続・生物学茶話156:ニューロフィラメント その1
真核生物の細胞にはさまざまなオルガネラが含まれていますが、それ以外にも多様な線維や構造体で満たされています。ですから細胞は袋のようなものとはいっても、中はジャングルのように込み入っています。線維にもいろいろありますが、それらはアクチン線維(直径6~7nm)、中間径線維(直径10nm)、ミオシン線維(直径16nm)、微小管(直径25nm)などに大別されます。線維は繊維と書いてもかまいませんが、細胞生物学のジャンルでは線維の方が好まれるようです。
ニューロフィラメントは中間径線維のグループに属します。中間径線維はわが国の細胞生物学者石川春律(いしかわはるのり)が発見した構造で(1)、これを構成するタンパク質としてケラチン、ビメンチン、ラミン、ニューロフィラメント構成タンパク質などがよく知られています。ニューロフィラメントは神経細胞に特異的に存在する線維性の構造体です(2)。ニューロフィラメントを構成するタンパク質は、20世紀の終盤になって、ホフマン(3)、リーム(4)、シュレーパー(5)らの各グループによって精力的に研究が行われ、大きな進展がありました(図156-1)。
図156-1 ニューロフィラメント研究のパイオニア達
その後も多くの研究者の貢献によって現在では図156-2に示される5種類のタンパク質によって線維が構築されていることが明らかになっています(6)。図156-2に示されるように、すべてのタンパク質は短いN末のヘッド領域に続いて、保存性が高いαヘリックスを主体としたロッド領域があり、C末のテイル領域はそれぞれ大きく異なっています。ただペリフェリン以外は、ロッドに続いてグルタミン酸リッチな領域があります。NF-MとNF-HはKSP領域を含み、ここはリン酸化のホットスポットとなっています。後にも述べますがこれらのタンパク質のC末はニューロフィラメントの線維からはみ出して、他のコンポネントと相互作用を行うことが可能になっています。
図156-2 ニューロフィラメントを構成するサブユニット分子群の構造
ペリフェリンはこの中では一番分子量が小さい分子ですが、この分子だけで集合してフィラメントを作ることもできますし、他の分子とヘテロ集合してフィラメントを作ることもできます。この分子の異常によってALSが発生することもあるようです(7)。α-インターネキシンはNF-Lと同様ニューロフィラメントの基本構成要素であり、α-インターネキシン単独でもニューロフィラメントの構造を形成することができます。ところがα-インターネキシンの遺伝子をノックアウトしたマウスは一見正常に生育するという報告があります。これはこの遺伝子がヒト、マウス、ラットで高度に保存されていることを考えると不思議なことです(8)。ノックアウトマウスに頼るだけでは遺伝子の機能を解明できないことの好例かもしれません。
ニューロフィラメントの基本構成要素となる分子はまずパラレルに集合してダイマーを形成し、次にふたつのダイマーがアンチパラレルに集合してテトラマーを形成します。テトラマーが8個集合してリングを作った構造がニューロフィラメントの単位構造(unit length fragment)となります(図156-3)。それらがタンデムに繋がってニューロフィラメントが形成されます。ここで特徴的なのは、NF-MやNF-Hのテイルは非常に長いため、フィラメントに納まりきらず、ひげのような形ではみだしてしまうことです(図156-3)。これが他の線維構造とは大きく異なる点で、ニューロフィラメントの線維は、このはみだした部分がリン酸化などの修飾を受けて、他のニューロフィラメントあるいは別種の線維と接続した構造を形成できます。
図156-3 ニューロフィラメント構成分子の集合様式
実際にニューロフィラメントが細胞内でジャングルジムのような構造を形成していることは、電子顕微鏡によって確認されています。NF-MやNF-Hのテイルはそこでクロスリンカーとしての役割を果たしています。クロスリンカーは教科書に書いてあるように、フィラメントから直角に出ているわけではなく、さまざまな角度でクロスリンクを形成できるようなフレキシビリティーがあります(6、9、図156-4)。またはしご状だけでなく3叉または4叉の構造も形成できるようです。図156-4には微小管とクロスリンクを形成しているとみられる部分もあります。
図156-4 ニューロフィラメントの電子顕微鏡写真
どうして神経細胞の線維としてニューロフィラメントが必要かと言えば、それは普通の細胞を犬小屋だとすると、神経細胞は超高層マンションというくらいのサイズの違いがあるというのがひとつの理由でしょう。木造の超高層マンションは存在しません。鶏卵は巨大ですが、殻がなければほぼアモルファスな液体です。このような細胞で脊髄と筋肉をつなぐことはできません。やはり細胞内にジャングルジムを構築し、巨大な細胞にしては細い管である軸索を切れたり潰れたりすることがないよう、維持するためには細胞の外側の殻に相当するミエリン鞘とともに、細胞の内側にも頑丈なニューロフィラメントが必要なのでしょう。
ゲリー・ショーがウィキペディアにニューロフィラメントの染色図を提供してくれています(2、10、図156-5、156-6)。図156-5はラットの脳細胞を培養し、ニューロフィラメント(赤)と微小管(緑、MAP2は微小管のマーカータンパク質)を染色したものです。比較的短い突起(樹状突起)は緑色、長い突起(軸索)は赤色にきれいの染め分けられています。ニューロフィラメントが軸索を維持するために必要であることが示唆されています。
図156-6はラット胎仔脳の神経細胞とグリア細胞を培養して、α-インターネキシンとコロニン1a(グリア細胞のマーカータンパク質)を免疫染色したものです。α-インターネキシンが神経細胞に特異的に発現していることがわかります。この時期のα-インターネキシンは軸索だけに存在しているわけではなく、神経細胞全体に分布しています。
図156-5 ラット脳細胞の培養系でのニューロフィラメント(赤)と微小管(緑)の免疫染色
図156-6 ラット胎仔脳細胞の培養系におけるα-インターネキシン(赤)とコロニン1a (緑)の免疫染色
図156-7は軸索を輪切りにして電子顕微鏡で観察した図ですが、微小管もニューロフィラメントもそれぞれ満遍なく、ほぼ一定の間隔で配置されていることがわかります。軸索の外側はミエリン鞘によって何重にも保護されているので、細胞骨格は細胞膜周辺の強化には配置されず、細胞全体をジャングルジム化して構造を維持するという役割を与えられているようです。ニューロフィラメントタンパク質はテイルがリン酸化されることによってタンパク質分解酵素の攻撃を回避することができるため、非常に安定な線維構造を維持できるようです(6、11)。
図156-7 電子顕微鏡で観察する軸索横断面
ニューロフィラメント各遺伝子の欠損によって神経が萎縮し、運動失調、情報伝達速度の低下などが起こることがウズラ(12、13)やマウス知られています(14-16)。ヒトでもシャルコー・マリー・トゥース病などが発生することがあるようですが、病気との関連については後に言及する予定です。
参照
1)Ishikawa H, Bischoff R, Holtzer H. 1968. Mitosis and intermediate-sized
filaments in developing skeletal muscle. J Cell Biol vol.38: pp.538-555 (1968)
https://rupress.org/jcb/article/38/3/538/1541/MITOSIS-AND-INTERMEDIATE-SIZED-FILAMENTS-IN
2)Wikipedia: neurofilament
https://en.wikipedia.org/wiki/Neurofilament
3)Paul N. Hoffman and Raymond j. Rasek, The slow component of axonal transport. Identification of major structural polypeptides of the axon and their generality among mammalian neurons. J Cell Biol, vol.66, pp.351-366 (1975)
https://rupress.org/jcb/article/66/2/351/77483/The-slow-component-of-axonal-transport
4)Liem RK, Yen SH, Salomon GD, Shelanski ML., Intermediate filaments in nervous tissues. J Cell Biol vol.79: pp.637-645 (1978)
https://rupress.org/jcb/article/79/3/637/56382/Intermediate-filaments-in-nervous-tissues
5)Schlaepfer WW, Freeman LA., Neurofilament proteins of rat peripheral nerve and spinal cord. J Cell Biol vol.78: pp.653-662 (1978)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/701353/
6)Aidong Yuan, Mala V. Rao, Veeranna, and Ralph A. Nixon., Neurofilaments and Neurofilament Proteins in Health and Disease., Cold Spring Harb Perspect Biol 2017;9:a018309 (2017)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5378049/
7)Wikipedia: peripherin
https://en.wikipedia.org/wiki/Peripherin
8)Levavasseur F,Zhu Q, Julien JP., No requirement of alpha-internexin for nervous system development and for radial growth of axons., Brain research. Molecular Brain Research, vol.69(1): pp.104-112 (1999) DOI: 10.1016/s0169-328x(99)00104-7
https://europepmc.org/article/med/10350642
9)N Hirokawa, Marcie A Glicksman, M B Willard., Organization of mammalian neurofilament polypeptides within the neuronal cytoskeleton., The Journal of Cell Biol. vol.98(4): pp.1523-1536 (1984)
Uploaded by Marcie A Glicksman to the website of Research Gate
https://www.researchgate.net/figure/Axonal-neurofilaments-from-Triton-extracted-spinal-cord-incubated-with-nonimmune-IgG-and_fig2_16771607
10)Wikipedia: internexin
https://en.wikipedia.org/wiki/Internexin
11)Pant HC., Dephosphorylation of neurofilament proteins enhances
their susceptibility to degradation by calpain. Biochem J vol.256: pp.665–668.(1988)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1135461/
12)Yamasaki H, Itakura C, Mizutani M., Hereditary hypotrophic axonopathy with neurofilament deficiency in a mutant strain of theJapanese quail. Acta Neuropathol vol.82: pp.427–434. (1991)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1785256/
13)Ohara O, Gahara Y, Miyake T, Teraoka H, Kitamura T., Neurofilament deficiency in quail caused by nonsense mutation in neurofilament-L gene. J Cell Biol vol.121: pp.387–395. (1993)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8468353/
14)Elder GA, Friedrich VL Jr, Bosco P, Kang C, Gourov A, Tu PH, Lee VM, Lazzarini RA., Absence of the mid-sized neurofilament subunit decreases axonal calibers, levels of light neurofilament (NF-L), and neurofilament content. J Cell Biol vol.141: pp.727–739.(1998)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9566972/
15)Elder GA, Friedrich VL Jr, Kang C, Bosco P, Gourov A, Tu PH, Zhang B,Lee VM, Lazzarini RA., Requirement of heavy neurofilament subunit in the development of axons with large calibers. J Cell Biol vol.143: pp.195–205. (1998)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2132822/
16)Elder GA, Friedrich VL Jr, Margita A, Lazzarini RA., Age-related atrophy of motor axons in mice deficient in the mid-sized neurofilament subunit. J Cell Biol 146: 181–192. (1999)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2199745/
| 固定リンク | 2
「生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事
- 続・生物学茶話246: シナプス前細胞のアクティヴゾーン(2024.09.15)
- 続・生物学茶話245:シナプスとSNARE複合体(2024.09.08)
- 続・生物学茶話244:記憶の科学のはじまり(2024.08.29)
- 続・生物学茶話243:記憶の源流をたどる(2024.08.19)
- 続・生物学茶話242:脚橋被蓋核(2024.07.30)
コメント