続・生物学茶話 113: 単細胞真核生物の眼点
単細胞の真核生物も細菌や古細菌と同様もちろん神経や脳はないのですが、光を感じるシステムを持つ生物が数多く存在します。進化の過程で光合成細菌を共生させてとりこんだ真核生物は、葉緑体(クロロプラスト)を保有しているので、自分の細胞膜のロドプシンを使ってエネルギーを産生する必要はありません。しかし葉緑体に仕事をさせるために、光が当たる場所に移動する必要があります。
光に反応する(走行性をもつ)単細胞真核生物でよく知られているのはユーグレナ(ミドリムシ)とクラミドモナス(コナミドリムシ)です(図113-1)。このほか渦鞭毛藻なども光に反応します。しかしこれらの生物は、実は動物と植物くらい離れた分類群に所属しています。クラミドモナスはプランタ(Plantae)という、いわゆる植物スーパーグループに所属するボルボックス目クラミドモナス科の生物です。しかしユーグレナはそもそもプランタではなくエクスカヴァータ(Excavata)という別のスーパーグループに所属し、ユーグレナ藻類でひとつの門を形成しています。渦鞭毛藻はまたこれらとはかけ離れたアルヴェオラータ(Alveolata)というスーパーグループに所属し、渦鞭毛藻という門を形成しています。
これだけ離れた分類群でありながら、これらの生物は1)葉緑体を保有し、2)鞭毛を使って移動することが可能で、3)赤い眼点をもっている、という見た目に明らかな3つの共通点があります(図113-1)。また外からから栄養を摂取する従属栄養と、葉緑体を使う独立栄養を併用して生きている種が多いようです。これは葉緑体を持っているとはいえ、活発に動く生物なのでATPの量が独立栄養だけでは足りないからだと思われます。これらの生物は光に集まる性質を持っています。それは彼らが光合成を行なうことから目的にかなった行動です。景色や生物を認識するための眼はカンブリア紀にできたと考えられていますが(1、2)、それよりずっと以前から、明るい場所に移動して光合成を行なうために、明るさを測定するための道具として眼がつくられたことは容易に想像できます。
図113-1 ユーグレナとクラミドモナス
眼点は反射板だけの場合と、反射板とセンサーからなる場合があります。ユーグレナの場合は前者で、センサーは鞭毛の基部にある傍鞭毛体(副鞭毛体)に集中しているようです(1、3、図113-1、図113-2A)。伊関らはユーグレナの傍鞭毛体にある光受容蛋白質をFADを含むフラビンタンパク質と同定し、このタンパク質がアデニル酸シクラーゼ活性を持つことを報告しています(1)。フラビンタンパク質を光センサーとして用いているのはミドリムシだけではなく、多くの植物で光屈性や気功の開閉などに関わっているフォトトロピンもフラビンタンパク質です(4、5)。数億年にわたる植物の進化の過程で、フラビンタンパク質は光センサーとして連綿と引き継がれてきたというわけです。
クラミドモナスの場合眼点は反射板とセンサーからなっており、若林らによると「このカロテノイド色素顆粒は空隙を挟んで2〜3層を成している。屈折率の異なる物質から成る積層は,光学の分野で四分の一波長板と呼ばれる光反射板として機能する(Foster and Smyth, 1980; Morel-Laurens and Feinleib, 1983)。そしてその直上の細胞膜にチャネルロドプシンが局在している」とのことです(6)。ですから細胞の外側から来た光は反射されてセンサーが検知しますが、内側から来た光は反射板で遮蔽されてセンサーに届きません(図113-2B)。したがって散乱光によるバックグラウンドを下げることができて、光が来る方向をはっきりと検知することができるわけです(6、7、図113-2)。おそらくランダムに回転して、ある閾値以上の光量をとらえればそちらの方向に進む、というような単純なメカニズムでも走光性を確保できるでしょう。これは傍鞭毛体で光を検知するユーグレナの場合も同様と考えられます(図113-2A)。
クラミドモナスで光を感知するタンパク質はカチオンチャネルロドプシン(CCR)で、バクテリオロドプシンの一種です。すなわち古細菌から真核生物へとひきつがれたタンパク質です(8、9)。光照射によってオールトランスレチナールが13-シス-レチナールに変化し、これによって7回膜貫通ロドプシンのコンフォメーションが変化して、カルシウムなどのカチオンが細胞膜を通過して細胞に取り込まれ脱分極がおこります。これがシグナルとなって鞭毛の活動が制御されるわけです。
図113-2 眼点はセンサーと反対側から入射する光を遮蔽する
驚くべきことに渦鞭毛藻門に属するワルノヴィアは単細胞生物であるにもかかわらず、多細胞生物が持つ眼と同様な角膜・レンズ・網膜を持つオセロイド(単眼型眼点)を持っています(10、図113-3)。レンズの外側はミトコンドリア由来の膜(私たちの眼のアナロジーで言うと角膜)で保護されており、内側にはレチノールを持つプラスチドがあります。Gavelis らはこれらの2つの細胞内共生体によってオセロイドが形成されたと報告しています(11、12)。
渦鞭毛藻もロドプシンを持っているようですが、光センサーの詳細は未解明のようです。オセロイドは光の強さとおおまかな方向を知るだけにしてはあまりにも豪華な細胞器官です。オセロイドが何の役に立っているかというのは謎ですが、餌の存否や位置を知るための道具として使っているという可能性はあるようです(11)。ワルノヴィアの眼はさすがに私たちの眼とは関連は無く、相似器官だと思われます。
図112-3 ワルノヴィアの眼(オセロイド)
バクテリオロドプシンあるいはマイクロバイアルロドプシンのタンパク質スーパーファミリーは、構造的には7回膜貫通という共通構造を持ちますが、機能的にはプロトンポンプ、アニオンポンプ、カチオンポンプ、光センサー、グアニリルシクラーゼ等多彩な機能を持ち、細菌・古細菌・真核生物にまたがって広大に分布する巨大ファミリーであることが知られています(13)。古細菌のものはアーキロドプシンともよばれます。真核生物のものはチャネルロドプシンなどと機能別によばれてる場合が多いようです(13)。
参照
1)伊関峰生 ミドリムシにおける光センシングの分子機構 Jpn. J. Protozool. Vol. 40, No. 2. , pp. 93-98 (2007)
http://protistology.jp/journal/jjp40/093-100Iseki.pdf
2)アンドリュー・パーカー 眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く 草思社 (2006)
3)ウィキペディア: ユーグレナ藻
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%8A%E8%97%BB
4)Masayoshi Nakasako, Kazunori Zikihara, Daisuke Matsuoka, Hitomi Katsura, Satoru Tokutomi., Structural Basis of the LOV1 Dimerization of Arabidopsis Phototropins 1 and 2., Journal of Molecular Biology 381 (3), 718-733 (2008)
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2008/080821/
5)ウィキペディア: フォトトロピン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%B3
6)若林憲一,植木紀子,井手隆広 クラミドモナス走光性における眼点カロテノイドの役割 植物科学最前線 9:90 (2018)
https://bsj.or.jp/jpn/general/bsj-review/BSJ-review-9B%2046-108.pdf
7)植木紀子、若林憲一 緑藻クラミドモナスの走光性と細胞レンズ効果 藻類の「眼」の赤い色の役割
化学と生物 vo.55, no.6, pp.366-368 (2017)
8)Oleg A. Sineshchekov, Kwang-Hwan Jung, and John L. Spudich., Two rhodopsins mediate phototaxis to low- andhigh-intensity light in Chlamydomonas reinhardtii, Proc Natl Acad Sci USA, vol. 99, no. 13, pp.8689?8694 (2002)
www.pnas.orgcgidoi10.1073pnas.122243399
9)Elena G. Govorunova, Oleg A. Sineshchekov, Hai Li, and John L. Spudich, Microbial Rhodopsins: Diversity, Mechanisms, and Optogenetic Applications., Annu Rev Biochem., vol.86, pp.845?872. (2017) doi:10.1146/annurev-biochem-101910-144233.
https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-biochem-101910-144233
10)http://feynmanino.watson.jp/5741_ocelloid.html
11)Gregory S. Gavelis, Shiho Hayakawa, Richard A. White III, Takashi Gojobori, Curtis A. Suttle, Patrick J. Keeling & Brian S. Leander., Eye-like ocelloids are built from different endosymbiotically acquired components., Nature vol.523, pp.204–207 (2015)
12)Thomas A. Richards & Suely L. Gomes, 微生物の「眼」はどうやってできたのか., Nature digest Vol. 12 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151031
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n10/%E5%BE%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E3%81%AE%E3%80%8C%E7%9C%BC%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B/68010
13)Wikipedia: Microbial rhodopsin
https://en.wikipedia.org/wiki/Microbial_rhodopsin
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