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2021年9月20日 (月)

続・生物学茶話159:電気魚

電気魚(electric fish)はもちろん電気を感じることができる魚類すべてではなく、発電能力がある魚類のことだけをいいます。電気を感じるといえば、私たちも感電はするので感じることができないわけではありませんが、私たちは電気のための受容器は持っていませんし、もちろん発電器官も持っていません。魚類には発電はできなくても、特別な感覚器官を持っていて微弱な電気を感じることができる種は多いようです。しかし発電能力がある種は350種くらいで、魚類全体の3万種から考えると電気魚はごくマイナーなグループと言えます(1)。

電気魚のなかには強電気魚と弱電気魚がいますが、これはある意味人為的な分類で、発電したときにさわるとビリッとした痛みを伴う刺激があって感電したことがわかる種を強電気魚、わからない種を弱電気魚としています。しかしこの分類には人為的以上の意味があって、強電気魚はエサを痺れさせることによって「少ない労力で肉食する」、とか「敵に襲われたときに感電させて逃げる」などの目的で電気を製造していますが、弱電気魚は「環境の状態を検知する」、「エサを探す」、「仲間と交信」するなどの目的で電気を利用しているとされています。

強電気魚であるナイル川のデンキナマズの存在は古代エジプトでも知られていて、紀元前3100年にエジプトを統一したナルメル王の石版画にも描かれています(2、3、図159-1)。

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図159-1 デンキナマズと古代エジプトの石版画

デンキナマズの写真は Stan Shebs によるウィキペディアへの投稿

本稿を書くに当たってまず参照させていただいたのが菅原美子氏の総説で、この3本の総説(4-6)はそれぞれ、発電器・電気受容器・情報処理についてまとめてあり、フリーで公開されていたので大変参考になりました。図159-2は発電魚の一覧で、最初の総説(4)から一部引用させていただきました。軟骨魚類(板鰓類)にも硬骨魚類(条鰓類)にもそれぞれ少数ながら発電する魚類がいて、それぞれ独自に発電器官を進化の過程で獲得したものと思われます。

発電によって採餌するというのは、捕食者としての能力に不足があったからかもしれません。たとえばエイは発電しますが、強力な捕食者であるサメは発電しません。ただサメもロレンチーニ器官という電気受容器を持っていて、エサを探すのには電気を利用しているようです。弱電気魚は自分で周辺に電流をつくることができるので、サメのように非常に微弱な電流を検知しなくても、周辺の状況がわかります。哺乳類でもカモノハシはクチバシに電気受容器を持っていて、暗闇でもエサを探知できるようです(7、8)

発電器官の起源はジムノティ目のアプテロノテイド科(Apteronotidae)を除いては筋肉組織にあるようで、神経筋接合シナプス(シナプス後電位)が発電の起点になっています。アプテロノイドでは神経組織が起源となっているようです(4、9)。後者の場合発電の起点はアクションポテンシャルとなります。

菅原氏は在職中に急死されたとのことで、まことに惜しまれます(10)。

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図159-2 電気魚の種類

強電気魚はよく水族館などでもみかけます。なかでもデンキウナギは800Vの電圧を発生させることができるようです。ミシマオコゼは英語ではスターゲイザーですが、これは目が上についていて、見上げてばかりいるからでしょう。ミシマオコゼは発電器官を持ちますが、電気受容器は持っていません。この魚はミシマだけでなく、日本全国各地に分布しています。

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図159-3 強電気魚 

写真はすべてウィキペディアより 撮影者はシビレエイ:Robert Pillom, スターゲイザー:Canvasman21, デンキナマズ:既出、デンキウナギ:Steven G. Johnson

内蔵というとなかなか美しいと感じるものではありませんが、強電魚の発電器官は半透明で美しい臓器です(11)。シビレエイの発電器官は体の左右にあり、1000個以上の発電細胞が積み重なって発電柱を形成し、その発電柱が片側500~1000個集積して臓器をつくっています(12、図159-3)。シビレエイの場合腹側がマイナス、背側がプラスとなります。発電は運動神経によって支配されており、餌や敵を麻痺させるために使用します。理化学研究所はシビレエイを用いた海底地形探査や発電利用を研究しています(13)。

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図159-4 シビレエイの発電器官

弱電気魚は通常数百ミリボルト~数ボルトの発電しかできません。このカテゴリーの生物は図159-1のなかで、ガンギエイ科(Rajidae)、ジムノティ目(Gymnotiformes)、モルミリ目(Mormyriformes)に限られます(4)。ガンギエイ科のエイはカスベと呼ばれるものが多く、図159-5のメガネカスベは代表的ななもので日本でもみられます。ジムノティ目は南米に棲息する淡水魚で、熱帯魚屋で売っているナイフフィッシュは代表的なグループです(14、図159-5)。モルミリ目はアフリカに棲息する淡水魚で、アバ(アバアバ)やエレファントフィッシュ(エレファントノーズフィッシュともいいますが、鼻じゃなくてアゴが長い)が代表的なグループです(14、図159-5)。これらも熱帯魚屋で販売されています。

アバはリスマンがはじめて弱電魚の発電を記録した種です(15)。この魚は真後ろにも泳げるという特技があり、リスマンはこの最初の論文で「発電することによって目視しなくても後方の障害物を回避することができる」ことを指摘しています。

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図159-5 弱電気魚

写真はすべてウィキペディアより 撮影者はメガネカスベ:OpenCage.info、ブラックゴーストナイフフィッシュ:Derek Ramsey、アバ:Wiki-Harfus; modified by Wildfeuer、エレファントフィッシュ:spinola

エサを感電させるためには発電するだけで良いのですが、敵やエサを探知したり、周辺の地形を確認したりするためには電気受容器が必要です。なかにはサメのように発電はしないけれども、他の生物が発する微弱な電流をロレンチーニ器官という電気受容器で100万分の1ボルトの精度で検知し、エサの探索に利用しているような生物がいます(16)。すべての電気魚およびサメのような非電気魚がもっている標準的な電気受容器は図159-6の左図の様な形態で、アンプラ型電気受容器とよばれています(5、17)。

一方弱電気魚のジムノティ目とモルミリ目の生物は右図の結節型電気受容器を持っています。これは外界と直結していないので、明らかに感度は悪いと思われる構造ですが、外界からの情報をそのまま受容細胞が受け取るのではなく、何らかの加工を経由して受け取るには良いのかもしれません。私にはよくわかりません。ひとつ言えることは、この受容器は体内にあるので保護下にあり、かつ変化の少ない安定した条件のもとで情報を受け取ることができます(5、17)。

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図159-6 二つのタイプの電気受容器

弱電気魚は特定の発電器官から電気を流し、それを体の各所にある受容器で検知することによって、たとえば途中にあるものが電導性の藻であるか(図159-7、左図)、非電導性の石(図159-7、右図)であるかを電流の乱れを感知することによって判定することができます。その情報を中枢神経に集めて、次にとるべき行動を決めることができます(18)。この特技は暗闇で行動したり、後方に泳ぐときには非常に役に立ちます。

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図159-7 弱電気魚は周辺にあるものを検知できる

一部の弱電気魚は驚くべき高度な機能を持っています。グリーンナイフフィッシュは通常400ヘルツの電流で探索活動を行っていますが、近所に同じことをやっている仲間が現れると、周波数を420ヘルツや380ヘルツに変えて探索します(19、20)。もう60年近く前の仕事なので、著者の消息はわかりませんが、これこそテレパシーが実在することを世界ではじめて証明した仕事ではないでしょうか?

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図159-8 グリーンナイフフィッシュの混信回避

Carl D. Hopkins によってウィキペディアに投稿された図

 

参照

1)Mark E. Nelson, Electric fish, Curr Biol vo.21, no.14, R528, (2011)
https://www.cell.com/current-biology/pdf/S0960-9822(11)00349-6.pdf

2)Rosalind Park, Ancient egyptian headaches: Ichthyo- or electrotherapy
https://www.academia.edu/331345/Ancient_Egyptian_Headaches_ichthyo_or_electrotherapy

3)ウィキペディア:デンキナマズ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%8A%E3%83%9E%E3%82%BA

4)菅原美子 電気感覚系の比較生物学 I 電気器官と発電機構の多様性
比較生理生化学 vol.13, no.1, pp.34-47 (1996)

5)菅原美子 電気感覚系の比較生物学 II 電気受容器と電気受容機構
比較生理生化学 vol.13, no.3, pp.219-234 (1996)

6)菅原美子 電気感覚系の比較生物学 III 電気感覚の脳内機構と行動
比較生理生化学 vol.14, no.3, pp.194-209 (1997)

7)ウィキペディア:カモノハシ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%8F%E3%82%B7

8)ナショナルジオグラフィック 電気を使う動物のショッキングな事実
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9408/

9)Bennett, M. V. L.: In Fish Physiology. Vol .V, Hoar, W. S.& Randall, D. J. (eds), Academic Press, pp.347-491 (1971)

10)水村和枝 菅原美子先生を偲ぶ 日本生理学雑誌 vol.68, no.2, pp.84-85 (2006)

11)フィッシュズカン シビレエイは痺れる旨さ?
https://gyorui1a.com/2017/02/21/post-1854/

12)ウィキペディア:シビレエイ目
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%93%E3%83%AC%E3%82%A8%E3%82%A4%E7%9B%AE

13)理化学研究所 プレスリリース (2020)
https://www.riken.jp/press/2020/20201208_1/index.html

14)電気魚の種属
https://square.umin.ac.jp/wpj/ysuga/ef-world-2.html#400

15)H. W. Lissmann, Continuous Electrical Signals from the Tail of a Fish, Gymnarchus niloticus Cuv., Nature vol.167, pp.201–202 (1951)
https://www.nature.com/articles/167201a0

16)ウィキペディア:ロレンチーニ器官
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%8B%E5%99%A8%E5%AE%98

17)BrainKart.com: Electroreception
https://www.brainkart.com/article/Electroreception---Fishes_22059/

18)Wikipedia: Electroreception
https://en.wikipedia.org/wiki/Electroreception#Electrolocation

19)Wikipedia: Jamming avoidance response
https://en.wikipedia.org/wiki/Jamming_avoidance_response

20)Watanabe, A., Takeda, K.: The change of discharge frequency by A. C. stimulus in a weak electric fish. J.Exp.Biol. vol.40, pp.57–66 (1963)
https://journals.biologists.com/jeb/article/40/1/57/20904/The-Change-of-Discharge-Frequency-by-A-C-Stimulus



 

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