続・生物学茶話143: セロトニン受容体
GPCR型(Gタンパク質共役受容体型)のセロトニン(5-HT)受容体は脊椎動物と無脊椎動物が分岐するより以前、約6億年前以前にすでにできあがっていたとされています(1)。そしてその後脊椎動物が進化する過程で、図143-1のような様々な受容体が生まれてきました。1型、2型、4~7型はすべて膜7回貫通のGPCRタイプで、3型だけがカチオンチャネルです(2、図143-1)。
セロトニンと結合することによって、5-HT1と5-HT5はGi/Goと共役してcAMP合成を抑制する方向に、5-HT4・5-HT6・5-HT7はGsと共役してcAMP合成を促進する方向に作用します。前者は興奮を抑制し、後者は促進するという役割を分担しています(2)。5-HT2はGqと共役して細胞内のカルシウム濃度を高め、興奮方向に誘導します(図143-1)。
図143-1 セロトニン受容体一覧表
GPCR型受容体の機能は、それぞれが共役しているGタンパク質の機能によって様々です。Gタンパク質が合成酵素の活性を調節することによってに濃度が調節されているcAMP、IP3、DAGの機能については、復習として図143-2にまとめておきました。Gタンパク質の機能についてはここでも以下簡単に解説しますが、より詳しく知りたい方にはフリーで読める総説もあります(3)。
図143-2 Gタンパク質によって調節される情報伝達因子の構造と機能
無脊椎動物のセロトニン受容体はショウジョウバエ、軟体動物、C.エレガンスなどで1990年頃から詳しい研究が行われ、5-HT7、5-HT1、5-HT2の脊椎動物とオルソログの関係にある遺伝子産物が存在して、それぞれGタンパク質Gs、Gi、Gqと共役関係にあることがわかっています(1、4)。つまり単に受容体の遺伝子が類縁関係にあるだけでなく、カップリングする相手のGタンパク質も進化上保存されているということになります。様々な無脊椎動物におけるセロトニン受容体のリストが文献1に出ています。
この3つのタイプがGPCR系セロトニン受容体の基本形で、それぞれの機能について図143-3にまとめました。5-HT7系(5-HT4/6/7)はセロトニンと結合することによって構造を変換し、その影響でGαsタンパク質はGDPを解離してGTPと結合します。この結果GβGγと3量体を形成していたGαsはこれらと解離して単独で行動し、アデニル酸シクラーゼと結合してこれを活性化し、細胞内のcAMPのレベルを上昇させます。5-HT1系(5-HT1/5)の場合、Gαi/oは逆にアデニル酸シクラーゼを阻害し、cAMPのレベルを低下させます。5-HT2と共役するαqはフォスフォリパーゼCを活性化して、図143-2のようなメカニズムで細胞質のカルシウムイオン濃度を上昇させたり、プロテインキナーゼCの活性を上昇させたりすることによって、細胞を興奮方向にシフトさせます。
図143-3 それぞれのセロトニン受容体と共役するGαタンパク質の種類による機能の違い
イオンチャネル型のセロトニン受容体は、脊椎動物以外ではC.エレガンスでみつかっていて、MOD-1と命名されています(5)。この受容体は脊椎動物の5-HT3と同様Cys-loop受容体ファミリーに属しますが、MOD-1は塩素チャネルであり、カチオンチャネルである5-HT3とは進化的に関係が希薄です。C.エレガンスでは行動・採餌・意思決定・嫌悪物質の学習などに、この受容体が重要な役割を果たしているとのことですが(6)、この種の受容体は他の無脊椎動物ではみつかっていません(1)。
C.エレガンスは線形動物門に属する生物で、体長1mmにも満たない目立たない生物ですが(図143-4)、すべての体細胞ひとつひとつの発生過程が明らかになっているという大変貴重な実験動物です。堆肥などリッチな土壌に棲んでいるとされています。もちろんイオンチャネル型受容体は素早いレスポンスを行うために有用ですが、彼らが敵から素早く逃れるためにこの受容体を利用しているとは思えません。ただ彼らは普通の土壌では栄養(細菌)が乏しく暮らしていけないようなので、リッチな栄養を求めて移動が必須の多忙な生活をしていることは予想されます。効率よく採餌するために、他の無脊椎動物にはないスペシャルな受容体を進化で獲得したのかもしれません。
図143-4 C.エレガンス(雌雄同体型)のスケッチ
図143-5にGPCR系とイオンチャネル系のセロトニン受容体の構造を、フリー公開されている論文から引用表示しておきます。イオンチャネル系のセロトニン受容体(5-HT3)はGPCR系とは全く異なり、5つのサブユニットが膜を貫通するある種のチューブを形成して、その中心通路をイオンが通過するようになっています。それぞれのサブユニットは膜を4回貫通するペプチド鎖で形成されており、N末・C末共に細胞外に露出しています。セロトニンはN末に結合します。サブユニットにはA-Eの5つのアイソタイプがあり、すべてAタイプの型またはAタイプと他のタイプの混合型でチャネルが形成されます(7)。
図143-5 セロトニン受容体の分子構造
セロトニン受容体は中枢神経系・末梢神経系だけでなく、血管・消化管(平滑筋)にも分布しています(8、図143-6)。消化管にあるセロトニン受容体5-HT4はセロトニンの作用によって副交感神経からのアセチルコリン遊離を促進し、消化管を動かす平滑筋の活動を亢進します。血管内皮細胞のセロトニン受容体5-HT1がセロトニンの刺激を受けると一酸化窒素が遊離して血管弛緩がおきます。一方血管平滑筋細胞の5-HT2がセロトニンの刺激を受けると血管収縮がおきます(8)。また5-HT2 は血小板にあって、出血が起きたときに血小板を凝集させて血栓を形成することによって止血するという作用があります。 それぞれの受容体型にはさらにサブタイプがありますが(図143-6)、ここではそれらの機能分化については詳述しません。
図143-6 セロトニン受容体のサブタイプとそれらが発現する場所
セロトニンの作用についてもうひとり忘れてはならないパイオニアがいます。それはベティー・トゥワログで(図143-7)、彼女は前記のウェルシュの研究室で学位をとったのですが、不可解なことにその研究をウェルシュとは別々の論文に書いて発表しています(9、10)。これはおそらくトゥワログの論文が投稿から発表までに2年もかかったことが関係しているのでしょう。編集部が受理する自信がなかったためにこのようなことになったと思われます(11)。
その内容は、ホンビノスガイ(もともとは北アメリカの大西洋側にしかいませんでしたが、現在は世界中に広がり東京湾にもいるそうです。イオンで食材として販売されているのもみかけました。図143-7)の神経による心臓の調節に関する物もので、この2枚貝の神経は心臓の鼓動を調節するためにアセチルコリンを放出しますが、アセチルコリンは鼓動の頻度や強度を抑制する働きがあります。しかしアセチルコリンアンタゴニストあるいはセロトニンは鼓動の頻度や強度を強める働きがあることを彼らは示しました。トゥワログとページはさらに哺乳類にもセロトニンが存在し、同様な働きを持つことを報告しました(12、13)。
図143-7 トゥワログとホンビノスガイ
ヒトでセロトニンが欠乏するとどんなことが起こるのでしょうか? 安原こどもクリニックのサイトをみると次のような病状が発生するそうです(14)。
#すぐキレル
#摂食障害
#過食
#拒食
#パニック障害
# うつ
#睡眠障害(眠れない)
#寝覚めがはっきりしない
#筋収縮障害
ここで注意すべきは、セロトニンはメラトニンというホルモンの前駆体でもあるので(図143-8)、セロトニンが欠乏するとメラトニンも欠乏します。したがってセロトニン欠乏症なのかメラトニン欠乏症なのかは慎重に検討する必要があります。
図143-8 メラトニンの生合成経路
参照
1)Ann Jane Tierney, Invertebrate serotonin receptors: a molecular perspective on classification and pharmacology., J. Exp. Biol., vol.221, pp.1-11 (2018) doi: 10.1242/jeb.184838.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30287590/
2)Wikipedia: 5-HT receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/5-HT_receptor
3)Viktoriya Syrovatkina, Kamela O. Alegre, Raja Dey, and Xin-Yun Huang., Regulation, Signaling and Physiological Functions of G-proteins., J Mol Biol., vol.428(19), pp.3850-3868 (2016)
doi:10.1016/j.jmb.2016.08.002
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5023507/pdf/nihms810914.pdf
4)Tierney, A. J., Structure and function of invertebrate 5-HT receptors: a review. Comp. Biochem. Physiol. A Mol. Integr. Physiol., vol.128, pp.791-804. (2001)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11282322/
5)Ranganathan, R., Cannon, S. C. and Horvitz, H. R., MOD-1 is a serotoningated chloride channel that modulates locomotory behaviour in C. elegans., Nature vol.408, pp.470-475. (2000)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11100728/
6)Iwanir, S., Brown, A. S., Nagy, S., Najjar, D., Kazakov, A., Lee, K. S., Zaslaver, A.,
Levine, E. and Biron, D., Serotonin promotes exploitation in complex environments by accelerating decision-making. BMC Biol. vol.14, no.9. pp.1-15 (2016) DOI 10.1186/s12915-016-0232-y
https://bmcbiol.biomedcentral.com/track/pdf/10.1186/s12915-016-0232-y.pdf
7)Wikipedia: 5-HT3 receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/5-HT3_receptor
8)日本血栓止血学会 用語集 セロトニン受容体
http://www.jsth.org/glossary_detail/?id=263
9)Welsh JH, Taub R: The action of acetylcholine antagonists on the heart of Venus mercenaria. Br J Pharmacol Chemother, vol. 8, pp. 327–333., (1953)
10)Twarog BM: Responses of a molluscan smooth muscle to acetylcholine and 5-hydroxytryptamine. J Cell Physiol, vol. 44, pp. 141–163., (1954)
11)Patricia Mack Whitaker-Azmitia., The Discovery of Serotonin and its Role in Neuroscience., Neuropsychopharmacology., vol. 21, no. 2S,(1999)
https://www.nature.com/articles/1395355
12)Twarog BM, Page IH: Serotonin content of some mammalian tissues and urine and a method for its determination., Am J Physiol, vol. 175, pp. 157–161., (1953)
13)Manfred Göthert., Serotonin discovery and stepwise disclosure of 5-HT receptor complexity over four decades. Part I. General background and discovery ofserotonin as a basis for 5-HT receptor identification., Pharmacological Reports, vol.65, pp.771-786 (2013)
http://www.if-pan.krakow.pl/pjp/pdf/2013/4_771.pdf
14)http://www.y-c-c.jp/drbear/?p=41
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