« ファイザー社のワクチンについて | トップページ | J-POP名曲徒然草214:「ひまわり」by 洸美 »

2021年8月18日 (水)

続・生物学茶話155:遺伝子・アミノ酸配列から見た神経伝達物質の進化

ここまで神経伝達物質受容体についていろいろと学んできました。ここではそれらの故事来歴すなわち進化について遺伝子やアミノ酸の配列から推測した論文に触れたいと思います。これまで述べてきたように、神経伝達物質受容体はシスループ型リガンド開口イオンチャネル受容体(Cys-loop ligand-gated ion channel receptors)とGタンパク質共役型受容体に大別されます。まず前者のイオンチャネル受容体ですが、このグループにはニコチン性アセチルコリン受容体、GABA受容体、5-HTセロトニン受容体、グリシン受容体、そしてあまりよく知られていませんが、亜鉛受容体なども含まれます(1)。

復習しておくと、これらの受容体の基本ユニットは4回膜貫通型のタンパク質で、それらが5個リング状に集合して、中央にイオン通過用のチャネルを形成するというのがこのグループの受容体の基本形です(2、図155-1)。イオンを選択的に通過させるというシステムは、メタゾアにとっては神経などを介したシグナリングのために重要な役割を果たしますが、単細胞の生物にとっても細胞内のイオン環境を適切に保つために必須なシステムだと考えられます。

1551a

図155-1 シスループファミリー受容体の基本構造

タスニームらはさまざまなメタゾア(動物)だけでなく、細菌や古細菌にもシスループ受容体スーパーファミリーに所属するタンパク質が存在することを証明しました(3)。このファミリーのユニバーサリティーについてはコッククロフトらが前から指摘していたようですが(4)、この論文はウェブサイトではアブストラクトも読めないので、私は見ておりません。タスニームらはそれを広範な調査研究によって明らかにしました。細胞膜の外側に突き出した部分のごく一部のアラインメントを図155-2に示します。詳細は原著(3)をご覧ください。特に古細菌とメタゾアの配列で、紺丸のR(アルギニン)、赤丸のT(スレオニン)、緑のP(プロリン)、緑枠に白のD(アスパラギン酸)が一致していることは目を見張ります(図155-2)。PとDはシアノバクテリアとも一致、Pだけはメタン酸化菌とも一致しています。

1552a

図155-2 シスループファミリータンパク質細胞外領域のアラインメント(一部のみ)

彼らはさまざまな生物の詳細なアミノ酸配列の解析結果データベースから、図155-3のような分子系統樹を作成しました(3)。この図は管理人が簡略化したものなので、詳細は原著(3)をご覧ください。膜4回貫通部位が4つある根元からLBD(ligand-binding domain)という幹が伸びているという構造は共通です。ここに示してあるアーケア(古細菌)の例はかなり特殊に分化しています。真核生物は陽イオンチャネルと陰イオンチャネルが分岐して進化したようです。細菌では基本的に陽イオンチャネルですが、塩化物イオンチャネルというようなものもあるようです。

1553a

図155-3 シスループタンパク質ファミリーの分子系統樹

タスニームらの発表以降、刺胞動物や軟体動物でもシスループファミリーの受容体も報告され、このグループのユニバーサリティーは確固たるものになりました(5、6)。ジャイテらはさらに広範なデーターベースの調査を行って、このファミリーは細菌においても巨大なファミリーを形成していて、その中には名前の根拠となったCysループにCysがないグループが存在し、それが単細胞や多細胞のユーカリヤ(真核生物)にも引き継がれていることを示しました(図155-4)。Cysがなくてもプロリン(Pro)は共通して存在することから、彼らはシスループファミリーという言葉を廃棄して、プロループファミリーという言葉を使用しています。

ジャイテらの調査によると、プロループファミリーのタンパク質はバクテリア、一部のアーケア、単細胞ユーカリア、メタゾアに分布しており、多細胞の植物、ほとんどのカビには分布していないということがわかりました(7)。アーケアの中ではユーリ古細菌、タウム古細菌には存在しますが、クレン古細菌とロキ古細菌のデータベースからは発見できなかったそうです(7)。これはアーケアとユーカリアのつながりを考える上で興味深いと思われます。

またメタゾアの基部に位置する各動物門を調査したところ、刺胞動物には陽イオン型と陰イオン型の両者(ニコチン性アセチルコリン受容体とGABA受容体)が見つかりましたが、平板動物・海綿動物・有櫛動物のデータベースからは発見できなかったそうです。有櫛動物は立派な神経系を持っていますが、このことは彼らの神経系が他の動物(左右相称動物や刺胞動物)とは独立に進化したことを示唆しています(7)。

シスループスーパーファミリーのアミノ酸配列において、β6-β7ループのプロリンが最も保存されていることを発見したのはジャイテらではなく別のグループですが(3、8)、ジャイテらはシステインが保存されていない場合が多いことを考慮して、このグループをプロループファミリーとよぶことを提唱しています。彼らの研究結果の一部を簡略化して図155-4に示します。詳しくは原著(7)をご覧ください。

1554bb

図155-4 プロループファミリーの分子系統樹

神経伝達物質受容体にはさらに巨大なGPCR(G protein-coupled receptor)というスーパーファミリーがあり、こちらはどのように進化してきたのかを概観しておきたいと思います。復習のために脳科学辞典の図(9)に少し説明を追加して、図155-5に掲載しました。細胞膜を貫通する部位が7ヵ所あり(TM1~TM7)、細胞の外側にN末、EL1~EL3、内側にIL1~IL3、C末ドメインが存在するという構造は共通です。

この巨大ファミリーはロドプシン様受容体ファミリー(ロドプシン・アドレナリン受容体・ムスカリン性アセチルコチン受容体・嗅覚受容体を含む)、セクレチン受容体ファミリー、代謝型グルタミン酸受容体らミリーの3つのサブファミリーに分類されます。この中でロドプシンは化学物質ではなく光に反応するので受容体とは言えません。ただしGタンパク質とはカップルしています(10)。

1555a

図155-5 GPCR型受容体の模式図

GPCRの進化を考える上で、常に話題になるのは高度好塩菌(古細菌・細菌)のバクテリオロドプシンです。これは膜7回貫通配列を持つ光感受性タンパク質ですが、Gタンパク質とは関係がなくGPCRとは言えません。光エネルギーによってプロトンを細胞外に排出し、細胞内のプロトン濃度を下げてアルカリ性にすることがその役割です。こうしておくと細胞内外のプロトン濃度差で駆動するATP合成酵素によって、必要な時にATPを合成できます(11、12)。

バクテリオロドプシンとGPCRとの構造上の類似性はすでに1992年に指摘されていますが(13)、ジャンらは多くの細菌・単細胞真核生物・多細胞真核生物の遺伝子を比較することによって、両者の関係を詳細に検討しました(14)。その結果を示したのが図155-6です。

1556a

図155-6 GPCR型受容体の分子系統樹

図155-6を見てまずわかるのは、バクテリオロドプシンはそのルーツは古くても進化系統樹の頂点まで進化を続けており、代謝型グルタミン酸受容体と非常に近い関係にあるということです。ロドプシン様受容体はルーツが非常に複雑ですが、現存のバクテリオロドプシン、代謝型グルタミン酸受容体、セクレチン受容体とはやや離れた位置にあるようです。ジャンらはロドプシン様受容体に比べて代謝型グルタミン酸受容体の遺伝子にはイントロンが少ないことなどから、GPCRスーパーファミリーの祖先型は代謝型グルタミン酸受容体だったのではないかと推測しています(14)。

ジャンらはデータベースの解析をもとに、非常にスケールの大きなGPCRスーパーファミリーの進化推測図を描きました(図155-7)。これによると膜7回貫通型のバクテリオロドプシンは12億年以上前から存在しているようです。彼らが注目しているのは図155-3にも登場したPBP(periplasmic binding protein) で、このモジュールはやはり12億年以上前から存在し、それがGPS(G-protein-coupled receptor proteolytic site)モジュールと共にN末に発現するようになって、そのままPBPがVFTM(venus flytrap module)に進化してセクレチンおよび代謝型グルタミン酸受容体が形成されたとしています。ロドプシン様受容体群はこのようなN末の変化がもともとないか、いったん獲得した機能が失われたグループが進化したものとしています(図155-7)。

1557a

図155-7 GPCR型受容体のルーツと進化

ひとつ心に留め置くべきは、GPCRファミリーのタンパク質はこれまで述べてきたものは種類から言えばマイナーなものであり、圧倒的多数は嗅覚受容体であることです。諏訪牧子によると、ヒトでは759種類、ラットでは1557種類、象では3119種類の受容体がみつかっているそうです(15)。GPCRファミリーのメジャーなグループはクラスAロドプシン様受容体とされています。ロドプシンと言えば光を連想しますが、それよりもまず化学物質を検出して、「取り込むか、逃げるか、放置するか」を判断することが生存するために重要であっただろうことは容易に想像できます。

参照

1)Wikipedia: Cys-loop receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Cys-loop_receptor

2)続・生物学茶話150: グリシン その1 神経伝達物質としてのグリシン
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/07/post-7d466c.html

3)Asba Tasneem, Lakshminarayan M Iyer, Eric Jakobsson and L Aravind., Identification of the prokaryotic ligand-gated ion channels and their implications for the mechanisms and origins of animal Cys-loop ion channels, Genome Biology 6:R4 (2004)
http://genomebiology.com/2004/6/1/R4

4)Cockcroft VB, Osguthorpe DJ, Barnard EA, Friday AE, Lunt GG. Ligand-gated ion channels. Homology and diversity. Mol Neurobiol. vol.4(3–4): pp.129–169. (1990) doi: 10.1007/BF02780338
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1725701/

5) Chapman JA, Kirkness EF, Simakov O, Hampson SE, Mitros T, Weinmaier T, et al. The dynamicgenome of Hydra. Nature. vol.464(7288): pp.592–596. (2010) doi: 10.1038/nature08830 PMID: 20228792

6) Kehoe J, Buldakova S, Acher F, Dent J, Bregestovski P, Bradley J. Aplysia cys-loop glutamate-gatedchloride channels reveal convergent evolution of ligand specificity. J Mol Evol. vol.69(2): pp.125–141. (2009) doi: 10.1007/s00239-009-9256-z PMID: 19554247

7)Mariama Jaiteh, Antoine Taly, Jérôme Hénin, Evolution of Pentameric Ligand-Gated IonChannels: Pro-Loop Receptors, PLoS ONE vol.11(3): (2016) e0151934. doi:10.1371/journal.pone.0151934
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0151934

8)Rendon G, Kantorovitz MR, Tilson JL, Jakobsson E. Identifying bacterial and archaeal homologs of pentameric ligand-gated ion channel (pLGIC) family using domain-based and alignment-basedapproaches. Channels (Austin). 2011; 5(4):325–343. doi: 10.4161/chan.5.4.16822
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.4161/chan.5.4.16822

9)脳科学辞典:Gタンパク質共役型受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA%E5%85%B1%E5%BD%B9%E5%9E%8B%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

10)ウィキペディア:ロドプシン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3

11)Wikipedia: Bacteriorhodopsin
https://en.wikipedia.org/wiki/Bacteriorhodopsin

12)続・生物学茶話138: GPCRの進化
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/04/post-e83f2e.html

13)Trumpp-Kallmeyer, S., Hoflack, J., Bruinvels, A., Hibert, M.:‘Modeling of G-protein-coupled receptors: application to dopamine, adrenaline, serotonin, acetylcholine, and mammalian opsin receptors’, J Med Chem., 1992, 35, (19), pp. 3448–3462. Epub 1992/09/18

14)Zaichao Zhang, Zhong Jin, Yongbing Zhao, Zhewen Zhang, Rujiao Li, Jingfa Xiao, Jiayan Wu, Systematic study on G-protein couple receptor prototypes: did they really evolve from prokaryotic genes? IET Systems Biology, vol.8(4): pp.154-161 (2014) DOI: 10.1049/iet-syb.2013.0037
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25075528/

15)諏訪牧子 ゲノム情報解析から概観するGPCRプロテオーム
ファルマシア Vol.50 No.9 pp.888-892 (2014)

| |

« ファイザー社のワクチンについて | トップページ | J-POP名曲徒然草214:「ひまわり」by 洸美 »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ファイザー社のワクチンについて | トップページ | J-POP名曲徒然草214:「ひまわり」by 洸美 »