新型コロナウィルスのmRNAワクチン
ファイザーとビオンテックが開発している SARS-CoV-2(新型コロナウィルス)ワクチンが優秀そうだということで話題になっています。実際に開発したビオンテックのサヒンCEOはトルコからケルンに移住してきた労働者の家族で、一方共同開発するファイザー側の開発責任者のヤンゼン氏は東ドイツからの脱出者だそうです。移民を推進してきたドイツ政府の勝利です(1)。
このワクチンについて説明する図をWangらの論文(2)から拝借しました。この論文はオープンアクセスです。
このワクチンの実体はメッセンジャーRNA(mRNA)です。mRNAは分解されやすい不安定な物質である上に、細胞にはとりこまれません。そこでこれにキャップ構造をとりつけ、さらに細胞がRNAウィルスの侵入と誤解しないように修飾をほどこした上で、脂質の膜(図のLNP=lipid nano particle 脂質ナノ粒子)に包み込んで細胞に与えます。そうすると細胞は膜ごととりこんで、細胞内でmRNAは解放され、タンパク質を合成し始めます。ワクチンは筋肉注射で投与するので、合成の主力は筋肉細胞でしょう。
どんなタンパク質を合成させるのか? SARS-CoV-2 が多数のスパイクを持っていて、それを使って細胞にとりつくというのは皆さんご存じの通りです。RNAウィルスは非常に変異しやすいのですが、スパイクは私たちのタンパク質ACE2(ある種のタンパク質分解酵素)にとりつくので、そうは簡単に変異できません。変異するとACE2と結合できなくなるおそれがあるからです。ですからワクチンの実体であるmRNAはスパイクタンパク質(図のS protein)に対応するmRNAが選ばれました。
細胞内で合成されたS protein は細胞外に放出され、抗体として図のようにT細胞、樹状細胞(dendric cell)、B細胞などに認識され、細胞障害性T細胞や抗体の作用によってウィルスが攻撃されるようになります。ホルモンでもないのに細胞の外に出るわけですからエキソサイトーシスで出るのでしょうが、それで間に合うのかというのがちょっとひっかかるところです。
なぜ抗体を直接打たないで、こんな迂遠な方法でワクチンをつくるかというと、特定のタンパク質(抗体)を製造するより、特定のmRNAを製造する方が圧倒的に簡単だからです(3)。ですから抗体を製造するには動物(細胞)の力を借りて、抗原を投与して抗体を作ってもらうことになりますが、それは製品の均質を確保できないという問題がありますし、コストから見てもmRNAの方が安上がりです。無害抗原を投与するにしても、自動的にそれを細胞で作ってくれるmRNAの方が効率的でしょう。
ただこのmRNAを使ったワクチンは非常に新しい技術で作成されており、いままで一種類も認可されたことはなく、今回の新型コロナウィルスの場合がはじめてになりそうなので、まだ何が起こるか怖いところがあります。反知性主義者はどうやって物事を決めるかというと“フィーリング”でしょう。それはダメです。政府はメーカー・科学者・医師の話をよく聞いて、慎重に進めていただきたいと思います。
参照
1)ヤフーニュース:コロナ危機を終わらせるワクチンの開発者は自動車工場で働くトルコ移民労働者の息子夫婦だった
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20201110-00207246/
2)Fuzhou Wang, Richard M. Kream, George B. Stefano., An Evidence Based Perspective on mRNA-SARS-CoV-2 Vaccine Development., Med Sci Monit, 2020; 26: e924700DOI: 10.12659/MSM.924700
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7218962/
3)化学者パライ mRNAワクチンの現状と課題
https://note.com/yopparai_chemist/n/ne31ee6ef1e83
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