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2021年2月27日 (土)

続・生物学茶話131: ギャップ結合が召喚したゴルジの亡霊

カミッロ・ゴルジはイタリア人の医師で、神経組織の染色法を開発しました。例えば皮膚や肝臓の組織切片を色素で染色すると、組織を構成するそれぞれの細胞の形態がわかるのですが、脳神経系の場合細胞が樹状突起や軸索などを出して形態が複雑となり、それぞれが折り重なって何が何だかわかりません。ですからいくつかの細胞だけが染まって、他の細胞は染まらないという特殊な方法が求められていたのですが、ゴルジは硝酸銀で染色することによってそれが実現することを発見しました(1、2、図131-1)。

どうしてこのような染色が実現するのかは現在でも理由が解明されていないそうですが、これによって神経細胞の形態が明らかになったことは事実です。ゴルジはゴルジ体の発見でも有名な科学者です(1)。彼は神経細胞は多核細胞(シンシチウム)を形成して、全神経は分断されずに繋がっているといういわゆる「網状説」を唱えていました。一方ラモン・イ・カハール(図131-1)はニューロン説を唱え、神経細胞はそれぞれ独立しており、シナプスという接合部で連絡していると主張していました(3)。この二人は異なる主張をしたまま、1906年ノーベル生理学医学賞の受賞者となりました(4)。

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図131-1 ゴルジとラモン・イ・カハール

当時でも現在でも光学顕微鏡でシナプスの存在を証明することは解像度の限界から不可能であり、彼ら自身がどちらの学説が正しいか決着をつける観察を行うことはできませんでしたが(4)、後の電子顕微鏡を用いた研究によってシナプスの存在が明らかとなりました。シナプスはシナプス前細胞にあるシナプス小胞に蓄積された神経伝達物質が細胞間隙に放出され、それをシナプス後細胞の細胞膜にある受容体が受け取ることによって情報伝達が行われます(5-7、図131-2A)。このような機構が明らかになって、ニューロン説の正しさが証明され、神経全体がひとつの連続した細胞であるという考え方は否定されました。

しかしその後、神経細胞同士がシナプスのような20nm~30nmの間隙はなく、2~4nmという非常に狭い間隙で接近した状態で接続する場合もあることが明らかになってきました。その構造はギャップ結合(gap junction) というものです(8、9、図131-2B)。ギャップ結合部位ではピンポイントでタンパク質同士が結合していて、その部位だけは無間隙連結となっています(図131-3、4)。その後、中枢神経内には驚くほどの密度と広がりを持ってこのギャップ結合を基盤とするもうひとつのネットワークが存在していることがわかり(8)、現在ではゴルジの網状説もあながち誤りとも言えないということになりました。墓の中のゴルジもさぞ喜んでいることでしょう。

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図131-2 シナプスとギャップ結合

ギャップ結合という構造の存在は1950年代から濱清らによって報告されていましたが(10)、そう名付けられたのは1970年のようです(11)。ギャップ結合部位は通常の細胞膜と異なり、脂質が少なくタンパク質が多いことや、2枚の細胞膜が密着することなどから、密度勾配遠心などを利用した細胞分画法によって分離精製することが可能で(12)、これによって構成するタンパク質の情報などについての知識が得られて、研究は飛躍的に進展しました。

ギャップ結合はある種のチャネルではありますが、その構造と機能は極めて特殊です。図131-3および図131-4に示すように、6分子のコネキシンが集合してコネキシンヘミチャネル(コネクソン)を細胞膜に形成し、その対面の同様な構造と合体してギャップ結合チャネルを形成します。ギャップ結合チャネルは細胞外に開口することはないので、細胞間の連絡のみに用いられます。ウィキペディアの記載によると、開口した場合脊椎動物では485ダルトン、無脊椎動物のでは1100ダルトン以下の分子しか通過させないそうです(13)。当然タンパク質や核酸は通過することはできません。通過できる分子は低分子化合物、無機イオンなどです。ただコネキシンにも多くの種類があって(図131-5)、それらが構成するチャネルのコンダクタンス(電導性)は30pS(ピコジーメンス)から500pSまで様々です(14)。したがって通過できる分子にもバラエティーがあると思われます。

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図131-3 ギャップ結合を構成するコネクソンの構造

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図131-4 コネキシンの6量体が構成するコネクソンが対面結合してギャップ結合チャネルが完成する

ヒトとマウスは共に20種類のコネキシン遺伝子と対応するタンパク質を持っていて、そのうち18種はほぼ同じです(14、図131-5)。これだけアイソフォームが多いにもかかわらず、ほとんどのアイソフォームがヒトとマウスで保存されているということは、それぞれのアイソフォームの役割がきちんと決められていて、他のアイソフォームでは代替できないことが示唆されます。それだけコネキシンタンパク質群は細かく役割分担しているという意味でもあり、まだ解明しなければならない点が多いと思われます。

図131-5にもまだ混乱が見られます。たとえばほぼ同じGJA10という遺伝子の産物であるタンパク質がヒトではCX62なのに、マウスではCx57となっているなど、この図だけみてもまだ整理しなければならない点がいくつか残されています。

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図131-5 ヒトおよびマウスのギャップ結合を構成するコネキシンタンパク質群とそれぞれの遺伝子

無脊椎動にもギャップ結合がありますが、構成するタンパク質はイネキシンというコネキシンとは極めて相同性が低い別のグループです。脊椎動物はイネキシンと相同性が高いパネキシンというタンパク質も保有していて、パネキシンは哺乳類ではギャップ結合タンパク質としての性質を失い、別の機能を持っているようです(14、15)。この際外界に開口するヘミチャネルとして、むしろ通常のイオンチャネルのような形で機能しているようです(16)。イネキシンとコネキシンはアミノ酸配列が異なっていても、ほとんど同じ構造のギャップ結合をつくるという希有なタンパク質ですが、実は似ている部分もあるという報告もあります(16)。
コネキシンは図131-4に示したような4回膜貫通型のタンパク質で、N末・C末共に細胞質側にあります。コネキシンは6分子が集合してヘミチャネルであるコネクソンを形成します。コネクソンは細胞膜を自由に移動することができるので、相手となる他の細胞のコネクソンと出会ってギャップ結合を形成することができます。その出会いは偶然ではなく未知のメカニズムによってアシストされているようです(17)。

ギャップ結合を通る電流=イオンの移動によって多くの細胞を同調して動かすという方式は、心筋細胞のように多くの細胞が同調して収縮するような場合には好適です。また出産時の子宮平滑筋の収縮の際にも有用です。また脳においてはシナプスと両輪で神経細胞の制御を行っているようですし、この他細胞の極性を成立させるなど初期発生の際にも高度な役割を担っているようです(13)。

参照

1)ウィキペディア:カミッロ・ゴルジ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%82%B8

2)脳科学辞典:ゴルジ染色
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%82%B8%E6%9F%93%E8%89%B2

3)ウィキペディア:サンティアゴ・ラモン・イ・カハール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB

4)福田孝一 もうひとつの神経細胞ネットワーク--ギャップ結合による大脳皮質GABAニューロン間の直接的コミュニケーション 福岡医学雑誌 97(6), 160-174, (2006)
https://ci.nii.ac.jp/naid/120002548747

5)Katharina Heupel et al., Loss of transforming growth factor-beta 2 leads to impairment of central synapse function., Neural Development 3, Article number: 25 (2008)
https://neuraldevelopment.biomedcentral.com/articles/10.1186/1749-8104-3-25

6)Taoufiq Z. & Sasaki T., シナプスとシナプス小胞の電子顕微鏡写真
https://www.oist.jp/ja/news-center/photos/35770

7)ウィキペディア:シナプス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%97%E3%82%B9

8)福田孝一 ギャップ結合による神経細胞ネットワーク
顕微鏡 vol.43, no.3, pp.188-197 (2008)
http://microscopy.or.jp/archive/magazine/43_3/pdf/43-3-188.pdf

9)Bryan Jones., A Most Beautiful Gap Junction
https://prometheus.med.utah.edu/~bwjones/2018/08/a-most-beautiful-gap-junction/

10)濱清 顕微鏡下の一期一会 (JT生命誌アーカイブ)
http://brh.co.jp/s_library/interview/15/

11)Uehara Y, Burnstock G (January 1970). "Demonstration of "gap junctions" between smooth muscle cells". J. Cell Biol. vol.44 (1), pp. 215–217 (1970)
doi:10.1083/jcb.44.1.215. PMC 2107775. PMID 5409458.

12) E L Hertzberg, D J Anderson , M Friedlander , and N B Gilula., Comparative analysis of the major polypeptides from liver gap junctions and lens fiber junctions., J Cell Biol, vol.92, no.1, pp.53-59 (1982)
https://rupress.org/jcb/article/92/1/53/19578/Comparative-analysis-of-the-major-polypeptides

13)Wikipedia: Gap junction
https://en.wikipedia.org/wiki/Gap_junction

14)Eric C. Beyer and Viviana M. Berthoud, Gap junction gene and protein families: Connexins, innexins, and pannexins., Biochim Biophys Acta. vol.1860(1): pp.5–8, (2018) doi:10.1016/j.bbamem.2017.05.016.

15)創薬:明らかになった死細胞処分機構 Nature news & views vol.507, no.7492, (2014)

16)大嶋篤典 ギャップ結合チャネルの構造と機能の研究
http://www.cespi.nagoya-u.ac.jp/BasicBiol/atsu/OshimaResearch.pdf

17)ウィキペディア: コネクシン(コネキシン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8D%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3

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2021年2月25日 (木)

コロナ収束の鍵はPにあり

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歌手がレコーディングするときや、配信するときに使うポップガードという道具があります。メッシュのような構造で、マイクと口の間に置いて口からの風圧で雑音が発生するのを防ぐためです。ポとかプとかの発声が特に雑音を発生させやすいので、このような名前がついたのでしょう。写真はたのうたさんが YouTube で配信している様子です。

先日あるテレビ番組で飛沫を可視化する実験をやっていて、仰天したのはPからはじまる言葉を発したときに桁違いに盛大な飛沫が飛ぶという結果です。BやSがこれに次ぎますが、その差は歴然です。その他の発声では問題にならないくらい飛沫は少ないです。これは歌手や配信をされている方々は昔から知っていたことではないでしょうか。

Pから始まる言葉を辞書で調べると、パーカー、パーカッション、パーキング、パーキンソン病、パーサー、ってみんな外来語じゃありませんか。わかりました。コロナの蔓延を防ぐ決め手はPからはじまる外来語を使わないということでした。

ですが、これを実現するのは簡単ではありません。第2次世界大戦中ですら大変だったようです。例えばプレイボールは「始め」、ストライクは「1本」、ボールは「ひとつ」、三振は「それまで」とか(おかしいな 三振は日本語なのに)。

http://koushien.s100.xrea.com/senshuken/yakyurule.htm

でもそれでコロナが収束するなら、政府がPから始まる外来語の日本語訳リストを作って推奨すれば、お金もほとんどかからないし、いいんじゃないですか?

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2021年2月22日 (月)

マーラー交響曲第4番 大野-都響@東京文化会館2021 2/22

雲一つない快晴。しかも暖かい。私的には1月19日以来の都響演奏会で、上野の東京文化会館にでかけました。上野に来るのは、コロナのせいもあってほぼ1年ぶりです。雨男ボス矢部は本日の晴天で臨界点を越えて、晴れ男に相転移をしたような気がします。

天気がいいので京成上野から歩くことにしててくてく歩いていると、なぜか路上でフィッシャー店村が美女と談笑していて、その横をすり抜けて公園口へ続く坂道に。1年前に来たときにはこの道は閉鎖されていました。路上エレベーターも健在でラッキー。公園口に着くと全く別の駅に変わっていました。

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御徒町から上がってくる道は行き止まりですが、Uターンできるようになっています。ですからタクシーも可です。駅の2Fには公園口からしか行けない構造で、何軒か飲食店が入っていました。トイレもあります。

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日暮里方面からの道も駅前には出られないようになっており、浅草行きのバスはおそらくここでUターンするものと思われます。

都響スペシャル@東京文化会館は客席50%制限の公演でしたが、それでも完売にはほど遠い感じでした。私は最後方の座席だったので、周りはガラガラです。コンマスはボス矢部、サイドはマキロン、指揮はマエストロ大野です。各パートもほぼベストメンバー。

本日のメインはマーラーの交響曲第4番で、いつもながらの素晴らしい演奏でした。それまでのクラシック音楽から逸脱したような遊びとか諧謔を楽しむような感じに仕上げられていました。基本的にマエストロ大野はマーラーとはテンペラメントが合わないと思いますが、この交響曲第4番は例外的にマエストロ大野にベストフィットだと思います。

ボス矢部は大活躍ですが、鷹栖(オーボエ)さんはやはり華がありますねえ。とりたてて美形とは言えないのですが、オケを牽引するカリスマはマイスター広田を凌駕するモノがあります。木管の諸氏はこの人を大事にして欲しいと思います。

ソリストの中村恵理さんは暗めのドラマティックな声で、ヴィオレッタとかが似合いそう。こういうタイプをこの曲のソリストに選ぶのは珍しいと思いますが、第4楽章が天国のパロディだとすると、これもありかな。

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2021年2月20日 (土)

大江千里氏の災難

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大江千里さん(ピアニスト)はこんな方です。
https://www.youtube.com/watch?v=3A24G0ffclQ

彼は現在ニューヨーク在住で、モデルナのワクチンを接種して失神しました
他のワクチン接種の際にアナフィラキシー反応が出たことはなく、持病もなかったそうです。

以下コピペ 
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2021/02/ny-59_1.php

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さて副反応もなく1カ月が経過し、2回目のコロナワクチンは、1回目と同じ場所にて同じ要領で。しかし、会場はガラガラだった。予約を取ったのにキャンセルする人も多く、用意されたワクチンがその日に破棄される場合もある。

並び始めてからショットを打つバスケットコートまでわずか10分。ワクチンを打つ担当のアイラスは「どんな気分? この1カ月どうだった?」など僕との会話を急くことなく進める。ワクチン接種の前にはリラックスすることが最も必要なのだ。

「今度のワクチンは打った腕が腫れたり痛くなったりすることも多く、体全体が痛んだり熱を出したりする症例も報告されているの」。

じゃあ、打った後にワインは?「それはOK。飲んでリラックスでしょ?ただ、3日間は家にいてゆっくりしてね」。そんなに?「そう、何が急変するかわからないの」。了解。

目の前に僕用のモデルナワクチンの瓶がある。「緊張してる?」。はい。「私もよ。でもお互い気楽にしたほうがいい」。30番くらいまである接種テーブルで僕は23番。10カ所以上のテーブルで看護師たちが手持ち無沙汰にしている。1回目を初日に打ちに来た時のにぎわいが嘘のようだ。

「じゃ、行くわよ」。一瞬だ。1回目と違うのは、その痛みは尾を引いた。流線型のドーンと奥へ向かう鈍い痛みがあった。終わったあと、拳骨ハグしてスタッフ数人から「15分よ。絶対に動いちゃダメよ」なんて言われ、わかってる!と交わし合い講堂へ。

「あなたは1回目? 2回目?」「2回目です」。「じゃああっちへ。」1回目の人は、時間がないと接種後の15分を待たずにそのまま帰っちゃう人もいる。しかし2回目の場合はスタッフがしっかり監視していて15分は絶対にその場から動かないように見張られる。僕はリラックスして15分その場にいた。

全てが終わりスタッフたちに「ありがとう」を言うと、彼らも口々に「ありがとう」と言う。そんなふうに感謝とリスペクトを交わし合い外へ出る。この日の光はとにかく眩しかった。

だがその日の夜、体調が急変した。2月10日夜、自宅でピアノを弾いているとワクチンを打った左手が激痛で上がらなくなり、そのうちに打っていない方の右手も上がらなくなった。

だんだん全身が痛くなり息が苦しくなった。なので、ベッドへ。ショットを打ったのが午前11時35分ごろ。この症状が始まったのが午後6時ごろ。きつくなったのが午後8時ごろ。そしてベッドで9時半ごろ、急激に調子が悪化。

全身が痛み、ゾクゾクするのになぜか熱い。心臓をわしづかみにされるようで、呼吸もさっきよりも苦しくなる。知らない何かに身体を乗っ取られた感覚がして、僕は直感でやばいと思いマネージャーにメールをするが、彼女からの返事が来るまでの数秒の間に自分の黒目が動かせなくなる。

今まで一度も経験したことのない症状だ。心じゃひたすら「絶対に生きる」と唱えて、そのまま気を失った。

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2021年2月18日 (木)

続・生物学茶話130: クシクラゲ(有櫛動物)の衝撃

数年前に「クシクラゲには実は肛門があってうんちをする」という報告があって、生物学者が衝撃を受けるというちょっとした事件がありました(1、2)。どうしてこんな初歩的とも思われることがそれまでわかっていなかったかというと、クシクラゲを飼育する際に、あまり彼らが好む、あるいは適したエサを与えていなかったので口から吐き出したのを排泄したと勘違いしていたそうです。プレスネルらはエサの小魚のDNAに赤い色素の遺伝子を導入し、肛門から赤い排泄物が排出されるのを確認しました(1)。

クシクラゲはクラゲという名前がついていますが、いわゆる刺胞動物のクラゲ(ミズクラゲやカツオノエボシなど普通のクラゲ)とは全く異なるグループの生物であることは前から知られていました。ただそれまで口があって、消化管があって、肛門があるという一方通行の消化器系システムは、左右相称動物が誕生してからできたものだといわれてきましたが、プレスネルらの実験でクシクラゲはそのシステムをすでに装備していたということになりました。クシクラゲは有櫛動物門(ゆうしつどうぶつもん)というグループに分類されていて、この門に所属する生物はほとんどが海洋を浮遊して生活しています。刺胞を持たないので刺されることはありません。Wikipedia に代表的な種の形態が示してありましたので、図130-1にコピペしました(3)。

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図130-1 さまざまなクシクラゲ  a) ウリクラゲ b) コマクラゲ c) ネフェロクテナ d) チョウクラゲモドキ e) カブトクラゲ  f) チョウクラゲ

クシクラゲの名前は繊毛の集合体である櫛板を持っていることから名付けられたのでしょう。これを動かして遊泳します。ウリクラゲ以外のグループはテンタクル(触手)を持っていて、こちらは泳ぐためではなく、周囲の状況を認識したり餌を捕獲するために使います。刺胞動物門のクラゲのような刺胞はもっていません(3、図130-2)。排泄口=肛門の近傍に平衡胞(スタトシスト)があり、体を定位させることができます(3、図130-2)。体の大部分はほとんど水に近い間充ゲル(ハイドロスタティック・スケルトン)という非常に柔らかい構造になっています。これが生物学者にとっては大変困ることで、網ですくうと壊れてしまう脆弱な構造なのでサンプリングも大変です。マウスの組織に使うような固定液で固定しようとしても水分が多すぎてなかなかうまくいきません。組織標本を制作して観察するのもなかなか困難な生物です。

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図130-2 クシクラゲの構造

有櫛動物はつかめばすぐ壊れるような脆弱な生物なので、水に流されるままのおとなしい受動的な生物かというとそうでもなく、口や肛門周囲だけでなく、表皮直下には「のど側」にも「外界側」にもびっしり筋細胞が分布するほか(皮下筋細胞)、間充ゲル内部にも3次元的に筋肉が存在します(4、図130-3)。彼らは総じて肉食で、なかには同じクシクラゲの仲間を丸呑みしたり、体全体を使って高速で泳ぐ種類もあります。

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図130-3 クシクラゲの筋細胞(橙)と皮下の神経細胞

有櫛動物のひとつ Eoandromeda octobrachiata のエディアカラ紀の化石が2011年に報告され(5)、このグループは普通に動物と呼ばれるグループ(メタゾア)のルーツではないかという意味で一気に注目を集めることになりました。復元図も上記 Tang らの論文(5)に掲載されています(5、図130-4)。ルーツという意味は、ここからメタゾアが進化したという意味ではなく、このグループ(Ctenophora=有櫛動物)がメタゾアの系統の生物の中で最も早期に分岐し、有櫛動物とそれ以外のすべての動物という2つの系統の生物が生まれたという意味です。これはまだ確定したわけではなく、海綿動物(Porifera)が先に分岐したという可能性もまだ残されているようです(6)。

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図130-4 エディアカラ紀のクシクラゲの復元図

有櫛動物門の分類学的位置を決めるために、フロリダの Leonid L. Moroz(図130-6) を中心に世界各国の研究者が参加するコンソーシアムが結成され、研究成果が2014年に報告されました(7)。この結果、有櫛動物門の生物には他の動物の形態形成の基盤となっている Hox遺伝子がみつからない、免疫補体の種類が少ない、miRNAがみつからない、神経やシナプスがあるにもかかわらず(海綿動物や平板動物には神経細胞はありません)セロトニン・アセチルコリン・ドーパミン・ノルアドレナリン・アドレナリン・オクトパミン・ヒスタミン・グリシンなど他の生物が使用している神経伝達物質を使っていないなど、様々な観点から有櫛動物門は他のすべてのメタゾアの門から乖離しているという結論が得られました。

この結果推測される系統樹を Moroz が描いていますが(8)、それを私が簡略化したものが図130-5です。おそらくメタゾアの中で有櫛動物が最初に神経系(Neuron 2)を獲得し、そのほかの動物は海綿動物や平板動物を分岐した後、私たちの神経と同系統の神経(Neuron 1)を獲得したものと思われます。

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図130-5 有櫛動物門の分類学的位置 

クシクラゲの皮下神経細胞はまさしくニューラルネットと呼ばれるにふさわしいかご状神経系を形成しており、間充ゲルのものも含めると5000~7000個のニューロンが接続されています(9)。また2ダース以上の種類の筋細胞と少なくとも9タイプのニューロンが、この生物の食餌、遊泳などさまざまな活動をサポートしています。神経や筋肉以外にもさまざまな細胞があり、少なくとも80種類は識別できるそうです(9)。神経細胞は特に口の周りと肛門の周りに集積していて、いわば体の両極に脳があるとも考えられます。実際肛門の周りの神経系は櫛板の動きを調節しているそうです(8)。平衡胞による計測に応じて、姿勢の制御も担当しているのでしょう。Moroz らが明らかにした口の周りの神経を図130-6に示しました(8)。緑が神経ネットワーク、赤が筋線維を示します(図130-6)。テンタクル(触手)用には、ネットワークとは桁違いに太い軸索が用意されています(8)。

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図130-6 クシクラゲのかご状神経ネットワークとモロズ博士

シナプスについても研究されていて、私たちと同様にシナプス小胞を使って神経伝達が行われているようです(8)。またグルタミン酸は神経伝達物質として使われているようです(9、10)。パラレルエボリューションでそんな類似したメカニズムができるのだろうかという疑問がわいてきますが、それは今後の宿題です。

最近クシクラゲが生物発光の基質に使われるセレンテラジンを生合成できることが発見されました(11)。発光する海洋生物は多くはセレンテラジンを使っているようなのですが、実は餌からもらっていて、自力で合成できる生物は希なのだそうです。クシクラゲの発光は外からの光を反射しているだけだという通説は間違いで、自力で発光できるとはおみそれしましたと言わなければいけません。

参照

1)Jason S. Presnell, Lauren E. Vandepas, Kaitlyn J. Warren, Billie J. Swalla, Chris T. Amemiya, William E. Browne.,The Presence of a Functionally Tripartite Through-Gut in Ctenophora Has Implications for Metazoan Character Trait Evolution
Curr. Biol., Volume 26, Issue 20, p2814–2820, 24 October 2016
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982216309319

2)やぶにらみ生物論97: 体軸形成
http://morph.way-nifty.com/grey/2017/12/post-7bba.html

3)Wikipedia: Ctenophora
https://en.wikipedia.org/wiki/Ctenophora

4)M-L. Hernandez-Nicaise, G.O. Machie, and P.W. Meech., Giant Smooth Muscle Cells of Beroe
Ultrastructure, Innervation, and Electrical Properties., J. Gen. Physiol., vol.75, pp.79-105 (1980)

5)Feng Tang, Stefan Bengtson, Yue Wang, Xun‐lian Wang, and Chong‐yu Yin., Eoandromeda and the origin of Ctenophora., Evol.Develop., vol.13, issue 5, pp.408-414 (2011)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1525-142X.2011.00499.x

6)Claus Nielsen, Early animal evolution:a morphologist’s view., Royal Sciety Open Science., vol.6, no.190638 (2019) http://dx.doi.org/10.1098/rsos.190638
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6689584/pdf/rsos190638.pdf

7)Leonid L. Moroz et al., The Ctenophore Genome and the Evolutionary Origins of Neural Systems., Nature, vol.510(7503) pp.109–114. (2014) doi:10.1038/nature13400
https://www.nature.com/articles/nature13400

8)Leonid L. Moroz, Convergent evolution of neural systems in ctenophores., The Journal of Experimental Biology vol.218, pp.598-611 (2015) doi:10.1242/jeb.110692
https://jeb.biologists.org/content/218/4/598

9)Tigran P. Norekian Leonid L., Moroz, Neuromuscular organization of the Ctenophore Pleurobrachia bachei., J. Comp. Biol., vol.527, pp. 406-436 (2019)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30446994/

10)ナショナルジオグラフィック 有櫛動物ゲノム、進化史の書換え迫る?
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9263/

11)名古屋大学公開資料 暗い海に光をもたらす発光生物 クシクラゲが深海性発光物質の生産者であることを発見 
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20201211_iar1%20.pdf

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2021年2月15日 (月)

サラとミーナ242: ミーナのいる生物系統樹

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ミーナも私もオピストコンタであり、メタゾアであり、左右相称動物であり、後口動物なのです。

最近の動物学のトピックスのひとつは、クシクラゲ(有櫛動物)の神経系は他の生物の神経系とは独立に生まれて、独立に進化したらしいことがわかってきたことです。クシクラゲはクラゲという名前がついていますが、クラゲ(刺胞動物)とは全く異なる系統の生物で、6億年くらい前からずっと生きてきて、現在でも赤道から極地までの海に分布しています。

多分 "えのすい" にいます。
https://www.enosui.com/

写真はウィキペディアより借用しました

 

 

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2021年2月13日 (土)

オリンピックは無観客でやるべし

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オリンピックは中止という意見が大勢になってきています。
もうどうやってもオリンピックは日本経済にプラスにならないからでしょう。
でも私はどんなしょぼい大会になったとしてもやるべきだと思います。
なにしろ世界的な伝統行事なのですから。

無観客で、選手はPCR検査・隔離をして大会に臨めばオリンピックで感染が爆発することはあり得ません。観客がいなければセキュリティーの負担は大きく下がるでしょう。リーガ・エスパニョーラは無観客で完全に全試合を遂行しています。それで特に問題はありません。無観客だからと言って、選手が手を抜くことはありません。みんな全力で頑張っています。世界中の人々がテレビやスマホで見ているんですよ。当たり前でしょう。

「無観客だとやる意味が無い」などと言っている人もいますが、オリンピック精神にもとるというのは昔の話で、今はアフリカの田舎でもスマホで競技をみることができる時代です。やる意味が無いなどと言うのは競技への情熱が小さいからに過ぎません。

組織委員会会長の選考は定款通りにやるべきで、理事でもない御手洗某などという人が選考委員会を招集して候補を定めるなどというのはあり得ません。副会長・専務理事・常務理事で選考委員会を招集し、候補を選んで理事会にかけるのが当たり前でしょう。菅義偉という人はなんでも介入したがる本当に困った人です。

定款

第21条 理事及び監事並びに会計監査人は、評議員会の決議によって選任する。2 会長、副会長、専務理事及び常務理事は、理事会の決議によって理事の中から選定する。

第29条 理事会は、毎年6月と3月に招集する。ただし、会長が必要と認めた場合又は理事から会議に付議すべき事項を示して理事会の招集を請求されたときは、会長は、その請求のあった日から2週間以内に臨時理事会を招集する。2理事会の議長は、会長とする。3会長に事故あるとき、又は欠けたときは、会長があらかじめ指名した理事が理事会を招集し、議長を務める。4毎事業年度に4ヵ月を超える間隔で2回以上その報告をしなければならない。

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2021年2月12日 (金)

続・生物学茶話129: ミエリン鞘(髄鞘)

FCバルセロナからヴィッセル神戸に来たイニエスタという選手がいます。彼は体格・筋力・走力などの身体能力はサッカー選手としてはごく普通なのですが、マルセイユ・ルーレットの技術と他の選手より一瞬早く行動できるという特技で頂点を極めました。生物にとって神経の伝達速度を上げるということは、敏捷性(アジリティー)を高め、他の生命体より早く知覚し早く行動することができるので、生存にとって明らかに有利です。

周囲からの干渉を遮断・絶縁することによって漏電を防ぐことも正確な伝達には必要なことでしょう。脊椎動物はそのためにミエリン鞘(髄鞘)という神経を被覆する組織を獲得しました(1、図129-1)。ミエリン鞘はここでのテーマである跳躍伝導という特殊なメカニズムをサポートしていて、神経伝達速度を上げることにも貢献しています。電流の流れやすさ、すなわちコンダクタンス=σA/L(σ:定数、A:断面積、L:長さ)なので、ミエリン鞘をつくる以外にも、神経の断面積Aを大きくしたり、体を小さくしてLを短くするという方法も生物にとってアジリティーを上昇させるための有効な方法です。

実際イカは直径1mmという破格に太い神経(ジャイアントアクソン)を持っています。これはヒトの太めの神経の10倍以上の太さです。このくらい太いと伝達速度は30m/秒という高速を実現できます。イカのジャイアントアクソンにはミエリン鞘はありません。不思議なことに、ミエリン鞘を使って伝達速度を上げるという方式はある特定系統の生物が進化の過程で育ててきたと言うより、さまざまな系統の生物が進化の過程で断続的に獲得してきたというめずらしい組織なのです。たとえばエビは持っているのにロブスターやカニは持っていないとか、ミミズは持っているのにヒルは持っていないなどという例があります(1)。

ほとんどの脊椎動物はミエリン鞘を持っています。ただし末梢神経にはミエリン鞘を持っていない神経(無髄神経)も多いことが知られています(2)。無髄神経では、たとえば皮膚の痛覚神経では伝達速度は1m/秒とかなり遅くなります。同じ皮膚でも有髄神経の触覚神経では50m/秒と著しくアドバンテージがあります。ではどうしてすべて有髄神経ではないのでしょうか? それはまあ有髄神経がラグジュアリーなものということもあるのでしょうが、どうも直径1μmというような細い神経線維の場合、ミエリン鞘があると却って伝達速度が遅くなるらしいのです(3)。詳しい研究が行われていないらしく私にはよくわかりません。

ミエリン鞘は軸索を完全に被っているわけではなく切れ目があって、その部分をランヴィエ絞輪とよびます(図129-1)。ミエリン鞘とランヴィエ絞輪はそれぞれルドルフ・フィルヒョウ(4)とルイ・ランヴィエ(5)によって19世紀に発見されました(図129-1)。

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図129-1 ミエリン鞘とランヴィエ絞輪

ミエリン鞘の実体は末梢神経系ではシュワン細胞、中枢神経系ではオリゴデンドロサイトです。シュワン細胞は外胚葉の神経堤に由来する毛布のような細胞で、軸索に巻き付いています(図129-2)。オリゴデンドロサイトについては後述します。これらの細胞が何重にもぐるぐる巻き付くことによってミエリン鞘が形成され、有髄神経ができあがります。ミエリン鞘の一番外側の部分を神経鞘ともいいます。断面をみればミエリン鞘の多層構造がよくわかりますが、これらの層はすべて同じ細胞で連続しています(図129-2)。

毛布がきちんとたたまれてはがれないようにするためには、高度に硫酸化された糖鎖を持つP0(ピーゼロ)というタンパク質が必要だとされています(6)。ミエリン鞘は単に電源コードのシールドのようなものではなく、神経細胞とさまざまな相互作用を行なって、神経細胞を健全に保つためにも有用であるようです(7)

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図129-2 シュワン細胞にぐるぐる巻きにされる軸索

さて跳躍伝導を理解するためにはコンデンサというものを理解する必要があるようです。村田製作所のサイトによると、コンデンサは 1)電圧を安定させる、2)ノイズを取り除く、3)信号を取り出すなどの用途に用いられます(8)。セクション128の図128-2で解説しました。要するに充電式電池のようなものですが、電池が化学式で書けるような化学変化すなわち分子の変化を基盤としているのに対して、コンデンサは分子の整列や分子内での構造変化を基盤とするものです。生物はみずから体内にコンデンサの役割を果たす組織を制作・設置し、神経伝達に使っているようです。

神経細胞の軸索はミエリン鞘で被われており、その切れ目にランヴィエ絞輪があります。このどの部分がコンデンサかというと、それはミエリン鞘と軸索の細胞膜がそれに当たります(図129-3)。ランヴィエ絞輪には多数のナトリウムチャネルが集中していて、これが電池のような役割を果たしているわけです。ここに刺激がきて一時的にチャネルが解放されると、ナトリウムイオンが軸索に流れ込み、アクションポテンシャルが発生します。一方チャネルの外側はナトリウムイオンが減少するので、ミエリン鞘の外側からランヴィエ絞輪の方向に電流が流れます。神経標本の周囲の電解液が導線の役割を果たします(図129-3)。

アクションポテンシャルの裾野が次のランヴィエ絞輪に届くとその刺激でチャネルが解放され、次のアクションポテンシャルが発生します(3)。ランヴィエ絞輪につつまれた部分の軸索には、ほとんどナトリウムチャネルはありません。つまり、ランヴィエ絞輪単位でステップワイズに(飛び飛びに)神経伝達が行なわれます。これが跳躍伝導です。このシステムによって、有髄神経は前述のような桁違いの高速伝達を可能にしました。

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図129-3 跳躍伝導

慶應義塾大学の田崎一二らは第二次世界大戦前に、図129-4に記したような方法などで、実際にミエリン鞘というコンデンサから発生する電流を測定し、跳躍伝導を証明しました。杉晴夫によると(9)、第二次世界大戦中に彼らが論文をドイツの雑誌に投稿したところ、ベルリンが廃墟になっているにもかかわらず、ちゃんと雑誌に印刷発表されたそうです(10、11)。日本ではほとんどの学術雑誌は戦争で休刊せざるを得なくなりました。図129-4は簡略化したものなので、詳細を知りたい方は文献10、11をあたってください。田崎一二は戦後まもなく渡米し、米国に帰化して97才までNIHで働いていました。これはNIHの高齢レコードだそうです(12)。奥様も研究室に来て実験のお手伝いをなさっていたようです。

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図129-3 田崎一二夫妻と彼らの実験

ところが最近跳躍伝導について、新しい発見がありました。チャールズ・コーエンらによるとミエリン鞘と軸索の間に12.3nmの間隙(もうひとつの導線)があり、ここをイオンが移動し電流が流れているというのです(13、図129-5)。そうするとイオン(電流)はミエリン鞘の外をまわらなくても、このもうひとつの導線を流れればいいのでショートカットできます。しかしそうなるとミエリン鞘と軸索の細胞膜が一体となってコンデンサの役割を果たしているという考え方はとれなくなります。すなわちミエリン鞘は軸索を保護することと、軸索の周りにある円筒形のセカンドケーブルをつくるために存在することになります。これは注目すべき発見で、今後の進展を見守りたいと思います。

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図129-5 ミエリン鞘と細胞膜には広めの間隙が存在する

イカなどは巨大神経線維をつくって神経伝導の速度をはやめましたが、脊椎動物は有髄神経による跳躍伝導のシステムをつくることによって、細い神経線維でも高速な伝達速度を確保することに成功しました。このことは脳を発達させる上で非常に重要なエポックだったと思われます。なぜなら脳にそんな太い神経が鎮座すると、脳に多くの情報を詰め込むための容量が損なわれてしまいます。かといって神経を細くすれば伝達速度が遅くなります。タコやイカはイヌと同じくらいの数のニューロンを持っているにもかかわらず、そんなに知能が高くないのはそういう理由じゃないかと思われます。

脳ではシュワン細胞に代わって、神経管由来のオリゴデンドロサイトというグループのグリア細胞がミエリン鞘を形成します(1、14、図129-6)。ひとつのオリゴデンドロサイトがいくつもの軸索のミエリン鞘をかけもちするところが、末梢でのシュワン細胞とは違うところです。

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図129-6 脳のミエリン鞘

参照

1)脳科学辞典: 髄鞘
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%AB%84%E9%9E%98

2)ウィキペディア: 神経線維
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B9%8A%E7%B6%AD

3)酒井正樹 講義実況中継 その3:興奮はいかにして伝わるか
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/29/3/29_135/_pdf

4)Wikipedia: Rudolf Virchow
https://en.wikipedia.org/wiki/Rudolf_Virchow

5)Wikipedia: Louis-Antoine Ranvier
https://en.wikipedia.org/wiki/Louis-Antoine_Ranvier

6)T. Yoshimura et al., GlcNAc6ST-1 regulates sulfation of N-glycans and myelination in the peripheral nervous system., Scientific Reports vol. 7, Article number: 42257 (2017)
https://www.nature.com/articles/srep42257

7)ウィキペディア: シャルコー・マリー・トゥース病
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E7%97%85

8)続・生物学茶話128: パッチクランプ法
http://morph.way-nifty.com/grey/2021/02/post-9ad3a9.html

9)杉晴夫 「生体電気信号とはなにか」 講談社ブルーバックス (2006)

10)Ichiji Tasaki und Taiji Takeuchi, Der am Ranvierschen Knoten entstehende hktionsstrom und seine Bedeutung fiir die Erregungsleitung., Pflügers Archive vol.244, pp. 696- (1941)
https://link.springer.com/article/10.1007%2FBF01755414

11)Ichiji Tasaki und Taiji Takeuchi, Weitere Studien über den Aktionsstrom der markhaltigen Nervenfaser und über die elektrosaltatorisehe Übertragung des Nervenimpulses., Pflügers

12)NIH record - mile stones - Biophysicist Tasaki Leaves Extraordinary Scientific Legacy
https://nihrecord.nih.gov/newsletters/2009/02_20_2009/milestones.htm

13)Charles C.H. Cohen, Marko A. Popovic,Jan Klooster, Marie-Theres Weil,Wiebke Mo ̈bius, Klaus-Armin Nave,Maarten H.P. Kole., Saltatory conduction along myelinated axons involves a periaxonal nanocircuit., Cell vol.180, pp.311-322, (2020)
https://www.cell.com/action/showPdf?pii=S0092-8674%2819%2931324-8

14)Wikipedia: Oligodendrocyte
https://en.wikipedia.org/wiki/Oligodendrocyte

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2021年2月 9日 (火)

新型コロナウィルス 最近のワクチン事情

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管理人が危惧するのはmRNAワクチンにしてもDNAワクチンにしても、できる抗原の量をコントロールできないことです。タンパク質である抗原を注射すれば、最初に決めた量しか体の中にはいらないわけですが、mRNAやDNAは翻訳または転写・翻訳によって抗原がどのくらいの量できるのかは、接種した人の細胞次第です。ドカンと大量に合成されたら、強すぎるアレルギー反応がおきるでしょうし、少なすぎれば効かないでしょう。

もともと生体内にある遺伝子の転写や翻訳はさまざまなメカニズムによってきちんと調節されています。ですから筋肉では当然骨を作るのに必要な転写や翻訳は行われません。ところがmRNA・DNAワクチンは、未経験のウィルスのスパイクタンパク質をヒトの細胞で転写・翻訳をさせようというのです。これまでに様々な実施例があって安全が確かめられていればいいのですが、mRNAは全くはじめて、DNAも実施例は少ないのが現実です。つまりこれは全人類をモルモットにした壮大な実験にほかなりません。

一方で米国ノババックス社のワクチンは組換えタンパク質で私的には期待しています。このタイプのワクチンは抗原タンパク質を投与するという意味では伝統的な手法であり、きちんと量を決めて投与されるので科学的なデータがたやすく集められます。このワクチンについては武田薬品が日本での製造を請け負っており、厚労省も300億円以上の補助金を出しています。これは厚労省を賞賛したいと思います。塩野義製薬は地道に厚労省のサポートを得て、地道に自社で組換えタンパク質のワクチンを製造しているそうで、時間はかかってもあたって欲しいと思います。

よく日本でワクチンができないのは感染者が少なくて治験が難しいという話になりますが、中国だって治験は南米でやっているんですよ。そんな言い訳は成立しません。

厚労省のワクチン関連サイトがあります。
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000680222.pdf

このサイトには海外開発の新型コロナワクチンのリストがありますが、なんと中国・ロシア・インドのワクチンについては何も掲載されていません。サボっていて調査していないのか、欧米以外の製品は馬鹿にして掲載していないのか、あきれてしまいました。中国とインドのワクチンはおそらく世界で最も多くの人々に接種されるでしょうし、東欧諸国ではいつまで待ってもファイザーの製品が来ないので、ロシア製に乗り換えているところも出てきています。

ひょっとすると厚労省も本当に調査能力が落ちてきたのかと疑念を持ちました。公務員の人数が少なすぎるのかも知れません。2016年の調査では旧共産圏や欧米諸国はもちろん、フィリピン・メキシコ・韓国・インドネシア・エジプトよりも数が少なくなっています。
http://honkawa2.sakura.ne.jp/5190.html

以下の朗報がありました↓。

武田薬品が2月20日にも治験開始 米ノババックス開発のコロナワクチン
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021020400938&g=eco

 

 




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2021年2月 8日 (月)

J-POP名曲徒然草210: 猫になりたい by momo

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猫になりたいかと問われれば、そりゃシチュエーションがノラと飼い猫じゃ地獄と天国なので即答はできません。良い飼い主に当たった飼い猫は最も幸福な生き物だとは思いますが、それは自然じゃないからつまらないという人もいるでしょう。

「猫になりたい」作詞/作曲 草野正宗
アルバム 花鳥風月(ポリドールPOCH-1776)に収録

これだけ脳にこびりつくメロディ-を書けるというのは、やはりマサムネは天才なのでしょう。でもあえてカバーを選択

momo:
https://www.youtube.com/watch?v=AsKiI4PS3Oo

ギター1本だけど楽しく聴けます

spitz or die:
https://www.youtube.com/watch?v=0xIDXYGML9M

ボーカルの声がやさしい感じ。バンド演奏も手慣れててお上手。

本家本元(野外ライヴ)
https://www.youtube.com/watch?v=YZnR_W_Q7Hw

本家本元(ベトナム語キャプション)
https://www.youtube.com/watch?v=YErSgFpGMuk

ウクレレキャッツアイ:
https://www.youtube.com/watch?v=dy5r4TWHrKw

猫たちの映像と共に

つじあやの
https://www.youtube.com/watch?v=76ZrvlF6I1M

たのうた
https://www.youtube.com/watch?v=9Qfx3JstksU

シロホンが可愛い

カラオケだけど聴き惚れる
https://www.youtube.com/watch?v=M5wcNX7gHaQ

 

 

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2021年2月 5日 (金)

「今日の人生」 益田ミリ

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以前にまきちゃんぐの推薦で「腐女子のつづ井さん」という本を読んでみて、あまりに無感動だったので驚いた経験があるのですが、そんな希有な経験があったので、もう一度だけ彼女の推薦にのってみることにしました。

「腐女子のつづ井さん」
http://morph.way-nifty.com/grey/2019/09/post-1e3c2f.html

2度目の挑戦、それが「今日の人生」益田ミリ(2017 ミシマ社刊)。
あらまあ 意外や意外、面白いじゃないですか!

ひとつ紹介しますと、作者が映画館で映画を見た後売店でプログラムを買ったそうです。そのとき販売員の人が「当館ではこれが最後の一冊です」と言って売ってくれたことに感動するというエピソードなんですが、ミリさんはそれが販売員の人の生き方を表していると言うんですね。

それはひとつはミリさんが言っているように「お客さんのことを考えて、こう言えばきっと喜んでもらえる」という、相手のことをいつも考えながら生きている人であることと、もうひとつ人生にはプラスアルファ、美しい生け花とか鳥のさえずりとか寝そべる猫とかが必要で、不要不急ではないひとことだって、それらと同様に大事なんだと言うことなんですね。なんでも要件だけ事務的に済ませて進む人生であってはいけません。

前者はまきちゃんぐのような音楽制作者にも重い問題を投げかけています。自分をそのまま表現することと、それを社会が自分が生活できるくらいは受け入れてくれるかどうか、もっと多くの人にエンターテインメントとして認めてもらえる必要があるのではないか・・・と誰もが迷うところでしょう。ベートーヴェンだって悩んだに違いありません。

わたしがこのことで思い出したのは、スウェーデンのアラン・ペッテションという作曲家です。彼は中年になるまで自分の想念の中を「ぐるぐる周り」する、恐怖と怨念で埋め尽くされた音楽を書いていたのですが、7つめの交響曲で自分の音楽には聴衆がいるということをはじめて意識して曲を書いたのです。それで一部の人々が彼が天才であることに気づくことができました。

そして1973年になってスウェーデン最古のウプサラ大学創立500周年記念式典(1977年)のための音楽を委嘱されました。そうしてできたのが名作の交響曲第12番「広場にて死す」で、これはパブロ・ネルーダの詩に音楽をつけたもので、彼の作品の中で一番自分から離れた作品だったのですが、素晴らしい感動的な作品に仕上がりました。彼の交響曲第7番は、今年都響がアラン・ギルバートの指揮で演奏します。ペッテションが自分という貝殻の中で一生堂々巡りをしていたら、どんなにその音楽が一部の人々にとって感動的なものであっても、それを知ることすらできなかったと思います。

まきちゃんぐの音楽 「赤い糸」
https://www.youtube.com/watch?v=X9F7Qgr9QE4

 

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2021年2月 3日 (水)

続・生物学茶話128: パッチクランプ法

生体電気信号を勉強するためにオームの法則を復習しておきましょう。オームの法則によれば、ある物質の中を流れる電流I(単位:アンペア)は、電位差V(単位:ボルト)とその物質の電気伝導度G=コンダクタンス(単位:ジーメンス)の積になります。Gは物質の種類と温度などの環境条件で決まる定数なので、「ある物質の中を流れる電流は負荷された電位差に比例する」としてもいいわけです。これを数式で表現すると、I=GV ということになります。電気伝導度Gは電気抵抗R(単位:オーム)の逆数なので、この式はI=V/Rとも書けます。

ここで直列回路(1、図129-1A)の場合、回路上に置かれた2つの物質の電気抵抗をR1およびR2とすると、全抵抗はR1+R2です。すなわち Rtotal=R1+R2ということになります。したがってここに流れる電流は I=V/(R1+R2) です。

数値を代入すると、I=9V/(500Ω+500Ω)=9÷1000=9mA

一方並列回路(1、図129-1B)の場合、全体を流れる電流は個々の回路を流れる電流の和になります。
I=V/R1+V/R2 すなわち I=V(1/R1+1/R2)です。電気抵抗の逆数は電気伝導度なので I=V(G1+G2)とも書けます。

数値を代入すると I=9Vx(1/500Ω+1/500Ω)=9x 0.004=36mA

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図128-1 直列回路と並列回路

生体電気信号を理解するためにはもうひとつ、コンデンサについての知識が必要です。コンデンサは絶縁体の両側を2枚の金属板ではさんだような構造になっています(2、3、図128-2A)。ここに電池を使って電圧をかけると、2枚の金属板にはそれぞれ+および-の荷電が蓄積します(図128-2A、充電)。このとき絶縁体内部でも非通電時にはランダムだった分子の並びが整列した状態になり、各分子の内部でも電子密度が偏った状態になります(4、図128-2、絶縁体内部での構造変化)。この状態は電池をはずしても変わりません(図128-2B、蓄電)。ところが導線を電球につなぐと、ここに電流が発生し、電球は点灯します(図128-2、放電)。

電球が点灯してエネルギーが消費されると、コンデンサにおける金属板の帯電と絶縁体での分子の状態がもとのランダムな状態にもどります(図128-2A)。ここでまた電池をつなぐと再び充電されます(図128-2A、充電)。図128-2をよく見ていただくと、絶縁体があるにもかかわらず、あたかも充電時には電池プラス極→導線→金属板→絶縁体→金属板→導線→電池マイナス極、放電時には電球→導線→金属板→絶縁体→金属板→導線→電球と逆回りに電流が流れているような状況が生まれます。

細胞膜はある種のコンデンサのような役割も果たしています。では細胞内の電池とは何でしょうか? それはイオンチャネルやイオンポンプによるイオンの出し入れが相当します。これらによって電池の役割が実現されています。そのためのエネルギーは細胞内のATPによって供給されます。たとえばひとつの細胞に1000個のイオンチャネルがあるとすると、それらは並列に並べられた電池のようなものであり、その穴が解放されると電池1000個分の放電が起きます。またイオンポンプは常にコンデンサを充電するような働きを行っていることになります。

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図128-2 コンデンサのメカニズム

イオンチャネルの機能についての研究は、ネーアーとザクマンのパッチクランプ法(5、6)の開発によって著しく進展しました。電極が入った細くて精密に制作されたガラスピペットをマイクロマニピュレーター(7、8)で操作し、細胞に徐々に近づけていって細胞膜に接したところで少し吸い上げます(図128-3)。そうすると細胞膜が少しピペット内に引き込まれ、ピペットと膜の間から電流が漏れ出すことがない所謂ギガシールドの状態が確保できます。この方法ができる前は、細胞に電極を刺していたのでどうしても漏れがありましたし、小さな細胞ではそもそも実験が不可能でした(4)。図128-4はピペットを神経細胞につけてパッチクランプを実行しているところです(6)。

ピペットでトラップされたイオンチャネルが1個であれば、活動電位にともなうそのチャネルの電位変動が観察できますし、ピペット内の電極液の組成を変えることによって様々な実験もできます(9)。また膜の一部だけをピペットで吸い上げたり、膜に人為的な穴を開けて細胞質液を電極液に交換してしまうというようなことも可能です(6)。

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図128-3 パッチクランプ法

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図128-4 パッチクランプ法を実施している写真

ネーアーはミュンヘンのホッホシューレの出身で、これはウニベルジテートと違って技術実習を重視した大学だそうです。彼自身このことが後の自分の研究に大きな影響を与えたと述べています(9)。ネーアーは米国留学中に生物物理学者になることを決意し、帰国後マックスプランク研究所でザクマンと1967年に共同研究をはじめました。ザクマンはその後英国に留学しますが、帰国後またネーアーとの共同研究を再開します。その目的は1個のイオンチャネルの電位変化を測定することでした。幸いにして彼ら2人のための研究室を得て所期の目的を達成することができました。これによってホジキン-ハクスレイのイオンチャネル説、すなわちナトリウムおよびカリウムチャネルが実在することが証明されました(10、11)。

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図128-5 パッチクランプ法を開発したネーアーとザクマン

彼らの技術はさまざまな改良が行われ、現在でも神経生理学者にとっては米の飯のように大事な技術となっています。ネーアーとザクマンはこの功績によって1991年のノーベル生理学医学賞を受賞しました(9)。

参照

1)ウィキペディア: 直列回路と並列回路
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E5%88%97%E5%9B%9E%E8%B7%AF%E3%81%A8%E4%B8%A6%E5%88%97%E5%9B%9E%E8%B7%AF

2)ウィキペディア: コンデンサ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B5

3)村田製作所 コンデンサとは?
https://article.murata.com/ja-jp/article/what-is-capacitor

4)杉晴夫「生体電気信号とはなにか」 講談社ブルーバックス (2006)

5)ウィキペディア: パッチクランプ法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%83%E3%83%81%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E6%B3%95

6)Wikipedia: Patch clamp
https://en.wikipedia.org/wiki/Patch_clamp

7)ナリシゲ マイクロマニピュレーター
https://www.narishige.co.jp/japanese/products/application/patch_clamp.html

8)室町機械
https://muromachi.com/index.php/archives/item_cat/06-05

9)The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1991: Erwin Neher and Bert Sakmann
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1991/press-release/

10)Neher, E., & Sakmann, B.
Single-channel currents recorded from membrane of denervated frog muscle fibres. Nature, vol.260(5554), pp.799-802, (1976).
https://www.nature.com/articles/260799a0

11)Erwin Neher, Ion channels for communication between and within cells. Nobel lecture, December 9, 1991
https://www.nobelprize.org/uploads/2018/06/neher-lecture.pdf

 

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2021年2月 1日 (月)

日本はいつ建国されたのか?

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菅義偉にパージされなければ加藤陽子氏の名前も知らなかったわけですが、パージのおかげでこの本「戦争まで」(朝日出版社 2016年刊)も読んでみました。おかげでいろんなことを知ることができました。

誰もこの日に日本が建国されたとは信じちゃいない「建国記念の日」がもうすぐやってきます。別に神話に基づく記念日が悪いとは思いませんが、神話ではないちゃんとした歴史書にはじめて日本(倭)という国家が記述されたのは3世紀に書かれた魏志倭人伝でしょう。この歴史書には日本の最初の王として、神武天皇ではなく卑弥呼であることが書かれています。

加藤氏の記述によると、最近の学会では「なぜ卑弥呼を王とした統一国家が生まれたか」ということに関して、魏の脅威という理由が有力になっているそうです。63ページに掲載されている3世紀東アジアの地図を見て驚いたのですが、現在の平壌周辺は魏の版図になっています。北九州の諸国にとって南朝鮮は小国分立(辰韓、弁韓、馬韓など)だったので脅威ではありませんでしたが、巨大な軍事国家である「魏」の朝鮮半島への進出は脅威であり、統一国家を形成せざるを得なくなったのでしょう。ですから卑弥呼を統一国家「倭」の王と定めた日がわかったとすれば、それが正しい建国記念の日です。

当時の北九州の指導者達は、とりあえず諸国の争いをやめて統一国家を造り、王を立てて「魏」に自分たちの統一国家「倭」を臣下の国として認めてもらおう・・・という安全保障上の知恵を働かせたのでしょう。実際魏は金印紫綬を与えて、卑弥呼を親魏倭王に任命しています。

しかしその後中国は混乱し北九州の安全保障も崩壊して(中国に使節を派遣したら、その国はもうなかったというようなこともあったようです)、中国の侵攻にビビリまくっていた豪族達はそれぞれ城を造営せざるを得なくなり、北九州諸国は衰弱してしまいました。その結果近畿地方の王によって倭国は統治されることになりました。実は中国に強力な国家が出現しない限り、日本は(内部抗争は別として)平和です。北九州豪族達の心配は杞憂でした。その後300年くらい倭国は国際的な脅威とは無縁の時代が続きました。

7世紀になって、しばらく弱体化していた中国に強力な「唐」という統一国家が出現し、またもや朝鮮半島に勢力を伸ばしてきました。645年には唐と高句麗との戦争が勃発しました。この頃「倭」国は蘇我・物部の権力闘争でガタガタになっていて、とても唐に対抗できる状況ではなく、それを憂慮した中大兄皇子らは暗殺などによって蘇我家を滅ぼし、天皇主導の中央集権国家を樹立しました。この頃朝鮮半島では高句麗は頑強に唐に抵抗していましたが、百済は660年に滅ぼされてしまいました。これに脅威を感じた中大兄皇子は九州まで出向いて陣頭指揮の下に朝鮮に出兵し、白村江で唐と戦争を行いました。

朝鮮半島まで海軍を送って世界一の大国となった唐と戦うとは、当時の大和朝廷の勢いはすごかったと思いますが、戦争は倭国の完敗に終わりました。668年になって高句麗もついに滅亡し、朝鮮半島は唐の属国である新羅によって統一されました。これをみて、大和朝廷はもう唐と戦っても無駄だと思ったに違いありません。で大和朝廷はどうしたかというと、加藤氏の著書によれば702年に粟田真人を唐に派遣し、「倭」国を廃止し「日本」という新しい国家を樹立して唐に朝貢することで和平を実現したわけです。ですから日本という国家ができたのは702年です。この意味では建国記念の日は、粟田真人が則天武后に会って「日本」という国家名を国際的に宣言した日が正しいのかもしれません。

国 熊木杏里

https://www.youtube.com/watch?v=52PyD80-ESc

 

 

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