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2021年6月 5日 (土)

続・生物学茶話145:小胞神経伝達物質トランスポーター

シドニー・ブレナー(図145-1)はC.エレガンスの大規模な遺伝子解析をベースとして、その哺乳類ホモログをみつけて遺伝子機能の解析を行なうというストラテジーのもとに、C.エレガンスの突然変異体を約300体ほど分離してそれらの性質を調べ、その結果を1974年に発表しました(1)。そのなかにぐるぐる回転したりブルブル震えたりして正常な運動ができない突然変異体 unc-17というのがありました。

アルフォンソとランド(図145-1)らのグループがこの遺伝子をクローニングし塩基配列を調べてみると、哺乳類の副腎髄質にみられるクロム親和性顆粒にカテコールアミンをとりこむトランスポーター、あるいは神経細胞にみられるトランスポーターと30%台ですが相同性が認められました(2)。その後の研究によって、この遺伝子がコードするタンパク質はC.エレガンスの小胞アセチルコリントランスポータ(VAChT=vesicular acethylcholine transporter)であることが明らかになりました。

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図145-1 小胞神経伝達物質トランスポーター研究のパイオニア達

ランドらはその後VAChTの遺伝子を完全に欠く変異体は致死であり、この遺伝子に変異を導入して機能を低下させると、体が小さくなったり運動機能が低下したりするという欠陥が発生するということを確認しました(3)。VAChTのノックアウトマウスは神経筋接合部位に異常があり、生後数分でチアノーゼを起こして死亡するという報告があります(4)。VAChTは細胞膜のモノアミントランスポーターと同じく12回膜貫通タンパク質ですが、SLC6ではなくSLC18という Solute carrier family のサブファミリーに所属しており、脊椎動物の場合この他に小胞モノアミントランスポーター(VMAT1、VMAT2)の2種類のタンパク質が所属しています(5、図145-2にレンガ色で記載)。

無脊椎動物の多くはVAChTとVMATの2種類だけを持つと考えられていましたが、ショウジョウバエは両者と関連がある portabella という遺伝子がつくるタンパク質を持っており、キノコ体に発現して性行動を決定するなどの機能があるそうです(6)。

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図145-2 脊椎動物の小胞神経伝達物質トランスポーターのリスト

脳科学辞典によると「VMAT1は、主に副腎髄質のクロム親和性細胞や腸管の腸クロム親和性細胞など、さまざまな神経内分泌細胞の有芯小胞の膜上に存在する。一方で、VMAT2は、主に中枢神経系や交感神経系のモノアミン作動性神経終末にあるシナプス小胞の膜上に存在するが、VMAT1と同様に副腎髄質のクロム親和性細胞の有芯小胞にも存在する」と記載されています(7)。 VMAT2はシナプス前細胞に存在して、とりあえず図145-3のように細胞膜のモノアミントランスポーターによってとりこまれたモノアミンを、さらにシナプス小胞にとりこんでストックするという作業を行います。

シナプス小胞はプロトンポンプによって水素イオンをとりこんでおり、その濃度勾配を利用してアセチルコリン、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどを小胞内に取り込むのが小胞神経伝達物質トランスポーターの仕事です。

シナプス小胞は神経伝達因子をとりこみストックしますが、それを脱分極を契機として、電位依存性カルシウムチャネル(Voltage-gated Ca2+ channel)などの働きでシナプス間隙に放出し、それをシナプス後細胞の受容体が受け止めて神経伝達が行われます(図145-3)。放出の方法は2種類あり、シナプス小胞の膜が細胞膜と完全に融合して、中身がすべて細胞外に解放されるというやり方(Full-collapse fusion)と、kiss-and-run というシナプス小胞と細胞膜の融合部に窓ができて、そこから中身の一部が放出され、その後窓は閉じられてシナプス小胞が修復再生されるというやり方があります(8)。

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図145-3 小胞神経伝達物質トランスポーターはシナプス前細胞でシナプス小胞に神経伝達物質を蓄積する

VMAT2の模式図を図145-4に示します。VMAT2は12回膜貫通タンパク質であり、3本の貫通部位(αヘリックス)が一組となって、4組の支柱の中央にモノアミンを通過させる通路が形成されています(9)。VMAT1もよく似た構造ですが、VMAT2とのホモロジーは60%くらいしかありません(10)。VAChTも構造はよく似ているようです。

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図145-4 VMAT2の模式図

シナプス小胞はエンドソームから形成されますが、エンドソームはしだいに酸性化するという特徴を持っています。したがってシナプス小胞ができる頃。その内部には水素イオンが蓄積されています。水素イオンがモノアミントランスポーターと結合すると、トランスポーターは構造を変え、細胞質からモノアミンをとりこみます。さらにもうひとす水素イオンが結合すると、もう一度構造が変わってモノアミン1分子を小胞内に放出します。それと同時に2つの水素イオンを細胞質に放出します(11、図145-5)。このメカニズムは仮説であって、正しいかどうかはわかりません。別のモデルもあるようです(9)。ただこのトランスポーターが2個の水素イオンvs1分子のモノアミンのアンチポート(対向輸送)を行うことは確かなようです。

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図145-5 小胞神経伝達物質トランスポーターの動作についての仮説

SLC18はSLCファミリーのなかでもメジャーなMSF(Major facilitator superfamily)というグループに属してす。MSFグループの分子は膜を12回または24回貫通するという特徴を持ち、原核生物にその起源が求められるという古い歴史を持つタンパク質群です(12、13)。SLC18も真核生物には広く分布していて、図145-6に示すような分子系統樹が発表されています(14)。

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図145-6 小胞神経伝達物質トランスポーターの分子系統樹

図145-2のカタログのように脊椎動物は一般にVMAT1、VMAT2、VAchTの3種類の小胞トランスポーターを持つとされてきましたが、最近SLC18B1というもう一種のトランスポーターが加わりました(図145-6)。無脊椎動物はVMATとVAChTという2種類の小胞トランスポーターを持つとされてきましたが、こちらにもSLC18A4、SLC18B1という新しい系統が加わりました。

SLC18B1というのはポリアミントランスポーター(VPAT)で、記憶に関与するなどの報告が蓄積中です(15)。脊椎動物および無脊椎動物に存在が認められていますが、ショウジョウバエではVPATはまだみつかっていません。SLC18A4は前述の portabella 遺伝子の産物で、ショウジョウバエ以外の昆虫にも存在するモノアミントランスポーターであり、記憶などに関与していると考えられています(6)。こちらは脊椎動物ではオルソログがみつかっていません。

参照

1)S. Brenner, The genetics of Caenorhabditis elegans., Genetics vol.77 pp.71-94 (1974)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1213120/pdf/71.pdf

2)Alfonso, A., Grundahl, K., Duerr, J.S., Han, H.P., & Rand, J.B. (1993).
The Caenorhabditis elegans unc-17 gene: a putative vesicular acetylcholine transporter. Science (New York, N.Y.), 261(5121), 617-9. [PubMed:8342028] [WorldCat] [DOI]
https://www.jstor.org/stable/2882028?seq=1

3)Eleanor A Mathews, Gregory P Mullen, Jonathan Hodgkin, Janet S Duerr, James B Rand., Genetic interactions between UNC-17/VAChT and a novel transmembrane protein in Caenorhabditis elegans., Genetics., vol.192(4): pp.1315-1325.(2012) doi: 10.1534/genetics.112.145771.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23051648/

4)de Castro, B.M. et al., The vesicular acetylcholine transporter is required for neuromuscular development and function., Molec. Cell. Biol., vol.29, pp.5238-5250 (2009) doi: 10.1128/MCB.00245-09.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19635813/

5)脳科学辞典:小胞アセチルコリントランスポーター
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B0%8F%E8%83%9E%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

6)Brooks ES et al., A putative vesicular transporter expressed in Drosophila mushroom bodies that mediates sexual behavior may define a neurotransmitter system., Neuron, vol.72(2):pp.316-329 (2011) DOI: 10.1016/j.neuron.2011.08.032
https://europepmc.org/article/pmc/3201771

7)脳科学辞典:小胞モノアミントランスポーター
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%B0%8F%E8%83%9E%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC

8)Wikipedia: シナプス小胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9%E5%B0%8F%E8%83%9E

9)Dana Yaffe, Lucy R. Forrest, and Shimon Schuldiner., The ins and outs of vesicular monoamine transporters., J. Gen. Physiol., Vol. 150 No. 5, pp.671–682 (2018)
https://doi.org/10.1085/jgp.201711980

10)Wikipedia: Vesicular monoamine transporter 1
https://en.wikipedia.org/wiki/Vesicular_monoamine_transporter_1

11)Wikipedia: Vesicular monoamine transporter
https://en.wikipedia.org/wiki/Vesicular_monoamine_transporter

12)Wikipedia: Major facilitator superfamily
https://en.wikipedia.org/wiki/Major_facilitator_superfamily

13)Pär J. Höglund, Karl J.V. Nordström, Helgi B. Schiöth, and Robert Fredriksson, The Solute Carrier Families Have a Remarkably Long Evolutionary History with the Majority of the Human Families Present before Divergence of Bilaterian Species., Mol Biol Evol. vol.28(4): pp.1531–1541. (2011) doi: 10.1093/molbev/msq350
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3058773/

14)Hakeem O. Lawal and David E. Krantz, SLC18: Vesicular neurotransmitter transporters for monoamines and acetylcholine., Mol Aspects Med., vol.34, pp.360–372 (2013) doi:10.1016/j.mam.2012.07.005

15)Robert Fredriksson et al., The polyamine transporter Slc18b1(VPAT) is important for both short and long time memory and for regulation of polyamine content in the brain., PLOS Genetics (2019) https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1008455
https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1008455

 

 

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