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2021年11月25日 (木)

続・生物学茶話165:脊索の起源をめぐって

ノトコード(脊索)の存在をはじめて記載したのはエストニア生まれの生物学者フォン・ベーアだとされています(1、2、図165-1)。これは1828年のことで、彼の記載はニワトリについてのものですが、すぐに他の脊椎動物についても同様な組織がみつかって、1836年にはナメクジウオについても報告されているそうです(2、3)。私は入手していませんが、このYarellの本は復刻されて販売されています(3)。フォン・ベーアの本も(図165-1)ドイツ語の大著なので、私はとりついておりません。ドイツ語がわかる方はウェブでフリーで読めます(1)。

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図165-1 フォン・ベーアによる脊索の発見

その後ノトコードの研究に深く関わったのはアレクサンダー・コヴァレフスキーというロシアの発生生物学者で、彼はナメクジウオのノトコードの発生や性質について詳しく研究し、ノトコード研究の父とも言える人です(4)。彼の名が知れ渡ったのは、ホヤの幼生がノトコードを持っていることを報告したからです(5、6、図165-2)。フォン・ベーアはホヤは軟体動物だとしていましたし、一般的にもそう認識されていたので、脊椎動物と近縁であることがわかったときには、すべての研究者が驚いたことでしょう(2)。ホヤは成体になるとノトコードを消失させます(図165-2)。これは脊椎動物と同じです。

図165-2の赤丸1がノトコード、紺丸2が神経索です。しかし成体ホヤではどちらも記載されていません。ホヤの場合成体ではノトコードは消失しますが、なんと中枢神経系の細胞も成体になるときにいったんほとんど死滅してしまいます。その後グリア細胞によってニューロンが新生し中枢神経系が再構築されるようです(7)。再生された成体の中枢神経系は幼生の中枢神経系のような目立つ構造ではないので、このウィキペディアの図では描かれていないのでしょう。

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図165-2 コヴァレフスキーの研究

ノトコードの起源については大きく分けて2つの仮説があります。ひとつは脊索動物が独自に獲得した固有の構造であるという考え方、もうひとつは環形動物などのアクソコードと相同であり、ウルバイラテリアン(最初に左右相称性を獲得した動物)の時代から存在しているという考え方です(8)。どちらが正しいかというのはなかなか難しい問題です。というのはカンブリア紀(5億4100万年前~4億8500万年前)にすでに脊索動物が存在し、ミロクンミンギアのようにすでに脊椎をもっていたと思われるような動物までが存在していたことが化石から示唆されているからです(9、10、図165-3)。

カンブリア紀に生きていた Vetulicolia という生物については前口動物(Protostomia)か後口動物(Deuterostomia)かという論争がありましたが、García-Bellido らによってノトコードをもつと思われる個体の化石が報告され、後口動物であることが強く示唆されました(11、図165-3)。これによってカンブリア紀前期にはすでに立派なノトコードを持つ生物が存在していて、ノトコードの起源はおそらくエディアカラ紀以前ということになりました。このことは化石から解決を求めることが極めて困難であることを意味します。

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図165-3 カンブリア紀の脊索動物 ヴェトゥリコリアは脊索をもっていた
ウィキペディアと参照文献(11)より

Sui らの総説に後口動物のノトコードと前口動物のエクソコードを比較した断面図があったので、図165-4として示しました(8、165-5と共に非商用利用が引用を条件に許可されています)。アクソコードは環形動物におけるノトコードのホモログとしてラウリらが名付けた構造です(12)。アレントらはこの正中線に沿って、まだ内胚葉とはっきり区別できない中胚葉から形成される構造アクソコードは、ほとんどの環形動物に存在し、また他の前口動物にも認められるノトコードのホモログであり、始原的左右相称動物であるウルバイラテリアの時代から存在する基本構造であると主張しています(12,13)。

脊椎動物(ゼブラフィッシュ)と尾索動物(ホヤ)では、成体になるとノトコードは失われるので、幼生の図です。頭索動物(ナメクジウオ)と、ここでは唯一の前口動物(環形動物)ではそれぞれノトコード・アクソコードは成体にもみられます。ただし脊索動物では背腹軸が逆転している(ジョフロワ説)とされているので、背腹(上下)の位置関係は異なります。A-Cでは上(背)から予定表皮・神経管・ノトコードとなりますが、Dではアクソコード・神経管・予定表皮の順になっています。あとノトコードはシングルなのに、アクソコードはダブルという違いもあります(図165-4)。

環形動物のアクソコードは基本的に筋肉です。頭索動物ナメクジウオのノトコードはやはり筋肉ですが、尾索動物ホヤや脊索動物ゼブラフィッシュではかなり液体の部分が増えて、構造が著しく変化しています(8)。これはおそらくこれらの動物では成体ではこの組織そのものは消失するので、後継の組織にバトンタッチすれば良いからでしょう。神経または神経+骨髄を誘導すればノトコードの組織としての役割は終わり、パワーユニットとしてのノトコードは不要なのです。

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図165-4 ノトコード・アクソコードと中枢神経の位置

ノトコードとアクソコードで発現している主要な転写因子を並べたのが図165-5です(8)。発生初期の中胚葉で発現している因子とはガラッと変わっていることがわかります。特筆すべきはノトコードとアクソコードで発現している因子がほとんど同じだということで、これは両者がホモローガスであることを強く示唆しています。特に Brachyury (ブラキウリ、ブラチュリーなど発音が定まっていないようです)というノトコードの形成に最も重要な因子がアクソコードでも発現していることは重要です。唯一 Not という因子がノトコード特異的に発現していますが、これを命名した人は頭がおかしいのではないかと疑います。こんな名前をつけたら検索すらできないじゃありませんか? というわけでこれはパスします。

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図165-5 ノトコードとアクソコードに発現する転写因子の比較

 

参照

1)von Baer KE. Uber Entwickelungsgeschichte der Thiere, Beobachtung und Reflexion. Part 1. Konigsberg: Borntrager; (1828)
https://www.biodiversitylibrary.org/item/28306#page/16/mode/1up

2)Giovanni Annona, Nicholas D. Holland and Salvatore D’Aniello, Evolution of the notochord., EvoDevo vol.6: no.30 (2015)
DOI 10.1186/s13227-015-0025-3

3)Yarrell W. A history of British fishes, vol. 2. 1st ed. London: Van Voorst;
1836.
https://www.amazon.co.jp/History-British-Fishes-2/dp/1179686616

4)Kowalevsky A. Weitere Studien uber die Entwickelungsgeschichte
des Amphioxus lanceolatus, nebst einem Beitrage zur Homologie
des Nervensystems der Wurmer und Wierbelthiere. Arch Mik Anat.
1877;13:181-204.

5)Kowalevsky A. Entwickelungsgeschichte der einfachen Ascidien. Mem
Acad Imp Sci St-Petersbourg (Ser VII). 1866;10(number 15):1-19.

6)Wikipedia: Alexander Kowalewsky
https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Kovalevsky

7)Takeo Horie, Ryoko Shinki, Yosuke Ogura, Takehiro G. Kusakabe, Nori Satoh, Yasunori Sasakura, Ependymal cells of chordate larvae are stem-like cells that form the adult nervous system., Nature, vol.469, pp.525-528 (2011) DOI: 10.1038/nature09631
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21196932/
https://www.shimoda.tsukuba.ac.jp/~sasakura/research_CNS_reconstruction.html

8)Zihao Sui, Zhihan Zhao and Bo Dong, Origin of the Chordate Notochord., Diversity, vol.13, 462. (2021) https://doi.org/10.3390/d13100462

9)ウィキペディア:ミロクンミンギア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%82%A2

10)Wikipedia: Vetulicolia
https://en.wikipedia.org/wiki/Vetulicolia

11)Diego C García-Bellido, Michael S Y Lee, Gregory D Edgecombe, James B Jago, James G Gehling and John R Paterson, A new vetulicolian from Australia and its bearing on the chordate affinities of an enigmatic Cambrian group., BMC Evolutionary Biology vol.14:214 (2014) DOI:10.1186/s12862-014-0214-z
https://www.researchgate.net/publication/266566755_A_new_vetulicolian_from_Australia_and_its_bearing_on_the_chordate_affinities_of_an_enigmatic_Cambrian_group

12)Lauri A, Brunet T, Handberg-Thorsager M, Fischer AHL, Simakov O, Steinmetz
PRH, Tomer J, Keller PJ, Arendt D. Development of the annelid axochord: insights into notochord evolution. Science. vol.345: pp.1365–1368.(2014) DOI:10.1126/science.1253396
https://www.researchgate.net/publication/265606919_Development_of_the_Annelid_Axochord_Insights_into_notochord_evolution

13)Thibaut Brunet, Antonella Lauri and Detlev Arendt, Did the notochord evolve from an
ancient axial muscle? The axochord hypothesis., Bioessays vol.37: pp.836–850 (2015) DOI:10.1002/bies.201500027
https://www.researchgate.net/publication/280124751_Did_the_notochord_evolve_from_an_ancient_axial_muscle_The_axochord_hypothesis

 

 

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