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2021年8月 4日 (水)

続・生物学茶話153:グルタミン酸 その2 代謝型グルタミン酸受容体

代謝型グルタミン酸受容体は、すべて細胞膜7回貫通Gタンパク質共役型受容体(GPCR)です。GPCRは最も一般的な受容体ですが6つのグループに分類されています。最大のグループはロドプシン型グループで、地球上に微生物しかいなかった時代からこのグループの分子群は連綿と受け継がれてきており、クラスAと呼ばれています。そのほかにクラスB-Fがあり、グルタミン酸受容体はクラスCに所属します。ヒトには約800種類のGPCRが存在し、その8割以上はクラスAに所属します(1)。GPCRの詳細な分子構造が明らかになったのは21世紀になってからのことであり(2)、現在も研究が続けられています。

クラスCのGPDRは22種類みつかっており、グルタミン酸受容体以外にはGABA受容体や味覚受容体などが含まれます(3、4)。代謝型グルタミン酸受容体の遺伝子構造や機能は、20世紀末に京都大学の中西研究室を中心に研究が進められました(5、6)。その研究の中心人物のひとりだった桝(ます)氏が当時の研究室の雰囲気について「失敗を恐れず何でもチャレンジしてみる気風があり、合宿所のような雰囲気の中、皆朝から晩まで楽しく実験をしていました。」と記述しています(7)。

現在では8種類の代謝型グルタミン酸受容体が知られており、mGlu1とmGlu5がグループIで、これらが共役するGタンパク質はGq(あるいはGq/11)で、細胞内シグナル伝達経路を活性化する役割を持っています。それ以外のグループⅡ・グループⅢの受容体が共役するGタンパク質はGi/oで、細胞内シグナル伝達系を抑制するタイプになっています(8、図153-1)

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図153-1 代謝型グルタミン酸受容体の分類表

これらの受容体の細胞膜に埋め込まれている部分はありふれた膜7回貫通のαヘリックス構造ですが、細胞の外側にあるN末が長大なのが特徴です(9、図153-2左図)。このECD(extaracellular domain) は根元のCRD(cysteine-rich domain) と先端のVFTD(venus flytrap domain)からなります(図153-2右図)。Flytrap というのは辞書を引くとハエトリグサという食虫植物のことだそうです。最近 Zhang らはクライオ電子顕微鏡技術を用いて、リガンドが結合していない状態、結合した状態、遷移過程の状態などの美しいmGlu1受容体のモデルを提供することに成功しました(10)。ここではリガンドが結合していない状態のモデルだけをコピペしましたが、論文はフリーオープンなのでご覧になることをおすすめします。

リガンドがない状態でも、一応ホモダイマーを形成しているとみられるmGlu1受容体分子ですが、リガンドが結合することによって、それぞれの分子のVFTD部分が構造変化を起こして強く絡まり合い、その力でCRDや膜内部分(7TMD=7 transmembrane domain)までもが引き寄せられて近接する様子が示されています。

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図153-2 代謝型グルタミン酸受容体の構造

代謝型グルタミン酸受容体のグループIはGタンパク質αq (あるいはαq/11)と結合していて、リガンドが結合することによってGタンパク質は遊離し、PLCβを活性化し、図153-3のようにPKC活性を上昇させることになります。PKCは多くのタンパク質をリン酸化し、リン酸化されたタンパク質それぞれの機能に大きな影響を与えます。

さらに受容体がリガンド結合によって構造変化を起こし、受容体自身がGRKによってリン酸化されることが知られています。それによってアレスチンと受容体が反応して転写因子を活性化したり、受容体を細胞内に取り込むプロセスを発動したりします(11、図153-3)。後者はある種のフィードバック制御と考えられています。またリガンド結合によって、NMDA受容体の活性化も行われます(4)。この点は代謝型グルタミン酸受容体の機能について研究する上で注意すべきです。代謝型グルタミン酸受容体の活性変化によって、NMDA受容体の活性が影響を受け、直接的にはNMDA受容体の活性変化によってさまざまな結果が生まれる可能性があります。

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図153-3 グループI代謝型グルタミン酸受容体の機能

グループⅡ・Ⅲの受容体はリガンドと結合するとαi/oを遊離し、アデニル酸シクラーゼの活性を阻害する方向で作用し、PKAの活性はさがります。またカルシウムチャネルを閉じさせる作用もあって、PKCも低下し、細胞内のシグナル伝達系を抑制します(4、図153-4)。これらの受容体はカリウムチャネルを解放する作用もあるので、細胞の脱分極を阻害する方向に作用します(4、図153-4)。

代謝型グルタミン酸受容体はヘテロダイマーを形成することもあるようですが(図153-4)、その構造や機能の研究は現在進行中で、まだ詳細は明らかではないようです(12)。

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図153-4 グループⅡ・Ⅲ代謝型グルタミン酸受容体の機能

Zhang らは代謝型グルタミン酸受容体ホモダイマーのリガンド結合による構造変化についてモデルを提出しています。VFTDのコンフォーメーションチェンジによって、ダイマーが接近する様子が示されています(10、図153-5)。しかし注意すべきは、別角度から見た図も彼らの論文に掲載されていますが、それによると結合しているのはVFTDだけで、CRDも7TMDも接近はするものの、結合しているとは思えないことです(10)。サブユニット同士がCRDでSSブリッジを形成するという論文もあるので(13)、このあたりはまだまだ議論の余地があるものと思われます。

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図153-5 Zhangらによる代謝型グルタミン酸受容体の構造変換についての模式図

代謝型グルタミン酸受容体に異常のある実験動物やアゴニスト/アンタゴニストを用いた実験によれば、この受容体は統合失調症、自閉症、うつ病、不安心理、ステロイドの合成などに関与していることが示唆されています(14)。

 

参照

1) ウィキペディア:Gタンパク質共役受容体
https://ja.wikipedia.org/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA%E5%85%B1%E5%BD%B9%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

2) Rasmussen SG, Choi HJ, Rosenbaum DM, Kobilka TS, Thian FS, Edwards PC, Burghammer M, Ratnala VR, Sanishvili R, Fischetti RF, Schertler GF, Weis WI, Kobilka BK (2007). “Crystal structure of the human β2-adrenergic G-protein-coupled receptor”. Nature 450 (7168): 383?7. doi:10.1038/nature06325. PMID 17952055.

3) Wikipedia: Class C GPCR
https://en.wikipedia.org/wiki/Class_C_GPCR

4) Shen Yin and Colleen M. Niswender, Progress toward advanced understanding of metabotropicglutamate receptors: structure, signaling and therapeutic indications. Cell Signal. 2014 October ; 26(10): 2284?2297. doi:10.1016/j.cellsig.2014.04.022.

5) M Masu, Y Tanabe, K Tsuchida, R Shigemoto, S Nakanishi, Sequence and expression of a metabotropic glutamate receptor., Nature, vol.349(6312): pp.760-765.(1991)
doi: 10.1038/349760a0.
https://www.nature.com/articles/349760a0

6) Takahashi K, Tsuchida K, Tanabe Y, Masu M, Nakanishi S., Role of the large extracellular domain of metabotropic glutamate receptors in agonist selectivity determination. J Biol Chem. vol.268(26): pp.19341-19345. (1993)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8103516/

7) 桝正幸 二人の偉大な研究者との出会い 
http://www.chnmsj.jp/kenkyuui_taikendan3.html

8) Shen Yin and Colleen M. Niswender, Progress toward advanced understanding of metabotropic glutamate receptors: structure, signaling and therapeutic indications
Cell Signal., vol.26(10): pp.2284–2297. (2014) doi:10.1016/j.cellsig.2014.04.022
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24793301/

9) http://www.bris.ac.uk/synaptic/receptors/mglur/

10) Jinyi Zhang et al., Structural insights into the activation initiation of full-length mGlu1, Protein Cell 2021, 12(8):662–667
https://doi.org/10.1007/s13238-020-00808-5

11) Wikipedia: G protein-coupled receptor kinase
https://en.wikipedia.org/wiki/G_protein-coupled_receptor_kinase

12)ヒポクラ × マイナビ Bibgraph 代謝型グルタミン酸受容体2/4ヘテロ二量体の機能的および薬理学的特徴
https://bibgraph.hpcr.jp/abst/pubmed/22653971?click_by=p_ref

13)Siluo Huang et al., Interdomain movements in metabotropic glutamate receptor activation., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.108, pp.15480-15485 (2011)
https://doi.org/10.1073/pnas.1107775108
https://www.pnas.org/content/108/37/15480

14)Wikipedia: Metabotropic glutamate receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Metabotropic_glutamate_receptor

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