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2021年1月 4日 (月)

続・生物学茶話 123: 軸索誘導

神経細胞の仕事は情報伝達ですから、スタンドアローンでは何の意味もありません。仕事をするためには他の細胞とつながらなければなりません。そしてただランダムにつながればいいわけではなく、ある程度ターゲットを定めてつながる必要があります。実際神経回路が正しくつながっていないと、知的障害、自閉症、統合失調症などを発病する可能性があることがわかっています。また神経回路の退行はアルツハイマー病やパーキンソン病を発病することがあります。

ターゲットをさがしている神経細胞は図123-1のように細胞体が軸索を伸ばし、その先端には growth cone (成長円錐)という構造があって、軸索伸長を先導しています。Growth cone は中心部にチューブリンの組織体である微小管が丘のような形で存在し、そこからアクチン線維が放射状に伸びています。アクチンによる構造体には2種類がありスライム状の葉状仮足と、そこから針のような形で外に伸びている糸状仮足に分けられます(1、図123-1)。前進する方向に糸状仮足が突き出して、それに葉状仮足が追随し、さらに微小管の丘が追随する形で軸索が伸長します。

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図123-1 成長円錐(growth cone)

前々項・前項で述べてきたNGFファミリーは栄養因子としての役割が主たる機能なので、軸索誘導の方向を高精度で決めるというような芸当はできません。それにはアクチンの集散を制御して growth cone が進む方向を決める機能を持つ因子を探索する必要があります。Growth cone に突出する仮足の誘導因子が前方左側に存在すれば左側に仮足が出て、そちらの方向に軸索は進展します(2、図123-2)。右側に忌避因子(仮足退縮因子)が存在すればなおはっきりと growth cone は左にハンドルを切ります(図123-2)。

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図123-2 軸索伸展方向のハンドリング

当初は図123-3のようなシンプルなモデルで説明できると考えられていました。軸索誘導の実験材料としてもっともよく使われるのは、脊髄内で軸索を決まった方向に進展させる交連ニューロンです。交連ニューロンは細胞体は背側にありますが、発生の途中で軸索を腹側に伸ばしてフロアプレートに到達し、そこから中央裂を乗り越えて最終的には左右反対側の領域に進出します(図123-3)。Tessier-Lavigne の研究室の Serafini らは脊髄中央腹側に高濃度で存在するネトリン1の濃度勾配による走化性(化学向性)によって、軸索が腹側に伸展させられていると考えました。実際ネトリン1のノックアウトマウスでは軸索はフロアプレートには到達せず、一部は途中で中央裂方向に曲がったりしました(3、図123-3)。 これとは別にルーフプレート周辺には負の走化性をもたらす忌避因子(仮足退縮因子)が存在し、軸索がルーフ方向へ向かわないように制御しています(2)。

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図123-3 走化性による軸索誘導説

Samantha Butler は学生時代から Tessier-Lavigne 研究室の業績に感銘を受けていて、それでこの方面の研究にかかわろうとしていました。彼女の友人に Marya Postner という人がいて、その人がなんと Serafini と結婚することになって、Butler は直接 Sefafini から走化性の話を聞いたりしていました。しかし彼女が大学教師になって最初に研究室にやってきた学部学生の Joe Herrold と Anna Maglunog は走化性という考え方に疑念を持ちました。それはネトリン1がフロアプレート周辺だけでなく、VZ(Ventral zone、図123-4)という正中裂の両サイドにも発現していることに注目したからです(4)。実際 Serafini らのデータをよく見ると、VZにもそこそこネトリン1が発現しているように見えます(図123-3)。これを Serafini らは軽視していました。学生たちは軸索の一部はVZの方向に進まなければおかしいと考えました。しかし実際には軸索はすべてフロアプレート方向に進みます。それどころかネトリン1のミュータントマウスではVZ方向にも軸索が伸びていきます。

この難題にぶつかって Butler のプロジェクトは頓挫し、ポストドクも研究室を去って大ピンチに陥りました。そこに現れたのが Supraja Varadarajan という当時まだ学生だった救世主です(図123-4)。彼女は交連神経細胞の軸索はVZのネトリン発現細胞がつくる境界線の外側を正確にたどって伸びるということです。まるでツタは壁を伝って伸びるが決して壁の中には伸びないように(4)。

ここでネトリン1の受容体について述べましょう。ネトリン1の受容体にはDCC系とUNC-5系があって、DCC系の受容体でネトリンを受けると細胞は受け取った方向に軸索を伸ばし、UNC-5系で受け取るとその方向に反発するように軸索を伸ばすことが当時わかってきていました(5-7)。いかにもVZからのネトリン1を交連神経細胞はUNC-5で受け取り、反発する形で軸索を伸ばしているように見えました。この考えだと図123-4のようになります。すなわちネトリン1は忌避因子として機能し、ネトリン1の突然変異体ではネトリンが機能しないので軸索はVZの方向にも伸びます。

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図123-4 忌避因子を想定した「壁を這うツタ」説

これで説明できれば良かったのですが、軸索の受容体を調べてみると多くはDCC系だったので、この説によってもうまく説明できそうにもありませんでした。それでもまあここまでやったのだからということで Butler は Varadarajan にとりあえず学位を授けようとしたのですが、審査会で Larry Zipursky がいちゃもんをつけてきました。ネトリン1の発現はmRNAレベルで詳しく調べられていましたが、タンパク質レベルでの詳細な分布が調べられていないと言うのです。mRNAは正確に相補的なプローブで特異性が保証された検出ができるのですが、タンパク質は抗体で検出しなければならないので、こちらは偶然に依存する抗体の特異性次第でデータの信頼性が大きく変わるという方法で、あまりやりたい方法ではないのです(もちろんタンパク質の分布を直接検出するというのは非常に重要な実験なのですが)。私も何度も使えない抗体をつかまされて、研究費を捨てるハメになったことがあります。

でもともかくやらないと審査が通らないので、Varadarajan は追加実験をやってみました。そうすると驚くべきことに、ネトリン1はVZ以外の部分に散らばって観察されました。あまりにもそれまでの結果とは違っていたので、Varadarajan は特異的な検出ができなかったと判断し、抗原の賦活化(電子レンジなどの処理で抗原を露出させる)を行って再実験をしてみました。そうすると図123-5Bの緑色で示した部分のように、脊髄の外壁(pia)と軸索伸展領域に主要な分布がみられました。あまりにもmRNAの分布とは異なる結果です(図123-5)。これはVZ領域の神経細胞が外側に軸索を伸ばしてネトリン1を輸送し、ドンづまりの外壁に多くが蓄積されたと考えられます。この軸索に発現した、あるいはそこから放出されたネトリン1に交連神経細胞軸索のDCCが結合して、進行方向に伸展が誘導されたと考えるとうまく説明できます(8)。彼らはこれを haptotaxis(走触性)と呼んでいます(図123-5)。Varadarajan がある賞の受賞記念講演会で、このモデルを説明している動画を視聴することができます(9)。

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図123-5 走触性(ハプトタキシス)による軸索誘導説

走触性誘導というのは非常に魅力的な理論ですが、詰めるべき点は多々あります。普通受容体は細胞膜にあってリガンドが外から来て結合するわけですが、リガンドが細胞膜にあって受容体が外から細胞膜をまさぐってリガンドと結合するのでしょうか? それともネトリン1は軸索から外部に放出されてラミニンなどの細胞間線維にからまり、それをDCCがキャッチするのでしょうか? ネトリン1に濃度勾配がなくても、このモデルは成立するのでしょうか? ほかの神経誘導にもこの理論は適用できそうなのでしょうか?

交連神経細胞の軸索誘導についてはルーフプレート周辺に存在する仮足退縮因子をはじめとして、ネトリン1以外の因子も関わっていることは明らかで(10)、図123-6にそれらが列記されています。このなかには、正中裂を横断するための因子②や、横断した後少し上行するための因子③も含まれています。このほかエクソサイトーシスを調節するシンタキシンが深く関わっているという論文もあります(11)。

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図123-6 軸索誘導にかかわることが示唆されている諸因子 赤矢印:仮足退縮因子が働く方向

参照

1)脳科学辞典 成長円錐
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E6%88%90%E9%95%B7%E5%86%86%E9%8C%90

2)Xiyue Ye, Yan Qiu, Yuqing Gao, Dong Wan, and Huifeng Zhu, A Subtle Network Mediating Axon Guidance: Intrinsic DynamicStructure of Growth Cone, Attractive and Repulsive MolecularCues, and the Intermediate Role of Signaling Pathways., Neural Plasticity, Article ID 1719829, 26 pages (2019)
https://doi.org/10.1155/2019/1719829

3)Tito Serafini, Sophia A. Colamarino, E. David Leonardo, Hao Wang, Rosa Beddington, William C. Skarnes and Marc Tessier-Lavigne., Netrin-1 Is Required for CommissuralAxon Guidance in the DevelopingVertebrate Nervous System., Cell, vol.87, pp.1001-1014 (1996)
https://www.cell.com/action/showPdf?pii=S0092-8674%2800%2981795-X

4)Samantha Butler, The evolution of an axon guidance model: from chemotaxis to haptotaxis., (2017)
https://thenode.biologists.com/evolution-axon-guidance-model-chemotaxis-haptotaxis/research/

5)Fazeli A, Dickinson SL, Hermiston ML, Tighe RV, Steen RG, Small CG, Stoeckli ET, Keino-Masu K, Masu M, Rayburn H, Simons J, Bronson RT, Gordon JI, Tessier-Lavigne M, Weinberg RA. Phenotype of mice lacking functional Deleted in colorectal cancer (Dcc) gene. Nature. vol.386, no.6627 pp.796-804,(1997)  PubMed PMID: 9126737.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9126737/

6)Leonardo ED, Hinck L, Masu M, Keino-Masu K, Ackerman SL, Tessier-Lavigne M. Vertebrate homologues of C. elegans UNC-5 are candidate netrin receptors. Nature. vol.386 no.6627, pp.833-838,(1997) PubMed PMID: 9126742.
https://www.nature.com/articles/386833a0

7)脳科学辞典 ネトリン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%8D%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%B3

8)Supraja G. Varadarajan and Samantha J. Butler., Netrin1 establishes multiple boundaries for axon growth in the developing spinal cord., Dev Biol., vol.430(1) pp.177–187 (2017) doi:10.1016/j.ydbio.2017.08.001.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28780049/

9)Supraja Varadarajan, The 25th Annual Samuel Eiduson Student Lecture Award 2017
https://www.youtube.com/watch?v=E_aIi7tM2U4

10)Esther T. Stoeckli, Understanding axon guidance: are we nearly there yet? Development vol.145, pp.1-10, (2018) dev151415. doi:10.1242/dev.151415
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29759980/

11)Oriol Ros et al., A conserved role for Syntaxin-1 in pre- and post-commissural midline axonal guidance in fly, chick, and mouse., PLoS Genet vol.14(6), (2018) e1007432.
https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1007432

 

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