングではなくdoxの濃度に依存して進行するので、強弱の調節も可能なのが優れた点でもあります(16、17)。
図168-5 Tet on/off システム
これらの技術は脳神経系における遺伝子の機能解析にも非常に有用なものであり、このサイトでもまたでてくることになると思います。なお遺伝子ノックアウト・ノックアウトマウスの作成については(18)をご覧ください。
溶原化するファージではなく、プラスミドとなるファージが効率の良い組み換えシステムをもっているというのは興味深いものがあります。細菌が環境に適応するためには、頻繁にゲノムに新しい遺伝子を組み込むことが一見有利なようにも思えますが、実際にはそれはむしろ有害であり、プラスミドとして保有する方が安全であることを示しているように思われます。
Confetti mouse とは、どのような遺伝子が発現されているかによってレポーター遺伝子が発現する色が異なるマウスのことを言います。次回に言及する予定です。
参照
1)Bertani, G., Studies on lysogenesis. I. The mode of phage liberation by lysogenic Escherichia coli. J. Bacteriol. vol.62 (3), pp.293–300 (1951)
2)Lobocka, M.B., et al., Genome of bacteriophage P1. J. Bacteriol. vol.186 (21), pp.7032–7068 (2004).
3)Wikipedia: Lysogenic cycle
https://en.wikipedia.org/wiki/Lysogenic_cycle
4)Ikeda, H., Tomizawa, J., Prophage P1, and extrachromosomal replication unit. Cold
Spring Harbor Symp. Quant. Biol. vol.33, pp.791–798 (1968)
5)Wikipedia: P1 phage
https://en.wikipedia.org/wiki/P1_phage
6)Lwoff A. Nobel Lecture: Interaction Among Virus, Cell, and Organism. Stockholm: Nobel Media AB.
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1965/lwoff-lecture.html
7)Michael Yarmolinsky1 and Ronald Hoess, The Legacy of Nat Sternberg:
The Genesis of Cre-lox Technology., Annu. Rev. Virol., vol.2: pp.25–40 (2015)
doi:10.1146/annurev-virology-100114-054930
https://www.annualreviews.org/doi/pdf/10.1146/annurev-virology-100114-054930
8)Lennox ES., Transduction of linked genetic characters of the host by bacteriophage P1. Virology vol.1:pp.190–206 (1955)
9)理研 遺伝子材料開発室
https://dna.brc.riken.jp/ja/resource
10)Sternberg, N. and Hamilton, D., Bacteriophage P1 site-specific recombination: I. Recombination between loxP sites. J. Mol.Biol. 150:467-486 (1981)
doi: 10.1016/0022-2836(81)90375-2.
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0022283681903752
11)Sauer, B. "Functional expression of the Cre-Lox site-specific recombination system in the yeast Saccharomyces cerevisiae". Mol Cell Biol. vol. 7 (6): pp. 2087–2096. (1987)
doi:10.1128/mcb.7.6.2087. PMC 365329 Freely accessible. PMID 3037344.
12)Sauer, B.; Henderson, N., "Site-specific DNA recombination in mammalian cells by the Cre recombinase of bacteriophage P1". Proc. Natl. Acad. Sci. USA. vol.85 (14): pp. 5166–5170. (1988)
doi:10.1073/pnas.85.14.5166. PMC 281709 Freely accessible. PMID
13)Biography 41: Brian Sauer (1949 - ) DNA learning center, Cold Spring Harbor Laboratory.,
https://dnalc.cshl.edu/view/16868-Biography-41-Brian-Sauer-1949-.html
14)D Metzger, J Clifford, H Chiba, P Chambon., Conditional site-specific recombination in mammalian cells using a ligand-dependent chimeric Cre recombinase. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., vol. 92(15); pp. 6991-6995 (1995)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7624356/
15)えいこラボ 研究室では教えてくれない?!Cre-loxPシステムってなに?
https://eiko-lab.com/2021/05/02/what_is_cre-loxp/
16)Gossen, M., & Bujard, H., Tight control of gene expression in mammalian cells by tetracycline-responsive promoters. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, vol.89(12), pp.5547-5551. (1992)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1319065/
17)脳科学辞典:Tet on/offシステム
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Tet_on/off%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
18)やぶにらみ生物論94: ノックアウトマウス
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/11/post-7c02.html
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