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2020年12月17日 (木)

続・生物学茶話 122: ニューロトロフィンファミリーとその受容体

コーエン、モンタルチーニ、ハンバーガーによるNGF発見の論文が出版されたのが1956年ですが(1)、それから四半世紀経過した1982年になってバルデらが類似した因子であるBDNF(brain-derived neurotrophic factor)をブタの脳から単離精製しました(2)。これはマウス顎下腺のNGFと分子構造もよく似ていて、3つのSS結合を構成するシステインの位置なども含めてアミノ酸配列のホモロジーが認められました。さらにNT-3(neutotrophin-3)、NT-4も次々と報告されて、20世紀の終盤にはこれらの因子はニューロトロフィンファミリーを構成することが明らかになりました(3)。

その後これらのリガンドに対応するレセプター、TrkA、TrkB、TrkC、も1986年頃から次々と報告されました(4、5)。Mariano Barbacid (図122-4)は オンコジーン(H-Ras)の発見者として非常に有名な研究者で、そのためか英語版のウィキペディアではTrkの発見については全く言及されていませんが(6)、実はこれらのレセプター群も彼のグループで発見されました。また Trk ファミリーとは別系統のレセプター p75 は Dan Johnson らによって報告されました(7)。

Trk はトロポミオシンレセプターキナーゼの略であり、これは突然変異によってトロポミオシンの一部とフュージョンを起こした Trk(当時は何者か知られていませんでした) が大腸癌の細胞からみつかったためにつけられた名前です(8)。NGFのレセプターであることが判明した段階で改名すれば良かったのですが、いまだにこの名前が使われています。p75 はTNF受容体スーパーファミリーの一員ですが、ちゃんと p75ニューロトロフィンレセプターと呼ばれています。3種類の Trk と p75 はすべて細胞膜1回貫通タンパク質で、細胞外でそれぞれのリガンドと結合しますが、細胞内ドメインは Trk がチロシンキナーゼ活性を持つのに対して、p75 はデスドメインを持っています(図122-1)。

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図122-1 ニューロトロフィンファミリーとその受容体

Trk ファミリーの受容体はそれぞれAがNGF、BがBDNF・NT-4、CがNT-3と高親和性(Kd=10の-11乗M)で結合しますが、NT-3はAまたはBとも低親和性(Kd=10の-9乗M)で結合します(9)。NT-3の低親和性結合に意味があるかどうかはわかりません。p75 は低親和性(Kd=10の-9乗M)ですべてのニューロトロフィンと結合します。p75の低親和性結合に意味があることは証明されています。すなわち高濃度のニューロトロフィンの存在下では p75 が活性化され、細胞死の誘導や軸索伸長の停止などを実行します(10、11)。これらの因子が胎生期の神経ネットワークの形成に何らかの形でかかわっていると思われます。

Trk はニューロトロフィンのダイマーが接近すると、自身もダイマーを形成して結合するのでリガンド:受容体=2:2の形で複合体を形成し、受容体は細胞内部位で図122-2に示すように、パートナー分子の酵素活性によるトランスリン酸化がおこり活性化されます。おそらく Trk が密な状態でないとこのようなことは起こりにくいと思われるので、リガンドの濃度が上昇するだけでなく、受容体の密度も高くならないと受容体の活性化が起こりにくいという形で情報伝達が制御されているのでしょう。

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図122-2 Trk ダイマー結合による受容体の活性化

Trk 受容体ダイマーの活性化されたチロシンキナーゼはPKCシグナル伝達経路(12)、MAPKシグナル伝達経路(13)、AKTシグナル伝達経路(14)などを活性化し、この結果ERK1/2、AKT、NFκBなどの情報伝達因子が核に侵入して各種の転写因子が活性化され、細胞の生存・分化・増殖などに必要な因子が転写されます(15、図122-3)。

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図122-3 ニューロトロフィン受容体が活性化するシグナル伝達経路

Trk ファミリーの受容体はニューロトロフィンと高親和性の結合を、それぞれのリガンドと特異的に2分子対2分子の形で行いますが、p75 はすべてのリガンドと受容体1分子対リガンド2分子の形で非特異的に低親和性で結合します(図122-4)。これはリガンドの濃度が非常に濃くなってきたときに抑制的に作用して制御するためと思われます。リガンドまたはプロリガンドと結合した p75 はJNKシグナル伝達経路を活性化し、図122-4に示したように一般的な細胞死誘導のための反応カスケードを起動します。軸索の伸長を停止する作用もあるようです(10)。プロリガンドと結合するのは、リガンドになる前にトラップして迅速に反応を止めようという方式で合理的ではあります。p75 は Trk 受容体と結合してダイマーを形成することもあるようですが、そうするとトランスリン酸化がおこらないので Trk 受容体は無力化されます。

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図122-4 Trk ファミリーと p75

NGF、BDNF、NT-3をノックアウトしたマウスでは神経形成に大きな障害が生ずることがわかっているので、ニューロトロフィンの重要性は明らかですが、NT-4のノックアウトマウスが軽微な障害で済むのはBDNFが役割を代替しているからでしょう(16)。

参照

1)Stanley Cohen, Rita Levi-Montalcini, and Viktor Hamburger, A nerve growth-stimulating factor isolated from sarcomas 37 and 180., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol.42, pp.571-574 (1956).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC534215/pdf/pnas00737-0144.pdf

2)Y-A Barde, D Edgar, and H Thoenen, Purification of a new neurotrophic factor from mammalian brain., EMBO J., vol.1, no.5, pp. 549–553. (1982)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC553086/

3)伊藤久則 ニューロトロフィンによる神経分化の制御機構に関する研究 岐阜薬科大学紀要 vol.53, no.23-24, pp.23-34 (2004)
https://gifu-pu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=12764&item_no=1&page_id=13&block_id=51

4)Mariano Barbacid, Fabienne Lamballe, Diego Pulido, Rüdiger Klein., The trk family of tyrosine protein kinase receptors., Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Reviews on Cancer, vol.1072, Issues 2–3, pp.115-127 (1991)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0304419X9190010I

5)Rudiger Klein, Shuqian Jing, Venkata Nanduri, Edward O'Rourke, and Mariano Barbacid., The trk Proto-Oncogene Encodes a Receptor
for Nerve Growth Factor., Cell, vol.65, pp.189-197, (1991)
https://www.cell.com/cell/pdf/0092-8674(91)90419-Y.pdf

6)Wikipedia: Mariano Barbacid
https://en.wikipedia.org/wiki/Mariano_Barbacid

7)Dan Johnson et al., Expression and structure of the human NGF receptor., Cell vol.47, issue 4, pp.545-554, (1986)
https://www.cell.com/cell/pdf/0092-8674(86)90619-7.pdf?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2F0092867486906197%3Fshowall%3Dtrue#

8)Wikipedia: Trk receptor
https://en.wikipedia.org/wiki/Trk_receptor

9)脳科学辞典 高親和性ニューロトロフィン受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%AB%98%E8%A6%AA%E5%92%8C%E6%80%A7%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

10)脳科学辞典 低親和性ニューロトロフィン受容体
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E4%BD%8E%E8%A6%AA%E5%92%8C%E6%80%A7%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E6%88%90%E9%95%B7%E5%9B%A0%E5%AD%90%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93

11)Maria L. Florez-McClure et al., The p75 Neurotrophin Receptor Can Induce Autophagy and Death of Cerebellar Purkinje Neurons., The Journal of Neuroscience, vol.24, no.19, pp.4498–4509 (2004)

12)Abcam PKC シグナル・パスウェイ
https://www.abcam.co.jp/cancer/signaling-pathways-involving-pkc-1

13)Thermo Fischer Scientific いまさら聞けないがんの基礎 9Ras/Raf/MEK/ERK (MAPK)シグナル伝達経路とは?
https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/cancer9/

14)Sino Biological AKTシグナル伝達経路
https://jp.sinobiological.com/pathways/akt-signaling-pathway

15)Educational portal for Oncologists. Oncology Pro., Neutrophin Signalling
https://oncologypro.esmo.org/oncology-in-practice/anti-cancer-agents-and-biological-therapy/targeting-ntrk-gene-fusions/overview-of-cancers-with-ntrk-gene-fusion/what-are-trk-receptors/neutrophin-signalling

16)Squire, Larry R., Berg, Darwin, Bloom, Floyd E., du Lac, Sascha, Ghosh, Anirvan Spitzer, Nicholas C., Fundamental Neuroscience 4th edn., Academic Press., pp.405–435, (2013) ISBN 978-0-12-385870-2.

 

 

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