続・生物学茶話140:ドーパミン受容体
ドーパミンの受容体はすべて細胞膜7回貫通型のGPCRであり、D1グループとD2グループとに大別されます(1、図140-1)。D1グループはGs(あるいはGq)とカップリングし、D2グループはGi(あるいはGo)とカップリングします。D1グループにはD1、D5、D2グループにはG2、G3、G4が所属し、それぞれのグループのアミノ酸配列にはホモロジーが存在します(2、図140-1)。
アドレナリンやアセチルコリンの場合と同様、ドーパミンにもcAMPの濃度を上昇させる方向に働く受容体と、低下させる方向に働くグループがあります。それぞれの神経伝達因子が、まるで地方分権のように、ある程度独立した自己制御機能を持っているようです。どうしてこのようなことになったかは、もちろん動物が進化していく上でやむをえない積み重ねであったということはもちろんですが、ドーパミン受容体が主に中枢神経系の特定領域に分布しているという局在の問題があるということと、ドーパミンはノルアドレナリンやアドレナリンの前駆体なので、ドーパミンによるシグナル伝達をノルアドレナリンやアドレナリンで制御するというのは無理があるということでしょう。ノルアドレナリンやアドレナリンを大量に合成すると、自動的にドーパミンも大量に合成することになります。アセチルコリンで制御しようとすると、ドーパミンだけでなくノルアドレナリンやアドレナリンの作用にも影響が及んでしまいます。最初から誰かが全体の制御回路を設計したとすれば、もっとスマートな制御様式を用意したに違いありません。
図140-1 ドーパミン受容体の2つのグループ
図140-2にD1型のドーパミン受容体の構造を示しましたが、その他のすべてのドーパミン受容体もGPCRであり、細胞内側のループやC末が3量体Gタンパク質と結合しています。D1型の場合、ドーパミンは図140-2に示したいくつかのアミノ酸の働きで受容体にトラップされます(3)。
ドーパミンの生理作用はドーパミン自身が決めるのではなく、結合した受容体がどのようなGタンパク質と結合しているかによって決まります。ですからGタンパク質のαサブユニットがs型の場合アデニル酸シクラーゼの活性を上昇しさせることによってcAMP 濃度が上昇し、i型の場合アデニル酸シクラーゼの活性を抑制し、フォスフォジエステラーゼの活性を上昇させることによってcAMPが分解されその濃度は低下するなどという真逆な反応が起こることになります。
図140-2 ドーパミンD1型受容体の構造(3)
ドーパミン受容体D1グループに結合するGs(Gαs)は受容体タンパク質のC末に、D2グループに結合するGi(Gαi)は5番目と6番目の膜貫通部位の間で細胞質に露出しているループ(IL-3、インナーループ3)の部分に結合していることがわかっています(4、図140-3)。D1型とD2型は脳内の分布に違いがあります(図140-3)。
図140-3 ドーパミン受容体 D1型とD2型の比較
ドーパミンが受容体に結合するとGsやGiなどのGαタンパク質は結合しているGDPをGTPに変換し、複合体(Gβ・Gγ)から遊離してフリーとなり、細胞質内を移動して図140-4のような機能を行使します(5)。どんな機能が行使されるかは受容体の種類によって異なります。GPCRはヒトゲノムのなかに800種類以上の遺伝子が存在し、中には機能がまだわかっていないものもあります(6)。Gαタイプだけが機能を果たしているのではなく、Gβ・Gγもそれぞれ機能を果たしていると思われますが、Gαタイプと比べるとまだ未知の部分が多いようです。それぞれどんな手順で、どんな経路を経てこのような機能に繋がっているのかは脳科学の中心課題のひとつでしょう。
図140-4 D1~D5のドーパミン受容体がかかわる生理機能
α型Gタンパク質のひとつGsの機能としてよく知られているのは、アデニル酸シクラーゼを活性化して図140-5の反応を促進し、cAMPの濃度を上昇させることです。cAMPが細胞外からの情報伝達物質のメッセージによって細胞内の生化学的プロセスを変動させる、いわゆるセカンドメッセンジャーの役割を果たしていることを明らかにしたエール・サザランドは1971年にノーベル生理学医学賞を受賞しました。彼は貧しい農家の出身で出身大学(カンザス州のウォッシュバン大学)も無名ですが、運良くセントルイスのワシントン大学の大学院でカール・コリ教授の薫陶をうけることによって未来が開けました(7)。第二次世界大戦では軍医を務めましたが、終戦後も病人の面倒を見る医師にはならず、研究の道に進み、cAMPの発見と機能の解明に貢献しました。
図140-5 ATPからcAMPが形成される反応とエール・サザランド博士
アデニル酸シクラーゼは正式名称はアデニリルシクラーゼという細胞膜12回貫通タンパク質で、N末・C末共に細胞質側にあります(図140-6)。細菌・古細菌から私たちを含む真核生物までユニバーサルに存在する酵素であり、6つのファミリーに分類できます。同じ反応を行うにもかかわらず、これらのファミリー間の遺伝子の関連性は希薄な場合が多いようです(8、9)。おそらく非常に古い時代に分岐したと思われます。C末にGタンパク質と結合する部位があり、Gsで活性化されたりGiで抑制されたりするようです(9、図140-6)。図140-6はGs(緑色で表示)と結合しているときの構造です(9)。
図140-6 アデニル酸シクラーゼの構造と結合するGs(9)
cAMPの作用で最もよく知られているのはプロテインキナーゼAの活性化です。Gタンパク質の影響でアデニル酸シクラーゼの活性が高まり、cAMPの濃度が上昇すると、不活性複合体を形成しているプロテインキナーゼAの制御タンパク質にcAMPが結合して、活性化されたプロテインキナーゼAが複合体から分離してさまざまなタンパク質のリン酸化をおこないます。ただ複合体が解体されるほどcAMPの濃度が高くない場合でも、ある程度の濃度に達すると複合体を形成したまま活性を発揮するとされています(10)。サダナとデサウアーはノックアウトマウスや過剰発現を駆使してアデニル酸シクラーゼ10種のアイソフォームの機能を解析しましたが、学習・記憶・神経の可塑性・オピオイド依存性と離脱・聴覚・精子成熟・心臓拍動・痛覚・カルシウム感受性・アルコール依存など非常に影響が広範に及ぶためになかなか解析が困難なようです(9)。
参照
1)Wikipedia: Dopamine receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Dopamine_receptor
2)Victor J. Martinez, Laureano D. Asico, Pedro A. Jose and Andrew C. Tiu., Lipid rafts and dopamine receptor signaling., Int. J. Molec. Sci., 21, pp.8909-8926 (2020) doi:10.3390/ijms21238909
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33255376/
3)Missale C, Nash SR, Robinson SW, Jaber M, Caron MG., Dopamine receptors: from structure to function., Physiol Rev. vol. 78(1): pp. 189-225. (1998)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9457173
4) Pratima Pandey, Mahlet D Mersha, Harbinder S Dhillon, A synergistic approach towards understanding the functional significance of dopamine receptor interactions., J. Mol. Signal., 2013;8:Art. 13. DOI: http://doi.org/10.1186/1750-2187-8-13
https://www.jmolecularsignaling.com/articles/10.1186/1750-2187-8-13/
5)A. Bhatia and J. Lenchner, Biochemistry, dopamine receptors., statpearls (2021)
https://www.statpearls.com/articlelibrary/viewarticle/20660/
6)脳科学辞典:Gタンパク質共役型受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/G%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E8%B3%AA%E5%85%B1%E5%BD%B9%E5%9E%8B%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
7)Earl W. Sutherland., Hormon Action (Nobel Lecture), December 11, 1971
https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/sutherland-lecture.pdf
8)Wikipedia: Adenylyl cyclase
https://en.wikipedia.org/wiki/Adenylyl_cyclaseon
9)Sadana R, Dessauer CW, Physiological roles for G protein-regulated adenylyl cyclase isoforms: insights from knockout and overexpression studies. Neuro-Signals. vol.17 (1): pp.5–22. (2009) doi:10.1159/000166277.
https://www.karger.com/Article/Pdf/166277
10)Wikipedia: Protein kinase A
https://en.wikipedia.org/wiki/Protein_kinase_A
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