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2021年2月27日 (土)

続・生物学茶話131: ギャップ結合が召喚したゴルジの亡霊

カミッロ・ゴルジはイタリア人の医師で、神経組織の染色法を開発しました。例えば皮膚や肝臓の組織切片を色素で染色すると、組織を構成するそれぞれの細胞の形態がわかるのですが、脳神経系の場合細胞が樹状突起や軸索などを出して形態が複雑となり、それぞれが折り重なって何が何だかわかりません。ですからいくつかの細胞だけが染まって、他の細胞は染まらないという特殊な方法が求められていたのですが、ゴルジは硝酸銀で染色することによってそれが実現することを発見しました(1、2、図131-1)。

どうしてこのような染色が実現するのかは現在でも理由が解明されていないそうですが、これによって神経細胞の形態が明らかになったことは事実です。ゴルジはゴルジ体の発見でも有名な科学者です(1)。彼は神経細胞は多核細胞(シンシチウム)を形成して、全神経は分断されずに繋がっているといういわゆる「網状説」を唱えていました。一方ラモン・イ・カハール(図131-1)はニューロン説を唱え、神経細胞はそれぞれ独立しており、シナプスという接合部で連絡していると主張していました(3)。この二人は異なる主張をしたまま、1906年ノーベル生理学医学賞の受賞者となりました(4)。

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図131-1 ゴルジとラモン・イ・カハール

当時でも現在でも光学顕微鏡でシナプスの存在を証明することは解像度の限界から不可能であり、彼ら自身がどちらの学説が正しいか決着をつける観察を行うことはできませんでしたが(4)、後の電子顕微鏡を用いた研究によってシナプスの存在が明らかとなりました。シナプスはシナプス前細胞にあるシナプス小胞に蓄積された神経伝達物質が細胞間隙に放出され、それをシナプス後細胞の細胞膜にある受容体が受け取ることによって情報伝達が行われます(5-7、図131-2A)。このような機構が明らかになって、ニューロン説の正しさが証明され、神経全体がひとつの連続した細胞であるという考え方は否定されました。

しかしその後、神経細胞同士がシナプスのような20nm~30nmの間隙はなく、2~4nmという非常に狭い間隙で接近した状態で接続する場合もあることが明らかになってきました。その構造はギャップ結合(gap junction) というものです(8、9、図131-2B)。ギャップ結合部位ではピンポイントでタンパク質同士が結合していて、その部位だけは無間隙連結となっています(図131-3、4)。その後、中枢神経内には驚くほどの密度と広がりを持ってこのギャップ結合を基盤とするもうひとつのネットワークが存在していることがわかり(8)、現在ではゴルジの網状説もあながち誤りとも言えないということになりました。墓の中のゴルジもさぞ喜んでいることでしょう。

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図131-2 シナプスとギャップ結合

ギャップ結合という構造の存在は1950年代から濱清らによって報告されていましたが(10)、そう名付けられたのは1970年のようです(11)。ギャップ結合部位は通常の細胞膜と異なり、脂質が少なくタンパク質が多いことや、2枚の細胞膜が密着することなどから、密度勾配遠心などを利用した細胞分画法によって分離精製することが可能で(12)、これによって構成するタンパク質の情報などについての知識が得られて、研究は飛躍的に進展しました。

ギャップ結合はある種のチャネルではありますが、その構造と機能は極めて特殊です。図131-3および図131-4に示すように、6分子のコネキシンが集合してコネキシンヘミチャネル(コネクソン)を細胞膜に形成し、その対面の同様な構造と合体してギャップ結合チャネルを形成します。ギャップ結合チャネルは細胞外に開口することはないので、細胞間の連絡のみに用いられます。ウィキペディアの記載によると、開口した場合脊椎動物では485ダルトン、無脊椎動物のでは1100ダルトン以下の分子しか通過させないそうです(13)。当然タンパク質や核酸は通過することはできません。通過できる分子は低分子化合物、無機イオンなどです。ただコネキシンにも多くの種類があって(図131-5)、それらが構成するチャネルのコンダクタンス(電導性)は30pS(ピコジーメンス)から500pSまで様々です(14)。したがって通過できる分子にもバラエティーがあると思われます。

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図131-3 ギャップ結合を構成するコネクソンの構造

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図131-4 コネキシンの6量体が構成するコネクソンが対面結合してギャップ結合チャネルが完成する

ヒトとマウスは共に20種類のコネキシン遺伝子と対応するタンパク質を持っていて、そのうち18種はほぼ同じです(14、図131-5)。これだけアイソフォームが多いにもかかわらず、ほとんどのアイソフォームがヒトとマウスで保存されているということは、それぞれのアイソフォームの役割がきちんと決められていて、他のアイソフォームでは代替できないことが示唆されます。それだけコネキシンタンパク質群は細かく役割分担しているという意味でもあり、まだ解明しなければならない点が多いと思われます。

図131-5にもまだ混乱が見られます。たとえばほぼ同じGJA10という遺伝子の産物であるタンパク質がヒトではCX62なのに、マウスではCx57となっているなど、この図だけみてもまだ整理しなければならない点がいくつか残されています。

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図131-5 ヒトおよびマウスのギャップ結合を構成するコネキシンタンパク質群とそれぞれの遺伝子

無脊椎動にもギャップ結合がありますが、構成するタンパク質はイネキシンというコネキシンとは極めて相同性が低い別のグループです。脊椎動物はイネキシンと相同性が高いパネキシンというタンパク質も保有していて、パネキシンは哺乳類ではギャップ結合タンパク質としての性質を失い、別の機能を持っているようです(14、15)。この際外界に開口するヘミチャネルとして、むしろ通常のイオンチャネルのような形で機能しているようです(16)。イネキシンとコネキシンはアミノ酸配列が異なっていても、ほとんど同じ構造のギャップ結合をつくるという希有なタンパク質ですが、実は似ている部分もあるという報告もあります(16)。
コネキシンは図131-4に示したような4回膜貫通型のタンパク質で、N末・C末共に細胞質側にあります。コネキシンは6分子が集合してヘミチャネルであるコネクソンを形成します。コネクソンは細胞膜を自由に移動することができるので、相手となる他の細胞のコネクソンと出会ってギャップ結合を形成することができます。その出会いは偶然ではなく未知のメカニズムによってアシストされているようです(17)。

ギャップ結合を通る電流=イオンの移動によって多くの細胞を同調して動かすという方式は、心筋細胞のように多くの細胞が同調して収縮するような場合には好適です。また出産時の子宮平滑筋の収縮の際にも有用です。また脳においてはシナプスと両輪で神経細胞の制御を行っているようですし、この他細胞の極性を成立させるなど初期発生の際にも高度な役割を担っているようです(13)。

参照

1)ウィキペディア:カミッロ・ゴルジ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%82%B8

2)脳科学辞典:ゴルジ染色
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%82%B8%E6%9F%93%E8%89%B2

3)ウィキペディア:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB

4)福田孝一 もうひとつの神経細胞ネットワーク--ギャップ結合による大脳皮質GABAニューロン間の直接的コミュニケーション 福岡医学雑誌 97(6), 160-174, (2006)
https://ci.nii.ac.jp/naid/120002548747

5)Katharina Heupel et al., Loss of transforming growth factor-beta 2 leads to impairment of central synapse function., Neural Development 3, Article number: 25 (2008)
https://neuraldevelopment.biomedcentral.com/articles/10.1186/1749-8104-3-25

6)Taoufiq Z. & Sasaki T., シナプスとシナプス小胞の電子顕微鏡写真
https://www.oist.jp/ja/news-center/photos/35770

7)ウィキペディア:シナプス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9

8)福田孝一 ギャップ結合による神経細胞ネットワーク
顕微鏡 vol.43, no.3, pp.188-197 (2008)
http://microscopy.or.jp/archive/magazine/43_3/pdf/43-3-188.pdf

9)Bryan Jones., A Most Beautiful Gap Junction
https://prometheus.med.utah.edu/~bwjones/2018/08/a-most-beautiful-gap-junction/

10)濱清 顕微鏡下の一期一会 (JT生命誌アーカイブ)
http://brh.co.jp/s_library/interview/15/

11)Uehara Y, Burnstock G (January 1970). "Demonstration of "gap junctions" between smooth muscle cells". J. Cell Biol. vol.44 (1), pp. 215–217 (1970)
doi:10.1083/jcb.44.1.215. PMC 2107775. PMID 5409458.

12) E L Hertzberg, D J Anderson , M Friedlander , and N B Gilula., Comparative analysis of the major polypeptides from liver gap junctions and lens fiber junctions., J Cell Biol, vol.92, no.1, pp.53-59 (1982)
https://rupress.org/jcb/article/92/1/53/19578/Comparative-analysis-of-the-major-polypeptides

13)Wikipedia: Gap junction
https://en.wikipedia.org/wiki/Gap_junction

14)Eric C. Beyer and Viviana M. Berthoud, Gap junction gene and protein families: Connexins, innexins, and pannexins., Biochim Biophys Acta. vol.1860(1): pp.5–8, (2018) doi:10.1016/j.bbamem.2017.05.016.

15)創薬:明らかになった死細胞処分機構 Nature news & views vol.507, no.7492, (2014)

16)大嶋篤典 ギャップ結合チャネルの構造と機能の研究
http://www.cespi.nagoya-u.ac.jp/BasicBiol/atsu/OshimaResearch.pdf

17)ウィキペディア: コネクシン(コネキシン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8D%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3

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