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2020年10月15日 (木)

続・生物学茶話 114: 真核生物型ロドプシン

ハインリッヒ・ミュラー(1820-1864)は江戸時代に生きたドイツの解剖学者ですが、運のない人でゲシュタポの長官に同姓同名の人がいて、検索しても後者ばかりヒットしてなかなかたどりつけません。彼はビュルツブルグ大学で仕事をしていましたが病弱で、転地療養していたイタリアでたまたま網膜に興味を持って、様々な生物で顕微解剖学的な研究を行いました。1851年にカエル網膜の桿体に赤い色素が存在することを報告したことが有名です。彼は網膜の研究を書物にまとめようと計画していましたが、44才で亡くなったために実現しませんでした(1、2)。

ミュラーの発見を引き継いだのはフランツ・ボール(図114-1)でした。彼ははカエルを暗いところに置いておくと網膜が赤くなり、光を当てると褪色に変化することから光感受性物質(ロドプシン)の存在に気が付きました。なんと彼もミュラーと同様病弱で、ドイツからイタリアに転地療養しているときにこの発見をしました(3)。彼は研究結果を 「Sull'anatomia e fistologia della retina」という28ページの論文に記載しており、現在フリーで読むことができます(4)。彼はミュラーより短命で、わずか30年しか生きられず、仕事はウィルヘルム・キューネに(図114-1)引き継がれました。キューネはこの色素をロドプシン(Rhodopsin) と命名しました。ロドプシンの遺伝子構造はネイサンスとホッグネスによって1982年に(5)、cDNAの構造とアミノ酸配列は1982年および1988年にロシアの生化学者ユーリ・オヴチニコフ(図114-1)らによって報告されました(6、7)。オヴチニコフは学生時代にレスリングのチャンピオンになるくらい強健な身体を誇っていましたが、なんとこのロドプシンの論文が発表された年(1988年)に病没しています(8)。

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図114-1 真核生物型ロドプシンの発見者たち

マッキオンらはオヴチニコフらによって明らかにされた真核生物のロドプシンの構造を美しいビジュアルで表現しました(9、図114-2 ウィキメディアコモンズより)。これはウシのロドプシンですが、ヒトのロドプシンとはアミノ酸が3カ所異なっているだけです(9)。真核生物のロドプシンはGタンパク質共役受容体(GPCR=G protein-coupled receptor)のひとつであり、他のGPCRと同様にαヘリックス部位を用いて細胞膜を7回貫通しています。細胞質側に4ヵ所分子が露出している部分があり、ここでGタンパク質などと反応して情報伝達を行います(図114-2)。結果的にGαに結合しているGDPをGTPに変換させ、GαとGβγを分離させることになりますが(10)、その詳細なメカニズムはまだ研究途上にあります。

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図114-2 ロドプシンの分子構造

ロドプシンはオプシンという図114-2に描かれたタンパク質と、補因子であるレチナールからなっています。私たちは植物が合成するβ-カロテンを栄養として摂取し、アルコール構造のレチノールを経て、アルデヒド構造のレチナールを生合成します(図114-3)。真核生物型ロドプシンの成分である11-シス-レチナールはオールトランスレチナールからATPを消費して合成されます。11-シス-レチナールは光照射によってオールトランスレチナールに変換し、この結果ロドプシンの構造変化がおこることを契機として視覚が得られることになります。11-シス-レチナールとオールトランスレチナールは光照射と生化学反応経路によって相互への変換を別経路でサイクリックに繰り返していて、いわゆるレチノイドサイクルを形成しています。詳細を知りたい方は文献11などをご覧ください。

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図114-3 レチナールの生合成とレチノイドサイクル

図114-4にウィキペディアの網膜の模式図をコピペしましたが、この左端の図でわかるように、私たちの眼の網膜では光は神経細胞の方から照射して奥の方(上側)の桿体細胞や錐体細胞に届く構造になっています。これは全く不合理な配置で反対側から光が来るべきなのですが、脊椎動物にとってこの逆向きの構造は大きな進化の失敗で、実際タコなどの軟体動物では光が直接センサーに照射する構造になっています(12)。私たちは2種類の光センサー細胞を持っていて、ひとつは桿体細胞、いまひとつは錐体細胞といいます(図114-4)。これらの細胞の外節の細胞膜は多重に折りたたまれており、多数のロドプシンを搭載できるような構造になっています(図114-4)。

桿体細胞は498nmの波長の光を感じ取れるセンサーで、色の識別はできません。その代わりに感度は高く夜間の微弱な光も感知します。錐体細胞は420nm(青)、534nm(緑)、564nm(赤)の波長の光を感じ取れる3種が存在し、色彩を判別することができます(13)。しかし光量には鈍感で、夜間にはほとんど光を感知できません。恐竜と同時代の哺乳類は夜行性の種が多かったので、色彩感覚はあまり発達しませんでした。人を含むサル類の一部は熟れた実を探すために赤と緑を識別する必要があり、3種類の錐体を持つようになったとされています(14)。

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図144-4 哺乳類の網膜の構造と光センサー細胞

視覚を実現するためには、光センサーで感知したシグナルを電気信号に変換する必要があります。その手順を大まかに言えば次のようになります(図144-5、ウィキペディア文献15より)。

1.ロドプシンが光照射を受けると、前述のようにオプシンと13-シス-レチナールの複合体(ロドプシン)が解離し、オプシン+オールトランスレチナールとなります。

2.オプシンは3量体G蛋白質であるトランスデューシンを活性化します。この結果トランスデューシンは結合していたGDPを失い、代わりにGTPを結合します。

3.トランスデューシンのα サブユニットにGTPが結合すると、α サブユニットはβγ サブユニットから解離し、GTPを結合したまま単独行動をとります。

4.α サブユニット-GTP複合体はフォスフォジエステラーゼを活性化し、その結果細胞内の cGMP(サイクリックGMP) はすみやかにGMPに転換し、cGMPの濃度が低下します。

5.この結果 cGMP の作用で開いていたナトリウムチャネル(CNGチャネル)が閉鎖されます。

6.ナトリウムチャンネルが閉鎖されているにもかかわらず、カリウムチャネルは開いているのでカリウム(細胞内の濃度が高い)が細胞外に放出され、細胞は過分極状態となります。これが視細胞における光応答です。その後のcGMP濃度回復過程で脱分極がおこります。詳細を知りたい方は文献15~17を参照して下さい。

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図144-5 ロドプシンを用いた光情報伝達経路

細菌のロドプシンは大変バラエティーに富んでいたわけですが(18、19)、真核生物型ロドプシンはGPCRというひとつの型のみです。藻類やカビには細菌型ロドプシンを持つ者もいますが、多くの真核生物はGPCR型ロドプシンのみを残して他は捨て去ったものと思われます。ただ最初の真核生物やその祖先の古細菌がどのようなロドプシンを持っていたかは不明です。

参照

1)Nicholas Wade, Marco Piccolino & Adrian Simmons., Portraits of European Neuroscientists., Heinrich Muller
https://neuroportraits.eu/portrait/heinrich-m%C3%BCller.html

2)Wikipedia: Heinrich Muller(physiologist)
https://en.wikipedia.org/wiki/Heinrich_M%C3%BCller_

3)Nicholas Wade, Marco Piccolino & Adrian Simmons., Portraits of European Neuroscientists., Franz Christian Boll
https://neuroportraits.eu/portrait/franz-christian-boll

4)Franz Christian Boll, Sull'anatomia e fistologia della retina, Reale Accademia Del Lincei AnnoCCLXXIV (1876-1877)
https://wellcomecollection.org/works/uqmyxp4x/items?canvas=1&langCode=ita&sierraId=b22339723

5)Jeremy Nathans and David S. Hogness, Isolation, sequence analysis, and intron-exon arrangement of the gene encoding bovine rhodopsin., Cell vol.34, pp.807-814 (1983) DOI:https://doi.org/10.1016/0092-8674(83)90537-8
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/6194890/

6)Yu. A. Ovchinnikovf, Rhodopsin and bacteriorhodopsin: structure-function relationships., FEBS lett., vol.148, pp.179-181 (1982)
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1016/0014-5793%2882%2980805-3

7)Yu. A. Ovchinnikovf et al, Octopus rhodopsin Amino acid sequence deduced from cDNA., FEBS lett., vol.232, pp.69-72 (1988)
https://febs.onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1016/0014-5793%2888%2980388-0

8)Yuri Ovchinnikov Memorial Lecture (1990)
http://www.science-connections.com/books/moderntrends/trends9/001%20-%20Lecture/Yuri%20Ovchinnikov%20Memorial%20Lecture.pdf

9)Richard McKeone, Matthew Wikstrom, Christina Kiel, Elizabeth Rakoczy, Assessing the correlation between mutant rhodopsin stability and the severity of retinitis pigmentosa., Molecular Vision, vol.20, pp.183-199 (2014)
http://www.molvis.org/molvis/v20/183

10)脳科学辞典:ロドプシン
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%AD%E3%83%89%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%B3

11)佐藤慎哉 錐体特異的な視物質再生過程での11-シス選択性 生物物理 vol.57(5),pp.240-243(2017)DOI: 10.2142/biophys.57.240
https://www.jstage.jst.go.jp/article/biophys/57/5/57_240/_pdf

12)ウィキペディア:目 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE

13)ウィキペディア:錐体細胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%90%E4%BD%93%E7%B4%B0%E8%83%9E

14)光と色の話 第14回 ヒトの色覚と動物の色覚 シーシーエス株式会社
https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color_part2/vol14.html

15)Wikipedia: Visual phototransduction
https://en.wikipedia.org/wiki/Visual_phototransduction

16)https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2012/03.html

17)Stefano Costanzi, Jeffrey Siegel, Irina G. Tikhonova,1and Kenneth A. Jacobson., Rhodopsin and the others: a historical perspective on structural studies of G protein-coupled receptors., Curr Pharm Des. vol.15 (35): pp. 3994?4002. (2009)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2801150/

18)続・生物学茶話 112: 光を感じるタンパク質
http://morph.way-nifty.com/grey/2020/09/post-453128.html

19)東京大学物性研究所 井上研究室 HP
https://inoue.issp.u-tokyo.ac.jp/research.html

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