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2021年3月30日 (火)

続・生物学茶話136: 副腎とアドレナリンの物語

アセチルコリンが神経伝達物質専業であるのに対して、アドレナリンはホルモンと神経伝達物質という2つの役割を果たす兼業分子です。ホルモンとしては副腎髄質で産生され、興奮状態を作り出すために必要とされています。

副腎の存在は旧約聖書に書いてあるという説がありますが、それは脂肪塊とされているだけでとても形態が確認されているとは思えません。ガレノスの記述もあいまいなものなので、おそらく最初にきちんと形態を確認したのは、1552年にバルトロメオ・エウスタキというローマの解剖学者が描いた解剖図がはじめてのようです(1、図136-1)。この解剖図は Tabulae Anatomichae Bartholomaei Eustachii というタイトルで、Nabu Press という出版社から現在も販売されていて、アマゾンなどで入手できます(2)。またフリーダウンロードも可能です(3)。私もダウンロードしました。確かに図136-1の右図に副腎とそれに繋がる血管が鮮明に描かれています。

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図136-1 バルトロメオ・エウスタキと彼が描いた副腎の図譜

リンダ・ゴーマンによると、副腎には皮質と髄質があるということを最初に見つけたのは Culver という人で18世紀のはじめのことだそうですが、 Von Kolliker によって詳しい解剖学的記載が行われたのは19世紀になってからで、その後1836年に Nagel が外側に“cortical”、内側に“medulla”という名前を与えました(4)。この頃副腎は bynieren と呼ばれており、誰が adrenal gland (ドイツ語では nebennieren)という名前をつけたのかはわかりません。Adはラテン語で「近い」、renal は「腎臓の」という意味です(5)。副腎の臓器写真と切片写真がウィキペディアに掲載されていましたので(6)、図136-2にコピペしました。

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図136-2 副腎とその組織切片

ではその副腎はどんな機能を持つ臓器なのでしょうか? その解明については、トーマス・アディソンの1855年の報告(7)が最初の糸口となりました。この報告はフリーで全文読むことができます(7)。彼は副腎の病気によって貧血や慢性疲労という症状が現れることを報告しました。この病気は現在ではアジソン病と呼ばれ、厚労省の難病指定になっています。副腎の不調は結核・自己免疫・腫瘍などが原因で発生します。ブラウン-セクァールはウサギ66匹など、様々な哺乳動物の副腎を摘出すると早期に死に至ることを、シャムオペレーションなども含めた厳密な実験によって確認し、1856年に発表しました(1、8)。彼らの研究によって、副腎は生命維持になくてはならない臓器であることが明らかになりました。

ブラウン-セクァールは自分を実験動物にするような「奇矯な」、そしてある意味「模範的な」科学者で、エピソードは枚挙に暇がありません(1)。ナポレオン3世と敵対して米国に逃れ、リッチモンドで研究していましたが、あまりに多くの動物を飼育する動物園のような研究施設に、近所の住民から苦情が絶えませんでした。また英語が下手で講義を聴くに堪えなかったので、すぐに欧州に舞い戻ることになってしまいました(9)。

アディソンやブラウンーセクァールの研究ではまだ漠然としたものでしたが、副腎の機能を明確に示したのは1894-1895年に発表されたオリバーとシェイファーの研究結果でした(10、11、図136-3)。彼らは副腎から抽出される物質が血圧上昇効果を持つことを示したのです。ジョージ・オリバーは田舎の町医者でしたが、いわば趣味で研究をやっていて、血圧測定器や動脈の直径を測る装置を自分で開発し、仔牛の副腎の抽出液を息子に注射して動脈の直径を測ると細くなっていることに気がつきました。彼は早速ロンドン大学のシェイファー教授の研究室に抽出液を持ち込んで、実験動物として使われていた猫に注射すると、その猫の血圧が急上昇したのです(11)。これがきっかけで副腎の機能がわかりました。

シェイファー研究室のムーア(図136-3)はこの血圧上昇活性をもつ物質を単離しようと試みましたが、ついにその目的は果たせませんでした。しかし彼はこの活性物質が塩化第二鉄で深緑色を呈するという重要な発見をしました(12)。この呈色反応自体は1856年にヴュルピアン(図136-3)がみつけていましたが、ムーアは血圧上昇効果を持つ活性物質がこの反応によって検出できることを示したのです。フレンケルもこのことをムーアより早く報告していましたが、活性物質の同定が間違っていたのでムーアの手柄になりました(12)。とはいえムーアも同定に成功したわけではありません。現代的見地からこの反応を説明し、新しい染色法を開発したと報告している論文があります(13、図136-3)。

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図136-3 副腎の抽出液による血圧上昇と呈色反応

ムーアによってアッセイの方法が確立してから、ロンドンのムーア本人に加えて、ストラスブルクのフュルト、ボルチモアのエイベルらが互いにたたき合う活性物質同定の激しい先陣争いが勃発しました。しかしそれを制したのは明治の日本人上中啓三と高峰譲吉(図136-4)でした。

渋谷駅の東口を出て六本木通りを六本木方向に進むと、すぐクロスタワーが見えてきます。クロスタワーの前を通り過ぎて少し歩くと長井薬学記念館というビルがあります。日本薬学会の事務所があるビルですが、この長井という名前は日本の近代薬学の創始者であり、薬学会の初代会頭である長井長義の名にちなんだものです。

長井長義は波乱に満ちたアドレナリン物語の起点となる人物でもあります。上中啓三(図136-4)は東京大学医学部薬学科に入学し、長井長義の研究室で薬学者としてのスタートを切りました(14)。長井らはエフェドリンの結晶化と構造決定に成功しており、上中もここで有機物質の抽出結晶化の技術をきっちりと身につけることができました。しかも図136-4に示すようにエフェドリンとアドレナリンの構造は似ており、ほぼ同じ方法で抽出結晶化ができたことが、上中の成功の要因でした。ちなみにエフェドリンは今でも使われている鎮咳薬で、塩酸エフェドリンやその誘導体が風邪薬によく含まれています。アドレナリンにも鎮咳作用はありますが、医薬品としては主に強心剤として使われます。最近では新型コロナワクチンによるアナフィラキシー反応を抑制する薬剤として用いられることで有名になりました。

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図136-4 上中啓三と高峰譲吉

上中は前記のように多くの科学者が副腎の血圧上昇活性物質の同定を競い合っている時期1899年に米国の高峰譲吉の研究室に留学しました。留学と行っても行った先はニューヨークのアパートの半地下の一室で、研究員は自分と高峰しかいませんでした。そんな中で上中は1900年にはアドレナリンの結晶化に成功したのです。高峰の才覚でパーク・デイヴィス社という企業を巻き込んで研究を進めたので、サンプルの供給などが順調にいって仕事はスムースに進行し、1901年には論文が出版されました(15)。この論文は私は読んでいませんが、石田によると高峰の単独名の論文ではあるものの、上中やパークデイヴィス社の貢献もきちんと記載してあるそうです(1)。そしてパーク・デイヴィス社は1903年にはアドレナリンを全世界に販売開始しました。高峰とパークデイヴィス社はフュルトにもサンプルを提供し、フュルトによって化学構造式が解明されました(16)。

ところが高峰が1922年に亡くなった後、エイベルは高峰らの業績は自分たちの成果を盗んだものだと言い放ち(17)、その後100年以上米国と米国の影響が強かった日本でもアドレナリンという名は使われず、エイベルが命名したエピネフリンが正式名となっていました。日本薬局方でアドレナリンと改正されたのは2006年で、なんと100年以上も間違った名前が使われていました(18)。

上中・高峰の名誉回復のきっかけとなったのは、上中の実験ノートが公開されたことだそうです(19、20)。元岡山大学教授で上中氏と同郷(兵庫県西宮市名塩)の僧侶中山沃(そそぐ)氏が、自坊の境内に石碑を建立されています(19、図136-5)。

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図136-5 中山沃氏によって建立された上中啓三翁顕彰碑

上中氏は1916年に帰国しましたが、決してエイベルの中傷でひどい目にあったわけではなく、高峰氏が社長だった第一三共製薬(当時は三共製薬)に入社し、監査役にまで上り詰めるというよい人生だったようです(21)。とはいっても、自動車も走っていない馬車時代に、最初に発見されたホルモンであり、神経伝達物質でもあるアドレナリンの精製純化と構造決定をなしとげた上中・高峰・フュルトが、ノーベル賞の栄誉に浴さなかったというのは残念であり、ノーベル財団の大失敗だったと言えるでしょう。

参照

1)石田三雄 ホルモンハンター~アドレナリンの発見 京都大学学術出版会 2012年刊

2)Amazon, Tabulae Anatomicae ... Bartholomaei Eustachii ISBN-10 : 1293046817
ISBN-13 : 978-1293046814
https://www.amazon.co.jp/Anatomicae-Bartholomaei-Eustachii-Bartolomeo-Eustachi/dp/1293046817

3)Historical anatomies on the web
https://www.nlm.nih.gov/exhibition/historicalanatomies/eustachi_home.html

4)Linda S. Gorman, The Adrenal Gland: Common Disease States and Suspected New Applications.,
Clinical Laboratory Science, vol.26, no.2, pp.118-125 (2013)
http://hwmaint.clsjournal.ascls.org

5)Kendra Cherry, What Are Adrenal Glands? verywellmind Psychology
https://www.verywellmind.com/what-are-the-adrenal-glands-2794816

6)Wikipedia: Adrenal gland
https://en.wikipedia.org/wiki/Adrenal_gland#History

7)Addison T., On the constitutional and local effects of disease of the supra-renal capsules., Samuel Highley London (1855)
https://wellcomecollection.org/works/xsmzqpdw

8)Wikipedia: Charles-Édouard Brown-Séquard
https://en.wikipedia.org/wiki/Charles-%C3%89douard_Brown-S%C3%A9quard

9)Sushil Dawka, Charles-Édouard Brown-Séquard: A bicentennial tribute., Internet Journal of Medical Update., January;12(1):1-3. (2017) doi:10.4314/ijmu.v12i1.1
file:///C:/Users/morph/AppData/Local/Temp/156049-Article%20Text-407274-1-10-20170516.pdf

10)Oliver, G. and Schafer, E.A. The physiological action of the suprarenal capsules., J. Physiol.(Lond.), 16, lP (1894)
George Oliver and E. A. Schäfer, The Physiological Effects of Extracts of the Suprarenal Capsules., J Physiol., vol.18(3): pp.230–276 (1895) doi: 10.1113/jphysiol.1895.sp000564
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1514629/

11)H. Barcroft and J. F. Talbot, Oliver and Schafer's discovery of the cardiovascular action of suprarenal extract., Postgraduate Medical Journal
https://pmj.bmj.com/content/postgradmedj/44/507/6.full.pdf

12)Moore B., On the chromogen and on the active physiological substance of the suprarenal grand., J Physiol., vol.21, pp.382-289 (1897)
https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/pdf/10.1113/jphysiol.1897.sp000660

13)Sylwia Baluta, Karol Malecha, Agnieszka Świst and Joanna Cabaj, Fluorescence Sensing Platforms for Epinephrine Detection Based on Low Temperature Cofired Ceramics., Sensors, vol.20(5), 1429 (2020)
https://www.mdpi.com/1424-8220/20/5/1429/htm

14)上中啓三:wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%B8%AD%E5%95%93%E4%B8%89

15)Takamine J., Adrenaline the active principle of the adrenal glands and its mode of preparation. The American Journal of Pharmacy., vol.73, pp.523-531 (1901)

16)Furth O. von, "Zur Kenntnis des Suprarenins (Adrenalins)" . Sitzungs berichte der Mathematisch-Naturwissenschaftliche Klass der Kaiserliche Akademie der Wissenshaften, CXII. Band, Abteilung III, pp.19-48 (1903)

17)山嶋哲盛 アドレナリンの発見と高峰譲吉
https://www.slideshare.net/waii/ss-4357821

18)山野ゆきよし メルマガ 「アドレナリン」もう一つの名誉回復
https://blog.goo.ne.jp/yamano4455/e/385f8411bf242d68e525efcb2ef29a4a

19)中山沃(なかやま そそぐ) 上中啓三のアドレナリン実験ノート教行寺所蔵となった経緯
http://www.chemistry.or.jp/know/doc/isan002_article.pdf

20)山下愛子 上中啓三 : アドレナリン実験ノート Adrenaline Research Note of Uyenaka Keizo (1900)
https://ci.nii.ac.jp/naid/110007577369

21)三共(株)『三共六十年史』(1960.12) 渋沢社史データベース
https://shashi.shibusawa.or.jp/details_nenpyo.php?sid=3750&query=&class=&d=all&page=14

 

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