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2021年2月18日 (木)

続・生物学茶話130: クシクラゲ(有櫛動物)の衝撃

数年前に「クシクラゲには実は肛門があってうんちをする」という報告があって、生物学者が衝撃を受けるというちょっとした事件がありました(1、2)。どうしてこんな初歩的とも思われることがそれまでわかっていなかったかというと、クシクラゲを飼育する際に、あまり彼らが好む、あるいは適したエサを与えていなかったので口から吐き出したのを排泄したと勘違いしていたそうです。プレスネルらはエサの小魚のDNAに赤い色素の遺伝子を導入し、肛門から赤い排泄物が排出されるのを確認しました(1)。

クシクラゲはクラゲという名前がついていますが、いわゆる刺胞動物のクラゲ(ミズクラゲやカツオノエボシなど普通のクラゲ)とは全く異なるグループの生物であることは前から知られていました。ただそれまで口があって、消化管があって、肛門があるという一方通行の消化器系システムは、左右相称動物が誕生してからできたものだといわれてきましたが、プレスネルらの実験でクシクラゲはそのシステムをすでに装備していたということになりました。クシクラゲは有櫛動物門(ゆうしつどうぶつもん)というグループに分類されていて、この門に所属する生物はほとんどが海洋を浮遊して生活しています。刺胞を持たないので刺されることはありません。Wikipedia に代表的な種の形態が示してありましたので、図130-1にコピペしました(3)。

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図130-1 さまざまなクシクラゲ  a) ウリクラゲ b) コマクラゲ c) ネフェロクテナ d) チョウクラゲモドキ e) カブトクラゲ  f) チョウクラゲ

クシクラゲの名前は繊毛の集合体である櫛板を持っていることから名付けられたのでしょう。これを動かして遊泳します。ウリクラゲ以外のグループはテンタクル(触手)を持っていて、こちらは泳ぐためではなく、周囲の状況を認識したり餌を捕獲するために使います。刺胞動物門のクラゲのような刺胞はもっていません(3、図130-2)。排泄口=肛門の近傍に平衡胞(スタトシスト)があり、体を定位させることができます(3、図130-2)。体の大部分はほとんど水に近い間充ゲル(ハイドロスタティック・スケルトン)という非常に柔らかい構造になっています。これが生物学者にとっては大変困ることで、網ですくうと壊れてしまう脆弱な構造なのでサンプリングも大変です。マウスの組織に使うような固定液で固定しようとしても水分が多すぎてなかなかうまくいきません。組織標本を制作して観察するのもなかなか困難な生物です。

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図130-2 クシクラゲの構造

有櫛動物はつかめばすぐ壊れるような脆弱な生物なので、水に流されるままのおとなしい受動的な生物かというとそうでもなく、口や肛門周囲だけでなく、表皮直下には「のど側」にも「外界側」にもびっしり筋細胞が分布するほか(皮下筋細胞)、間充ゲル内部にも3次元的に筋肉が存在します(4、図130-3)。彼らは総じて肉食で、なかには同じクシクラゲの仲間を丸呑みしたり、体全体を使って高速で泳ぐ種類もあります。

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図130-3 クシクラゲの筋細胞(橙)と皮下の神経細胞

有櫛動物のひとつ Eoandromeda octobrachiata のエディアカラ紀の化石が2011年に報告され(5)、このグループは普通に動物と呼ばれるグループ(メタゾア)のルーツではないかという意味で一気に注目を集めることになりました。復元図も上記 Tang らの論文(5)に掲載されています(5、図130-4)。ルーツという意味は、ここからメタゾアが進化したという意味ではなく、このグループ(Ctenophora=有櫛動物)がメタゾアの系統の生物の中で最も早期に分岐し、有櫛動物とそれ以外のすべての動物という2つの系統の生物が生まれたという意味です。これはまだ確定したわけではなく、海綿動物(Porifera)が先に分岐したという可能性もまだ残されているようです(6)。

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図130-4 エディアカラ紀のクシクラゲの復元図

有櫛動物門の分類学的位置を決めるために、フロリダの Leonid L. Moroz(図130-6) を中心に世界各国の研究者が参加するコンソーシアムが結成され、研究成果が2014年に報告されました(7)。この結果、有櫛動物門の生物には他の動物の形態形成の基盤となっている Hox遺伝子がみつからない、免疫補体の種類が少ない、miRNAがみつからない、神経やシナプスがあるにもかかわらず(海綿動物や平板動物には神経細胞はありません)セロトニン・アセチルコリン・ドーパミン・ノルアドレナリン・アドレナリン・オクトパミン・ヒスタミン・グリシンなど他の生物が使用している神経伝達物質を使っていないなど、様々な観点から有櫛動物門は他のすべてのメタゾアの門から乖離しているという結論が得られました。

この結果推測される系統樹を Moroz が描いていますが(8)、それを私が簡略化したものが図130-5です。おそらくメタゾアの中で有櫛動物が最初に神経系(Neuron 2)を獲得し、そのほかの動物は海綿動物や平板動物を分岐した後、私たちの神経と同系統の神経(Neuron 1)を獲得したものと思われます。

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図130-5 有櫛動物門の分類学的位置 

クシクラゲの皮下神経細胞はまさしくニューラルネットと呼ばれるにふさわしいかご状神経系を形成しており、間充ゲルのものも含めると5000~7000個のニューロンが接続されています(9)。また2ダース以上の種類の筋細胞と少なくとも9タイプのニューロンが、この生物の食餌、遊泳などさまざまな活動をサポートしています。神経や筋肉以外にもさまざまな細胞があり、少なくとも80種類は識別できるそうです(9)。神経細胞は特に口の周りと肛門の周りに集積していて、いわば体の両極に脳があるとも考えられます。実際肛門の周りの神経系は櫛板の動きを調節しているそうです(8)。平衡胞による計測に応じて、姿勢の制御も担当しているのでしょう。Moroz らが明らかにした口の周りの神経を図130-6に示しました(8)。緑が神経ネットワーク、赤が筋線維を示します(図130-6)。テンタクル(触手)用には、ネットワークとは桁違いに太い軸索が用意されています(8)。

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図130-6 クシクラゲのかご状神経ネットワークとモロズ博士

シナプスについても研究されていて、私たちと同様にシナプス小胞を使って神経伝達が行われているようです(8)。またグルタミン酸は神経伝達物質として使われているようです(9、10)。パラレルエボリューションでそんな類似したメカニズムができるのだろうかという疑問がわいてきますが、それは今後の宿題です。

最近クシクラゲが生物発光の基質に使われるセレンテラジンを生合成できることが発見されました(11)。発光する海洋生物は多くはセレンテラジンを使っているようなのですが、実は餌からもらっていて、自力で合成できる生物は希なのだそうです。クシクラゲの発光は外からの光を反射しているだけだという通説は間違いで、自力で発光できるとはおみそれしましたと言わなければいけません。

参照

1)Jason S. Presnell, Lauren E. Vandepas, Kaitlyn J. Warren, Billie J. Swalla, Chris T. Amemiya, William E. Browne.,The Presence of a Functionally Tripartite Through-Gut in Ctenophora Has Implications for Metazoan Character Trait Evolution
Curr. Biol., Volume 26, Issue 20, p2814–2820, 24 October 2016
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982216309319

2)やぶにらみ生物論97: 体軸形成
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/12/post-7bba.html

3)Wikipedia: Ctenophora
https://en.wikipedia.org/wiki/Ctenophora

4)M-L. Hernandez-Nicaise, G.O. Machie, and P.W. Meech., Giant Smooth Muscle Cells of Beroe
Ultrastructure, Innervation, and Electrical Properties., J. Gen. Physiol., vol.75, pp.79-105 (1980)

5)Feng Tang, Stefan Bengtson, Yue Wang, Xun‐lian Wang, and Chong‐yu Yin., Eoandromeda and the origin of Ctenophora., Evol.Develop., vol.13, issue 5, pp.408-414 (2011)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1525-142X.2011.00499.x

6)Claus Nielsen, Early animal evolution:a morphologist’s view., Royal Sciety Open Science., vol.6, no.190638 (2019) http://dx.doi.org/10.1098/rsos.190638
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6689584/pdf/rsos190638.pdf

7)Leonid L. Moroz et al., The Ctenophore Genome and the Evolutionary Origins of Neural Systems., Nature, vol.510(7503) pp.109–114. (2014) doi:10.1038/nature13400
https://www.nature.com/articles/nature13400

8)Leonid L. Moroz, Convergent evolution of neural systems in ctenophores., The Journal of Experimental Biology vol.218, pp.598-611 (2015) doi:10.1242/jeb.110692
https://jeb.biologists.org/content/218/4/598

9)Tigran P. Norekian Leonid L., Moroz, Neuromuscular organization of the Ctenophore Pleurobrachia bachei., J. Comp. Biol., vol.527, pp. 406-436 (2019)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30446994/

10)ナショナルジオグラフィック 有櫛動物ゲノム、進化史の書換え迫る?
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9263/

11)名古屋大学公開資料 暗い海に光をもたらす発光生物 クシクラゲが深海性発光物質の生産者であることを発見 
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20201211_iar1%20.pdf

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