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2021年1月29日 (金)

続・生物学茶話 127: 活動電位

すべての細胞はある意味電池であるとも言えますが、図127-1に示されるような活動電位を発生する細胞は、神経細胞や筋細胞などの限られた細胞です。これは通常は細胞外が高濃度で細胞内が低濃度に保たれているナトリウムイオンが、なんらかの刺激で細胞外から細胞内に流入するために起こります。

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図127-1 活動電位(一過性膜電位変化)


アラン・ホジキンはケンブリッジ大学のトリニティーカレッジ出身ですが、米国に留学してイカの巨大軸索の利用法などを学んで1938年に帰国し、アンドリュー・ハクスレイと共に活動電位の研究に取り組みました。しかし運悪く第二次世界大戦が勃発し、5年間も海軍でレーダーの研究に従事することになりました(1)。ハクスレイは開戦時医学生でしたが爆撃で学業を続けられなくなり、防空部隊や海軍で砲撃技術の研究をやっていたようです(2)。1946年になってようやくホジキンとハクスレイはトリニティーカレッジで共同研究を行うことになりました。

彼らはイカの巨大軸索の活動電位を測定し、図127-1のような電位の変動を数式で表現することに成功しました(3)。彼らが成功した要因として、ケネス・コールらが開発したボルテージクランプ法(4)を用いてコンダクタンスの測定を正確に行ったことがあげられています。またホジキンとハクスレイはナトリウムやカリウムの細胞への出入りに関してイオンチャネル仮説を提唱し、後にそれが正しいことがわかりました。彼らの肖像写真を図127-2として示しておきます。ホジキンとハクスレイは1963年のノーベル生理学医学賞を受賞しました。

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図127-2 活動電位研究のパイオニア達

 

活動電位について考察する前に、浸透圧・選択的半透膜とイオンの移動などについての基本的な知識を整理しておきたいと思います。まず塩素イオンは通過できないが、カリウムイオンは通過できる選択的半透膜を仮定しましょう。細胞には塩素イオンやカリウムイオンが通過する開閉可能な穴(チャネル)があり、このような状態を実現することは可能です。

図127-3の膜より左側にはカリウムイオンがあり、右側にはないわけですから拡散(浸透圧)によってカリウムイオンは右側に流入します。そうすると左側に単独の塩素イオンが発生し、そのマイナスチャージによって膜の右側に流入したカリウムイオンは膜の右側表層に引きつけられます。膜の左側には塩素イオンが整列します。これはまさしくセクション126で示した電池の一種であり、導線で左右をつなぐと電流が発生します。導線がない場合、カリウムイオンを膜の右側に流入させようとする浸透圧と、カリウムイオンを膜の左側に引き込もうとする電圧がつりあったところで平衡状態となります(図127-3)。

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図127-3 選択的半透膜の近傍で発生する電池のような現象

 

では私たちの細胞の外と内はどのようなイオン組成になっているのでしょうか? 日本緩和医療学会などの資料によると図127-4のようになっています(5、6)。mEq の単位は mmol に直してあります。それぞれのイオンによって、著しく細胞内外の濃度に差があることがわかります。細胞膜がただの半透膜ならこのようなことは起こりません。まさしく細胞膜を通過するイオンは図127-3で仮定した選択的半透膜のように選別されています。

カリウムイオンとナトリウムイオンに関して言えば、細胞膜にATP分解酵素活性を持つナトリウム・カリウムポンプが存在し、ATP分解のエネルギーを利用してナトリウムイオンを細胞外に排出し、カリウムイオンを細胞内にとりこむ作業を行っていることが、この濃度差の大きな要因になっています。他のイオンも生体内で重要な役割を果たしていますが、活動電位に関して言えば主役はナトリウムイオンとカリウムイオンです(7)。

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図127-4 細胞内外のイオン濃度

 

ナトリウム・カリウムポンプ(Na+・K+ポンプ)はエネルギーを消費してイオンを輸送する、いわゆる能動的イオン輸送を行っていますが、これとは別にナトリウムとカリウムはそれぞれ濃度差によってイオンを透過するチャネル(開閉可能な穴)を細胞膜に持っています。

Na+・K+ポンプは Na+/K+-ATPase の酵素活性を持ち、次式のような反応を行います。

3 N a + (細胞内) + 2 K + (細胞外) + A T P + H 2 O ⇄ 3 N a + (細胞外) + 2 K + (細胞内) + A D P + P i

したがって通常は細胞内ナトリウムイオンの濃度が低く(Na+・K+ポンプによって細胞外に排出されている)、カリウムイオンの濃度は高く(Na+・K+ポンプによって細胞内にとりこまれている)なっています。したがって細胞膜の外側はナトリウムイオンで覆われ、細胞内の塩素などのマイナスイオンは細胞膜のすぐ内側に引き寄せられて整列します(図127-5平常時)。このとき細胞膜の内外で電位差が発生します。細胞外の電位を0とすると細胞内の電位はマイナス70~80mVで、これがいわゆる静止電位です(図127-1)。注意すべきは、この電位は細胞内と細胞外のトータルなイオン濃度の差によって発生するのではなく、細胞膜内外の局部的なイオンの集積によって発生するということです。

細胞が刺激を受けるとナトリウムチャネルおよびカリウムチャネルが開き、細胞内外の濃度差に応じて、細胞外からナトリウムイオンが流入し、細胞内からカリウムイオンが流出します。流入と流出が同じになったところが図127-1の閾値 (threshold) です。これより少しでもナトリウムの流入が勝ると正のフィードバック機構が働いて一気に脱分極が進みます(4、図127-1)。

ナトリウムイオンが大量に流入すると、細胞膜の内壁にトラップされていたマイナスイオンはナトリウムイオンにひかれて散らばり、細胞膜の外側ではナトリウムイオンを失った塩素イオンにひかれてプラスイオンの集積も解消されます。この結果活動電位が発生します(図127-4)。これは細胞膜の近傍で形成されていた電池が一気に放電したとも解釈できます。活動電位は一過性のもので、ピークに達すると電位依存性のカリウムチャネルが開いてカリウムイオンを放出し、電位は静止電位にもどります(8)。とりこまれたナトリウムはNa+・K+ポンプによって細胞外に放出され、カリウムもとりこまれてもとの濃度に戻ります。

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図127-5 活動電位発生にともなうイオンの動向


参照

1)The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1963  Alan Hodgikin Biographical
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1963/hodgkin/biographical/

2)The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1963 Andrew Huxley
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/1963/huxley/facts/

3)脳科学辞典: Hodgkin-Huxley方程式
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/Hodgkin-Huxley%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F

4)A Biographical Memoir by Sir Andrew Huxley. Kenneth Stewart Cole., Biographical Memoir, National Academy of Sciences., National Academies Press (1996)
http://www.nasonline.org/publications/biographical-memoirs/memoir-pdfs/cole-kenneth-s.pdf

5)日本緩和医療学会 輸液の生理作用
https://www.jspm.ne.jp/guidelines/glhyd/2013/pdf/02_03.pdf

6)大塚製薬 輸液の基礎知識
https://www.otsukakj.jp/healthcare/iv/knowledge/

7)ウィキペディア: 活動電位
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%BB%E5%8B%95%E9%9B%BB%E4%BD%8D

8)酒井正樹 講義実況中継 その2:細胞はいかにして興奮するか
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hikakuseiriseika/29/2/29_76/_article/-char/ja/

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