続・生物学茶話164:脊索(ノトコード)
クラゲなどの一部を除き多くの動物には口と肛門があり、それをつなぐパイプ(消化管)を持っています。ともかく捕食して排泄しないと動物は生きていけません。卵はひとつの細胞ですが、それがランダムに分裂を繰り返すと大きな球ができるだけなので、なんらかの方法で形態形成を行う必要があります。すなわち、あるタイミングで胚という細胞塊に「消化管というひとつのパイプを貫通させる」というトンネルを作成する作業が必要です。
カエルの卵がよくモデルとして利用されます。穴掘りのきっかけを作るのがボトル細胞という細胞群で、この細胞は外界と接する外側にアクチンとミオシンによる筋肉と同様な収縮システムを持っており、この作用によって細胞の外側だけ収縮させて原口というくぼみをつくります(1、図164-1)。このようなくぼみができない状態で、左右から力が加われば図164-1Aのように、胚に土手のような構造ができるはずです。紙のシートで試してみればわかります。ですから少しでもくぼみができることは生物が形態を形成する上で非常に重要です。
原口は外から見るとくぼみ(割れ目)ですが、内から見るとこれは土手です。最外層の内側で増殖する細胞はこの土手によって行く手を防がれ方向転換して内部へとなだれ込みます(図164-1)。この細胞の動きにともなって割れ目は深く進展し、外側の細胞も巻き込んで原腸が形成されていきます。この割れ目から内部に落ち込んだ細胞が中胚葉を形成し、消化作業を行う本物の腸は内胚葉細胞によって完成されます。最初にくぼみを作るボトル細胞は、それが形態形成を主役として実行するわけではなくて、ひとつのきっかけをつくるという意義を持つものです。原腸形成前後のプロセスは昔からどんな発生学の教科書にも書いてあることですが、そのメカニズムは非常に複雑でいまだに不明な点が多く解明が待たれます(2、3)。
図164-1 原腸陥入 Findings by Lee and Harland
カエルの卵の原口は大きく湾曲していますが、脊椎動物の原口はストレートな形状になっていて、原始線条または原条とよばれ、カエルの場合と同様に細胞がここから内部に落ち込んで中胚葉が形成されます(4、図164-2)。もともとはカエルの原口に相当すると思われる部位は鳥類ではヘンゼン結節、哺乳類ではノードとよばれています。内部に落ち込んだ細胞によって中胚葉が形成されます。
図164-2 脊椎動物の原条形成
脊索動物門の生物は他の門の生物と異なり、落ち込んだ中胚葉細胞によって脊索(ノトコード)を形成します(5、6、図164-3)。脊索はコラーゲン線維に包まれた棒状の構造物で、中の細胞は糖タンパク質を豊富に含みます(7)。始原的左右相称動物では、この左右に筋肉を付着させて迅速な移動を行うために有用だったと思われますが、現生の脊索動物では中枢神経系を誘導したり、脊椎を構築してその一部となるなど新たな機能が追加されることになりました。脊索は図164-3のように外胚葉の一部をくびれさせて神経索を誘導したり、その際に第4の胚葉といわれる神経堤(neural crest)が出現させたりします。神経堤は将来各種末梢神経系の神経細胞や、シュワン細胞・メラニン細胞(メラノサイト・皮膚の色素細胞)・副腎髄質などのクロム親和性細胞、心臓の平滑筋・顔面の骨や軟骨・角膜や虹彩の実質・歯髄など、後に多様な細胞種に分化することになります(8)。
図164-3 脊索と神経索
ノトコードによる神経誘導にはソニックヘッジホッグタンパク質(Shh) が重要な役割を果たしていると思われますが、チェンバレンらはこれを証明するために、Shh の遺伝子にGFP(緑色蛍光タンパク質)の遺伝子を組み込みました(9、図164-4)。プロセッシングによってC側が切り取られたときに、C側に代わってコレステロール化される位置に組み込んだので受容体は Shh と認識してくれるようです。組み込まれたGFPによって Shh を緑色に光らせると、図164-4DとEのように、ノトコードからフロアプレートあたりに、胎生8.5日目から9.5日目にかけて光る部分が広がっていることがわかります。
しかし実際は一筋縄ではいきません。Shh-GFP 遺伝子のmRNAを調べたところ、ノトコードだけではなく、神経管のフロアプレートにも検出されたのです(図164-4AB)。このような現象は Gli2をホモで欠損しているミュータントではおこりません(図164C)。したがっておそらくノトコードからの Shh の情報を受けて、Gli2 などの作用でフロアプレートの一部の細胞が Shh を合成し始めたと思われます。このことは単純にノトコードがリガンドを使って神経を誘導するというニュアンスとは少し違って、予定神経領域が自ら神経への誘導を行っていることを示唆しています。
図164-4 ソニックヘッジホッグの発現
外胚葉にはBMPの分子群がもともとあって神経への変化を妨げているのですが、ノトコードはここから落ち込んだ細胞のBMPの作用を妨げて神経への分化を誘導します。脳科学辞典の神経誘導の項目を見ると Noggin/Chordin/Follistatin はBMPリガンドに結合して無効化することによって神経誘導を行うと記載しています(10、図164-5)。マイヤーズとケスラーによると、 Shh の他 Noggin、Chordal、そしてBMPと同じTGF-βスーパーファミリ-に属する Nodal がノトコード側の因子としてアンチBMPとして機能しているようです(11)。これらによってそのままだと表皮になってしまうはずの外胚葉が神経組織に誘導されます。
脊椎動物の場合、神経管が誘導されるとそれで終わりではなく、神経管および周囲の組織を巻き込んでさらに複雑な脊椎や運動神経・感覚神経などを制作することになるので、その準備を始めなければいけません。ルーフプレート由来のGDFやWNTはその準備作業を行うようです。マイヤーズとケスラーは神経管内におけるさまざまな領域分化について言及しています(11)。
図164-5 BMPの作用を抑制する
神経管や周辺組織が脊椎などを造るステージに入ったときに、円口類を除く脊椎動物ではノトコード(脊索)が消失します。ハーフェやリスバッドはノトコードという構造は解体されても、その細胞は髄核の中で生き延びると主張しています(12、13、図164-6)。確かに Shh は椎間板の内部にある髄核に発現しています(図164-6)。詳細なエヴィデンスを知りたい方は原著をご覧ください。ハーフェの論文の筆頭著者であるチョイさんのよい画像はみつからなかったので掲載できませんでした。
図164-6 脊索の運命について
椎間板は内部の髄核とそれを取り囲む線維輪からなり、脊椎のクッションとなって体重をささえている重要な組織です(14)。
参照
1)Lee, J.; Harland, R. M., Actomyosin contractility and microtubules drive apical constriction in Xenopus bottle cells". Devel. Biol. vol.311, pp.40-52. (2007) doi:10.1016/j.ydbio.2007.08.010. PMC 2744900 Freely accessible. PMID
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012160607012559?via%3Dihub
2)Huang Y, Winklbauer R., Cell migration in the Xenopus gastrula. Wiley Interdiscip Rev Dev Biol., vol.7(6): e325. doi: 10.1002/wdev.325. (2018)
https://www.researchgate.net/publication/326017419_Cell_migration_in_the_Xenopus_gastrula
3)福井彰雅 原腸陥入運動とケモカインシグナル 生物物理 vol.48(1),pp.23-29(2008)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/48/1/48_1_023/_pdf
4)S. Chernoivanenkoa, An. A. Minina, and A. A. Mininb, Role of Vimentin in Cell Migration., Russian J. Develop. Biol., Vol.44, No.3, pp.144–157 (2013)
https://www.researchgate.net/publication/257852243_Role_of_vimentin_in_cell_migration
5)Wikipedia: Neural plate
https://en.wikipedia.org/wiki/Neural_plate
6)Derek L. Stemple, Structure and function of the notochord: an essential organ for chordate development., Development vol.132, pp.2503-2512 (2005) doi:10.1242/dev.01812
file:///C:/Users/morph/AppData/Local/Temp/structure-and-function-of-the-notochord-an-essential-organ-for-chordate-development.pdf
7)Wikipedia: Notochord
https://en.wikipedia.org/wiki/Notochord
8)脳科学辞典:神経堤
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%A0%A4
9)Chester E. Chamberlain, Juhee Jeong, Chaoshe Guo, Benjamin L. Allen, Andrew P. McMahon, Notochord-derived Shh concentrates in close association with the apically positioned basal body in neural target cells and forms a dynamic gradient during neural patterning.,
Development vol.135 (6): pp.1097–1106. (2008) https://doi.org/10.1242/dev.013086
https://journals.biologists.com/dev/article/135/6/1097/65055/Notochord-derived-Shh-concentrates-in-close
10)脳科学辞典:神経誘導
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E8%AA%98%E5%B0%8E
11)Emily A. Meyers and John A. Kessler, TGF-b Family Signaling in Neural and
Neuronal Differentiation, Development, and Function., Cold Spring Harb Perspect Biol ; vol.9, no.8 a022244 (2017) doi: 10.1101/cshperspect.a022244.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28130363/
12)Choi KS, Cohn MJ, Harfe BD,Identification of nucleus pulposus precursor cells and notochordal remnants in the mouse: implications for disk degeneration and chordoma formation. Dev Dyn., vol.237(12): pp.3953–3958. (2008) doi:10.1002/dvdy.21805
https://anatomypubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/dvdy.21805
13)Makarand V. Risbud, Thomas P. Schaer, and Irving M. Shapiro, Towards an understanding of the role of notochodal cells in the adult intervertebral disc: from discord to accord. Dev Dyn., vol.239(8): pp.2141–2148.(2010) doi:10.1002/dvdy.22350
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3634351/
14)腰痛|症状や原因: 椎間板の役割
https://www.lumbago-guide.com/intervertebral-disc.html
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