« 千葉NT ジョイフル本田 | トップページ | 久保建英君の発言 »

2021年7月20日 (火)

続・生物学茶話151: グリシン その2 グリシン受容体のルーツ

刺胞動物の神経系を最初に記載したのはルイ・アガシ-だとされています(1、図151-1)。なにしろ1850年のことですから、脳が無いのにどうして神経系が存在するのだと批判されたようです。現在ではもちろん、イソギンチャクもヒドラもクラゲも立派な神経系を持っていることが証明されています。刺胞動物に神経系が存在することを認知する上で、ジェーン・ウェストフォール(図151-1)らは大きな貢献をしました。彼女らは電子顕微鏡などをつかって執拗に研究をつづけ、シナプス前細胞のシナプス小胞、シナプス後細胞の受容体などについて多くの知見を得ました(2)。図151-1には走査電子顕微鏡の写真(フリー)を貼っておきました(3)。多くの先達の努力によって、エディアカラ紀以前の時代、左右相称動物が成立するより前に分岐した刺胞動物にも、私たちと同様な神経系があることを疑う人はいなくなりました。

1511a

図151-1 刺胞動物の神経系

刺胞動物を代表する生物のひとつであるヒドラは特に分化した内臓は持たず、消化管があるだけですが、足盤で体を固着させ、刺胞を使って餌をとり、触手を動かして消化管に送り込みます。体の外側と内側(消化管側)に別種の細胞が分布していますが、神経細胞はその両側に存在し、ネットワークを形成しています(図151-2)。全体図はウィキペディア(4)、断面模式図は慶大資料(5)、銀染色写真は文献(6)から拝借しました。

1512a

図151-2 ヒドラの神経系

イエロボンらはヒドラがGABA受容体やグリシン受容体を持つことを次々に証明しました(7、8)。さらにネマトステラ(イソギンチャクの仲間)という刺胞動物の全ゲノム解析が完了して、GABA、GABA、グリシンなどの受容体とみられる遺伝子もみつかりました(9)。年月を経て、ようやくヒドラのグリシン受容体遺伝子の同定も行われたようです(10)。クラゲという名前ですが、刺胞動物とは門がことなるクシクラゲ(有櫛動物)は多種のGPCRを保有していることが知られていますが(11)、さらにイオンチャネル型受容体であるグリシン受容体も保有しているという報告があります(12)。有櫛動物はメタゾア(いわゆる動物)の一番根元から分岐したと考えられており、他のすべての動物とは起源が異なる神経系を持つとされています(13、14、図151-3)。このような生物でさえグリシン受容体を保有していることは、メタゾアの起源となるような生物がすでにこれを保有していたことを示唆します。

1513a

図151-3 非常に大雑把な生物系統樹

哺乳類のグリシン受容体を構成するサブユニットにはα型の4つのアイソフォームとβ型があることが知られており、これらは発生段階や存在する場所によって分布に違いがあります(図151-4)。発現の時期からみるとα2とα4はいわゆる胎児型と思われます。

α1の遺伝子 Glra1 に変異があり、痙攣したり、硬直したりするマウスの系統いくつかあって、spasmodic mouse や oscillater mouse と呼ばれています。このような変異はヒトでも存在します(15)。ヒトの場合この遺伝子の変異によって癲癇や驚愕病を発症する場合があることが知られています(16、17)。α2やα3の遺伝子をノックアウトすると、一見正常なマウスのように見えますが、視覚(α2、α3)や痛覚(α3)に問題が発生することが報告されており、これらが感覚系に関与していることが示唆されています(15)。βの遺伝子 Glrb に変異があるとやはり驚愕病・痙攣・硬直がみられるので、αとのヘテロ型受容体がスムースな筋肉の動きに重要な役割をはたしていることが示唆されます(15)。

1514a

図151-4 哺乳類グリシン受容体のサブユニット

驚愕病はびっくり病ともいい(英語では Hyperekplexia)、ウィキペディアでは「不意をつく音や接触などにより筋痙攣・硬直が誘発される非常に稀な病気であり、主に遺伝性とされる。・・・原因となる染色体の異常がいくつか同定されている。 特に多いのが抑制性神経伝達に関与するグリシンの受容体や輸送体の遺伝子変異で、これはグリシン作動性抑制神経の低下をまねく。」と解説しています。グリシンの受容体に結合し、アンタゴニストとして作用するストリキニーネは痙攣を誘発します(18)。このこともグリシンの働きが正常な筋肉の動きに必要であることを示唆しています。

マイケル・ジャクソンの死に関係したとされる麻酔剤のプロポフォールはGABA受容体やグリシン受容体を強制作動させる薬品で、依存性もあり、過剰投与は心拍・血圧・呼吸の低下を招き、死に直結するおそれがあります。アルコールやイベルメクチンにもグリシン受容体の作用を亢進させる機能があります(19)。

これまでみてきたように、ニコチン性アセチルコリン受容体、セロトニンの5HT受容体、GABA受容体、グリシン受容体はすべて膜4回貫通サブユニットが5個集合して受容体を形成するという類似した構造をとっており、Cys-loop グループと呼ばれることもあります(20)。これらの受容体グループのルーツは多細胞生物が出現してまもなくという非常に古い時代にあると思われます。

 

参照

1)G.O.Mackie, The first description of nerves in a cnidarian: Louis Agassiz’s account of 1850., Hydrobiologia vol.530, pp. 27-32 (2004)
https://link.springer.com/article/10.1007/s10750-004-2643-y

2)Jane A. Westfall, Ultrastructure of synapses in the first-evolved nervous systems., Journal of Neurocytology vol.25, pp.735–746 (1996)
https://link.springer.com/article/10.1007/BF02284838

3)Dirk Bucher, Peter A. V. Anderson, Evolution of the first nervous systems – what can we surmise?
J Exp Biol vol.218 (4): pp.501–503.(2015)
https://journals.biologists.com/jeb/article/218/4/501/14124/Evolution-of-the-first-nervous-systems-what-can-we

4)Wikipedia: Hydra (genus)
https://en.wikipedia.org/wiki/Hydra_(genus)

5)慶應義塾大学教育資料 文系学生への実験を重視した自然科学教育
https://www.sci.keio.ac.jp/gp/FE14F344_67A6D78B.html

6)P.Pierobon, Coordinated modulation of cellular signaling through ligand-gated ion channels in Hydra vulgaris (Cnidaria, Hydrozoa).,
Int. J. Dev. Biol. vol.56: pp.551-565 (2012) doi: 10.1387/ijdb.113464pp
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22689363/

7)P.Pierobon et al., Biochemical and functional identification of GABA receptors in Hydra vulgaris. Life Sci vol.56: pp.1485-1497. (1995)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7752813/

8)P.Pierobon et al., Putative glycine receptors in Hydra: a biochemical and behavioral study. Eur J Neurosci 14: 1659-1666. (2001)
https://www.researchgate.net/publication/229521494_Putative_glycine_receptors_in_Hydra_a_biochemical_and_behavioural_study

9)Anctil, M., Chemical transmission in the sea anemone Nematostella vectensis: A genomic perspective. Comp Biochem Physiol Part D 4: 268-289. (2009)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20403752/

10)L. Hufnagel, P. Pierobon, G. Kass-simon, Immunocytochemical localization of a putative strychnine-sensitive glycine receptor in Hydra vulgaris., Cell and Tissue Research vol.377, pp.177–191 (2019) DOI:10.1007/s00441-019-03011-z
https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs00441-019-03011-z

11)続・生物学茶話138: GPCRの進化
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/04/post-e83f2e.html

12)Robert Albersteina et al., Glycine activated ion channel subunits encoded by ctenophore glutamate receptor genes., Proc Natl Acad Sci USA, vol.112(44): E6048-57.(2015) doi: 10.1073/pnas.1513771112
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26460032/

13)続・生物学茶話130: クシクラゲ(有櫛動物)の衝撃
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/02/post-fcf5d1.html

14)Leonid L. Moroz, Convergent evolution of neural systems in ctenophores., The Journal of Experimental Biology vol.218, pp.598-611 (2015) doi:10.1242/jeb.110692
https://jeb.biologists.org/content/218/4/598

15)Sébastien Dutertre, Cord-Michael Becker, and Heinrich Betz., Inhibitory Glycine Receptors: An
Update., J. Biol. Chem. VOL.287, NO.48, pp.40216–40223 (2012)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3504737/

16)榮本昭仁 et al., 遺伝子解析により診断が確定したStartle病(Hyperekplexia)の家族例 静岡赤十字病院研究報 vol.37, no.1, pp.15-19 (2017)

17)守吉秀行 et al.,グリシン受容体α1遺伝子に点変異を認め,クロナゼパムが著効したhereditary hyperekplexiaの1家系 臨床神経学 58巻 7号 pp.435-439(2018)

18)ウィキペディア:ストリキニーネ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%AD%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%8D

19)Gonzalo E. Yevenes and Hanns Ulrich Zeilhofer1, Allosteric modulation of glycine receptors., British Journal of Pharmacology., vol.164, pp.224–236 (2011) DOI:10.1111/j.1476-5381.2011.01471.x

20)Yan-Lin Fu et al., Cys-Loop Receptors., Advances in Protein Chemistry and Structural Biology, (2016)
https://www.sciencedirect.com/topics/neuroscience/cys-loop-receptors

 

| |

« 千葉NT ジョイフル本田 | トップページ | 久保建英君の発言 »

生物学・科学(biology/science)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 千葉NT ジョイフル本田 | トップページ | 久保建英君の発言 »