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2020年11月29日 (日)

続・生物学茶話 120: 体節形成のメカニズム

「ミミズやエビと同様私たちの体にも体節がある」ということを記述した最初の人物は17世紀の解剖学者マルピーギとされています(1、図120-1)。様々な動物の体節形成について詳しい記載が行われたのは19世紀になってからで、フランシス・バルファウアー(図120-1)は30才のときに詳細で膨大なレビューを出版しており、それはフリーで閲覧できます(2)。彼は卓越した発生学者でしたが、わずか31才で夭逝しています。モンブラン登山の途中でガイドと共に遭難して落命したという、悲劇的で残念な人生でした。

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図120-1 体節形成研究の先駆者たち

ではバルファウアーによって記載された体節形成はどのようなメカニズムで行われるのでしょうか? このことについては1976年に J. Cookeと E.C. Zeeman があるエレガントなモデルを提案していて(3)、その実験的検証が半世紀近く進められてきました。彼らのモデルは「A clock and wavefront model」というもので、その具体的説明はまだ十分にできているとは言えませんが、現在でも基本的には正しいと考えられています。

彼らの理論を inspiringscience.net にアップされていた図(4、図120-2)を使って説明します。まず体の前方から後方にかけて上昇していく分節化を阻害するシグナルがあることを仮定します。このシグナルは現在ではFGFシグナルなどであることがわかっています(5)。体の後方にある未分節中胚葉(PSM= presomitic mesoderm)は、このシグナルがある程度弱くなったところで分節します。シグナルが一番弱いのはPSMのなかでは最前端(頭部に近い方)なので、その位置に新しい体節が形成されることになります。PSMは体の成長にともなって後方(尾部の方向)に伸びていくので、それに伴ってFGFシグナルの閾値(ウェイブフロント)の位置(縦の破線)も後方に移動し、移動した位置で次の体節がつくられます。

ただしすぐに体節が造られると非常に狭い体節になってしまうので、一定の時間待機して、ウェイブフロントがある程度後方に移動したタイミングを見計らって体節形成が行われないといけません。待機している間PSM(白塗り)はシグナルに反応しません。これはPSMの組織に時計があり、一定の時間がたつと反応できるようになる(黄色)と説明します。つまり体節形成はウェイブフロントの後方への移動とPSMがもつクロックによって遂行されるというわけです。

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図120-2 A clock and wavefront theory

体節の幅は生物の前後方向への(身長の)成長のスピードと、PSMのクロック(体節形成オン・オフの間隔)に依存することになります。成長の速度が遅く、オン・オフのサイクルが早いと幅の狭い体節が数多くできることになります。セリーヌ・ゴメスらは様々な生物を使って、体節形成とオン・オフのタイミングと成長速度の関係を調べました(6、図120-3)。たとえば成長速度がほぼ同じ315の体節を持つヘビと90の体節を持つトカゲを比較すると、ヘビのオン・オフサイクルが100分だったのに対して、トカゲのサイクルは4時間でした。当然サイクルが長い方が体節は少なくなります。ニワトリのサイクルはヘビと近い90分ですが、体節は55しかありません。これはニワトリ胎仔の成長がヘビと比べて圧倒的に早いことを意味します。

図120-3のヘビはゴメスの研究で用いられたアカダイショウ(コーンスネーク Elaphe guttata)です。下の図はゴメスらによるすべての体節の表示です。アカダイショウはマムシと似ていますが毒は持っていません。ネズミを絞め殺して食べます。獲物を絞め殺すには、確かに短い体節がたくさんあると有利なのでしょう。

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図120-3 セリーヌ・ゴメスとアカダイショウ

私たちと同じ哺乳類であるマウスの体節形成についても、相賀研などの努力でそのメカニズムが明らかになりつつあります(7、8、図120-4)。FGFシグナリングが閾値より減少すると、Notchシグナリングが有効となり、転写因子Mesp2からのカスケードによって体節形成が行われることになります。クロックはNotchシグナリングが内包するネガティブフィードバックによって実現されているというスキームです。このクロックにはイントロンを切り離すために必要な時間も含まれているため、イントロンをなくすとクロックが早すぎて体節形成が異常になるそうで(9)、こんなところでイントロンの生理的意義がみつかるとは驚きです。実際には図120-4に示した因子以外にも多くの因子がかかわっているので、この図は核心部分のみを示しています。

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図120-4 マウスにおける体節形成の核心部分

遺伝研のホームページにMesp2遺伝子に発光因子遺伝子を接続してノックインすることによって、遺伝子発現を可視化した美しいビデオ画像があります(8)。静止画像を1枚コピペして図120-5に貼っておきました。Notchシグナルには複雑な制御の問題があるので、まだ解明すべき問題は多いと思いますし、ひとつの細胞でクロックが成立しても組織全体でシンクロナイズしないと意味のあるクロックにはなりません。これらの点について、さらに掘り下げが必要になります。興味深いことに、生物によってかなり違った因子を使って体節形成が行われていることがわかっています(10)。どうしてこのようにバラエティーが著しいのかはわかりませんが、ひょっとすると体節形成関連遺伝子の変異や転換が生物多様性の肝なのかもしれません。

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図120-5 可視化された Mesp2 の発現

相賀先生が出自・研究・思想などについて詳細に語られているサイトがありましたので、文献11として紹介しておきます。先生のお言葉です:「ディスカッションするということがすごく大事ですね。いつも言うんですけど、今の子たちってあまり話さないんです。うちのラボでも、ちょっとわからないことがあったら聞けばいいじゃないと思うのになかなか聞きに来ない。私なんかわからないとすぐ聞いていました。」

「人に訊くなら、自分でたっぷり勉強してから来い」などと言われる陰湿な研究室と比べると、住みやすい良い研究室だと思います。


参照

1)Marcelli Malphghii, Philosophi & medici Bononiensis dissertatio epistolica de formatione pulli in ovo., Londini : Apud Joannem Martyn, 1673
https://shinku.nichibun.ac.jp/NOMA/new/books/11/suema000000003qu.html

2)Francis M. Balfour, A treatise on comparative embryology. volume 1. London,Macmillan and Co, 1881, Forms v. 2-3 of the “Memorial ed.” ofthe author’s works, published London, 1885.
https://www.biodiversitylibrary.org/item/17053#page/7/mode/1up
https://archive.org/details/treatiseoncompar02balfuoft/page/n7/mode/2up

3)J. Cooke, E.C. Zeeman, A clock and wavefront model for control of the number of repeated structures during animal morphogenesis., J. Theoret. Biol., Vol.58, Issue 2, pp.455-476 (1976)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022519376801312?via%3Dihub

4)Head to tail: segmenting the body
https://inspiringscience.net/2012/02/12/head-to-tail-segmenting-the-body/

5)Julien Dubrulle, Michael J. McGrew, and Olivier Pourquie, FGF Signaling Controls Somite Boundary Position
and Regulates Segmentation Clock Controlof Spatiotemporal Hox Gene Activation., Cell, Vol.106, pp.219–232, (2001)
https://doi.org/10.1016/S0092-8674(01)00437-8
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867401004378

6)Gomez C, Ozbudak EM, Wunderlich J, Baumann D, Lewis J and Pourquié O, Control of segment number in vertebrate embryos., Nature, vol.454, no.7202, pp.335-339 (2008)
https://www.nature.com/articles/nature07020

7)Zhao W, Ajima R, Ninomiya Y, Saga Y., Segmental border is defined by Ripply2-mediated Tbx6 repression independent of Mesp2.
Dev Biol. vol.400(1), pp.105-117, (2015) doi: 10.1016/j.ydbio.2015.01.020. Epub 2015 Jan 30.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25641698/

8)国立遺伝学研究所 発生工学研究室 HP 2.体節形成に関する研究
https://www.mmd-lab.net/research/research02.html

9)影山龍一郎 戦略的創造研究推進事業 CREST 研究領域「生命システムの動作原理と基盤技術」 研究課題「短周期遺伝子発現リズムの動作原理」 研究終了報告書
https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research/s-houkoku/09_02.pdf

10)Olivier F. Venzin, Andrew C. Oates., What are you synching about? Emerging complexity of Notch signaling in the segmentation clock., Develop. Biol., Vol.460, Issue 1, pp.40-54 (2020)
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0012160618304445
https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2019.06.024

11)生命科学DOKIDOKI研究室
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/53/index.html

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