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2021年1月26日 (火)

続・生物学茶話 126: 電池の起源 

皆さんは海綿という動物をご覧になったことがあるでしょうか? 海底に固着し臓器らしい臓器もなくてまるで植物のようですが、実は立派な従属栄養の動物です。あらゆる多細胞生物のなかで最も「下等」なグループと思われていますが、カンブリア紀より前から現在に至るまで大繁栄している生物です。

2014年に、 Danielle Ludeman らがその海綿が化学物質や物理刺激に反応してくしゃみをするメカニズムについて報告したときには、ちょっとしたセンセーションを巻き起こしました。海綿には神経細胞がないのに、まるでそれが存在するかのような電気信号による情報伝達が起こったからです(1)。でもそれは驚くべきことではなく、細菌も電気信号によって連絡を取り合っていることが知られています(2)。単細胞の真核生物も電気信号を利用して行動することが報告されています(3)。ここで引用した文献はごく一部にすぎません。すなわち神経細胞が出現する以前から、生物は電気信号を利用して生きていたわけです。私たちの脳は電気信号を伝達する回路の巨大な集積体であり、電気信号について考察することは生物を理解する上で避けては通れません。

元素の水溶液中におけるイオン化しやすさ(イオン化傾向)は、元素の酸化されやすさの指標でもあり(4)、化学の一丁目一番地です。私は「金借るな、間借りあてにすな、水餡食い過ぎ銀ブラ禁」とおぼえましたが、最近では「リッチに貸そうかな まああてにすんな ひどすぎる借金」という語呂合わせが流布しているようです(5)。後者の方が正確かもしれません(図126-1)。最も酸化されやすい元素の一つであるリチウムは、海水中だけでも2300億トンあるそうですが(6)、人間が製造した物を除いてはすべて化合物となっており、単体では地球上に存在しません。意外なことに金も海水中に50億トンも存在するそうです(7)。金はほとんど単体で存在します。ともあれ私達生物も化学の法則に則って生きているので、このイオン化傾向のリスト(図126-1)は重要な意味を持っています。

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図126-1 元素のイオン化傾向

ここで少し電池の話に寄り道してみましょう。後述するように、私達の体を構成するひとつひとつの細胞もある種の電池です。電池は金属によってイオン化傾向が異なるということがその原理と深く関わっています。電池の発明によって、私達は電気を人工的に製造し使用することが可能になったのですが、ではその電池を発明したのは誰なのでしょうか? 一般的にはアレッサンドロ・ボルタが1800年に発表したボルタ電堆が最初と言われていますが、それはおそらく違います。

1936年にイラクの首都バグダッドの近郊で、鉄道の敷設を行なっていた作業員が奇妙な容器を発見しました(8)。調べてみるとそれは図126-2のような電池で、パルティア国またはサーサーン朝ペルシャで製造された物であることがわかりました(8、9)。パルティア国とは紀元前約250年から紀元後224年まで現在のイラン・イラクおよび周辺を支配していた国家で(10、図126-2)、サーサーン王朝はその領地を引き継ぎ、紀元後650年位まで続きました(11)。

この電池は1~2ボルトくらいのパワーがあり、おそらく金または銀メッキを行なうために使われたのではないかといわれています(8、9)。さらにもっと以前の時代の古代エジプトでも金メッキは行なわれており、おそらく電池が使われたのではないかと考えられています(12、13)。

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図126-2 古代イランの版図とそこで使用されていた電池

近代になってからは、ボルタの電堆(voltaic pile)が最初に発明された電池として有名です(14、図126-3)。これは[銅板-電解液(希硫酸または食塩水)に浸した紙-亜鉛板]のセットを1ユニットとして、多数このユニットを積み上げた物です。希硫酸電解液の中では、Zn → Zn2+ plus 2e- および 2H+ plus 2e- → H2 という反応が起きて、亜鉛イオン(Zn2+)は隣接する上方の銅板の方に、電子(2e-)は隣接する下方の電解液の方に流れるので、電流は下から上に流れることになります。

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図126ー3 アレッサンドロ・ボルタと彼が発明したボルタ電堆

ボルタが電堆を発表したのは1800年頃ですが、江戸時代の蘭学者宇田川榕菴は、1830年代から40年代にかけて出版されたその著書「舎密開宗(せいみかいそう」の中で、ボルタ電堆を紹介しています(図126-4)。これは電気分解を行なっているところの図のようです。

宇田川榕菴は岡山県最北部の津山藩に所属していましたが、そのような辺境の地にありながら、世界でも先進的な研究の勉強や実験をよくやっていたものだと驚かされます。このウィキペディアに掲載されていた肖像画に記してある名前は榕菴とはなっていないので、信じていいのかどうか私にはわかりません。

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図126-4 宇田川榕菴と彼が江戸時代に制作したと思われる電堆

希硫酸の中に銅板と亜鉛板を入れると、銅には何の変化もありませんが、亜鉛はイオン化してZn++の形で溶解し、亜鉛板には電子が取り残されます。両者は静電気で引きつけ合うので、亜鉛イオンは板の外側、電子は板の内側に集合して自由に動けない状態となります(図126-5)。これを電気的二重層といいます。

この状態は細胞と似ています。細胞は表層のイオンポンプで常にナトリウムをくみ出しているので、外側にNa+が集合し、内側に電子が集合するという状況になっています(図126-5)。このような状況では電流は流れませんが、電池の場合は導線などで銅板と亜鉛板をつなぐ、細胞の場合はイオンチャンネルの穴を開放するなどの操作によって、電気的二重層は崩壊し電流が発生します。

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図126-5 銅板・亜鉛板で形成される電気的二重層と細胞膜

ボルタ電池の銅板と亜鉛板を導線でつなぐと、亜鉛板の電子は陽極(銅板)に移動し、亜鉛イオンは電解質溶液中に解放されて、そこで硫酸と反応して硫酸亜鉛と水素イオンを生成します(図126-6)。水素イオンは陽極に集積した電子と反応して水素分子を形成し、泡となって空中に放出されます。これがボルタ電池の原理です。なのですが、ボルタ電池で起こっていることを科学的に正確に説明するのはなかなか困難なことらしく、歴史的に重要ではあっても、あまり教科書に使うのにはふさわしくないという考え方もあります(15)。

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図126-6 ボルタ電池の原理

確かにダニエル電池の場合、時間による反応の変動が少ないので実用的であるだけでなく、説明も容易でしょう(図126-7)。図の陽極・陰極で起こっている反応を足し合わせると Zn+Cu(2+)→Zn(2+)+Cuとなります。これは陽極では銅が析出し、陰極では亜鉛イオンが溶出するということを意味しています。図126-1に示したように、亜鉛はイオン化しやすい金属、銅はイオン化しにくい金属という性質を利用して電池がつくられているということがわかります。この電池を発明したジョン・フレデリック・ダニエルの本職は気象学者で、湿度計や温度計の開発にも大きな業績を残しました(16)。

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図126ー7 ジョン・ダニエルと彼が発明した電池(ダニエル電池)

 

参照

1)Danielle A Ludeman, Nathan Farrar, Ana Riesgo, Jordi Paps and Sally P Leys, Evolutionary origins of sensation in metazoans:functional evidence for a new
senosory organ in sponges., BMC Evol. Biol., vol.14(3), (2014)
http://www.biomedcentral.com/1471-2148/14/3
https://bmcecolevol.biomedcentral.com/articles/10.1186/1471-2148-14-3

2)細菌も電気通信で“会話” ~日経サイエンス2016年5月号より
https://www.nikkei-science.com/?p=49662

3)P Brehm, R Eckert., An electrophysiological study of the regulation of ciliary beating frequency in Paramecium., J Physiol, vol.283, pp.557-68, (1978)
doi: 10.1113/jphysiol.1978.sp012519.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/102769/

4)ウィキペディア: イオン化傾向
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E5%8C%96%E5%82%BE%E5%90%91

5)受験の味方 イオン化傾向とは?
https://juken-mikata.net/how-to/chemistry/ionization-tendency.html

6)ウィキペディア: リチウム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%82%A6%E3%83%A0

7)金のこれまでの採掘量と地球に残された埋蔵量
https://nanboya.com/gold-kaitori/post/amountof-gold-extraction/

8)Battery University: When Was the Battery Invented?
https://batteryuniversity.com/learn/article/when_was_the_battery_invented

9)バグダッド電池
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B0%E3%83%80%E3%83%83%E3%83%89%E9%9B%BB%E6%B1%A0

10)ウィキペディア: パルティア国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2

11)ウィキペディア: サーサーン朝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%9C%9D

12)Xanado: オーパーツ!?電気はエジプトに存在した!?ハトホル神殿の電球レリーフ!バグダッドで発見されたパルティア壺電池・避雷針?画像付
http://xanadu.xyz/850/

13)金属加工の歴史
https://shizuokatekko.jp/metalworking-history/

14)Giuliano Pancaldi: Volta, Science and culture in the age of enlightment. Princeton Univ. Press. ISBN 978-0-691-12226-7 (2003)
https://books.google.co.jp/books?id=hGoYB1Twx4sC&pg=PA73&redir_esc=y&hl=ja#v=onepage&q&f=false

15)坪村宏: ボルタ電池はもうやめよう 一 問題の多い電気化学分野の記述 化学と教育 vol.46, no.10, pp. 632-635 (1998)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/46/10/46_KJ00003520589/_pdf

16)ブリタニカ百科事典: John Frederic Daniell
https://www.britannica.com/biography/John-Frederic-Daniell

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